17話 蒼の聖女
『ふふふ、こんなに早く呼び出されるとは思わなかったわ。しかし何やら面倒な事になっておるな』
「ごめん氷竜。こんなに人の多い所で呼び出すのは気が引けたんだけど…」
『構わぬ。一度渡したものだ。どこで使おうが主の自由だ。とにかくこの場はワシに任せるがよい』
氷竜はそこまで言うが早いか、鼓膜が破れるかと思うほどの咆哮を上げた。その咆哮は大気を震わせ帝都中に響き渡り、力の弱いものは竦みあがって動けなくなった。そんな竜の王たる氷竜の威厳を感じたのは人だけではなかった。モンスターも例外ではなく、力の弱い固体はその場に磔になり、なまじ力のあるモンスターは我先にと逃げまどい始めた。その結果、外壁周辺に残る低級モンスターの群れと、逃げ出す中級モンスターの群れに分けられた。それを見計らったかのように氷竜は中級モンスターの群れに向かって凍て付く氷の吐息を吐きかけると、その悉くが凍り付き、しばらくすると砕け散った。
『ふむ、そろそろいい頃合か。ではまたな』
氷竜はそれだけ言うと空に溶けるように消えていった。
氷竜のおかげで残ったのは極僅かに残った高ランクのモンスターと外で固まったままほとんど動かない低級モンスターだけになった。外壁の内側で戦闘を続けていたモンスターは息を吹き返した騎士団の兵士とアリエッタたちによってあっという間にその数を減らし、すべて駆逐されていった。
アリエッタは、東門の時にここで気を抜いて死にかけたことを思い出して気を引き締めなおすが、そうそう同じ事が起こる事もなく、外壁の上の兵士たちが地道に外のモンスターの数を減らしていった。
辺りを夕焼けが包み込む頃には、まだ門の外には少なくないモンスターが残っているものの脅威度は低く、ひとまずの安寧は取り戻せたといってもよかった。それでもすべてを駆逐できなければ外部との往来ができないため、元通りの生活を取り戻すにはまだしばらくの時間が必要そうであった。
アリエッタたちが宿に戻る道すがら聞こえてくるのは、竜の話題だ。
「昼間の竜、凄かったな!俺しばらく動けなかったよ」
「あぁ、俺もだ。でも竜なんて初めてみたけど綺麗な青い竜だったな」
「知り合いに防衛騎士団の奴がいるんだけど、あの竜、綺麗な青髪の女の子が呼び出したって言ってたな。そこの子みたいな……あ……」
そんな話がそこかしこでされていて、悪い事をしたわけではない、むしろ善い事をしたにもかかわらずアリエッタは指を指される羽目に陥っていた。街を歩く芸能人はこんな気分なのかと少しずれた事を思いながら宿に急ぐのだった。
その夜のこと、疲れを感じつつもアリエッタがエメラに昼間の油断について懇々とお説教を受けていた時の事だ。
以前の強姦未遂事件の後は治安の悪い安宿には泊まらないようにしていたため、この日も中級の宿に泊まっていた。当然鉄製の鍵もかかり、不審者が建物の中に入ってくる事はない。そんな中、アリエッタたちの部屋に、扉が軽くノックされる音が響く。帝都に知り合いなどいないアリエッタは突然の訪問者にまったく見当がつかず、頭の中に疑問符を浮かべながら扉を開いた。そこに立っていたのは一人の女性兵士だった。その女性は将官クラスなのか、かなり整った身なりをしていた。
「突然の訪問失礼します。蒼の聖女様を皇宮にお迎えせよとの皇命にてあなた様をお迎えにあがりました」
「…………は?」
「もちろんお連れの方も一緒にどうぞ。外の馬車を待たせてますので、準備がよろしければお声掛けください」
女性兵士は一方的に告げると一礼して外に向かって歩いていった。状況が理解できないのはアリエッタはもちろんだが、エメラもポカンと口を明けて呆けていて、この状況に理解が追い付いていないのが明白だった。
「……どういう事?」
「あたしに聞かれてもわからないよ…」
混乱気味の二人だったが、皇帝直々の呼び出しである上に既に迎えの者が外で待っているとなれば、無視するわけにもいかない。リフィミィとエレア、ガリオルも含めて失礼にならない程度の衣装に着替える。そうは言っても一介の町娘二人に辺境の異民族だ。皇帝に謁見するような洒落たものなど持っていようはずもない。このままでいいのか迷いながらも、相手をそこまで待たせるわけにもいかず、外で待機していた外に出た。
「それではお乗りください」
「あの…こんな格好しかできないんですけど大丈夫なんですか?」
アリエッタは、外で待っていた女性兵士におずおずと気になっていた事を聞いてみるが、女性兵士は大した事でもないかのように淡々と答える。
「問題ありません。すべてこちらでご用意してますので」
アリエッタもエメラも女性兵士の言葉に安心半分、不安半分といった気持ちで馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込むと女性兵士はアリシアと名乗り、第二皇女の護衛担当部隊の隊長を務めているのだと語ってくれた。
一行を乗せた馬車は、ゆっくりと帝都の街を駆け抜け、街の中心に存在する皇宮へと進んでいった。
アリエッタは知らなかった。この日の自らの行いが、この地方で語り継がれるお伽話そのままの行動であったという事を。
その昔、突如として都をモンスターの大群が取り囲んだ。都には守護する騎士団がおり、必死の抵抗を続けていたがその抵抗もむなしく、ついには大量のモンスターが街の中に流れ込んでしまった。数百年続いたこの国もついに終わりかと誰もが覚悟したその時、青い髪の聖女が現れ、巨大な青い竜を呼び出して帝国を襲ったモンスターを駆逐してどこかに消えていった。
再びこの地が危機に陥った時、また蒼の聖女が現れて人々を救うだろう。
フィルブト地方伝承より要約
 




