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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
サイドストーリー
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Side Episode4 竜人族至高の戦士帰郷する

ガリオルの奥さんネーナ視点です。

ちょっと…いや大分湿っぽいです。

 二年前、夫のガリオルが突如里に訪れた魔人族の少女二人と共に里から旅立ったあの時、遅かれ早かれこうなる(・・・・)事は覚悟していました。





◇◇◇◇





 その日は特に何もなく、いつもと変わりのない朝でした。


 父親のような強い戦士になると日夜努力を続ける上の息子を訓練に送り出し、まだ甘えたい盛りの下の娘を連れて畑の手入れをしていた時にそれはやってきました。


 上空を大きなものが横切り、その下にいる私たちを大きな影が覆いました。見上げた先にあったのは大きな竜の姿。竜の巣である山の麓、ましてやその竜を守護する一族である私達の里に竜が姿を見せる事自体は別段珍しい事ではありません。


 しかし、今回は少し様子が違っていました。


 こんな麓まで来るのは幼い竜である事がほとんどですが、私の視線の先にいたのは山の主である氷竜でした。本来、山の主である氷竜がこんな麓まで出向く事はありません。彼が来たという事はそれだけで異常事態が発生したという事と同義なのです。


 氷竜は適当な広さの空き地を見つけると、ゆっくりと着地してから人型を取りました。どうやら背に人を乗せていたのか、女性と子どもでしょうか、遠目に氷竜除いて三人の人影が見えます。


 氷竜達四人は、私の姿を見つけると迷うことなくこちらに向かって歩いてきました。


 近付くにつれ、その姿がはっきりしてきます。一人はもちろん氷竜が擬人化した男性ですが、残る三人も見覚えのある姿でした。一人は成長したのか背がだいぶ高くなっていますが、それでも間違いありません。夫と共に旅立っていった魔人族の少女達です。


 アリエッタさんと言った少女の悲壮な表情、その背に背負った良く見慣れた両手で扱う事を想定して打たれた斧、そして夫が彼女達と一緒にいない事。それを見た時に全てを理解しました。




 夫は…あの人は…本懐を遂げたのですね。




 「強い奴と戦って戦って戦って、最期は敵わない相手でも楽しんで戦って逝けたら本望」


 家族の前であっても、憚ることなく何度も夫が口にしていた言葉です。その言葉が見栄や嘘偽りでない本心からの物である事は、長い間連れ添った私にはよくわかっています。夫がその言葉を口にする度に刺すような心の痛みがありましたが、それを態度に出す事はしませんでした。聞き分けの良い妻を演じていたのです。


 当然の事ながら、今まで保ってきた外面を崩すわけにはいきません。心の中は千々に乱れていましたが、努めて何でもない風を装います。


 「アリエッタさん、エメラさん、お久しぶりですね」


 「はい、ご無沙汰しております」


 決定的な言葉が聞きたくなくて、どうでもいい挨拶なんてして笑顔で表向きは取り繕います。そうでもしないと取り乱してしまいそうですから。


 「今日はご報告があって来ました」


 その言葉に、私は自分の考えが正しかった事を理解させられます。杞憂であって欲しい、そんな思いも虚しく、アリエッタさんは背負った斧を下ろし、地面に布を敷くと丁寧にその上に置きました。


 斧は所々の金属が熱で溶けたように歪んでいて、柄である木の部分は無くなっていました。その姿は変わり果ててしまっているものの、夫が愛用していた戦斧に間違いありませんでした。


 それを見た私は外面を取り繕うのも忘れて斧に見入ってしまいました。そんな私を置き去りにしてアリエッタさんは驚くべき行動を取りました。


 「申し訳ありません!!ガリオルを生きて連れ帰る事ができませんでした!!」


 そう大きな声で言うと、両膝と両手を地に付けて、更には額を地面にこすりつけんばかりに頭を下げたのです。一緒についてきた二人にもアリエッタさんに倣って土下座の姿勢を取りました。


 一瞬何故謝られているのか理解が出来ませんでした。夫が勝手に付いて行って、勝手に暴走した挙句、格上の相手に返り討ちにあったのだと想像してましたので、私からすれば夫の自業自得です。やり場のない怒りや悲しみはあるものの、アリエッタさんに非が無い事などわかりきった事で、彼女が謝罪する理由が見つからなかったからです。


 ハッと我に返ってアリエッタさんを見ると、数瞬の沈黙を怒りや悲しみと捉えたのか僅かに肩が震えています。目の覚めるような鮮やかな青い髪も地面に張りついて土で汚れてしまっていました。


