4話 中継の町エウレア
タイトル変えました。
まだいまいちピンとこないんですが、前のよりかはマシになった気がします。
アリエッタの印象は「地味」という少し辛辣なものだった。それくらい、エウレアはネマイラと比較すると華やかさに欠ける町だった。
旅の商人達が利用する宿屋に飲食屋、食材屋、雑貨屋、鍛冶屋、そして教会。一通りの設備や店舗は揃っているが、最低限といった感が強く、品揃えもあまり良いとは言えない。
しかし、それはセヴィーグ自治区西部の最重要都市であるネマイラと比較してしまうからであり、他のセヴィーグ自治区内の町と比較すれば見劣りするものではない。日本で言えば、東京や大阪といった大都市の人間が地方都市に行くと物足りなさを感じるのと同じ感覚だろう。
一年で最も太陽の出る時間が短い時期であり、既に西日が町を照らし出している中、二人は宿探しをしていた。
エウレアには宿泊のできる施設が三軒存在した。三軒すべてがそれぞれの客層と被らないような営業形態を取っていた。
一つ目は裕福な商売人やそれぞれの町の長等を相手にした高級宿だ。部屋は広く取り、その調度品、装飾品といったものも高級なものを揃えていた。併設した食堂も大衆食堂というよりは高級レストランと言った方がしっくりくるような落ち着いた雰囲気の中、提供される料理も一般的な生活レベルの人では手の出ないような値段のものだ。
二つ目は一般的な生活レベルの人が少し贅沢をしながら観光を楽しみたい、そんなニーズに応えた宿。少し高めではあるが、少し奮発すれば泊まれないこともない。一般人向けのリゾートホテルと言ったところか。
三つ目は泊まれれば良いというレベルで、宿代は格安の宿。一階には大衆食堂を併設しており、宿泊者もそこで食事を取ることがほとんどだ。
サービスもセキュリティも正しく大・中・小だ。
「寝首かかれたり夜這いされても困るから、ちょっと高いけどこっちにしようか。臨時収入もあったことだし」
そう言って指差したのは「雲の宿」と書かれた中級の宿だ。女二人という事もあり、セキュリティは無視できない問題だった。その点で安宿では施錠ができない等の問題があったが、「雲の宿」では簡易的とは言えど施錠ができるというのは大きな安心材料だった。さらに値段が高いというだけで、すべてとはいかないまでも、確実に一部の性質の悪い客をふるい落としている事も間違いない。
「でもお金大丈夫?」
当然の事ながら、街を出てきてしまっているわけだからアリエッタは勿論の事ながら、エメラも今後は収入がない。エメラ自身、今まで質素な生活を続けてきた事もあり蓄えは潤沢にあったが、今後も収入がない事を考慮すれば無駄遣いは避けるべきだ。アリエッタはその辺を心配していた。
「うん、さっきのネマイラタイガーみたいに道中で獲物を狩って、それを売りながら行けば問題ないわ。それにサーフィトまで着いたらネマイラの乾物売ればちょっとした財産になるしね」
エメラはセヴィーグ自治区産のドライフルーツ等の乾物を大量に買い込んでいた。人間族にとっては貴重で高値で取引されているのを知っての事だ。
「道中できるだけ狩れるものは狩って、エメラの蓄えは残るようにしよう」
「そんなの気にしないでいいの」
自分のために蓄えを切り崩させてしまっているというアリエッタの引け目からの言葉だったが、そもそもお金への執着のないエメラは即座にその言葉を否定する。この手の話はいくらアリエッタが異を唱えたところで、エメラは聞く耳をもたない。アリエッタは「またか」と思いつつこっそりと溜息をついた。
幸い、「雲の宿」で二人部屋を一部屋取ることができた。この日はまだ部屋に空きがあったようだが、時期によっては希望の部屋を取れないこともあるのだと宿の女主人から聞いた二人だった。
