表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第1章 異邦の地ネマイラ
5/123

3話 見知らぬ場所と見知らぬ自分

 意識が少しづつ浮上しつつあるのを礼は自覚していた。しかし思考は纏まらず、何とも言いようのない強烈な違和感を感じていた。何かが違う。しかしその何かがハッキリしない。そんなもやもやした気持ちながら覚醒の時は近づいていく。

 やがて、閉じた瞼の内側からも外の光を感じるようになり、すこしづつゆっくりと目を開いていく。

 寝起きの瞳は少し乾いていて、まともに目を開けていられない。目を細めながらも周囲に視線をめぐらせていく。光に目が慣れてくると大分周囲の様子を伺えるようになる。

 まず礼の目に映ったのは、窓から見える外の景色だった。柔らかな日差しを浴びる木々が見える。

 さらに礼は今ベッドに寝ているようで、どこかの部屋の中にいるようだ、という事だけはわかった。しかし、ここがどこなのか、なぜここで寝ていたのか、わからない事だらけだ。

 礼は改めて部屋の中を見渡してみる。

 目立った調度品や装飾品はなく、八畳ほどの部屋はシンプルにベッドとその脇にベッドボードらしきものがあるだけだった。

 そこまでしたところで、扉が開き女性が部屋に入ってきて、少し驚きの様子を見せながらも礼に声をかけてきた。その女性は少しグレーがかった銀の髪に非常に整った顔立ちをしていた。


「よかった、目が覚めたのね」


 礼にはその女性の日本語ではない言葉に聞き覚えがなかった。ニュースなどで耳にする機会の多い英語ではない。はたまた最近は聞く機会が多くなった中国語でもハングル語でもないように聞こえた。礼にはその他のアジア系の言語とも、またヨーロッパ系の言語とも一致しないように聞こえた。もちろんすべての言語を聞いたわけではないので、実はどれかに当てはまるのかもしれないが、少なくとも礼にとっては知らない言語だった。そのはずなのだが、喋っている事の内容が理解できた。どういう理由かはわからないが言っている事が理解できるのだ。

 しかし理解できるからといって話せる事とは同義にならない。どう返せばいいか迷っていると女性は続けて言う。


「あなた、見つけてから五日もずっと眠ってたのよ」


 『五日』『見つけてから』そんな言葉に、自分はどういう状況なのか益々わからなくなってくる。礼の記憶は、謎の亀裂に落ちて、息ができなくて意識がなくなったところで途切れていて、その後何が起こって今ここにいるのかすらわからないのだ。

 そんな状況の中、礼が手を胸に当てたのは本当に偶然だった。

 手に帰ってきたのは筋肉も脂肪も薄かった自分の胸の感触ではなく、何かわからないが柔らかい感触だった。慌てて胸元を見ると、自分の服の胸の部分が膨らんでいる。その膨らんだ部分を再び手で押さえると、先ほどと同じ柔らかい感触と同時に、自分の胸に何か当たった感触もする。

 女性は持ってきた水差しとコップをベッドボードにおいて、水をコップに注ぎながら礼に再び声をかける。


「ところであなた、お名前は?」


 女性から声をかけられたにもかかわらず、それどころではない礼の耳にその声は届いていなかった。


『あり得ない…』


 その声も礼の声にしては甲高かったが、それ以上の衝撃を受けていた事で礼はその事に気付いていなかった。

 日本語の言葉に、礼の様子が見えていない女性が反応する。


「ん?アリエッタ?そう、アリエッタって言うのね」


 音が似ていたからだろうか、一般的な名前である「アリエッタ」と女性は勘違いする。音が似てるとは言ってもよくよく聞くとかなり違うのだが、名前以外を口にしたとは思っていない女性は間違いに気付くことができなかった。改めて女性は礼の方を向いて声をかける。


「あたしはエメラディナ。エメラって呼んで」


 再び女性からの視線が飛んできたことにハッとした礼はその言葉だけは聞き取っていた。


「起きたばかりで頭も整理できていないだろうから、少しゆっくりしててね。お水置いておくから好きに飲んで。後で食事も持ってきてあげるから」


 部屋を出て行くエメラと名乗った女性を見送り、礼は少し冷静になった頭で再び状況の確認に戻る。

 膨らんだ胸は間違いなく礼自身のものだった。そこから導き出される答えを否定したくて今度は下腹部からさらに下の性差が最も大きく表れるもう一つの部分に手を伸ばす。そこに礼の望む答えはなく、悪い予想を裏付けるだけの感覚しかなかった。今度は慌てて襟元を引っ張り自分の胸元を覗き込むと、そこにも当たって欲しくない礼の予想通りのものが目に入ってくる。


(生きていたことも不思議だけど、女になってるってどういう事…?)


