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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第1章 異邦の地ネマイラ
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12話 初めての狩り

 礼とエメラの見つめる先に体高が2メートルはあろうかという巨大なイノシシが野生の芋らしきものを貪っている。


「いい?しっかりイメージしてから間近で発動させるのよ。そうしないとすぐ気付かれちゃうからね」


 礼とエメラは毎日通っている湖へと続く森を、湖とは違った方向に進んだ先で見つけたイノシシに狙いをつけていた。

 囁く様にエメラが礼に指導する。礼はその言葉にしっかりと頷くと意識を集中させる。

 次の瞬間、氷で出来た円盤状の刃が発生し、イノシシの足首を狙って飛んでいく。氷の円盤は見事にイノシシの足首に命中し、イノシシが「ぶごぉ!」という鳴き声を上げると同時にそれより下を切断する。円盤は次々に足を切断していき遂には4本すべてを切断するとイノシシは立ち上がる事が出来なくなり、その場でジタバタと転げ回るだけになる。

 現代日本において人を殺める機会は犯罪者でない限り発生しない。さらには家畜の屠殺に関わるのもごく一部の業者のみである事を考慮すれば、生き物を傷付けるという行為ですら滅多に経験する事がない。

 お肉は美味しく頂くくせに殺すところは見たくない。そんな身勝手な日本人的な思考を例外なく持ち合わせていた礼も、足を失って鳴き声をあげながら転げ回るイノシシを見て強い憐れみを感じてしまい、次の手を出す事を躊躇してしまった。


「何してるの!?早く楽にしてあげなきゃ可哀相だよ!」


 そうしている間も、4本の足を切断されたイノシシは痛みと恐怖でのた打ち回っている。自然の摂理に従って命をもらう事は仕方のない事ではあるが、いつまでも負の感情を持ったまま生かしておくのは気の毒、そうエメラは言っているのだ。

 それでもまだまごまごしている礼に痺れを切らしたのか、エメラは風の刃を発生させてイノシシの頚動脈にあたりをつけて切り付ける。風の刃を受けたイノシシは首筋から大量の血液を噴出しながら体を痙攣させたかと思うと、すぐに動かなくなった。

 それを見た礼は猛烈に気分が悪くなった。よたよたと少し離れた場所まで歩いていくと、木陰で胃の中身を吐き出した。礼は吐きながら、絶命する直前の怯えて助けを請うようなイノシシの目を思い出していた。礼はあの目を一生忘れられそうにない、そう思った。

 見かねたエメラが近付いてきて、優しく礼の背中を擦りながら語り掛ける。


「あなた、本当にこういう経験ないのね」


「うん…ごめん…」


「でも、こういう行為の上にあたし達の生活が成り立ってる。それは胸に刻み込んでおかなきゃダメ」


「そうだね、わかってる…」


 礼もわかってはいるつもりだった。しかし現実の命のやり取りはそれまで礼が考えていたような生易しいものではなかったという事だ。


「よし、それじゃ次!」


「え!?」


 礼が驚くのも無理はない。礼の精神的な影響は置いておくとしても、体高2メートル全長3メートルはありそうなイノシシをどうするのかという疑問が残るのだ。それを差し置いて次にいくとは礼も思っていなかった。むしろ、今日は終わりだとすら思っていたくらいだ。


「もう疲れちゃった?」


「それも無くはないけど、アレは?」


 礼の指差す先は勿論仕留めたイノシシだ。


「あぁ、その事ね。それなら置いておいて後でまとめて持って帰るよ」


 イノシシ一頭で既に持ち運ぶのが不可能そうにもかかわらず「まとめて持って帰る」とエメラが言うには当然理由があった。


「こんなのどうやって持ってくの?」


「これよ」


 そう言ってエメラが取り出したのは入れ口が1.5メートル、深さが1メートルほどある大きな袋だった。しかし、袋としては大きいが、とても巨大イノシシが入るような大きさではない。礼が怪訝そうな顔をしているとエメラが続ける。


「見た方が早いかな」


 エメラはそう言うなり意識を集中して魔力を放出し始めた。すると、少し離れた場所にあったイノシシの死骸が袋に引き寄せられていく。そして、頭から袋の中に入っていくが、どう見ても肩口あたりで引っ掛かりそうに礼には思えた。しかし、その礼の予測を覆してイノシシは徐々に袋の中に入っていき、ついにはすっぽり中に収まってしまった。


「ええええ!?どうなってんの、これ!?」


 礼が常識として持っている物理法則を完全に無視した光景で、何が起こったのか礼にはさっぱりわからなかった。袋の中を覗き込むと、丸々イノシシの死骸が収まっている。しかし明らかに中の深さと外見が一致していない。


