閑話 町に姫と騎士がやってきた!
その日は俺にとってなんでもない普通の日だった。そのはずだった。
だが、その日の事は生涯忘れないだろう、特別な一日に変わった。たった一つの出来事があったというだけで。
いつもと変わらない仕事、それから仕事仲間。平凡で変わり映えしないそんな一日が終わろうかという夕方の事だ。少し早めに仕事が終わって、飲みにでも行こうかと悪友のエルパスと繁華街に繰り出した。繁華街って言っても小さな町だ、数件の飲み屋に最低限の店が並んでる程度だ。
仕事場から繁華街までは北門を通る必要があったんだが、それが幸運だった。
門の方から二人の女がトカゲを引いて歩いてきた。旅人自体はここが中継の町だから珍しくはない。珍しいのは女だけで旅をしているって事だ。そんな珍しい事する女だからゴリラみたいな女かと思いきや華奢な、そこらの街中歩いてそうな女だった。さらに近付いてくるにつれて顔がはっきり見えるようになってきたんだが、目が離せなくなった。
一人は銀髪なのは普通の魔族だったが、少し細めだが二重瞼でハッキリした目にスッキリした鼻筋に少し薄めだけど瑞々しい唇。全体的に大人っぽい雰囲気があってメチャクチャ綺麗な子だった。
もう一人はさらに衝撃的だった。まず髪が薄青だ。溢れる魔力が髪にでるらしいから相当な魔術師なんだろうな。それだけでも相当な驚きだったんだが、なにより顔が凄かった。銀髪の子よりもパッチリした大きな目にしっかり筋の通った鼻、柔らかそうなバランスの取れた大きさの唇。その全部が奇跡的なバランスで配置されていて、作り物のような完璧な美しさを誇っていた。ちょっと見た事ないような美少女だった。
そんな二人の美少女が俺らの方に近づいてきた。すれ違うだけかと思ったが、銀髪の方から声をかけられた時は口から心臓が飛び出すかと思ったな。
「すみません」
「は、はい!」
少し緊張で返事の声が裏返っていたのは恥ずかしかったな。
「あたし達旅をしているんですけど、知ってたらこの町の宿事情を教えてもらえませんか?」
確かに旅人なら宿の事情はわからないだろう。特に女所帯だけに、危ない宿だけは避けたいだろうから、その辺の情報はきっちり取りたいだろうな。
職業柄、他の町からの応援を受け入れるから宿事情は結構詳しかったりする。その辺の情報を厚めに一通り説明してやると、お礼を言って繁華街の方に歩いていった。
そのまま呆けていると、同じように呆けた顔したエルパスが俺に話しかけてきた。
「なぁ、ルオーロ、俺…この話だけで半月は酒飲めるわ」
「おぅ、奇遇だな、俺もだ…」
その後もたっぷり十分から二十分くらい呆けていたか、やっと再起動した俺たちは当初の予定通り飲みに繰り出す事にした。場所は「奇跡の虎亭」だ。モデルは生息数が少なく発見率も低いが、遭遇できたとしても討伐できる者が限られるというネマイラタイガーだ。
安宿も併設されたその店は、地元住人憩いの食堂で、夜になると仕事終わりに一杯引っかけたい奴等が集まってくる。その日もいつものようにいつもの顔触れが揃っていたが、どうも様子がいつもと違う。飲んで騒いでいるというより、ざわつている感じだ。
「なんかあったのか?」
エルパスがその中の一人に聞くと、そいつは少し興奮した様子でまくし立てた。
「今日な、信じられないくらい綺麗な姉ちゃん二人組を見たんだ!今その話で持ちきりだぜ!」
あ~、その話かと納得した。俺の中でもその話題はかなりホットなネタだ。同じように見ている奴なら間違いなく話のネタのトップにくるのは間違いないわな。
「銀髪の方は多分、ネマイラ自警団エース魔術師のエメラディナだな」
「話には聞いた事あったけど、エメラディナってあんなイイ女だったのか」
「俺はもっとゴリラみたいな女だと思ってたわ」
「あ~、俺も俺も」
「噂では魔力量はすごいけど、清楚で人を傷付けるの嫌いらしいぞ」
「同じ女として、憧れるちゃう」
「ルビアスの再来とかなんとか」
「一緒にいた青髪の子の方がかわいかったな」
「髪が青いって事は魔力量も凄いってことだよな」
「ルビアスもアリエラも銀髪だったから、それ以上ってことか」
「アリエラはともかく、複数属性に適性のあったルビアスとは比較できんだろうよ」
「そういえば最近急に現れた青髪の凄い魔術剣士がいるって噂聞いたけど、もしかしてあの子か?」
「俺は生前のアリエラ見たことあるけど、そっくりだぞあの子。娘だったりしてな!」
「綺麗なタイプのエメラディナに可愛いタイプの青髪の子、どっちもいいなぁ」
「それにしてもネマイラ自警団の看板が何でネマイラ出てきちゃったんだろうな?」
誰もが同じネタで大盛り上がりしている。噂が一人歩きしそうな話題とか出所が怪しい情報もあるにはあるが、何もない町での特大の話題のネタだ、仕方ない部分も多いかもしれない。
