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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第2章 亜人種の住処
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15話 狂戦士

 外皮の代わりに赤い鱗の生えた腕が鈍い音と共に地面に転がる。その光景に周囲が静まり返り、誰一人として口を開こうとしなかった。

 まだルール上の勝負は決していない。しかし、実質勝負あったと誰もが思った。いや、正確には竜人族以外全員というべきか。しかし、その竜人族も、自分達にとって英雄と呼んでも差し支えない男が片腕を切り飛ばされたという現実に対してに驚愕しているのも事実であった。それに加えて、一度も攻撃をアリエッタに当てられていない事、片腕を失って火力までも落ちる事を考えれば、竜人族であっても、このままではガリオルの勝利は難しいのではないかと考えるものが多かった。

 しかし、そんな中でも不敵に口元を歪めるものが一人。他でもないガリオル本人だ。


「たまんねぇなァ。オレの腕を切り飛ばすほどの奴と()り合うのは!!これだから強い奴と闘うのはやめられねぇ!!」


 それだけ言うと、ガリオルは残った右腕だけで大斧を掴むと右腕が無いとは思えない腕力で大斧を振りかぶって突撃してくる。ガリオルの動き自体は変わらない。しかし、両手で握っていた獲物を片手に握っているため純粋に破壊力は目に見えて落ちている。それでも直撃すればアリエッタなどひとたまりも無いと思わせる威力は相変わらずだ。それでも片手で持つようになった分取り回しは早くなったのだろう、それまでより僅かに早いタイミングで振り下ろされた大斧は避けきる前のアリエッタの肩口に直撃する。その瞬間、アリエッタを含めた誰もがアリエッタの肩から腕の切り飛ばされる光景を想像した事だろう。エメラは手で顔を覆い隠してしまった。しかし、現実はそんな想像とはまったく別の結果を提示した。

 ガリオルの大斧はアリエッタの肩口に触れる数センチ手前で不可視の壁に阻まれて、その柔肌にはまったく触れていなかった。何のことはない、ガリオルの大斧がアリエッタの障壁を破れなかっただけの事だ。そんな当然の出来事を当事者たちを含めた全員が、頭の中で整理をつけるのに少しの時間が必要だった。

 最初に我に返ったのはガリオルだった。それまでの相手を射殺すような目付きが和らぎ、ついにはこの口からは豪快な笑い声が溢れた。


「ぐはははは!おまえスゲーな!!オレの攻撃を障壁だけで止められたは初めてだわ」


 ガリオルのその言葉で周囲も徐々に状況に理解が追いついていった。


「おい、マジかよ…。隊長の攻撃を障壁で受け切るとか化け物か」


「あの子なんなの?変なトリックでも使ったの?」


「ガリオルの奴、手を抜いてるわけじゃないよな」


 エメラも周囲のざわつきに気付いて恐る恐る目を開いて状況を確認すると、五体満足なアリエッタの姿を見てほっと胸を撫で下ろす。リフィミィもどこか安心したような表情をしていた。


「まだやりますか?」


 この時点になってアリエッタは自分の勝利を確信した。基本的にほぼ攻撃は当たらないし、当たっても障壁を抜く力がないとなれば、そう考えてしまったアリエッタを誰も責める事などできない。


「言ってくれるじゃねぇか…。だがまだまだ本番(お楽しみ)はこれからだぜぇ!」


 ガリオルのその言葉にアリエッタは少しうんざりしたのだが、その次の瞬間信じられないものを見た。

 ガリオルの額から角が生えてきて、切り落としたはずの腕が再生する。さらに鼻より下の部分が伸び、口は裂け、頭部だけであれば爬虫類を思わせるものに変質した。極めつけは背中に蝙蝠の如く空気を掴んで空を翔る為の翼が生えていた。

 竜化と呼ばれる竜人族特有の、体そのものを変質させる技能だ。普段は竜人族達が生きていく上で生活しやすい人間に近い姿だが、いざ戦闘になればこのように竜化して戦闘能力を高めるのだ。


