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10話 黄昏

 アリエッタが気が付くと、ルビーナは何も言わずにいなくなっていた。


 何故かわからないが、アリエッタにはわかっていた。完全にエメラがいなくなってしまった事を。

 そしてその事実を認められない、認めたくない自分がいる事も。




 エレストルへのモンスターの襲撃は続いていた。むしろ、徐々に数も質も上がっており、激しさを増すばかりだった。ルビーナと再び対峙した日から三日が経過したその日はエレストル自警団の防衛担当だったが、犠牲者こそ出なかったものの辛うじて守り切れたという有様だった。これ以上襲撃が激しくなれば、三交代の編成を変更する必要に駆られる可能性が高かった。

 そんな中、アリエッタは完全に戦力外だった。


「アリ、ごはん…」


「…いらないって言っておいて」


 アリエッタはリフィミィの声には反応するものの、力なく最低限の言葉を返すだけ。目にはそれまでの輝きや力強さはなく、何を見るでもなく、ただただ何もない空中を虚ろに眺めているだけだった。


 本来であれば徐々に激しさを増すモンスターの襲撃にアリエッタの力がないのは戦力として非常に痛手だ。それでもデューンの口添えやウィレイの気遣いもあって今のところはなすがままにされている。


「手伝って欲しい」


 その一言をアリエッタに告げれば、アリエッタは戦場に立つかもしれない。しかし、今の状態でアリエッタを戦場に立たせることの危険を誰よりも危惧していたのはデューンだった。

 デューンはアリエッタとエメラ、そしてルビーナの間に起こった出来事の一部始終を見てきた。ただでさえぼーっとしたままで役に立つかすら怪しい状態である事に加えて、戦場に立つ事で良い死に場所だとでも思われてしまえば止める手立てがなくなってしまう。そんな不安定な状態で戦場になど出せるわけがなかった。


 気を使ってくれるネマイラ応援部隊の同僚女性が


「女の子なんだから身嗜みくらいはしっかりしとかないとダメよ」


そう言って体を水に湿らせた布で拭ってくれるくらいはあったものの、食事も取らず朝方になって睡魔が襲ってくるといつの間にか眠ってしまっていた。それでもろくに眠らず朝を過ぎたくらいの時間には目が覚めて、また同じように抜け殻のように一日を過ごす。そんな毎日だ。


 三日間食事も睡眠もまともにとっていなかったアリエッタの鮮やかな青髪は艶を失い、その顔の血色は悪く頬がこけ、目元には薄っすらと隈が浮かんでいた。

 この日も窓から差し込む日の光に照らされながらも相変わらず何をするでもなく、置物のようになっていた。しかし、短期間とはいえ極端な不摂生により体力の限界を迎えつつあったアリエッタは、午後の早い時間であるにもかかわらず次第に瞼が下りてきてしまう。特に抗うつもりもなく、襲い掛かる睡魔に身を任せるように目を閉じた。

 あの出来事があってからは、目を閉じると必ずエメラとの思い出が頭に浮かぶ。そして、ハッとして目が覚める。これを繰り返して眠気がピークに達すると眠りに落ちる。そんなひと時の眠りも、やがて眠りが浅くなるとまた似たような夢を見て目を覚ますのだ。

 今日何度目かの中途半端な睡眠と覚醒を繰り返し、ちょうど意識が浮上した時だった。


「アリエッタちゃん、お昼ご飯だよ」


 控え目なノックの後、部屋の主の許可を得ることなく中に入ってきたのはデューンだった。


「…いらない」


 誰が来ようとアリエッタの反応はいつも同じで、食事に呼ばれるたびに「いらない」を繰り返していた。今回の反応はデューンとしても想像通りとはいえ、溜息が出る。いつもであればデューンは何も言わずに部屋を出ていくのだが、この時ばかりは違う行動に出た。


「いつまで君はそうしているつもり?」


 いつものおちゃらけた雰囲気は微塵も感じさせない凛としていて、アリエッタを抉るようなデューンの言葉だった。デューンの言葉に対してアリエッタはすぐには反応しない。埒が明かないとデューンが再び口を開こうとすると、一足先にアリエッタが話し始めた。


「…僕が元々アリスフィア(この世界)の人じゃないのは聞いてたよね」


「あ、うん?」


 デューンは、関連性のまったくわからない話を突拍子もなく始めたアリエッタに戸惑い、返事なのか何なのかわからない返答をしてしまう。


「元の世界で、だけど、僕には一つ年上の姉さんがいたんだ。優しくて家庭的で、仕事であんまり家にいない両親の代わりに良く面倒見てくれたんだ」


 そう話すアリエッタの顔には表情が戻り、どこか昔を懐かしむようでいて切なそうな微笑みを浮かべていた。


「年子だから小さい頃は散々喧嘩なんかもしたけどさ、長引く事はなかったし基本的に僕には甘かったよ」


 相変わらず脈絡のないアリエッタの話にデューンは戸惑いながらも、話を遮ったりはしなかった。そうする事でアリエッタの気が紛れるのであればそれで良い、そう思ったのだ。


「エメラは……そんな姉さんに似てたんだ。姉さん、お世辞にも美人とは言い難かったし外見は全然似てないんだけど、雰囲気とか性格とかそういう所がね」


「その…お姉さんは…えっと…」


「ん?…あぁ、今もいると思うよ。…元の世界に、だからもう会えないけど」


 アリエッタの少し物憂げな雰囲気と過去形での話し方はデューンにちょっとした誤解を与えたが、デューンの問いにアリエッタはまた少し自虐的に返答した。


「突然アリスフィア(この世界)に飛ばされて、家族も友達もいない、性別まで変わっちゃった僕をエメラは姉さんのように良くしてくれた。今にして思えば、エメラも無意識のうちに僕にアリエラさんを重ねてたんだろうけど、僕もエメラに姉さんを重ねて見てたんだと思う」


 アリエッタは一気にそこまで話し終えると、一息ついた。その後は沈黙が続き、デューンが話は終わりかと思った頃、アリエッタが再び口を開いた。


「…僕にとってエメラはたった一人の家族も同然だった。エメラのいない世界なんて生きていても」


「ふざけるな!!」


 アリエッタの言葉を遮ってデューンが怒鳴り声をあげた。デューンの表情にはイラつきから来る怒りの他に寂しさや悲しみのような色が浮かんでいた。いつも飄々としていて何があってもデューンが怒ったところを見た事がなかったアリエッタは、その勢いに肩を震わせた。

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