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08 未知との遭遇

「えー、このように、魔力により変換ユニットが熱を帯び――」

 講師は単調な喋り方で説明している。

 その説明にエリは適当に頷きながら、片手で頬杖をつきつつ、板書をノートに写した。


 エリは魔道工学部の棟に来ていた。

 現在、魔道工学概論という授業に参加している。

 一年生用の授業で、魔道工学について大まかな事を学ぶというものらしい。


 今、講師は魔道式オーブンの仕組みについて説明している。

 魔力を動力に、火や熱の魔法を発動させる事で調理を行なうという仕組みらしい。

 そこまでは分かるのだが、詳しい内容はよく分からない。


 正直に言えば、内容はあまり理解できていないのが現状だ。

 つまり、授業についていけてない。


 エリは眠くなってきた。

 授業についていけてないのもそうだが、それ以前に授業がとても退屈だ。

 普段、授業中に寝る事のない自分でも、この授業はつらい。

 エリは小さく欠伸をした。


 こうも退屈で眠いと、全く関係の無い事ばかりが頭に浮かぶ。

 例えば、自作小説の事。

 エリは趣味で小説を書いていて、ネット上に公開している。

 『小説家になりたい』という投稿サイトで、『エリザベス戸塚』という名前でだ。


 書いているのは、イケメン同士の恋愛という典型的なBL(ボーイズラブ)の内容だが、どうも最近ウケが良くない。

 ついこの間はフォロワーが一気に30人以上も減ってしまい、落ち込んでいる。


 やはり話の展開上、仕方がなかったとはいえ、二人の仲を引き裂こうとする女性に脱糞させたのが悪かったのだろうか。

 だとしたら、今後の展開をどうしたら挽回できるのだろう。

 いっその事、主人公達にもさせようか。

 いや、そもそも脱糞させるという発想自体に問題があるようが気がする。


 何か、他のアイディアは、無いだろうか。

 どう、やったら、みんなが……喜んで……


 ガクッと姿勢が崩れたのを感じ、エリは目を覚ました。

 危ない。眠りかけた。

 いけない。

 別な事を考えていると、本当に眠ってしまう。


 しかし、他にどうすればいいのだろう。

 この授業のつまらなさ。どうしようもない。

 これを打開するにはどうすれば……


 エリは考えた。

 そして二、三分程度考えたところで、一つの結論にたどり着いた。


 よし、諦めよう。


 エリはそう決心し、教科書を閉じた。

 そして顔をこすって眠気を取ると、教科書の最初のページを開いた。


 諦めたのは、今の授業のこと。

 魔道工学を学ぶことまでは諦めていない。

 授業についていけないなら、自習するだけだ。

 自分のペースで学べばいい。


 幸運にも自分の席は後方。

 しかも座席の配置が平坦、すり鉢状になっていない。

 勝手な事をしていても、目立つ事はないだろう。


 エリは教科書を覗き込んだ。

 開いたページには、魔道工学についての概要が書かれている。

 エリは眼鏡のズレを直すと、ゆっくりと読み始めた。


 『魔道工学とは、工学的なアプローチから、魔術を取り扱うという学問であり――』

 『魔法を使える者が無条件に高い地位を得ていた、という当時の制度に対する反抗心により始まり――』

 『魔道工学の発展に伴い、魔術を完全に排した技術が確立された。これが科学の始まりであり――』


 難しい言葉が使われているため、全てはわからない。

 だから重要そうな部分だけを読み、ノートに写した。

 そして写した内容に、コメントを添える。


 『どうやって、工学的に魔術を取り扱うの?』

 『魔法を使えるかどうかで敵同士?ケンカはダメッ』

 『魔術と魔道工学と科学の間では溝は深い?ナイツは特別なの?』


 ついでに小さくイラストを付け加える。

 スマートフォンから火炎放射が出るイラスト。

 機械の力で魔法を出すことができるなら、こういうこともできるのかも。

 そんな思いで描いた作品。


 エリはノートの内容を全体的に見直した。

 ノートはいつものような仕上がりになっている。

 分かりやすくて可愛いノート。

 いつもアカネに頼られている良いノート。


「よし。これでいいかな?」

 エリは小さく独り言を言うと、教科書をめくった。


 その時だ。

 彼女の耳に妙な声が聞こえてきた。


 囁くような、男の声。

 彼は言う。ステキだ、と。


 エリは背筋が寒くなった。

 何か……気持ち悪い。

