5話 衝撃の「G」
お食事中の方はご注意を。
一旦退避して再び戻ってきて頂くのをおススメします…。
アリエッタの足取りは重かった。何が悲しくて嫌われ者に会いにいかなければならないのか。いつもは前向きなアリエッタを、ここまでネガティブ思考の塊に変えてしまうほど、アリエッタは「アイツ」が嫌いだった。嫌いで嫌いでしかたない、それくらい嫌いだ。視界に入るだけでも背筋が寒くなるのに、近寄る、ましてや触るなど論外もいいところだ。想像するだけで鳥肌が立ってくる。しかもデカイ。
アリエッタも今回ばかりは完全に外野でいる気満々だ。遠くで氷漬けにしたら、ガリオルに切り刻んでもらおうと思っていた。それが悲劇の始まりだとも気付かずに。フレブルを出て、オオトカゲを走らせる事約十分程度で目的地周辺に辿り着いた。
情報によると土に穴を彫ってねぐらにしているという事だったので、手分けしてそれらしき穴を探す事にした。
不幸にして、最初にそれらしき穴を見つけてしまったのはアリエッタだった。その穴は直径が一メートルを越え、人でも悠々と通れるほどの大きさだった。このまま穴の中に大量の水を流し込んでやれば全滅させられるのではないかと考えたりもしたが、万が一生きている個体がアリエッタ一人の現状で出てこられたら嫌だった事もあり、一旦は様子を見る事にした。
一定時間が経過したところで、元の場所に全員で集まる。
「僕の行った所にそれっぽい穴があったよ」
「なんだよ、見つけたんならさっさと潰しちまえよ」
ガリオルの発言は妥当であったし、アリエッタも逆の立場だったら同じ事を思って、口にも出していたかもしれない。しかし、それがアリエッタにはできず、黙って俯くしかなかった。
「あぁー!わかった、わかった!一緒に行くから、な!?」
リフィミィ含めた女性陣の厳しい視線に晒されてタジタジになるガリオル。四対一と分が悪いのは、性別の比がそのまま多数決の結果に直結するからだ。それともう一つは前日二日酔いで一日寝てた事もガリオルへの目が厳しくなる要因でもあった。
五人揃ってアリエッタの発見した穴の近くまで行くと、一匹外に出てきてしまっていた。
体長が二メートルほどもある巨大な「G」だ。日の光を反射して黒光りするその体は、アリエッタが地球にいた頃たまに見つけていたものと変わらない。それだけに余計嫌悪感が強く、アリエッタはその姿を見つけた瞬間に叫びだしそうになったのを必死に我慢したほどだ。
アリエッタは走って逃げ出したい気持ちを何とか抑えて、すぐに「G」を氷漬けにすると、すかさずガリオルが獲物の斧でその体を細かく分割していく。ある程度細かくなったところで、今度はエメラが火の魔法を使って炭に変えていった。一分かそこらで、表に出ていた固体の処理が終わるが、中にはまだ残っている可能性があり、もし残っているのであれば根こそぎ討伐しなければ、今回の討伐の意味はない。
「穴の中に水を流し込んだら、中のも全部水死しないかな」
「穴が浅ければ有効だけど、入り組んでる上に深かったら土に吸収されて奥まで水が入らない可能性があるわね」
「それからあんまり水突っ込みすぎると、この辺の地盤が崩れる可能性もあるんじゃねーか?」
アリエッタはエメラとガリオルの言葉を聴いて先走らなくてよかったと心底思った。それが、単純にチキンな思考からの行動だったとしても、だ。
結局、煙で燻り出す、穴を燃やす、石を溶かして流し込む等案が出たが、どれも決め手に欠ける。どの案も「奥が深かったら」といった点がネックになり決め手になり得ないのだ。
「それなら、この周辺の土を圧縮しちまったらどーよ?」
本当に実現が可能であれば、ガリオルの案は画期的だった。圧縮した中にいた虫達は土に押しつぶされて圧死することだろう。
「その案面白いけど、誰がその魔法使うのよ?あたしもアリィも土系は祝福なしよ?」
エメラのその言葉にガリオルはニヤリと顔を歪める。