「ちょっ!なにそれ!聞いてない!!」


「言ってねーからな!こっからが本番だ、いくぜぇ!!」


 かなりおバカな短いやり取りも早々に切り上げ、ガリオルが戦闘を再開させてアリエッタに再び襲い掛かった。ガリオルがそれまで使っていた大斧はもう手にしていない。使うのは己の鋭い爪だ。その爪を素早く袈裟懸けに振り下ろすと、それまでほとんど当たる気配のなかったガリオルの攻撃がアリエッタに直撃して、アリエッタの障壁の一部を破壊した。アリエッタが油断していた事もあるが、そもそもガリオルのスピードが格段に上昇していたのだ。そして、竜化前はアリエッタの障壁に文字通りまったく歯が立たなかったガリオルの攻撃が通用する事をこの一撃で証明した。

 竜化はただ単純に外見が変わるだけではない。その本質は人から竜へ属性がシフトする事にある。普段は人に寄った在り方を竜のそれに近付ける事で魔力量も変化する。

 元々竜族は魔族よりさらに魔力量の多い種族だ。そしてその種族に近づく事で竜人族も潜在的な魔力量が竜族に寄って上昇する。魔力量が上昇するという事は火力が増し、障壁は硬くなり、身体能力も全体的に底上げされる。つまり、魔力が上がった分だけ戦闘能力も上昇する事になる。ガリオルが急にアリエッタに対抗できるようになった理由はそこにあった。

 ガリオルの攻撃は苛烈を極め、アリエッタの目では追い切れない攻撃もあり、その度に障壁を破られ小さな傷が増えていく。それまでの大振りな攻撃は鳴りを潜め、ガリオルの小振りで高速の攻撃に、アリエッタは逆に攻撃のタイミングを見出せずにいた。身を守るのが精一杯で、とてもじゃないが攻撃のための手など出せない。

 正面右下からの斬り上げをなんとかかわしたとアリエッタが思った次の瞬間には、右腕に痛みが走る。辛うじてガリオルの姿を捉えて、続いた左側からの横薙ぎ攻撃を氷刀で受け流して左に移動するとまた右腕に痛みが走る。二回から三回に一回の割合でアリエッタはガリオルの動きを見失っていて、その度に腕や足に傷が増えていく。


「惜しい。本当に惜しい。折角の魔力が三割も使えてねーよ」


 ガリオルはそう呟きながらも、攻撃の手は休めない。アリエッタは防戦一方、いやその防御すらもできているとは言い難い状況の中、遂には背後から強烈な衝撃が走る。後ろに回ったガリオルがその巨体を生かして背後から体当たりをしたのだ。障壁は直接傷の付くような攻撃は防げても物理的な衝撃は防ぐ事ができない。その背後からの不意に訪れた衝撃にアリエッタは一瞬意識を手放してしまう。そして、ガリオルはそんなアリエッタの隙を見逃さなかった。

 ガリオルの爪が一瞬だけの煌きを見せた次の瞬間、エメラの悲鳴とリフィミィの叫び声がその場に大きく響き渡った。そしてその音もすぐに他のギャラリーからの歓声で掻き消される。

 アリエッタは激しい痛みと右側から感じる喪失感から、何が起こったか瞬時に理解した。案の定右腕の感覚がない。さらには完全に利き腕を飛ばされた事でアリエッタは丸腰になっていた。


「まだやるか?」


 完全に立場が逆転した。先ほどアリエッタがガリオルに対していった言葉を、ほぼそっくりガリオルがアリエッタに対して言い放った。

 アリエッタもこのまま何もできずに引き下がるのは悔しい。だが、このまま続けたとして対抗できるとも思えない。奥歯を強く噛み締めながらも、「降伏」の一言を発しようとしたところで、いつか聞いた声が頭に響く。


(あんたホント鈍くさいわね!お手本見せてあげるから見てなさい!)


