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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第1章 異邦の地ネマイラ
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4話 ここはどこだ

「アリエッタ、おはよう」


 エメラは礼に声をかけながら、窓のカーテンを開けて春の柔らかな朝日を部屋に取り込む。エメラの声と朝日の光を感じたのかベッドの中でもぞもぞと動く礼。


(アリエッタって誰だろう?僕に向かって言ってるっぽいけど)


「ほらほら、起きて!」


『おはよう』


 少し乱暴に揺すられて覚醒を促された礼は、億劫に感じながらも上半身を起こして日本語で挨拶を返す。


「今日もいいお天気よ。後でお散歩に行こうね」


 どうせ言葉は通じないのだからと軽く頷くだけに留める礼だが、エメラはそれでも特に気にした様子はない。礼のことをあまり喋れないと思っている節もあり、言葉のない礼の反応には既に慣れっこになっているエメラだった。


「それじゃコレに着替えてね」


 そう言って礼にエメラが渡したのは水色のワンピースだった。

 礼は改めて自分の格好を見てみると、下はボクサーパンツに上は下着として着ていた長袖のTシャツだけだった。


「少し苦しそうだったから、他の服は脱がさせてもらったの」


 エメラのその言葉通り、街を出歩いたときのジーンズとハイネックのセーターは畳んでベッドボードの上に置かれており、コートは壁に吊るされていた。

 礼は差し出されたワンピースを手に取るが、着方がわからない。更には、女の子全開の服にまるで女装をするかのような強い抵抗感を感じてしまう。


「いつまでも見てないで、早く着替えて」


 なかなか動かない礼に業を煮やしたのか、エメラが補助に動き素早くワンピースを身に着けさせていく。


「うん!なかなかいいわね。あたしの服だけどよく似合ってる」


 満足そうに頷くエメラと対照的に、礼は恥ずかしくて仕方なかった。当然のことながら礼に女物の衣類を身につける機会などあるはずもなく、男が女装している絵を思い浮かべてしまうのだから仕方のないことだった。


「あの…これ…メチャクチャ恥ずかしいんですけど…」


 そんな言葉を口にしてから、礼は驚く。昨日の食事の時と同じように知らないはずの言語を使って話しているのだから。頭で考えなくても、自然と必要な言葉が頭に浮かぶ、そんな不思議な感覚だった。


「あら、どうして?とっても可愛いよ?そんなことより食事にしよ」


 エメラは礼の手を引っ張って部屋を出て、食堂らしきスペースに連れて行く。テープルの上には籠に盛られたパンとスープが並べられ、それらがおいしそうな匂いを漂わせていた。


「さあさ、座って。好きなだけ食べて」


 その言葉に従って礼は椅子に座ると『いただきます』と日本語で一言挨拶してから食事を始めた。

 パンは普段日本人が口にするような柔らかなものではなかったが、噛む度に味が出てくる。スープも昨日食べたものと同じような味付けだったが具材が異なっていたせいかまた違った味わいがあった。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」


「よかったわ。あなたはおいしそうに食べてくれるから作り甲斐があるわ。食後はちょっとゆっくりしてて」


 言われずとも、礼にできる事は少ない。食事の後片付けくらいは手伝うべきかと食器をまとめようとするも「いいから、気にしないで」と逆に気を使われてしまう始末だった。



 礼はやる事もなく後片付けをするエメラを眺めていたが、やがてすべてを終わらせたエメラも新しく淹れたお茶を手に再びテーブルについた。


「少しあなたのこと聞かせて。あなたはどこから来たの?」


 礼は正直に地元の地名を告げる。

 少し経って礼も気付いたのだが、不思議な事に、相手に伝えたいと思うと自然とその言葉が頭に浮かんでくる。礼としては日本語と同じ感覚で知らない言語を操っているようなものだ。


