4話 傭兵ギルド
傭兵ギルドは各都市で独立した組織になっている。しかし、一度でもギルドを経由して仕事を終わらせれば傭兵手帳が配られる。その手帳には、どんな仕事を請けて、どの程度の期間で達成し、その間にどんなモンスターと対峙したか等の情報が詳細に記載される。そしてその情報は別の都市に行った場合でも、ギルド側の傭兵の力量をチェックするツールとして有効活用されている。その為、場合によっては力量不足として希望の仕事を請けられない事もある。仕事の成否はギルドの信用に直結するので、当然といえば当然だ。
「う~ん、仕事ねぇ…」
胡乱げにアリエッタとエメラを見るのは、フレブルのギルドの受付だ。四十台半ばの男性で、ひょろっとしつつも所々肌の露出した部分からは引き締まった筋肉が見え隠れする。細く鋭い目つきは堅気の者にはとても見えない。
「手帳もないんじゃ大した仕事は任せられないね」
こうなる事はアリエッタとエメラもある程度予測できていた。実績もないのに急に大きな仕事など貰える筈がないからだ。しかし、あまり他人がやりたがらないモンスター退治の依頼であれば、もしかすると回してもらえるかもしれないと考えていた。そしてその依頼を成功させたという実績を作れてしまえば、その後の仕事探しも楽になる。そう考えて来たのだが、この受付の男の態度を見る限りそれすらも難しかもしれなかった。それでも聞くだけ聞いてダメならあきらめようとエメラが確認を入れる。
「やり手の付かないモンスター退治なんてあったりしませんか?」
「…お前さん達、物好きだねぇ。あるよ、とびっきりのが」
意外にもそう言って受付の男が取り出したのは一枚の依頼書だ。アリエッタとエメラもその依頼書を覗き込み、内容を確認する。その内容は受付の男が「とびっきり」というだけあって、相当に危険度が高そうな依頼だった。
フレブルから十キロほど南東に離れた場所にある小さな森に、猛獣が住み着いた。その猛獣は近くを通り掛る旅人を見境なく襲い、南東にある町への交通路が完全に断たれてしまっているようだ。今の所通り掛かりの人を襲うだけで、街へ襲撃してくる気配はないものの、大きな不安要素が放置されている状況だ。過去に五組の傭兵が依頼を請けて討伐に向かったが、すべて今のところ帰ってきていない。おそらく全員返り討ちにあっているのだろう。五組の傭兵パーティすべてがかなりの練度で腕利きの者達だった事もあり、誰もが恐れて後が続かず依頼が残っていたというわけだ。
「どこの誰が野垂れ死んでもウチは痛かないが、評判が落ちるのは痛いんだ。力量を見極める為に、まずこっちを請けてくれ」
受付の男が取り出したもう一枚の依頼書の内容もモンスター討伐だった。
こちらの依頼はかなりマシで、フレブルから西に五キロほどの場所に虫型のモンスターが巣を作ってしまったので駆除して欲しいという内容だ。甲虫タイプで大きくなりすぎて飛ぶ事はできなくなったようだが、動きが素早いらしい。アリエッタはそこまで読むと、またしても黒い「アレ」を思い浮かべてしまうが、今回は違うと首を振る。
「それね、体がでかくなって飛ばないけど、家の中に出てくるのと能力は大差ないから」
アリエッタの希望込みの思いはあっさりと否定された。
「他のないですか!!?」
「お、おう!?…悪いが今やり手が付いてない討伐依頼はその二件だけだ」
本気でやりたくなかったアリエッタは必死の形相で受付の男に迫り、受付の男もその剣幕に驚いたようだが、現状に他の選択肢はないと断言されてしまった。
「お前さん達みたいな若い娘さんじゃぁ、アレを相手するのが嫌なのはわかるけどね。それをやってもらわんと本命は紹介できんよ」
受付の男は猛獣の方の討伐依頼書を軽く二回トントンと叩きながら説明する。
ちなみに、ギルド側で傭兵が請けた事を認めない限りは、独自に動いて依頼の内容を果たしてもギルドがその結果を認める事はない。当然報酬も出ないし、実績として手帳へ記録される事もない。逆に仕事を横取りしたとして、その後は仕事の斡旋を受けられなくなる可能性すらあるのだ。
「アリィ、諦めてその依頼やるしかないよ…」
「まじかぁ…」
アリエッタは頭を抱えてしまったが、どう足掻いても他の選択肢は出そうになかった。かといって報酬の安い小間使いのような仕事をするつもりもない。
「わかりました、それじゃその依頼請けます」
「うんうん、頼んだよ」
途轍もなく不本意な仕事を請ける羽目になったが、アリエッタは旅を続けるため、男に戻るためとなんとか自分を奮い立たせ、納得させるしかなかった。