 声はそう言うと、アリエッタの体が意思とは関係なく動き始める。


「お、まだやるか。なかなか見所があるなお前」


「言ってくれるじゃない!お望み通り全力で相手してあげるわ!」


 アリエッタの意思とは関係なく口が勝手に言葉を紡ぐ。声を出している感覚はあるが、アリエッタの意思で発したものではなく、恐怖すら感じる奇妙な感覚だった。


「お前…喋り方が…?」


 ガリオルの疑問を呈した言葉にはアリエッタは反応しなかった。その代わり、左手に自分の体より大きな氷の大剣を生成し、それを片手で構えた。


(まずは身体強化が甘い!だからあの程度の相手に反応できなくなるの)


 そう声が言った後感じたのは魔力がごっそりと持っていかれる感覚と、それとは逆に体のそこかしこから溢れんばかりの力を感じる感覚だ。

 それまでアリエッタは無意識のうちに使用する魔力量をセーブしていた。それで十分今までは足りていたという点も否定できないが、それ以上にアリエッタ自身が無意識的に魔力を大量消費する事を避けていた事も大きい。そして本人がそれに気付いていなかったのが致命的だった。

 魔族の平均的な魔力量の者であれば、通常アリエッタが使用する魔力を身体強化に充てたとしたら、逆に魔力不足で動けなくなる可能性が高い。それを遥かに越えた量を一気に消費したのだから、常軌を逸した使い方だったのは間違いない。それでもアリエッタの持つ魔力の二割か三割程度しか消費しておらず、動きを阻害するようなレベルではない所にアリエッタの魔力量の異常さが現れている。

 再びアリエッタの意思とは関係なく体が動き始める。軽く地面を蹴ったにもかかわらず、アリエッタの想像するものの数倍のスピードが出ていた。利き腕ではない左手で握った氷の大剣を軽々と振りかぶって、そのままガリオルの右腕を狙って振り下ろす。


(さらには魔力の圧縮が弱い!あんたの魔力をしっかり圧縮すれば弾かれる障壁なんて早々ないわ!)


 アリエッタの持つ氷の大剣が振り下ろされると、ガリオルの障壁は軽々と破壊され、その刃は簡単にガリオルの右腕を傷付ける。しかし、寸でのところで刃を回避したことによりまだ腕は繋がっていた。それでも掠っただけにもかかわらず、その部分はすっぱりと切れており、その部分からは赤い飛沫が上がっていた。

 アリエッタの斬撃はそれまでのどの攻撃より速く、そして鋭かった。それは、その斬撃を辛うじて最小限の被害にとどめたガリオルの動きを賞賛すべきなほどに。


(…利き手じゃないから手元が狂ったわ)


 それでも声の主は不満気に漏らす。無言で聖魔術を行使して落とされた右腕を再生させると、今度は両手で大剣を握り直す。その次の瞬間には、前回の斬撃よりもさらに早く大剣が煌き、ガリオルはバランスを崩して地に伏せる事になった。ガリオルが視認できないほどの剣戟によって左足を失っていたからだ。


「勝負あったわね」


 涼しげに言葉を吐く口はアリエッタのものであって、またしてもアリエッタの意思ではなかった。

 一瞬で片足を失い、立つ事すらままならないガリオルはしばらくは悔しそうに表情を歪めていたが、突然声を上げて笑い始めた。


「負けた!負けた!完敗だ!!いやー世界は広いな!こんな強いやつがいるとはな!」


「呆れた…。あそこまで力の差を見せ付けられて、なんでそんなにスッキリしているのよ」


 晴々とした表情のガリオルを心底呆れた様子の、実際に呆れているアリエッタが声をかけた。相変わらずその行動はアリエッタが意図して行ったものではなく、体が思うように動かせず、頭に響く声の主が動かしていると思われた。


「力の差があれだけあったからこそだ。逆にちょっとの差で負けたらもっと悔しいだろ?」


 「それもそうね」と納得の表情を見せたアリエッタを、まだ険しい表情で見つめる者が一人いた。


「ところで、あなた誰?アリィじゃないよね?」


 明らかにいつものアリエッタではない事にエメラはいち早く気付き、氷の大剣を出したことから狼の時とネスカグアの時に出てきたのと同一の存在とあたりをつけていた。しかし、少しの間を空けてその相手から帰ってきた言葉は意外なものだった。


「そうね。アリィと呼ばれた事はあるけど、アリエッタではないわね。あたしはアリエラ。ネマイラ自警団魔術剣士隊隊長アリエラ=ノーグよ」

最近BMが減るばっかりで心が折れそうです…。

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