「オレは祝福持ちだ。オレがやる」
ガリオルはそう言うなり、意識を集中させていく。すると穴を中心に周囲五十メートル四方の土が徐々に圧縮されて、魔法の範囲から外れた地面との間に溝を作っていく。深さが十メートルほどの溝が徐々に広がると同時に、土の中からパリともバリともつかない音が聞こえてくる。硬質な物が割れるような、乾いた海苔を手で粉々にした時のような、そんな音だ。目論見通り、土に虫達が押し潰されているのだろう。
やがて、虫達の命を刈り取る音が聞こえなくなったところでガリオルの魔法が止まる。五十メートル四方、高さ十メートルの範囲内にあった土の中にいた虫達はすべからく駆除できたと考えていいだろう。
「ねぇ、ガリオル。もっと深いところには巣が伸びてないかわからない?」
「ちょっと待ってな。土をどけるからよ」
ガリオルはそう言うと器用に土を操りながら圧縮した土を脇に積み上げていく。やがて土がすべて無くなると、今度はエメラが風の魔法を使って、圧縮された残った土を吹き飛ばしていった。深さ十メートルの巨大な穴の底辺に虫達の巣らしき目立った穴は見当たらなかった。さらに側面の部分も同様に横に伸びる穴も見当たらず、ガリオルの圧縮した土の中に巣が丸ごと入っていただろうと推測できた。
アリエッタが何とかその醜悪な姿をほとんど見ずに討伐できたと胸を撫で下ろした時にそれは起こった。
アリエッタの背中に強い衝撃が走り、その衝撃で大きく地面に開けた穴に落下してしまった。十メートルもの高さから落下すれば、その衝撃は小さくない。幸い頭から落ちる事はなく、右肘をついて受身を取るが、右腕はその衝撃に耐え切れず激痛が走る。アリエッタには何が起きたか理解が追いつかず、周囲を見渡すと、頭上に巨大な影がかかる。その影の主は勢いそのまま、アリエッタに覆いかぶさるようにして落下してきた。咄嗟に障壁を展開していたため特にダメージはなかったが、落下してきたモノの重量で障壁ごと土に体がめり込んでしまう。
アリエッタはとにかく体の自由を確保しようと、痛めていない左腕を全力で強化し、上にのっかかっているモノを払いのける。するとそのモノは横に吹き飛び土の壁に当たって止まった。アリエッタは急いでその姿を確認する。
黒光りするボディ、畳んだ使えなくなった羽、長い触覚、まごう事なき巨大な「G」だった。
その情報がアリエッタの脳内で処理がされた瞬間、体中の肌が粟立ち、悲鳴とも違う大きな叫び声が上がった。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
若い年頃の娘が上げないような声を上げたアリエッタの頭の中を怒りのような恐怖のような、よくわからない感情が渦巻いた。聖魔術で負傷した右腕を治すと、全身を全力で強化して右手に氷刀、左手に氷の大剣を具現化させる。巨大な相手を即座に氷漬けにすると、両手に持った凶器を使って何度も何度も斬りつける。既に相手は絶命しているであろうが、そんな事は気にも留めずに先ほどガリオルが切り刻むよりさらに小さくなるまで斬りつける。
氷漬けにされた虫の肉片から炎が上がり、すべての塊が炎上して灰になるまで、そのアリエッタの異常なほどの破壊行動が続いたが、破壊するモノが無くなると肩で息をしながらその場にへたり込んだ。
「アリィ、大丈夫!?」
「だいじょぶ!?」
一段落着くと、エメラとリフィミィが慌ててアリエッタに駆け寄り声をかけるが、しばらくはその声にも答えずに、しばらくの時間を置いて呟く様に一言漏らした。
「最悪……」
この日の出来事はアリエッタの心の内に新たなトラウマとして残り、その後「G」を見る度に異常な破壊衝動を見せる事になるのだが、それはまた別の話。
好きな人は滅多にいないと思いますが、私も例外なく嫌いです。
超がつくほど嫌いです。
家の中でなんて見つけた日には退治するまで寝られません。
 