 「顔を上げてください」


 そんな私の言葉にもアリエッタさん達はその場を動きません。


 「こんな所でそんな風に謝られたら外聞も悪いですし、とりあえず移動しませんか?」


 私がそう声を掛けると三人はやっと顔を上げて立ってくれましたが、アリエッタさんとエメラディナさんは涙を浮かべ顔を俯かせたままこちらを見ようとはしませんでした。私の馬鹿な夫のせいで感じなくてもいい罪悪感を強く感じてしまっているのがよくわかります。





 このままその場に突っ立ってるわけにはいきませんでしたので、一旦我が家に戻り、手足や髪が汚れてしまった三人には近くの川で軽く体を清めてもらった後、改めて我が家のリビングテーブルについて向き合いました。


 下の娘に父親の亡くなった話など聞かせたくありませんでしたので、リフィミィちゃんと外で遊んでもらっています。


 「なんとなく察しはついてますが、詳細をお聞きしても?」


 「はい。全てお話しします」


 アリエッタさんは少しづつ当時の状況の説明をしてくれました。





 全てを話し終えたアリエッタさんは酷い顔をしていました。涙で充血した目は真っ赤、目元にはハッキリとわかるほど浮き上がった隈、顔色は病的に青白く、肌はカサカサ。年頃の娘の容貌にしてはあまりにも、な顔です。それだけ精神的に参っている証拠でしょう。


 内容は概ね私が想像した通りの物でした。アリエッタさん達を逃がす時間を稼ぐために、というのは少し意外でしたが、結局は強い相手と戦いたいという欲望を夫が優先させた結果なのでしょう。聞く限りでは足止めを提案したのも申し出たのも夫だったようですし、他にもやりようはあったように思えますから。


 「僕があんな醜態晒さなければ…」


 「それは違います。あの人はあなたがどんな状態だったとしても同じ手段を取ったでしょう。単純に強い相手と一対一で戦える状況を作る事を優先したのでしょうから。結果他の人たちも助けられて一石二鳥なんて思ってたかもしれませんね」


 アリエッタさんを慰める意図なんて全く無くて、本当にそうだったんだろう、という私の本音です。しかし、アリエッタさんにとっては納得のいくものでなかったらしく、再会した時と変わらない悲壮な表情のままた俯いて黙り込んでしまいました。


 「何度も言うようですが、あの人の死にあなた達が責任を感じる必要はありません。その時期が早いか遅いかの差でしかないんです。私としては悲しいですが、あなた方を責めるつもりは一切ありません」


 今度は少しフォローしました。私たち夫婦と違い彼女たちはまだまだ若いんです。こんな事を引き摺って時間を無駄にしてはいけません。前を見て進んで欲しいのです。


 それでも最後に私のささやかな願いを口にしました。


 「……もし、少しでもあの人の事、大事な仲間だったと思ってくれているのなら……たまにでいいのでこんな戦闘狂がいたって事、思い出してあげてください」





◇◇◇◇





 アリエッタさんは最後までグジグジしてましたが、お連れのエメラディナさんとリフィミィちゃんに慰められ、来た時と同じように氷竜に乗って帰っていきました。彼女は本当に周りの人に恵まれているようですから、多少時間はかかってもしっかり立ち直る事でしょう。


 今、私の目の前には所々が焼けて溶け落ちた柄の無い大斧と、額に角の生えた右側半分だけの頭蓋骨が置かれています。夫が私たちに遺した僅かばかりの遺品です。


 それらを見ていると、外面を取り繕って仮面をかぶっていた時は気にせずにいられた事が途端に溢れてきます。


 『おお、帰ったぞ!』


 そんなあの人の声が聞こえてきたような錯覚さえ覚えます。




 そんなわけないのに。


 あの人はもういないのに。


 もうそんな風に帰ってくるはずないのに。




 私にはまだ二人の子ども達が残っています。あの子たちが独り立ちするまでは立ち止まっている暇なんてありません。


 それでも今この時だけは夫の死を目いっぱい悲ませてほしい。


 「…っふ…うっ…うぅ…」


 勝手に溢れ出る涙に任せるままに嗚咽を漏らすのも、この瞬間だけは許してください。また子どもたちが帰ってきたら頑張りますから。




 あぁ、そうだ。どんな姿であってもあの人が帰ってきてくれた事に間違いありません。


 だから、涙でクシャクシャでも、顔が引き攣っていても、笑顔でこれは言ってあげなければいけませんね。


 「おかえりなさい、ガリオル」

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