基本的にはオオトカゲに跨っていただけだが、同じ姿勢でずっと乗っているというのは意外と疲労が溜まっているものだ。部屋に入ると、二人してぐったりとしてしまっていた。少しづつ慣れてはいくだろうが、初日でこれでは先が思いやられると、アリエッタはほんの少しだけ後悔していた。
「ご飯行こっか」
エメラがそう切り出したのは、外は完全に日が落ちて酒場らしき飲食店から景気のいい話し声や笑い声が聞こえてきた頃合だった。
「雲の宿」も夕食は提供していたようだったが、別料金の上にやはりというべきか、割高だった。その為、食堂も物静かでよく言えば上品、悪く言えば静か過ぎて居心地が悪そうだった。
結局、安宿が併設している大衆食堂で食べる事にした。
大衆食堂というだけあり、地元の人々が飲み屋代わりに使ったりもしていて、なかなかに賑やかだ。客足もかなり良く、店内では数人の給仕が忙しく動き回っている。
「お好きな空いた席について待っててくださいね~!」
アリエッタとエメラが店に入ると、ふくよかな年配の女性給仕が二人にそう声をかけてきたため、二人は端の方に空いていた四人掛けのテーブルについた。しばらくすると、最初に声をかけたきた給仕が注文を取りに来る。
「鳥の香草焼きと川魚のフリットと地元野菜のサラダ、それとパンをバスケットでお願いします」
「はいよー。ちょっとお待ちくださいね~」
エメラの注文に対して、慣れた様子で伝票を書き込んでいく給仕だったが、思いついたように再び質問を口にする。
「ところであんた達、旅人みたいだけど、ここに泊まる気かい?」
「いえ、『雲の宿』に泊まります」
「そうかい、そうかい、それならいいんだ。あんた達みたいな綺麗な子には、ちょっとここは危ないからね」
アリエッタとエメラは顔を見合わせると、その給仕に詳細を聞いてみた。
やはり、窃盗、強姦といった事は、実際に過去何度か発生していたようだ。更に、そこに未遂も加えれば決して少なくない件数が発生しているということだ。
「中級宿といっても万全じゃないからね。気を付けるんだよ」
給仕はそう言うと仕事に戻っていった。
結果的にエメラの予測と行動は正しかった事が証明された形になり、エメラはどこか誇らしげに薄ら笑いを浮かべていた。その様子に少しイラっとしたアリエッタはあえてスルーする事にした。
しばらくして、運ばれてきた料理に二人して舌鼓を打っている時にそれは起こった。
「すみません、混んでるので相席いいですか?」
見た目は二十歳前後で、パッと見は線の細い男が声をかけてきた。その言葉にアリエッタは周囲を見渡すと、混雑してはいるが相席をしなければならないほど席が埋まっているわけではなさそうに見えた。そして何より、相席になる場合は通常店側からお願いされるものだ。
「他に席空いてますよ?」
「俺一人なんで、店の人に申し訳なくて」
アリエッタは「こっちには申し訳なく思わないのか」と強く思ったが、ぐっと堪える。
「すみませんが、他当たってもらえませんか?」
男はアリエッタのその言葉に態度を一変させた。
「いいじゃねぇかよぉ。かわいい女の子と飯食いたいんだよ。いいだろ?な?」
男がそう言ってアリエッタの肩に右手を置いた時だった。
ゴキッという鈍い音がしたかと思うと、男の右肘より下が人体の構造上有り得ない方向を向いていた。
「うあああああ!!!」
男は叫び声を上げて、肘を押さえて蹲った。
「アリィに気安く触れるな、下衆が」
いつの間にか立ち上がっていたエメラが氷のように冷たい声で言い放った。エメラのその表情はアリエッタですら背筋が薄ら寒くなるほど冷たく、それでいて威圧感の強いものだった。それはいつものエメラを知っている者であればアリエッタのように驚愕に目を見開く事だろう。
そして、男のその腕もエメラが限定的な範囲で強烈な風を起こすことで肘をへし折ったのだ。
男は自分の肘を折った相手を憤怒の形相で睨みつけるが、その相手であるエメラの姿を見た瞬間に表情が凍り付いた。エメラの右手に青白い炎を出現させていたからだ。
