16話 vsルビーナ(後編)
「何やってんの!集中しないと今度こそ死ぬわよ!」
その叱咤の声でアリエッタは一驚きで一瞬弱まった障壁を再び元の強度に戻す。しかし、声のする方へ顔を向けた途端、驚きで目を見開くことになった。
「なによ。あたしがいたらおかしいって言うの!?」
彼女の顔はアリエッタにそっくりであるにもかかわらず、そう強気な発言をする表情はアリエッタが見せるものとは全くの別物だった。
苛烈なルビーナ攻撃をなんとか受け止めながらも、口をパクパクさせるアリエッタ。
「はぁ…。なんであたしがここにいるのか不思議で仕方ないって顔してるわね。そんな事より現状をなんとかしないとね」
アリエッタに瓜二つの少女、アリエラは「いい?よく聞きなさいよ」と前置きをしたうえでアリエッタに話し始める。
水と火という属性は特殊な関係で、お互いが弱点であると同時に、それぞれが特効となり得る。そして、ルビーナがアリエッタを圧倒しているのは、その辺をしっかり理解した上で上手に立ち回っているからだ、と。
アリエラのアドバイスはアリエッタに甘かった。考えさせるような物言いであるにもかかわらず、ほとんど答えを出してしまっているようなものだったからだ。
アリエッタがイメージしたのはどんな熱も通さない絶対零度の壁。熱による壁が作れるのであれば冷気による壁が作れない道理はない。
アリエッタはイメージができ次第魔力を流し込むと、アリエッタの周囲を淡い青色の膜が包み込む。そして見事にその膜はルビーナの炎弾を弾き飛ばした。
「今よ!」
アリエラの声に倣うように、氷の壁が炎弾を弾いている隙を狙ってアリエッタは欠損した両手足を治癒させる。ルビーナは炎弾が弾かれるのを確認するとすぐに形を矢のように変えて撃ち出し始めた。するといとも簡単に炎の矢はアリエッタの氷の壁を貫通していったが、あくまで治癒の時間を取るための時間稼ぎが目的であり、既に治癒を完了させた今全く問題はない。
炎弾が炎矢になれば効果範囲は狭まり、結果として部分的に強固な障壁を展開すれば良い。そう思い切ったアリエッタは、正面から来る炎矢だけを受け流しながら再びルビーナに接近し、氷剣を一閃した。刃の先にだけ力を集中させた今度の一太刀は簡単に炎の壁を断ち切ると、そのままルビーナの障壁をも叩き切った。当然の如く障壁に守られていたルビーナの体にも刃が浸食し、その左の手首より先を跳ね飛ばした。
「普段のルビィだったら、絶対にこんな隙見せてくれないわね」
そう呟くアリエラ。実際闘技会で見たルビーナはもっと隙が無かったなと、アリエッタも思い出す。やはり以前アリエラが言っていたいように、今のルビーナは何が原因かは不明だが"狂ってしまっている"のだろう。それがルビーナの強さに制限をかけているというのは、なんとも皮肉なものだ。
斬り飛ばされた手首をを痛がる様子はないルビーナだが、どこか様子がおかしかった。それまでの手当たり次第といった素振りは見られず、何かに苦しんでいるように苦悶の表情を浮かべていた。それが何によるものなのかはアリエッタにはわからない。しかし、畳み掛ける絶好のチャンスである事は間違いなく、アリエッタは氷剣を握り直すと再びルビーナに対して接近していった。
アリエッタが氷剣を一振りする度にルビーナの体に傷が増えていく。明らかに動きに先ほどまでのキレはなく、アリエッタの攻撃を避け切れていない。初めてアリエッタの刃が届いた一撃のように体を欠損するような一撃こそ入らないものの、決定的な斬撃が入るのも時間の問題のように思われた。
何度目かのアリエッタの氷剣による煌めきはルビーナの右肩を捉えた。いや、アリエッタは捉えたと確信していた。しかし、氷剣を振り下ろした先に右腕を斬り飛ばされたルビーナの姿はなかった。その場に大量の血痕もなければ斬り落とした右腕もない。そして何より、手応えがなかった。
その答えはどこからか掛けられた声により導き出された。
「まだまだ粗い。油断が剣筋を鈍らせるとアリィから教わらなかったか?」
アリエッタは慌ててその場から離れると同時に、背後に感じた気配に対して目を向けた。
そこには失った左手はそのままだが、右腕はしっかりと残っているルビーナが立っていた。
アリエッタは戸惑った。氷剣を振りおろそうとした瞬間からのルビーナの動きが、まったく見えなかったからだ。まるで瞬間移動の魔法でも使われたかのようでもあり、狐につままれたような気さえする。
「幻術だよ。相手の目を欺いてその場から消えたように見せかけただけさ」
そう詳細に説明するルビーナの様子は先ほどまでと別人のようだった。
それまで周囲に隠しもしていなかった狂気は鳴りを潜め、目にはそれまでなかった命の輝きが戻っていた。それはかつて見たルチアとして邂逅した時と似たようでいてまた違う、純粋さと力強さを併せ持った目だった。
アリエッタは迷った。この相手とはこのまま殺し合いを続けてしまった良いのか。はたまた、先ほどの実力を見せつけられて自分は勝てるのか、と。
そんなアリエッタの葛藤を知ってか知らずか、ルビーナは理知的な声音で口を開く。
「致命的なまでに時間がないんだ。悪いが話をさせてほしい」
(どうなってるんだ…?さっきとは別人みたいだけど、これも策略?)
少し前まで大暴れしていた者の突然の申し出に、アリエッタはどう反応すればいいのか判断しかねていたが、意外な人物が後押ししてくれた。
「今のルビィなら大丈夫。信用していいわ」
アリエラの言葉にアリエッタもすんなり従う事にした。
「わかりました。でも僕からも色々聞かせてもらいますよ」




