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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第3章 サバンナの中のサーフィト帝国

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16話 奥の手

 アリエッタが目を開けると見慣れない場所にいた。窓の外から差し込む光は力強く、日がまだ高い事が理解できた。どこからしらの建物の中のようだが、その景色にアリエッタは見覚えがなく、初めての場所だ。


「アリィ、よかった!!」


 そう言って抱きしめてくるのはエメラだった。アリエッタは床に横になって上半身だけを抱き起こされている形で、エメラはそのまま横から抱きしめていた。


「もうダメかも思った。アリィがいなくなると思ったらあたし…あたし…!!」


 もうそれ以上は言葉にならなかった。アリエッタは頭をエメラの胸に抱きかかえられていて表情は見えなかったが、その声色から涙を流しているのはわかった。


「いや~アリエッタちゃん危なかったねぇ」


 その少し軽薄そうな声にアリエッタは聞き覚えがあった。声のする方に目を向けると予想通りの男がしゃがみ込んでいた。


「あとちょっと左にずれてたら即死だったけど、運がよかったね!」


 アリエッタにとって悪い意味で忘れられない男、デューンだった。


「なんで、あんたがここに…?」


「なんでは酷いなぁ。ボクは命の恩人だよ?」


 命の恩人という言葉の意味をアリエッタはすぐには理解できなかった。

 そもそも、なぜこんな所でエメラを泣かせている上に、不快な男と顔を合わせなければならないのかと考える。


(東門でモンスターと戦ってて、落ち着いた所で…)


「アリィ、後ろから蜘蛛のモンスターに足で背中から刺されたの」


 アリエッタはそれを聞いて鮮明に思い出した。胸から突き出された黒く鋭い"何か"と息苦しさ、それに死の予感。"何か"が蜘蛛の足だったのだろうが、あの時点で蜘蛛がいた事自体をアリエッタは認識していなかった。油断大敵とは言うが、正に命取り一歩手前だったわけだ。


「それで泣きながらエメラちゃんが担いできた血だらけのキミを治療したのがボクってわけ」


 確かにデューンは神官のような服装をしているが、その軽薄な言動からとても本物の神官とは思えなかったのだが、少なくともアリエッタの深手の傷を治せるほどの聖魔術師である事は間違いないようだ。


「そうでしたか。危ないところをありがとうございました」


「うーん、ツンツンしたところも良かったけど、こういう素直なところもいいねー。報酬はキスでいいよ♪」


 デューンは職務に対しては真面目で実力も折り紙付きのようだが、こういったノリの軽いところはアリエッタにとって不快以外の何者でもなかった。ましてや男相手にキスなど、それが頬であってもできるわけがなく、デューンの物言いはアリエッタの感じる不快さを増大させるだけだった。その不快さが顔にも表れアリエッタの目付きが鋭くなる。

 再びアリエッタが口を開こうとしたところに乱入してくる者がいた。


「おい!北門やばそうだぞ!オレはいくけどエメラもこれねーか?…ってアリエッタも起きてるじゃねーか。まだ寝るにゃはえー、二人ともいくぞ!」


 ガリオルは騒々しく乱入してきたと思ったら喋るだけ喋って一人で出て行ってしまった。アリエッタとエメラは顔を見合わせて頷き合うと、デューンに丁寧にお礼を行って外に出る。アリエッタの想像した通り、今までいたのは教会だった。深手を負ったアリエッタの為に、エメラが聖魔術師を探して教会に駆け込んだのだ。

 外に出ても既にガリオルの姿はなく、走って北門に向かったのだろう。アリエッタとエメラも急いで北門に向けて駆け出した。



 北門に着くと、酷い有様になっていた。守りの要である門こそ破られてはいないものの、壁を越えてくるモンスターを押し返せず、外壁の内側で散発的にモンスターと兵士が戦っていた。いや、ほとんど戦いにもなっておらず、どちらかといえばモンスターによる虐殺現場になりつつあった。辛うじて街に流入していないのは、まだ兵士たちが残っているのが最後の砦となっているといってもよかった。


「何これ…こっちに精鋭を揃えてたんじゃないの…?」


 あまりにも一方的な光景にエメラの口から驚きの呟きが零れる。


「あーこれは酷いねー。負傷者の処置はボクに任せてキミたちは兵士の援護してあげてよ」


 いつの間にかついてきていたデューンの言葉にアリエッタもエメラも行動を開始する。

 ガリオルも含めて三人で外壁の内側に侵入したモンスターを各個撃退していく。しかし、モンスターの数が多くキリがない。アリエッタはエメラとガリオルに遊撃を任せて侵入してくるモンスターを食い止めようと外壁の上に登り外を見て愕然とした。

 外壁の外はモンスターの絨毯とでも言えるほどのモンスターがひしめき合っていたのだ。アリエッタですら軽い絶望感を感じたのだ、普通の人間族であればその光景を見ただけで戦意を喪失し深い絶望感に囚われることだろう。


『それを使って非常時にはワシを呼ぶといい』


 アリエッタは山脈で出会った長寿の竜が手渡してくれたものと同時に掛けられた言葉を思い出した。まさに今がその『非常時』だといってよかった。これを渡してくれた竜の姿を大勢の人間族に晒してしまうのはアリエッタも気が引けるが、それ以上の被害も被っていると自分を納得させることにして、大事にしまってあった懐から綺麗な白い石を取り出した。


「氷竜お願い」


 アリエッタがそう口にすると、白い石、つまりは召喚石が光り出し、そこから体長が二十メートルを大きく超える青い竜が飛び出した。

 その鱗は加工されたサファイアのような輝きを放ち、その大きさと偉容は神々しさすら感じさせた。


『ふふふ、こんなに早く呼び出されるとは思わなかったわ』


 あまりの突然の出来事に、人々はおろかモンスターですらその光景に見入っていた。

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