男は短く小さい悲鳴を上げると尻餅をついて、そのまま後ずさる。
「エメラ、それはダメだって!!」
さすがにこれ以上は大事になりすぎると判断したアリエッタは急いでエメラを止めに入る。
「アリィ、止めないで。あたしはこいつを殺さないと気が済まないの」
「だからダメだって!!何をそんなに怒っているかわかんないけど、落ち着いて!」
アリエッタが必死にエメラを宥めていると、騒ぎを聞きつけたアリエッタ達の対応をした給仕が何事かと様子を見に来た。
「何騒いでるんだい。いざこざなら他で……って、またあんたかい。いいかげんにしとくれよ。……あんた、今日からうちの店出入り禁止だからね」
男は声も出ないのか、無言で何回も首を上下に振っている。
しかし、これで片付いた訳ではなかった。アリエッタが必死にエメラの腕を抑えながら男に声をかける。
「僕がエメラを抑えている間に早くどこか行ってください!!」
アリエッタの言葉を聞いた男は、まだ炎を消そうとしないエメラを見ると一目散に逃げていった。
アリエッタもエメラも今気付いたが、店内はシンと静まり返り、ほぼすべての客の視線を集めてしまっていた。あれだけ大騒ぎをしたのだからそれは当然の帰結だった。
「お騒がせしてすみません…」
エメラはどこか収集のつかなくなった現状に、一言周囲に対して謝罪する。
「姉ちゃん、カッコいいなー」
「いけ好かない野郎だったからスッキリしたぜ!」
「殺しちまってもよかったのにな」
そんなエメラに対して、他の客からは好意的な野次のような、からかうような言葉がかけられ、少しづつ店内は元の喧騒に戻っていった。中には明らかに不愉快そうな態度を取る者もいたが、特にエメラに対して声をかけることもなく自分達の食事と歓談に戻っていった。
最後まで残っていたその場を収めた給仕は再びアリエッタとエメラに声をかける。
「悪かったねぇ。あの男、頻繁にウチに来てはさっきあんた達にしたみたいに相席を理由にして若い娘を口説いてたんだよ」
「こちらこそ、騒ぎを起こしてしまってすみませんでした」
「いいのよ。店の備品も壊れてないし、厄介なあの男を出禁にできたんだから、むしろ感謝してるくらいだわ。そうだ、料理も冷めちまったし、少しサービスするからゆっくりしてっておくれ」
その後、給仕により少しどころか食べきれないほどの盛大なサービスを受けて宿に戻ってきたのだった。
ネマイラを出て初日、旅慣れない事もあってアリエッタもエメラもかなり身体的な疲れを感じていた。そこにきて、アリエッタは初めて見るモンスターもいたりと気を張っていた事で精神的な疲労も強く感じていた。
そんな状況もあり、食事を取って戻ってきた後は、体を拭う程度にとどめて二人してベッドに入っていた。
アリエッタは寝る前にその日一日の事がグルグルと頭の中を駆け巡っていた。長時間オオトカゲに乗っての移動も初めてなら、ネマイラタイガーと対峙するのも初めてと初めてのことが多かった。それに加えて夕食の際にエメラがアリエッタに見せた新しい一面。
(まだまだ知らない事だらけだな)
そんな事を考えながらも心身共に疲れきっていたアリエッタは、少しづつまどろみ始めると、そのすぐ後には既に静かな寝息をたてていたエメラと同様に寝息を立て始めた。
しかし、アリエッタが寝入った直後、唐突にエメラの寝息が途切れ、目がパチッと開いた。
エメラは自分のベッドから抜け出しアリエッタに近付いていくと、優しい手つきで月の光を反射する青く艶やかな髪を撫でる。
「あなたはあたしが必ず守るから…」
エメラは自分にしか聞き取れないような小さな声で呟いた。そのままアリエッタのベッドに潜り込んで横からアリエッタに抱きつくと、再び目を閉じて体を休めるため深い眠りの中に落ちていくのだった。
 




