表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第2章 亜人種の住処
27/123

2話 旅立ちの日

 一通りの準備と挨拶が済み、ついに旅立ちの日を迎えた。

 荷物は全て乗用のオオトカゲに括り付けて、アリエッタとエメラはかなり軽装だ。少し厚手のワンピースを腰のベルトで縛り、下には膝丈のショートパンツという出で立ちだ。アリエッタのイメージからするとおおよそ旅に出るに相応しい服装とは思えないが、服装だけに限れば魔法があるこの世界では、地球で言うところの「ちょっとお出かけ」という程度の意識のようだ。

 この日の為にアリエッタもトカゲに乗る練習を重ねてきて、今では全力の八分程度のスピードで走らせる事ができるようになった。オオトカゲは馬と違って上下の揺れがは少ないが左右の揺れが大きい。そのため、お尻が痛くならない代わりに酔い易く、アリエッタも最初のころはよく道端で蹲る羽目に陥っていた。

 しかし、全長三メートルを超える巨体のわりに動きは素早く、その速さは馬に勝るとも劣らない。しかも馬より力も持久力も高く、ある程度の重量までであれば一日中走らせてもビクともしない。

 純粋に移動手段、輸送手段として捉えるならば馬より優秀な生き物であると言える。しかしネックはそのビジュアルにある。爬虫類特有の縦長の瞳孔にグレーのザラザラした表皮。大きいトカゲをドラゴンと表現する事もあるが、そのオオトカゲはドラゴンとはまったく違う、ただ大きいだけのトカゲであった。アリエッタのように日本人であれば、爬虫類のその見た目に嫌悪感を抱く人も少なくない。人が使役するタイプは変に模様などが入っていない無地だった事が唯一の救いだろうか。

 幸い、アリエッタは爬虫類に対して特別悪い感情を持っている事もなく、見た当初こそ地球ではありえないサイズに引いてはいたものの、慣れてしまえばどうという事もなく受け入れる事ができた。

 爬虫類は基本的に人に懐く事はない。しかし、魔力の影響で巨大化したこの生き物は頭脳も元来のものをはるかに凌駕していた事もあり、明らかに人の言語を一部理解していると思われる行動を取っている。乗用として使役できるのもその一つであり、慣れた相手であれば人に対して親愛の情を持っていると思われるような行動を取ることがあった。


「これからよろしく頼むね」


 アリエッタがそう声をかけながらオオトカゲの首辺りを撫でると、オオトカゲは顔をアリエッタの腕に摺り寄せた。アリエッタが「ゴロー」と名付けたこのオオトカゲは騎乗練習の時からのアリエッタのパートナーであり、特に人とのスキンシップを好む傾向があるようだった。


「スカウパがここまで懐くなんて珍しいわね」


「この子だけは特殊みたいだね」


 スカウパとは魔族が使役する乗用オオトカゲの総称だ。

 やはり、腐っても爬虫類だ。ここまで人に懐く事は稀有な事のようだ。その証拠に、エメラもアリエッタと同じように自分のスカウパの首を撫でるがまったく反応していない。むしろ、これくらいの反応が普通なのだ。


「むう…うちの子は可愛げないのよね…」


「スカウパは辛うじて使役できるというレベルだからな。ペットには向かんよ」


 見送りに来ていたジムがそう指摘した。それでもエメラはゴローの懐きぶりが羨ましそうな様子だった。


「スカウパも人と一緒で性格はそれぞれだ。表に出さないだけで忠実なのも結構いるみたいだぞ」


 ゴローがジムのその言葉にしきりに頷いているように首を上下させていた。もしかするとジムの言葉を理解して肯定しているのかもしれない。その様子にエメラのスカウパがプイッと顔を背けた。まるで照れ隠しをしているような仕草に一同は笑い声を上げるのだった。


 見送りに集まったのは、ジム夫妻にリーズ、レナ、カイル、自警団の一部メンバーだ。フリッド、レーンズ、クレストは朝だった事もあり、すでに仕事中だったため既に前の日に別れは済ませてあった。

 レナはエメラに、カイルはアリエッタにくっついて離れようとしない。行かせまいと最後の抵抗のつもりのようだ。


「ほら、レナ、カイル、そろそろ離してあげないとお姉さん達出発できないでしょ」


 リーズのその言葉にもしがみついたまま二人は反応しない。二人も挨拶の時にはひとまず納得したとはいえ、いざ別れの時となると、それを感情が受け入れないのだろう。出発できないならずっと離れない、そんな雰囲気すら醸し出す二人だが、それではアリエッタもエメラも困ってしまう。

