12話 チャラ男神官
フィルブトは帝都だけあって非常に広い。外壁の外側に暮らす人々も合わせると人口約百万を超えるメガシティだけあり、民衆のニーズも多岐に渡る。特に娯楽という点では他の都市の追随を許さないほどの多様性があり、演劇、人形劇といった一般大衆的なものから、カジノ等のギャンブル、果ては男女の欲望の受け口としての商売など、一通りのものはすべて揃っている。それらの店はジャンルごとに区画分けがされており、とりわけ色街のエリアは広く区画されている。
アリエッタたちも宿とギルドの往復をするのにこの色街を通り抜けなければ大幅に遠回りをしなければならなくなるため、やむなく通り抜けていた。リフィミィの情操教育上、アリエッタはできる限り通りたくなかったのだが、倍以上の距離を歩かなければならないとなれば億劫にもなってしまう。
先ほどから男娼やらスカウトやらから頻繁に声をかけられるアリエッタだが、視線だけで鬼ですら裸足で逃げ出しそうな目付きでエメラが睨み付けると、冷や汗を垂れ流して逃げ出していった。殺人すら厭わなさそうな表情は、身内であるアリエッタから見ても怖い。付き合いの深いアリエッタですらそうなのだから赤の他人の心情は推して知るべしといったところか。
そうこうしながらも歩き続けていると、声を掛けられることには変わらないが、声をかけてくる者の質が変わってくる。
仕事で話しかけてくるものはめっきりいなくなった。呼び込みやスカウトといった仕事はお互いがライバルではあるものの、意外にも横の繋がりはある。その中である程度情報共有されているのだろう。その代わりに個人的な理由で声をかけてくる輩が増えた。所謂"ナンパ"だ。軽く近付くところから始めようとする者、、遊びに行こうと直球の者、酷いと体を買おうとする者までいた。基本的には徹底的に無視することで諦めるが、中にはしつこい者もいて、そういった輩は右足と地面を凍らせて動けないようにして放置していた。さすがに金貨をチラつかせて体を買おうとしてきた輩にはエメラが爆発した。さすがに殺すのはまずいと抑えが効いていたのか、器用に髪の毛だけを燃やしていた。綺麗にスキンヘッドにはならず、側頭部にだけ髪の毛を残しているあたりにエメラの怒りの深さが現れていた。
色街の出口が近づくにつれて声をかけられる頻度も減っていき、区画を出る頃には一段落ついていた。ナンパされる事は今回が初めてではないが、ここまで頻繁に声をかけられるのは今までに例がなかった。
「お高くとまりやがって」
ナンパを失敗した男の定番の捨て台詞ではあるが、無視するのは「お高くとまって」いるわけでもなく、面倒な輩の撃退にもっとも有効な手段であるからなのだと、身をもって痛感するアリエッタだ。
執拗なナンパ攻撃も一段落して周囲が落ち着いてくると、アリエッタは少し気を抜き小さく溜息を溢す。
「アリィお疲れ様。ここまで酷い街は初めてだわ」
「見ず知らずの女相手に気軽に声かけられる神経がわからないよ」
エメラがアリエッタに労いの言葉をかけると、アリエッタも少し不機嫌な様子を見せつつ愚痴をこぼした。
「この街では綺麗な女性を見かけたら口説くのが礼儀だからね」
地球のヨーロッパにあるブーツ型をした半島の国の男が言いそうな事と同じような言葉が、一行の後ろから聞こえてくる。アリエッタが振り返ると、そこには白い法衣を着込んだ男が立っていた。フードを浅めにかぶっていて髪の色は定かではないが、少しだけのぞいている前髪をみると金髪だろうか。すらっとスマートな体型ながら、肩の部分の隆起が少し大きく見えることから着痩せしていても、かなり鍛えているように見受けられる。顔立ちは整っているが目が男性にしてはパッチリしていて、イケメンではあるものの、どちらかと言うと線が細く童顔で女性っぽく見えない事もない。しかし、ガッチリした体格に、精悍な眼差しは紛れもなく男性のもので、そのアンバランスさが余計に男性としての魅力を引き立てていた。
「というわけで、ボクも口説かせてもらおうかな」
