その後(前編)
秋の足音が徐々に近づいた来た事を実感するこの日、ひんやりするも寒くはなく、心地よい朝の空気に包まれていた
柔らかな朝日を浴びながら、目の前にある五メートルはあろうかというほどの大きな石碑に向けて祈りをささげる。
約一年前、この街が生んだ偉大な英雄ルビアス=アストレイとアリエラ=ノーグ功績を讃えて建てられたものだ。その石碑の近くには、生前の二人を模した銅像が石碑を挟むように併せて建てられていた。その銅像は凛々しくも、綺麗な顔立ちの青年が愛用の杖を片手で振り上げているものと、身の丈より大きな剣を地面に刺して、その柄に両手を置いた綺麗な女性のものだ。
本来の彼を知っている僕としては違和感が半端ないのだけど、一般の認識的にはこれが正しい姿なのだろう。
女性の像は僕と瓜二つに作られていて、当然僕の事じゃないんだけど、まるで自分が銅像になっているような錯覚に陥ってしまう。
「あ、アリ、こんな所にいた!デューンが探してたよ!」
そう言って駆け寄ってきたのは額に一本の角が生えた黒髪の少女だ。
一連の大陸を一周した旅からルビーナさんの騒動まで、一つの区切りが付いたあの日から今日でちょうど三年だ。つまり、今日がルビーナさんの命日という事になる。これは後から聞いた話ではあるけど、奇しくもアリエラさんの命日でもあるらしい。その話を聞いた時には、そこまで仲良くしなくても、切なさを押し殺して苦笑いしたものだ。
あの頃まだ四歳くらいだったリフィが、今では地球で言うところの小学校に上がるくらいの歳になっていた。今でもリフィの正確な年齢はわからないけど、もう割り切って七歳ってことにしている。誕生日は保護した日だ。
巨人鬼だから、本来は人と比べても二倍くらいのスピードで歳を取るはずなんだけど、どういうわけかリフィは人と同じ成長速度なのだ。心配していた体の大きさも、今のところ人の平均より少し小さいくらいで一安心だ。
ネマイラに住み始めた頃こそ周囲にはかなり警戒されていたけど、今ではリフィが巨人鬼だって思っていない人の方が多いかもしれない。近所のレナちゃんやカイル君は、リフィにとって良い遊び友達になってくれているようだ。
「デューン、何の用か言ってた?」
「なんか、ほうこくしたい事があるのにーって言ってた」
デューンに報告されるような事はあっただろうかと少し考えるが、これといって思いつかない。
「うーん?ま、いっか。会えばわかるし」
デューンの事だ、また街中で懲りずにナンパしてるに違いない。奴のスペック的に不思議で仕方ないのだけど、ナンパの成功率はほぼゼロだ。
女の子になって四年も経つと、それなりに女性の知人や友人もできる。同性だからこその話なんかもするけど、デューンみたいな甘いマスクと物腰の柔らかい男に、コロッといっちゃいそうな子も中にはいる。
そういう中で誰一人として振り向いてくれないのは、どういう事なのか。僕の中で大きな疑問の一つだ。
リフィの手を取って繋ぎながら街の中を散歩する。特に当てはない。
知り合いの店に顔を出しつつ、忙しそうなら手伝って、そうでなければ少し世間話をしてから出る。毎日そんな生活を続けている。
以前エメラがそうだったように、今は自警団員として有事以外はやる事がないからだ。
デューンを探しながらも日課である散策を続けつつ、ふと三年前の出来事を思い出す。
あの後の処理は結構大変だった。
エレストルに押し寄せていたモンスターの大群は、ルビーナさんの手足として動いていたほぼすべてみたいだった。第一波は僕がなんとか退けたけど、本隊はその後に続いてて、中にはSSランクのモンスターが数える程度だけど混ざってた。
もうローテーションとか関係なく、総動員での防衛になった。
一部の選抜されたメンバーでランクの高いモンスターを遊撃で討伐しつつ、残りのメンバーでなんとか第二防衛ラインを死守する。そんな戦いを続けて二日間でなんとか討伐しきったんだっけ。
ルビーナさんとの出来事の前後でモンスターたちは統制が取れなくなったからこそ、討伐しきれたんだと思う。もしあのままルビーナさんを放置して愚直に防衛を続けてたら、総動員してもエレストルが滅びてた可能性が高いかな。更にモンスターが追加されてた可能性も否定できないしね。
日課である散歩をしばらく続けていると、前から見慣れた顔の若い男がこちらに向かって歩いてくる。
向こうも僕に気付いたのか、笑顔を浮かべて小走りで近付いてきた。
「アリエッタちゃん、やっと見つけたよ。ホント家出るとどこにいるかわかんないんだから…」
既に朝という時間は過ぎ去り、街が活気に包まれ始めようかという時間帯に差し掛かっていた。
僕が家を出てから二三時間くらいは経っているから、デューンも同じくらいの時間探し続けていたという事だろうか。ご苦労な事で。
「リフィから聞いたけど、報告って?」
「うん、それなんだけど、ちょっと疲れたからどっか入ろうよ」
二三時間ずっと僕を探し続けてれば疲れもするはずだ。
まだお昼には時間があるし、軽くお茶してもいいくらいの時間だ。
「それなら、レーンズさんのお店に行こうか」
「やった!」
僕の提案にいの一番に反応したのはデューンではなく、リフィだった。食いしん坊なのは何年経っても変わらない。
レーンズさんの喫茶店に入って一息つくと、デューンが改めて話し始めた。
「朝、行商に出てた人から聞いた話なんだけど、ついにイルダイン公国にクーデターが起きたみたいなんだ」
僕にとっては特に驚くような出来事ではない。それはデューンにとっても同じ。僕の反応を特に確認する事もなく、さらにデューンは淡々と続ける。
「リーアス大公はそのまま生け捕り、内乱の混乱に乗じて帝国軍が攻め入ってあっさりと公都イルデュークは陥落。公国の六割が事実上帝国領になったみたいだね」
残りの四割は王国軍が慌てて進軍して確保したのだと続けると、デューンはそこで話を締める。
普通この話を突然聞かされたら、大なり小なりなにかしらの驚きがあって然るべきだろう。でも、僕にとって何一つとして驚く要素はない。
何故なら………元はと言えば僕が仕組んだ事だから。
明日は後編と最終話2本同時投稿予定です。
最後までお付き合い頂けますと幸いです。