話は盛り上がることこそあっても、ネタが無くなって話題が変わることはない。むしろみんな興が乗ってきたところで、驚きの人物が店に入ってきた。
「こんばんは~。席の空きありますか?」
ここにいるのは誰が入ってこようが気にしない連中だ。最初はほとんどの奴が気付いていない。俺も入り口に目がいったのは偶々だった。
そこにいたのはまさに今俺達が話のネタにしている二人だった。
「お、おい!あれ!」
焦った俺は、赤ら顔で同じ話を延々と同じ事を繰り返し話している隣のエルパスの肩を揺する。
「なんだよ、何か面白いもんでも……うお!!」
エルパスは少しめんどくさそうに俺が見てる方向に顔を向けて、そして盛大に驚いた。
俺達と同様に楽しく騒いでいた連中も少しづつその様子に気付いて、それまでの騒がしい喧騒がざわめきに変わっていく。
入ってきたのは俺たちの中で一番ホットな話題を提供してくれた二人だったのだから無理もない。
その間にも二人は女将から一言もらって端っこの席に座っていた。
「もしかしてあの二人ここに泊まる気か…?」
「いくらなんでも、ここはまずいだろ。女将に注文取りがてら注意してもらうか」
そんな話が近くから聞こえてくる。
誰かが女将に入れ知恵をして実際に二人には伝わったようだが、元から安宿の危険性は理解していたみたいだ。世間知らずな見た目のわりに意外としっかりしてやがるな。一応俺がその辺の事情は教えてやってるから、その辺も参考にしてくれたのかもしれない。
それまで過熱気味だった話題もご本人登場で少し下火になっている。本人達がいる前でそれまでの噂話なんてできるわけがないから当然といえば当然か。
話したい事が話せない、強引に話題をすり替えた状態に店の中は少し異常な雰囲気に包まれていた中、少し面倒な奴が店に入ってきた。
通称軽口ナンパ男。店に来た若い女を見つけては相席を迫ってナンパするってのが手口で、俺らみたいな地元の奴は誰一人相手しない奴だ。
ほぼ上手くいかない事をネタにされるような奴なんで、いつも放置するんだが、今日はよりによって話題の二人をターゲットにしたようだ。
すぐに振られて、俺らはまたそれをネタにするつもりでその時を待ってたんだが、物凄い叫び声が聞こえてそっちを見ると、軽口ナンパ男の右肘より下が明後日の方向をむいていた。さらに向こうではさっきエメラディナと呼ばれてた銀髪の女が、それだけで人を殺せそうな視線をナンパ男に向けつつ、手には青白い炎を出しているところだった。
あの炎はヤバイ。色からして当たっただけで蒸発しちまいそうだ。
あの視線もヤバイ。向けられたらショック死しちまいそうだ。
さすがに連れの青髪の子が焦って後ろから抱き付いて止めているから強引には動いていない。下手に暴れると手の炎が自分や止めてる連れの子に当たる可能性があるからな。
エメラディナと青髪の子が押し問答やってる内にナンパ野郎は出禁になった上に、ほうほうの体で逃げていった。
ざまあねえな。
さすがに回りに注目されてるのに気付いたのか、エメラディナはペコペコ周りに謝っている。ナンパ野郎の自業自得だから謝る必要もないと思うんだが、騒ぎを起こした事は悪いと思ってるみたいだな。
「殺しちまってもよかったのにな」
気にするなって意味も込めて、誰もが思っている事を代弁して言ってやったぜ。
その後は、一気に周りとも距離が縮まって、俺らみたいな地元の奴らと仲良く絡み始めた。あんな事があった後なのに、最初に声掛けた奴勇者だな。でも、いい仕事してくれたよ。
どうも話を聞く限りはナンパ野郎が手をアリエッタっていう青髪の子に置いただけで激昂したエメラディナが暴走したって話だが、話してみるとそんな事しそうにないくらい良い子なんだよな。誰だよ、ゴリラ女だなんて思ってた奴は。
宴もたけなわ、アリエッタが眠そうにしてたところで話題の二人は宿に帰っていった。こんな危ない安宿に泊まる訳じゃないって事で一安心だ。
残った奴らでまた話の続きは、もちろん話題の二人のネタだ。
「エメラちゃんカッコよかったなー。『姫に触れるな下郎』キリッ!ってな感じで」
そう話すのは少し夢見がちな表情をしたレイラだ。いい歳して夢見てるせいで完全に嫁き遅れてはいるが、根はいい奴だ。
「ちょっと盛り過ぎだけど、確かに姫を守る騎士みたいな感じだったよな」
少し大人っぽく綺麗系の顔立ちのエメラディナが騎士で、童顔で可愛い系の顔立ちのアリエッタが姫。女同士だが、確かに様になるからこそのみんなの反応だろう。むしろ女同士な事に興奮してる変態もいたが、そんな奴はどうでもいい。
馬鹿馬鹿しくも楽しい時間を過ぎていき、特別な一日の夜は更けていった。
次の日の朝早く、二人は隣町に向けて出発して行ったらしい。異例の見送りがいたとかいなかったとか。
ちなみに後日、例の二人は姫と騎士として語られていくのは当然のことだった。
 