 アリエッタは少し強引にカイルの顔を自分の方に向けさせて、口を開いた。


「絶対帰ってくるから、それまで待っててくれるって約束したよね?」


「…うん」


「それじゃ、そろそろ離してくれるかな?」


 アリエッタがそう言うと、カイルは無言でアリエッタのスカートから手を離した。目には我慢していても溢れてきてしまうものがあったのだろう、涙を湛えていて今にも溢れ出しそうだった。


「…おねーちゃんたち、ばいばい」


 カイルはそこまで言うと、一目散に走っていってリーズの腰に抱きつき大泣きし始めた。それを見たエメラもレナに優しく声をかける。


「ほら、カイル君もちゃんとできたんだからお姉ちゃんのレナちゃんもしっかりしないとね」


 その言葉に顔を上げたレナの目は真っ赤だった。


「また必ず会えるから。ね?」


 レナはエメラの言葉に反応して、少し離れる。


「ぜったいだよ!やくそくだよ!」


「うん、約束する」


 エメラは柔らかく微笑んでレナに返事をすると、レナの表情は一転して笑顔になった。


「エメおねーちゃん、アリィおねーちゃん、いってらっしゃい!」


 それだけ言うと返事も待たずに家の方向へ走っていってしまった。五歳にして自分の気持ちをここまで押さえ込んで、最後は笑顔で挨拶できたのは将来有望かもしれない。


「ごめんなさいね。ちょっと放っておけないから私達も先に失礼するわね。二人とも気を付けて行ってらっしゃい」


 さすがにレナを一人で放っていくわけにはいかないリーズとカイルも挨拶はそこそこにレナを追いかけて行ってしまった。


「少し騒がしくなったが、改めて気を付けてな。本当に命が危なくなったらこれを使ってくれ」


 ジムはそう言うとエメラに一枚の紙を渡した。その紙には複雑な幾何学的な線の模様が書かれていた。


「これは?」


「瞬間移動の魔方陣だ。一回限りだが、そこに魔力を流し込めば一瞬でこの街に帰ってこれる。命を脅かすような相手に遭遇したら無理せずそれで帰ってきなさい。無事何事もなく目的を達成できたなら、それを使って帰ってくるといい」


 瞬間移動は非常に便利な魔法ではあるが、それが故に危険性も高く、現在では対応するポイントにしか移動する事はできない。さらにはそのポイントに移動可能なのも特定の魔力を封入した魔方陣を使った場合のみだ。つまり、ネマイラのポイントを使用したい場合は、ネマイラ用の魔力を封入した魔方陣スクロールが必要になるのだ。そしてそのスクロールを作れる管理者はジムだけだった。

 さらには街のセキュリティという観点から、おいそれと配るわけにはいかない。そんな背景から一部の信用できる者にしか配布されず、非常に貴重なものとなっていた。


「こんなもの貰ってしまっていいんですか?」


「あぁ。本来は公的な任務の場合でしか渡さないんだが、君達ふたりは自警団にとって最大戦力の一つでもある。そんな二人になら文句も言われないだろうからな」


 ジムとしては完全に個人的な理由として渡してしまってはいるが、あくまで公的なものだと強調する事によって周囲の雑音をシャットアウトする狙いがあった。ものは言い様だ。


「エメラ、名残惜しいけどそろそろ出ないと夕暮れに間に合わなくなっちゃう」


「そうね。もうあんまりゆっくりしている余裕はないね」


 次の街までは七十キロ前後の距離だ。既に昼に近くなっている事もあり、これ以上遅くなると次の街に入る前に日が暮れてしまうかもしれなかった。


「しつこいようだが、くれぐれも気を付けてな」


「必ず生きて帰ってくるのよ!?」


「はい!ジムさんとジェシカさんも色々とありがとうございました。必ず二人で帰ってきます」


 ジムとジェシカの言葉にエメラは力強く頷き、生きて戻ってくる事を誓ったのだった。

 アリエッタとエメラはそれぞれのオオトカゲ、ゴローとランドに跨って再び見送りに来た人達に向かって一礼すると、ゆっくりとオオトカゲの足を進めさせていった。

 見送りに来た人々は二人が見えなくなるまで西門の前で二人を見送ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