2話 青い髪の少女
暗くて何も見えない。それどころか空気もないようで息も吸えない。左右の感覚も上下の感覚もない。
(僕はこのまま死ぬかもしれない)
礼は本気でそう思った。息苦しさは既に限界を越えて意識が朦朧とし始めてきた。体を動かすのも億劫だが、この黒以外何もない空間で何もできない事は辛うじて理解できていた。
少しづつ意識が遠くなっていく中で、礼の耳には人の話し声のようなものを微かに聞いた気がした。
「この責任はどう取るつもりだ」
「私がすべて収集をつけます。お咎めはその後にでも」
「ふむ。しかし、間が悪いとはこの事だな」
「えぇ、本当に。私もですが、彼はもっとついていなかったようですね」
「まぁいい。うまくやれ」
そこで礼の意識は完全にブラックアウトした。
森の中を、しっかりとした足取りで歩く女性の姿があった。
季節は春本番といった様相で、冬場は葉を落としていた木々も青々とした新しい葉を茂らせている。そんな中を気分良さそうに歩く女性は、少し開けた場所に出る。
そこは小さいながらも綺麗な水を湛える湖があった。微かに揺れる湖面は朝の陽光を反射して精巧なガラス細工のようにキラキラと光り輝いている。
水浴びをするのは季節的にはまだ早いが、毎朝ここに来て一人で少しの時間、ゆっくりここで湖を眺めながら過ごすのが彼女の日課だった。
その日もいつもと同じように湖のほとりにあった大き目の岩に腰掛けようとした時、いつもと違うものを目にする。そこにあったもの、いや、いたのはうつ伏せに倒れた一人の少女だった。
「大変!」
そう一人で叫ぶなり、出てきた森の中に引き返していった。
少しの時間が経過した後、二人の男性を連れて戻ってきた女性は、先ほど倒れていた少女のいる場所を指差して男性達を急かしていた。
「エメラ、あそこに倒れてるのがお前の言ったやつか?」
「そうよ、おじさん。早く手当てしてあげないと!」
「手当ても何も、生きてるのかこいつ?」
そもそも生死を確認せずに助けを呼びに戻ったエメラと呼ばれた少女はばつの悪そうな表情をする。
「確認しないで呼びに来たのか…」
男性は呆れた顔をしていたが、エメラは慌てたように確認に走る。
倒れた少女に近づいたエメラは、少し先の尖った耳を少女の顔に向ける。微かに呼吸する息の音が聞こえた。よくよく見ると少女の上半身もゆっくりと、そして僅かに上下に動いている。
「生きてるみたい」
生きていることを確認した後は外傷がないか確認していく。仰向けに体をひっくり返しでみると顔が良く見えるようになる。
水色に近い青髪をした少女は非常に整った顔立ちをしていた。同性であるエメラですら一瞬見惚れるが、すぐに我に返って引き続いて傷などがないか確認をしていく。
幸い、少女に目立った傷はなく気絶しているだけのようだった。エメラは肩をゆすったり、頬を軽く叩いたり等して起こそうとしたが、少女が目覚めることはなかった。
「おじさん、悪いんだけどあたしの家まで運んでくれない?」
「そういう事なら任せとけ」
男性の中の一人が少女の膝裏と背中に手を回して軽く持ち上げる。その時、髪が流れて少女の耳が顕わになる。少女の耳はエメラと同じく先が少し尖っていた。
「おぅ、コイツ魔族だぜ」
「しかも髪が青いって事は相当水の魔力が強いな、この嬢ちゃん」
そう話している男性二人の耳もエメラと少女同様先が尖っている。
「それにしちゃぁ、見たことない顔だなぁ」
「隣町から来て行き倒れたか」
「そうだとしてもここまで髪の色がはっきり違う奴がいたら噂になってるはずなんだがな」
男性達はそれぞれの予測を話すが結論は出ない。そんな状況にやきもきしたエメラが堪らずに男性たちに声をかけた。
「おじさんたち、その話は後にして早く運んであげて」
「お、おう…そうだったな。それじゃ戻るか」
エメラを含めた一行がその場を後にしてからしばらくすると一陣の風が吹き、そこに一人の男性が現れる。
「とりあえずは、なんとかしたか。問題はこの後だな」
男性は一人呟く様に口にすると再び風が吹き男性を包みこむ。風が収まった時、その場所には誰もいなかった。
今日の更新はここまでです。
次回からは一日置きでお昼の12時に更新予定です。
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