「旅に出るときに荷物入れたりするのにも重宝するんだけど、袋自体に魔法が掛かってて空間を圧縮してるらしいわ。だから袋の見た目の50倍くらい中に入るようになってるの。重さは変わらないから、そこは考えないといけないけどね」


 イノシシ一頭で既に1トンはありそうで、重量がそのままであれば運ぶのは不可能ではないかと礼は思ったのだが、ここでまた信じられない光景を目にする。エメラがイノシシの入った袋を軽々と持ち上げたのだ。


「重量変わらないんだよね…?」


「うん、変わらないよ」


「何で持てるの…?」


「そっか、それもか…。これはね、魔法で身体を強化してるの。強化したいところに魔力を纏わせる感じ」


 いまいち感覚がわからない礼は、試しに右腕全体に魔力を纏わせるイメージをして近くに落ちていた小さな石を拾って軽く投げてみる。すると、その石はバドミントンのシャトルをラケットに当てた直後でも出ないようなスピードで飛んでいき、一本の木に当たると貫通し、その次の木にあたりめり込んだところで止まる。

 その光景に驚いたのは、他でもない礼自身だった。


(なんなのこのチート…)


 礼はそう思ったが、実際この世界においては反則技でもなんでもなく、日常的に誰もが行使している力なのだ。


「あ~あ、派手にやっちゃって。アリィは魔力高いんだから制御できるまでは下手に使っちゃダメよ」


 しかし、その力が礼の場合は他より強かっただけ現象が派手になったのだった。魔力が弱ければあまり問題にはならないが、強い場合はその制御が特に重要になってくる。強い魔力は制御ができなければ今回のように過剰な結果を招く可能性が高い。その事を礼は強く認識して、今以上に制御する練習に真剣にならなければと決めたのだった。



 その後は二人で順調に狩りを進めていった。特に危うい場面もなく、最初ほどの大物はいなかったが、それでも礼の記憶のそれより遥かに大きなウサギやイノシシを数匹づつ仕留める事ができた。

 エメラが言うには、既に半月分の食い扶持が確保できる程の収穫だという。当然のことだが、一日でそこまでの収穫を得られるのは普通ではない。エメラの「探知」と呼ばれる高等魔法があってこその成果だとエメラは鼻息荒く自画自賛していた。

 森に入ったのは午後に入ってすぐくらいだったが、既に日は傾きつつあり日差しも弱くなり、夕暮れが近くなってきた事を告げている。


「そろそろ切り上げようか。あたしは少し獲物を纏めておくから、アリィは離れすぎない程度の場所散策して獲物がいたら一人で挑戦してみたら?」


 早くも獲物を袋に入れ始めたエメラの言葉に、礼も少し周りを散策してみることした。

 それなりの成果を上げる事で礼も慣れが出てきていた。多少の事であれば自分で対処できるという、根拠の無い過剰とも言える自信も持っていた。

 事故というのは、慣れ始めて慢心した時にこそ起こり易い。その出来事も後に礼が冷静になって考えれば慢心からだったとしか言いようがないものだった。

 礼も土地勘がある訳でもなく、当ても無く周囲を探す以外手立てが無かった。そんな状態でエメラの探知があるのと同じように獲物が見つかるわけもなく、少しむきになった礼はエメラと離れ過ぎてしまっていた。

 そこには確かに「獲物」がいた。礼の目の前には初めて水浴びをした時と同じくらいの大きさの狼が三匹ウロウロしていた。その中の一匹は右耳が半ばから千切れている事から、水浴びの時に現れた固体かもしれなかった。

 一度撃退された相手には抵抗しない。そのエメラの言葉を思い出して少しホッとする礼だが、前回撃退したのはエメラであって礼ではないという事が頭から抜けていた。

 気付かれていないうちにと、急いで狙いを定めつつも丁寧に魔力を制御する。満を持して氷の円盤を放つと一番近くにいた狼の左前足を切断し、怯んだその狼の残りの足も切り落とした。残りの狼は礼の姿を確認すれば逃げていくと高を括っていた礼だったが、残り二匹は礼の姿を見つけると猛然と襲い掛かってきた。

 礼にとって予想外ではあったが、想定外ではなかった。その日の経験が礼を冷静でいさせた。礼は改めて狙いを定めると再び氷の円盤を飛ばして足を切断していき、二匹共行動不能にしたところで一息ついた。しかし、安心するのは三匹すべての止めを刺してからにすべきだった。

 狼は群れを作って、群れで行動する。それは、アリスフィアでも同様だった。彼らはそのコミュニティを使って仲間に対して何かしらの意思疎通を行っている。

 最初に足を切断した狼が遠吠えをする。この行動は明らかに仲間に対して何かしらのサインを送っている行動だった。そしてそれを裏付けるように、周囲からガサガサと音がして何かが近づいてくる。その何かは礼にも容易に察しがついた。


(囲まれる!)


