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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第1章 異邦の地ネマイラ
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15話 弟子入り志願

 ジムの家に向かって歩いている礼とエメラに声がかかる。


「エメおねーちゃん、アリィおねーちゃん、こんにちは!」


「あらレナちゃん、カイル君こんにちは」


「こんにちは」


 声をかけてきたのは五、六歳くらいであろう活発そうな女の子だった。その後ろには3歳くらいであろうか、女の子の後ろに隠れるように一人の男の子が立っていた。


「カイルもあいさつしなきゃダメでしょー!」


「うー……こんにちは…」


 男の子はかなり恥ずかしそうに一層女の子の後ろに隠れながら、小さな声で挨拶を返す。しっかり者の姉レナに恥ずかしがり屋で人見知りの激しい弟のカイル。この姉弟はエメラの家の近所に住んでいて、礼がアリスフィアに来る前からエメラにはかなり懐いていた。礼がいる今でこそカイルはレナに隠れてしまっているが、エメラに対してはあまり人見知りする事がない。


「カイル君、なに遠慮してるの?」


 エメラはしゃがんでカイルの顔を覗き込むと、カイルははにかんだ様な笑顔を見せる。


「なんだよカイル君、僕の事は嫌いなのかな~?」


 礼も笑顔でそう言って人差し指でカイルの頬をつつく。すると、嫌そうな顔をすることもなく笑顔で体をよじる。カイルも別に礼が嫌いなわけではなく接し方に戸惑っているだけなのだ。どのような態度を取ればいいかわからずに無意識のうちに距離を取っている、そんな状況だった。


「あー!カイルばっかりずるい!」


「そんな事言う子はこうだ!」


 二人が弟にばかりかまう事に嫉妬して騒ぎ出すレナを礼は軽く抱き上げる。


「きゃはっ!アリィおねーちゃん、いいにおいー」


 レナは礼の首筋にぎゅっと抱きついてスンスンと鼻を鳴らす。礼は香水の類は何もつけていなかったが、頭か服を洗った際の石鹸等の匂いだろうか。5歳児ともなると、20キロ近い体重があり女性では抱き上げるのが大変になってくるのだが、この世界では魔法での身体強化があるため礼でも難なく抱いていることができた。

 礼がふと視線を落とすと、物欲しそうに礼を見ていたカイルと目が合う。


「レナちゃん、今度はエメラお姉ちゃんの所に行こっか?」


「うん!」


 礼がそう言ってレナを降ろすと、レナは今度はエメラに向かって走っていって抱きついた。エメラもそんなレナを笑顔で抱き上げる。


「エメおねーちゃんもいいにおいー」


 礼にしたようにぎゅっとエメラに抱きついたレナを横目に、礼が今度はカイルを抱き上げる。カイルは恥ずかしそうにしていたわりには、嬉しそうな笑顔を見せると礼の首元に抱きついた。


「カイル君は甘えん坊だなぁ」


「ぼく、あまえんぼうじゃないもん…」


 誰がどう見ても、カイルはかなりの甘えん坊なのだが、本人はそれを否定する。礼もあえてそれを否定はせずに背中を撫でてやる。


「エメラ、どうしようか?」


「うーん、そうね~…レナちゃん、カイル君、お姉ちゃん達ジムおじさんのお家に行くけど一緒に行く?」


「いくー!」


「おねえちゃんがいくならぼくもいく…」


 急に子ども二人連れて押しかけて迷惑じゃないだろうか、と礼は思案するが、人の良さそうなジムの顔を思い出して問題無さそうだと結論付ける。もし迷惑そうなら用件だけ話してすぐにお暇すればいい、そんな事を考えながら、礼はカイルを抱きかかえたままジム宅まで歩いていく。


 ジムの家は礼が想像しているよりもかなり大きかった。礼の日本人的な思考で言えば、所謂豪邸と言われる部類に入ると言えた。実際にプールはないが、庭、プール付きと言われるレベルで敷地も広い。この町ではこれがスタンダードかと言うとそうでもなく、一般的な家庭は平屋建てのキッチンと寝室三、四部屋程度の日本でも一般的なものだった。

 そんなジムの家はレンガで壁が建てられていて、ドアが木、窓はガラスという規模こそ違うものの、エメラの家と大差ない、ネマイラでも一般的なものだった。文明レベルは地球で言う所の古代から中世くらいであるにもかかわらず、ガラスという地球では当事は非常に高価だったものが一般的に普及している事に礼も驚いたものだ。しかし、魔法という地球にはない要素により、現代の地球と同等のものが同等のレベルで存在しているものもあった。ガラスがまさにそれに該当する。

