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ひび割れた偕老同穴

作者: 麻々ソーマ

即興小説バトルってやつをやりました。

 ……僕と妻の関係は最悪だ。

 結婚してから十年の月日が流れた。初めは円満な関係を築けていたと思う。

 たぶん誰だってそうだ。好きだからこそ婚約というちぎりを結ぶ。しかしその好意は永遠に持続するとは限らない。

 偕老同穴かいろうどうけつ。海の中には、永遠に同じ揺り籠の中で過ごすことを強制される生物がいるらしい。それは幸せなことなのか、その逆なのか、僕にはわからない。

 少なくとも、僕はその環境に耐えきれないことは確かだ。

 今日、妻を殺す。

 そう決意をしているからだ。

「ただいま」

 仕事が終わり、帰宅するが返す声はない。

 ハ――――、いつも、いつもこうだ。

 あの女は僕を何とも思っちゃいない。

 リビングへ行くと、灯りがついていて、妻が夕食の用意をしていた。

 冷え切った関係での唯一の接点。

 それがこの食事だ。

 関係とは違い、温かい飯が出ることはただ一点、救いでもある。

 缶ビールを冷蔵庫から取り出して、コップに注ぐ。

 妻のぶんと、自分のぶん。

 ここで間違えてはいけない。妻に感づかれないよう、細心の注意を払って、僕はビールの中に薬を混ぜた。

 もちろん毒物。アルコールと同時に接種することでより危険性が増す。

「どうぞ」

「……」

 僕の一言に妻は無言でビールを受け取る。

 そしてカチャカチャと食器の音だけが響く食事が始まる。談笑も食事の一部であるべきだ。これでは美味しさも半減するというもの。

 ビールを飲む。当然だが、自分のビールには毒物は入れていない。

 妻もビールを飲んだ。コクコクと喉を通り、飲み干されていく黄金の液体を、気づかれないように確認した。

 ……これで彼女はあと半刻もしないうちに死ぬだろう。

 急に、冷や汗が出る。

 計画していたとおりに事が進んでいるとはいえ、人ひとり殺すのだから、この汗も当然だ。考え事に気を取られすぎていて、食事の味はいつにも増してわからない。

 心音がやけにうるさい。

 ――ドックン、ドックン、ドックン。

 そこで、何かに不自然だと直感した。明らかに体調がすぐれない。

「あれ……?」

 視界に靄がかかる。うまくピントを合わせることが出来ない。

 仕事で疲れすぎたのだろうか。

 ……違う。薬を飲んだのは自分だったのだ。

 まるで意味が解らない、どうしてこうなっている……?

「そうか」

 ビールに毒物を混入させた。そして妻に振る舞った。

 それは間違いない。自分のビールには当然入っていない。

 ここまでは正しい。

 考えられることはただ一つ。

 妻もまた、僕の殺害を計画していたということだ。

「……やってくれたな、お前」

「あなたこそ、私を殺すつもりだったのね」

 お互いが同じ日に殺害を計画するなど、数奇なこともあったものだと感心した。なんて因果だ。

「僕は、いつも遅くまで頑張っているというのに、お前は感謝の一言も言わない」

「それはお互い様でしょう。贅沢もせず、あなたのために尽くす日々を私は過ごしてきた。けれど、あなたは私に感謝をしなかった!」

「感謝? ハッ、仕事で草臥れた僕が悩みを打ち明けても相談にすら乗ってくれなかった女がよく言う」

「いいえ、私はあなたの相談に乗ろうとした。けれど、あなたは私の意見に耳を貸すつもりなんて無かった!」

「あれで相談に乗っていたつもりだったのか。笑えるよ」

「じゃああなたは私の悩みを聞いてくれた? まるで聞かなかったじゃない!」

「クソ女!」

「バカ野郎!」

 互いに不満をぶつけ合う。

 れた関係の日々が産んだ軋轢あつれきがこうして顕在化けんざいかした。

 これは自業自得というやつか。

 感謝されて当たり前などということはなく、感謝を求めるなら感謝をしなければならなかった。

 少し、気づくのが遅すぎたらしい。

 視界だけでなく、全身に異状が回る。もう長くは持たないだろう。

 僕らは間違えすぎた。

 つまりは――

「言いたいことは、言えば、よかったん――だ――――」

 伏した妻の姿を最期に目に焼き付けて、僕は目を閉じた。



    ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 白い光が眩しくて、僕は目を開けた。

 白い天井。アルコールの透き通る匂いが鼻腔びくうをかすめる。

 気づけば僕は病室にいた。

「ここは……」

「――――あなた?」

 薄緑のカーテンで仕切られた隣のベッドから、妻の声が響く。

 僕らは確かに死んだはず。いや、死んだと思っていた。

 けれど二人とも生きていた。

 コンコン、とノックのあと、

「失礼します」

 と黒いスーツの男性が病室に入ってきた。

「こういうものです」

 刑事ドラマで見るように、警察手帳を片手に彼は自分の身上を明かす。

 つまりは聴取だろう。生きていたとはいえ、僕も妻も殺人を計画したのだから。

「どうして、僕らは助かっているんですか?」

「お隣さんから通報がありました。怒鳴り声が聞こえて急に静かになった、と」

 あの最期の喧嘩がどうやら僕らを救ってくれたらしい。

 それから軽い質問を僕にいくつか投げ、その後、同じように妻にも質問をして、彼は去っていった。

 二人助かったことは良かったのだろうか。

 また夫婦に戻るのは、おそらく無理だ。何より僕はそれを望んでいない。

「なぁ」

「あなた」

 僕が妻を呼ぶと同時に、妻が僕を呼んだ。

 きっと、考えていることは同じはず。

 そしてそれを口にする。今度は間違えない、言いたいことはハッキリ言うと決めたのだから――。

『離婚しよう』

 そう、晴れやかな声を重ねて言った。


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