 ただでさえ今の状況に理解が追いつかないところにきて、追加での特大の追い討ちに礼の頭の中はグチャグチャだった。


(考えるのも馬鹿らしくなってきた)


 礼の常識では考え付かない事の連続で、そもそも考える事そのものに意味がないのではないか、そんな事を思ってしまう。


(とりあえず、僕が女になってて、知らないエメラさんって人に介抱されてて、ここがどこなのかわからない。そんな程度しかわかんないや)


 結論、理解不能。

 それが礼が下した現状の判断だ。わからないものをいつまでも考えていても仕方ない、そんな礼の考え方もあっただろう。

 一旦結論付けて落ち着くと、空腹感と喉の渇きを覚える。5日間も眠っていたというエメラの話からすれば当然の事と言えた。エメラが置いていってくれた水で喉を潤す。水差しの半分ほど飲んだところで人心地つく。


(ホントなんなんだろ、コレ…)


 しばらくベッドに腰掛けて、窓の外を見るでもなく眺める。しかしあるのは木ばかりで、まったく面白くもなんともない。特に植物に詳しいわけでもない礼は外の木々を見ても何の木かすらわからない。

 どれくらいの時間が経過しただろうか、何も考えずにぼけっと外を眺めていると、ドアの外から足音が聞こえてきた。


「おまたせ。スープ作ってきたから食べて」


 エメラは部屋に入ってくるなりそう言って木で作られた器に盛られたスープとスプーンを礼に渡す。

 器に木の濃い色がついているのでスープの色ははっきりわからないが、野菜を煮込んだ良い香りが漂ってくる。透き通ったスープに人参らしきもの、玉ねぎらしきもの、じゃがいもらしきもの、トマトらしきものが浮かんでいる。礼の記憶にある野菜に似てはいるが、何か違う。人参らしきものは内側が白いし、玉ねぎらしきものは色が薄い緑だ。

 記憶にあるものとの相違に少し躊躇うが、空腹には勝てずスプーンで掬い口に運ぶ。


『おいしい!』


 空腹は最高のスパイス等というが、それだけではない味わいに礼の口からつい言葉が漏れる。少し食べるのを躊躇った野菜も食べてみれば記憶のものと大差なかった。

 エメラは時間をかけて食事を進める礼を黙って見つめていた。

 やがて礼は最後の一滴までスープを飲み干し、器をエメラに返しながら一言感謝の意を伝える。


「ごちそうさま。おいしかった」


「うん、お口に合ったようでよかったわ」


 エメラは満面の笑みで返すが、礼は自分の発した言葉に驚いていた。エメラが使うよくわからない言語を使って自分が話していたからだ。

 どういう事かと考えていたところで、徐々に思考が纏まらなくなってくる。五日間も眠っていたというのに満腹になったからからか、また睡魔が襲ってくる。


「あまり出歩くのもまだ早いだろうし、少し薬を入れさせてもらったわ」


(睡眠薬盛られてたって事か。五日間も面倒見てくれた人だし危険はないよね多分)


 そんな事も思ったが、いずれにしても礼はこの睡魔に抗えそうになかった。瞼が落ちかけていた礼を見かねたエメラは礼がベッドに横になれるよう補助してあげる。すると瞬く間に礼は目を閉じて意識が遠のいていくのを感じた。


「明日の朝までゆっくり休んでね。おやすみなさい、アリエッタ」


 エメラも寝付いた礼の様子を確認して部屋から出て行くと、そこは規則正しい礼の寝息の音だけが残るのだった。

空耳…?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