「聞いたことない街の名前ね。それはセイゲルス大陸にあるの?」


 聞いたことのない地名に今度は礼の方が固まってしまう。


「日本っていう島国なんですけど、ご存知ないですか?」


「ニホンなんて国聞いたことないわね」


 日本を知らない。さすがに教育が行き届かない発展途上国であればそれも頷けるが、そうでなければ世界的にもそれなりの知名度を誇る日本を知らないという事は考えづらい。しかし、この生活レベルを見るにそこまで生活水準の低い国には見えない。エメラはこの国で相当地位の高い人で、トップレベルの生活水準だという事も考えられなくはないが、そうだとしたらここまで礼に構ってくれるとも思えない。


「それじゃここはどこの国なんですか?」


「う~ん、厳密に言うと国ではないのよね。一般的にはセヴィーグ自治区って言われて魔族が集まってるの。ここはその中にあるネマイラっていう街よ」


"魔族"


 礼にとって聞き慣れない言葉。ファンタジー小説やゲーム等には頻繁に登場するその名称も現実世界にはあり得ない。少なくとも礼はそう思っていた。当然"魔族"なるものが集まった国がある等聞いたこともない。もしかすると、どこかの自治区は自分たちを"魔族"と名乗ってるのかもしれなかった。


「世界地図とかありますか?」


「ちょっと待ってね」


 テーブルを立ち、別の部屋に行って戻ってきたエメラが広げた地図に礼は再び驚く。その地図は礼の知る世界地図ではなかった。日本はおろか広大な土地を持つアメリカや中国もない。

 その地図に記されていたのは、左側半分に巨大なL字状の大陸と、右側半分は上下を二分するようにそれぞれひとつづつ存在する大陸だった。


「アリエッタの国はどこ?」


「わからない…」


 どこかと聞かれても存在しないものを答えること等できるはずもない。礼は自分のことをアリエッタを呼ばれた事すらもスルーして、そう答えるのが精一杯だった。


「どういうこと?」


「この地図に日本は存在しません」


「それじゃあ、地図にない所から来たって事?」


「わかりません…」


 地図にない場所から、という発想自体が礼からするとあり得ない。地図にないという事は存在しないということとほぼ同義である。地図に載っていないが実は存在する場所があるのだろうか。しかし、日本はそこまで秘境ではない。

 地図自体がでたらめだった、という可能性は礼も少し考えたが、地図が作成されている時点でここまでいい加減なものが作られているとはどうしても思えなかった。


「お手上げね」


 礼も同じ気持ちだった。あくまで予想ならいくらでも出てくるが、実際のところはわからないというのが実情だ。

 ここで礼はもう一つ気になったことをエメラに聞くことにした。


「魔族ってどういう人達なんですか?」


 これには今度はエメラが驚いた。


「あなた、自分も魔族なのに覚えてないの?」


「え!?そうなんですか?」


 自分も魔族だという事に驚く礼に、エメラは髪で隠れた自分の耳を露出させる。その耳は先端が尖っており、個人差による形状の違いとは考えられないレベルであり、少なくとも礼の知る人間のものではなかった。


「耳が尖っている事、肌が白い事、それと銀の髪。これが魔族の特徴よ」


 エメラはそう言ってテーブルを立つと手鏡を取ってきて例に手渡す。


「自分のも見て」


 礼は渡された手鏡で自分の顔を鏡に映し、それを恐る恐る覗き込む。そこに映っていたのは薄い青の髪をした見た目麗しい少女だった。髪は肩にかかってなおも長く伸びている。肌は白く、パッチリ大きな瞳も青い。鼻筋はすっきり一本通っており、ふっくらとした桜色の唇は歳相応の若々しさと同時に妖艶さが入り混じっていた。そして右側の髪を少しかきあげると、そこに現れたのはエメラと同じ先端の尖った耳だった。


(僕はいったい何になってしまったんだ…?)


