11話 現実を見る事
しばらくの沈黙の時間が流れた後、再びデューンが口を開く。
「今君はどれだけ無責任な事を言っていたか気付いているか?」
「無責任…?」
「ああ。もし君がいなくなった時の事を想像してみなよ」
デューンの言葉にアリエッタは暫し考える。確かに自分が命を絶てば悲しんでくれる人はいるかもしれない。しかし、それだけだ。無責任と言われるような覚えはない。むしろ、エメラの元に行きたいと思う事の何がいけないのか、そんな思いすらあった。
「本当にわからない?」
アリエッタは答えない。その様子にデューンはやれやれといった様子で一つ息を吐くと、先ほどの怒鳴った時から表情を一変させて、子どもに諭すような柔らかな表情で語りかける。
「一番身近なところで言うよ。リフィちゃんの事はどうなる?君がいなくなった事でタガが外れたら真っ先に討伐対象になるし、そうでもなくとも引取り手を見つけるのが難しい事は想像できるよね」
アリエッタはデューンに言われて思い出した。リフィミィを保護した時にエメラに言われた言葉だ。
『…巨人鬼の寿命は大体五十年よ。あなたにその間無事に面倒を見きれる自信はあるの?』
この時は明確に意思表示ができたわけではないが、保護した時点で最後まで面倒を見る責任を負ったはずなのだ。それすら忘れていた事にアリエッタは強い自己嫌悪を感じて何も言えなくなってしまった。しかし、デューンは追い打ちをかけるようにさらに続ける。
「ガリディアから身を挺して逃してくれたガリオルさんとエレアちゃんに対してはどうなの?自分の命を懸けてしまったのはどうかと思う所もあるけど、彼らの君に生きてほしいっていう前向きな想いを踏みにじるつもり?」
エメラに隠れるような形になってしまっていたが、ガリオルとエレアもアリエッタたちを逃がすために、文字通り命をかけた。
「これ以上は言わないけど、よく考えてほしい。君はもう身寄りのないただの異邦人ではないんだ。"魔族のアリエッタ"っていう立場があるんだからね。…食事はいつでも準備できるから声かけて」
デューンは最後にそれだけ言うと部屋から出て行った。
アリエッタはデューンの言葉の意味を噛みしめていた。
リフィミィの件は放っておくことはできないだろうし、ガリディアから逃してくれた二人のためにもここで安易に命を絶つという選択肢を取ってはいけないだろう。そんな事をすれば、あの世でガリオルに殴られてしまいそうな気がした。
アリエッタが冷静になって考えてみれば、デューンは言わなかったが思い当たる事はまだまだあった。
自分に対して孫娘を見るような眼差しを向けてくるジェシカも正常ではいられなくなるかもしれない。さらに直近であれば、自分から志願した応援部隊のミッションすら放棄することになり、それこそ無責任だというものだ。
アリエッタは今まで目を逸らしていた現実に改めて向き合う。
現実を受け入れるという事はとても辛い事実をも受け入れなければならない。
"エメラの死"
正確には"死"ではないかもしれない。コピーされたエメラとしての存在はルビーナの中に戻っていったのだとアリエッタは思っていた。その時にエメラとしての人格が失われたのであれば、アリエッタにとってはエメラが死んでしまった事と変わりがない。
そう思い至ると目の前が滲んで見えた。次々と溢れ出る熱いものを止める術はなく、やがて頬を伝い落ちる。悲しくて、寂しくて、そして何もできなかった自分が情けなかった。エメラにはもらってばかりで自分は何を返せたのだろう、そう思うと後悔の念も湧いてくる。色々な感情が綯交ぜになって、その感情は涙という形で溢れ出してくる。
この日、アリエッタは夜遅く泣き疲れるまで泣き続けた。
そして翌日、受け入れた。
エメラディナという最愛の女性を失ったことを。
そして、それが現実であるこの世界で生きていなかなければならないことを。