法衣の男性のその言葉を聞いたアリエッタは無言で前に向き直ると、そのまま再び歩き始めた。そんなアリエッタの行動に慌てる事なく、法衣の男性はそれまでのナンパ男たちと同じように話しかけ続ける。
「ねぇねぇ、名前なんていうの?ボクはデューン」
「そっちのお姉さんも綺麗だよね。姉妹?」
「どこから来たの?ボクは生まれも育ちもここで、今は教会勤めなんだけど退屈でさー」
アリエッタが完全に無視しているというのに、デューンと名乗った男は一方的にペラペラと喋り続ける。元々そこまで社交性の高くないアリエッタとしてはある意味感心するような男性の態度だか、それを表には出さない。五分も付き纏われるといい加減疲れてくる。アリエッタは、それまでのナンパ男たちにもしたようにデューンの右足と地面を一緒に凍らせて、その場からしばらく動けないように固定する。
しばらくして後ろに気配がなくなった事を感じて、アリエッタはまた大きな溜息をつく。しかしそれも束の間、すぐに後ろから走ってくる足音が聞こえてきた。
「足凍らせて置いてくなんてヒドイな~」
先ほどうんざりするほど聞かされた声にアリエッタがぎょっとして振り返ると、右足付近の法衣を少し湿らせたデューンが付いてきていた。
「ん?何で動けるかって?ボク神官だから聖魔術使えるんだ!」
手加減し過ぎたと反省したアリエッタは、今度は先ほどよりさらに強くデューンの右足と地面を凍らせてその場所に縫いつけ、再び歩き始めた。しかし、今回も同じようにデューンはアリエッタたちに追い付いてきてしまった。もうこれ以上魔力を込めてしまえば、デューンの右足に重大な後遺症を残すようなダメージを与えてしまう可能性が高く、デューンの足を止めるのは諦めてアリエッタは再び無視して歩き始めた。
それでも最初と変わらず一人で喋り続けるデューンより先にアリエッタの方が我慢の限界を迎える。
「いい加減迷惑です!やめてもらえませんか!」
「お!?やっと口開いてくれたね!声もかわいいなぁ」
アリエッタは完全拒否の言葉を投げつけたにもかかわらず、デューンはまったく堪えた様子もなく、むしろ声を聞けた事に舞い上がっている始末だ。アリエッタ以上のポジティブ思考の持ち主なのか、単純に人の話を聞かないだけなのか、アリエッタにはまったくもってデューンの行動原理が理解できなかった。アリエッタは今日既に何度目かわからない溜息をつき、脱力した声を絞り出す。
「…どうしたら開放してもらえます?」
「ん?ボクが満足したら、かな」
「わかりました…それじゃ遠慮なしでいきますね」
「ついに付き合ってくれる気になった!?」
突拍子のないデューンの返答に、アリエッタがついにキレた。
「遠慮なし」の言葉をどう勘違いしたのか、良い方向に捉えるが、次の瞬間デューンの下半身が分厚い氷に包まれた。さすがにアリエッタの全力には程遠いが、人間族相手にするには十分すぎるほどの魔力が込められていた。氷が放つ冷気で、魔力が霧散して氷が解ける頃には足全体が凍傷を起こしている事だろう。
デューンも聖魔術で必死に魔力を中和させようとしていたが、それなりに本気のアリエッタの魔法はビクともせず、魔力を浪費するだけだった。
「そこで少し反省してください。もう会う事もないと思いますが」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ボク死んじゃうよ?」
「僕がある程度離れれば勝手に魔力が霧散しますから死にません。僕の気がもう少し長かったらあなた今頃丸焦げになってますから、その程度で済んだとありがたく思ってくださいね」
今回に限っては珍しくエメラの導火線よりアリエッタの導火線の方が短かったようだ。実際ガリオルがひやひやしながらエメラを宥めていたのだが、爆発したのは違う方だったというのが実情だ。
アリエッタは普段見せた事のないような冷たい視線でデューンを見やると、デューンを放置して一行はその場を去っていった。