「どう?納得した?髪の色は違うけど、たまに魔力の強い人は自属性の魔力に影響されて髪の色に出るんだって。あなたの場合、水の魔力が強いのね」


"魔力"


 追い討ちをかけるように、また礼にとって聞き慣れない言葉が飛び出してきた。


「…魔力ってなんですか?」


 エメラはこの礼の問いには驚きを隠せなかった。


「…本気で聞いてる?」


 バカにされたような気がして、礼は少しムッとする。その表情を機敏に感じ取ったエメラは軽い様子で「ごめん、ごめん」と前置きした上で説明を始める。


「魔力って言うのはすべての生命が持ってる、命の源とも言われているものよ。火を起こしたり、水を凍らせたり、風を起こしたりって生活に便利な用途から、戦争や狩りなんかの攻撃的な用途にも使われるわね。あなたも使ってるでしょ?」


 礼は愕然とした。礼にとってエメラが挙げた例のような現象を起こすのはすべて機械の役割で、決して魔力などという訳のわからない力で起こすものではなかった。エメラが悪意を持って自分に適当なことを吹き込んでいるのではないか、礼はそんな風に疑わずにはいられなかった。


「僕にそんな力はありませんよ」


「そんなわけないわ。もしあなたに魔力が無ければここに存在できないはずだもの。いいわ、ちょっと見せてあげるから外に行こう」


 外に出ると、驚きの光景が広がっていた。街並みそのものは礼の想像する中世ヨーロッパのそれと大差ない。しかし、明らかに礼の知る世界では存在しないものが散見された。その最たるものが額に角の生えた馬のような生き物と、牛ほどの大きさのトカゲだ。どちらも人を乗せて走り回っている。

 開いた口が塞がらないとはこの事か。礼も実際に口を半開きでその光景を前に立ち尽くしてしまった。


「どうしたの?ほら、こっち見て。いくわよ」


 そう言うや否やエメラの指先から拳より一回り大きい炎が上がった。それを見た礼はもう笑うしかなかった。


(ここはもう僕のいた世界じゃない)


 人に言えば笑われるかもしれない結論。しかし、礼の常識と照らし合わせると、朝起きてから見せられた様々な光景や現象は、礼にそう思わせざるを得ないほどの現実感を押し付けてきた。


「これで信じてくれた?」


「はい、疑ってすみませんでした。ちなみに…僕にもできますか?」


 まさか性別が変わっているだけでなく、違う世界に来てしまっているとまでは思わなかった礼は、一旦現状を受け入れたつもりになってできる事をやろうと思う事にした。そして今できる事といえば、元の世界には無かった魔法のような現象を自分でも起こせるかもしれない、そんなワクワク感を満喫する事だ。礼はそう考えた。


「もちろん。火を起こすくらいなら誰でもできるわ」


 方法を教えてもらい、先ほどの現象の再現を試みる礼。


「そうそう、火が出てくるイメージをしてそこに意識を集中させるの」


 エメラの説明は抽象的ではあったが、どことなく礼は意味がわかるような気がした。言うとおりに試行錯誤すること数分で礼の指先には先ほどエメラが出した炎よりもかなり小さい火が点いていた。


「できた!」


「うんうん、上出来。でもアリエッタには火の祝福はないみたいね」


"火の祝福"


 また礼の知らない言葉だ。


「火の祝福?」


「うん。祝福は生まれて来るときに必ず一つ以上持ってるの。あたしの場合は火と光。アリエッタは髪の色見る限り水なのは確実ね」


「でもどうして祝福が無いことがわかったんですか?」


「さっき出した火が私のよりもかなり小さかったでしょ?基本的な魔力の発現をする時の現象の大きさでだいたいわかるよ。火の祝福持ちの場合、火が人の拳くらいの大きさになるから」


 その後も水を出したり、風を起こしたり、ライトを点けたり、影を作ったり色々試した結果、礼には水しか祝福が無いことがわかった。しかし水の祝福はかなり強力で、祝福が無かったとはいえエメラの二十倍ほどの水を生成することができた。これは祝福持ちの平均の四倍から五倍にもなる水量だ。

 今はこんなだが、いずれは相当な水魔法の使い手になるだろう、そんな事をエメラは思った。


 そうこうしている内に、日が頭の真上になるところまで昇っていた。礼とエメラの腹時計もちょうどお昼を指したようで仲良く同時にお腹が鳴る。


「お腹空いたね。お昼にしよっか」


 二人は連れ立って家の中に入っていった。

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