 礼がそう思ったときには既に遅かった。退路を断つように十匹以上の狼が礼を取り囲んでいた。障壁を張れば狼に傷付けられる事はないとエメラは断言していたが、死角から障壁の無い所に攻撃されたら、礼はそう思うと背中に大量の氷を入れられたかのような気分になった。

 狼達はじりじりと輪を縮め襲い掛かるタイミングを見計らっていた。やがて一匹の狼が首を低くしたかと思うと四本の足で大地を蹴り上げて礼に飛び掛った。それを合図にすべての狼が一斉に礼に襲い掛かる。礼は腕で頭を抱えるようにして丸くなり、身体全体を覆うように障壁を展開する。しかし展開する面積が広く、障壁は全体的に薄い事に加えて礼の制御の甘さで所々極端に弱い箇所が数センチ程度ではあるが破られていた。そこが綻びとなり狼の爪や牙が届く大きさの穴が開いてしまうかもしれない。礼はそんな恐怖感からまったく動けなくなってしまった。


(何やってんのよ、もう!少し体借りるわよ!)


 礼の頭の中にそんな声が響き、危機的な状況にかかわらず睡魔が襲ってくる。


(抵抗しないで。気が付いたら全部終わらせておくから安心して寝てなさい)


 聞き覚えのない声が再び頭の中に響く。このまま意識を手放したら死ぬ、そんな強迫観念があったにもかかわらず礼の意識はそこで途絶えた。



 エメラは焦っていた。少し離れた場所から発せられた狼の遠吠えは明らかに仲間を呼ぶものだった。そしてその遠吠えは礼が歩いていった方向から聞こえてきた。その二点から導き出された答えは一つだった。


(アリィ、無事でいて!)


 あれだけの魔力量を潜在的に持ち合わせている礼に早々何かあるとも考えづらいが、仲間を呼んだ狼の厄介さを知っていたエメラはそう思わずにはいられなかった。

 足を目一杯強化して考えうる最速で駆け付けたエメラの目に入った光景は予想だにしないものだった。複数の狼相手に苦戦する礼の姿ではなく、かといって狼達に食い荒らされる無残な礼の姿でもなかった。そこには頭が無かったり、真っ二つに切断されていたりと完全に息絶えた十数匹の狼達の死骸とそれを無表情に見つめる礼の姿だった。その手に握られていた礼の身の丈より大きな氷の大剣は、今までエメラが見てきたどんな魔法武器よりも濃密な魔力を放っており、どんなに硬い物であっても刃を滑らせただけで簡単に切れそうな鋭利さをうかがわせた。その大剣からは赤黒い液体が滴っていたが、礼自身は返り血を浴びることもなく綺麗なままだった。


「アリィ…?」


 それまでの礼との雰囲気の違いに、エメラは一瞬人違いなのではないかと疑ってしまったほどだった。違うながらもどこか似ていて、エメラはどこか懐かしく、それでいて胸が締め付けられるような切ない気持ちにさせられる。それと同時になぜそんな気持ちになるのか戸惑いも多分に含まれていた。


「あっ!ルー!全部やっつけておいたから」


 礼はそう言って微笑む。しかしエメラは呼ばれたのが聞き覚えのない名前だった事に怪訝な表情を浮かべる。


「でもそろそろ限界みたい。後はよろしくね」


 礼がそう言うなり手に持った大剣が水に還り、礼自身も崩れるように倒れこんでしまった。エメラは慌てて礼に駆け寄り状態を見るが、気絶しているだけのようだった。

 狼達の死骸はみな一様の大きさで、群れのボス格は混じっていないようだった。その状況であればまだ仲間とボスが残っている可能性が高く、場合によっては戻ってこない仲間の様子を見にこの場に現れる可能性すらある。そんなところに鉢合わせてしまえば、一人を守りながら戦うのはなかなか難しい。そう判断したエメラは、礼を背負ってその場を急いで離れる。鼻の利く狼はそれでも匂いで嗅ぎ付けてくる可能性もあり、できるだけ早く森を出る必要があった。

 魔法を使うといっても一日分の獲物と礼を背負って戻るのはエメラとしてもなかなか大変なのだが、四の五の言っていられる状況でもなく、手早く荷物を纏めると足早に森を後にするのだった。

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