 エメラが一旦レナを降ろしてドアをノックすると、中から聞き覚えのある女性の声で返事が返ってくる。


「あら、エメラちゃんじゃないの。それにアリエッタちゃんと…レナちゃんとカイル君だったかしら?」


「ジェシカさん、こんにちは」


 礼とレナ、カイルも続いて挨拶する。


「まぁまぁ、いらっしゃい。中でゆっくりしていってね」


 カイルは慣れていない相手には一歩引いて状況を見るところがあるのか、今度は礼の腰にしがみいて様子を見ていた。

 用件も伝えていないにもかかわらず中に招き入れる様子に礼は驚くが、エメラはジム夫妻とは付き合いがそれなりに長そうだったこともあり、いつもそんな感じなのかもしれないと思い直す。


「ところで、今日はジムさん、いらっしゃらないんですか?」


「奥にいるわよ。主人に御用だったのかしら?」


「はい、少しお願いがあって…」


「あら、そうだったの。あ、この部屋で待っててくれる?主人もすぐ連れてくるから」


「急に押しかけてしまってすみません」


「いいのよ。エメラちゃんとアリエッタちゃんならいつ来てくれても歓迎するわ」


 ジェシカはエメラ達四人を客間らしき部屋に通すと、微笑みながらそう言って部屋から出て行った。ジェシカの見た目は30代に届くか届かないかのとびきりの美女であるにもかかわらず、持っている雰囲気は「人の良いお婆さん」というギャップに、礼は相変わらずの違和感を感じる。わかってはいてもこのギャップだけはなかなか慣れない礼だった。

 礼とエメラが少しの間レナとカイルの相手をして待っていると、ジムを伴ったジェシカが客間に戻ってきた。


「やぁ、いらっしゃい。こないだ道で挨拶して以来かな?」


「はい、お邪魔してます」


 簡単な挨拶を済ませると、ジムはジェシカに目で合図を送る。状況を機敏に察したジェシカは幼い姉弟に声をかけた。


「さあさ、お姉さん達はおじさんとお話があるから、レナちゃん達はおばさんとおやつにしましょうか」


「おやつ!?食べる!」


「ぼくも!」


 「おやつ」という子ども達にとっての魔法の言葉は姉弟の目を輝かせて、それまでベッタリだった礼とエメラから興味を逸らせる事に成功した。


「それじゃ、食堂に行きましょうね」


「「はーい!」」


 ジェシカは姉弟を連れて客間を出る前に礼とエメラに声をかける。


「子ども達の事は任せてもらっていいから、ゆっくりしていってね」


「勝手に連れてきて、すみません」


「子どもは好きだから全然かまわないわ。気にしないで」


 ジェシカはエメラの謝罪にも本当に気にしてなさそうに、むしろ少し楽しそうに言うと客間を後にした。


「さて、やっと落ち着いて話ができるな。それで今日はどんな御用かな?」


「はい、単刀直入にお話します。不躾手で無理なお願いなのは百も承知ですが、アリエッタに剣を教えて頂けませんか?」


 エメラから話を切り出すと、それまで孫を見るかのように穏やかな顔をしていたジムの表情が途端に険しいものへと変化する。その変化に礼もエメラもそのイメージのズレから若干の驚きを覚える。


「ふむ、理由を聞こうか」


 エメラから、礼が最低限身を守るための手段が欲しかった事、魔力の制御に難があり武器生成して戦う事の方が得意そうな事、魔術剣士としてジムが真っ先に思いついた事を順にジムに説明した。

 ジムは話を聞き終わっても難しい顔をして黙り込んだままだった。すべての説明を終えて、後は返答を待つだけの礼もエメラも固唾を呑んで次の言葉を待つ。少し重苦しい雰囲気が空気を支配しかけた頃になって、やっとジムは口を開く。


「…わかった。身を守る為だけに使うのであれば協力しよう」


 そのジムの言葉に礼とエメラの顔き喜色が浮かぶが、すぐさまジムが続ける。


「ただし、それ以外には極力その剣を振るわないで欲しい。これはむしろ私からのお願いになるかな」


 エメラと顔を見合わせた礼は少し考えた後に力強く返答する。


「できるだけ守る事にしか使わないと約束します」


 非常に曖昧な約束ではあったが、ジムはその返答でも満足できたのか元の柔和な笑顔を見せた。


「私が教えた剣術で嬉々として戦場に行って、その後骸になって帰ってくるなんてもう見たくないのでな。……娘も孫も剣を教えなければ生きていたかもしれん」


 礼には最後の一言は声が小さくて聞き取れなかったが、寂しそうで少し後悔を含んだような、愁いをを帯びた表情をしていたのが頭に焼き付いて離れなかった。


「それでは、実際の指南は明日からにしようか。今日はゆっくり食事でもしていかないか?」


 ジムは一転して穏やかな笑顔を浮かべ、夕食に礼とエメラを誘うのだった。

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