 気持ち悪いが、誰なのかは気になる。


 好奇心には勝てなかった。

 エリは、声がした方向をゆっくりと見た。


 自分のすぐ右隣、そこに犬の青年が座っていた。

 垂れた耳をし、顔の体毛は黒とオレンジ色。

 頭には、ヘッドマウントディスプレイ、通称HMDを装着している。

 また左腕には、籠手(ガントレット)型の情報端末を装着している。

 そしてエリを見ていた。


 彼の異様な姿に、エリは息を呑んだ。

 ついでに、ショックで鼻血が出た。


 彼を一言で言い表すなら、『変人』か『変態』だろう。

 そんな彼が自分を見ている。


 とても気持ち悪い。

 そして恐ろしい。

 背筋が一層寒くなった。


 すると違う方向からも、男の声が聞こえてきた。

 二人の声。

 一人はカワイイと言い、もう一人は美しいと言った。


 エリは声がした方向を見た。

 油の切れた機械のように、さっきよりもゆっくりと。


 まずは自分の左隣に座る彼、カワイイと言った方。

 彼は、白と黒の体毛を持つ犬の青年だった。

 背が高く、筋肉質な体つきをしている。


 次は自分の真後ろに座る彼、美しいと言った方。

 彼は、白地に茶色の模様があり、モコモコとした体毛を持つ犬の青年だった。

 体は細く、異種族である自分でも綺麗と思える程に、整った顔をしていた。


 彼らは全員犬だが、種族はバラバラ。

 しかし、全員が同じ装置を装着していて、彼らが仲間同士であることはすぐに分かった。

 そして同じように彼女を見ていた。


 囲まれている。

 この時初めて、エリは気づいた。


 緊張感が走る。

 彼らはいったい何者なのだろう。

 何の目的で自分を見ているのだろう。

 エリはティッシュで鼻血を拭いながら考えた。


 ああ、ダメ。

 変なものを見たせいで、鼻血が止まらない。

 エリはティッシュで鼻を押さえながら、彼らを見続けた。


 彼らは動かない。

 ただ、HMD越しにエリを見ている。

 彼らの顔の上半分は、それに隠されていて見えない。

 そのせいで彼らの表情が読みにくい。

 何を考えているのか分からない。

 それが、何よりも怖かった。


 言うなれば、未知への恐怖。

 それがエリを襲う。

 まるでホラー映画の主人公にでもなった気分だ。


 と、突然彼らは動きだした。

 彼らは腕の情報端末を覗き込むと、画面を叩き始めた。

 片手全ての指を使い、高速で。


 エリは彼らが何をしているのか、すぐに分かった。

 タイピングをしている。つまり、文章を入力しているのだと。

 もしかして、『話し合い』をしているのだろうか。

 チャットとか、そういうものを使えば、それはできる。


 しかし、いったい何を『話し』合っているのだろう。

 やはり自分の事なのだろうか。

 だとしたら、いったいどんな内容なんだろう。

 いや、考えたくない。気持ち悪い。


 よし、無視しよう。

 エリはそう思って、次のページを読み始めた。


 『魔法を発動させるための術式には、様々な種類が存在し――』


 これは……

 急にトトンよく分からない内容にトンなってきた。


 言葉通りにトトトト受け取るなら、『同じ魔法を使うにしても、やり方は一つとは限らない』という事になる。

 しかし、これは本当トトトンッなのだろうか。


 タップする音が煩い。


 自分は、いやアカネやハナ達もトトンそうだが、ミアから魔法の使い方をトトトトン教わった。

 そこで彼女がトトト教えたのは、『杖を決められた通りに振り、呪文を唱える』というものだ。

 それ以外、教わっていない。

 だから、彼女から教わった方法がトトントントトン唯一のものだと思っていた。


 ちょっと止めて。

 今、とても大事な事を考えているのだから。


 しかし、この教科書トトトトトトによると、それは違うという。

 つまり、彼女が嘘を教えていたトントットントンという事になる。


 嘘だ。

 ミアが自分達をトトト騙してただトントントトンなんて……絶対に信じられトットトントントントン――


 あー、もう無理。

 全然集中できない。


 エリは深くため息をついた。

 なんだか、頭痛がしてきた気がする。


 もう、勉強どころではなかった。

 彼らのタップの音が気になって、全く集中できない。

 こんなに重要な内容なのに、全然考えていられない。


 ストレスのせいだろうか、鼻血の勢いが増してきた気もする。

 いくらティッシュで拭いても、収まる気配がない。


 早くこの嫌な時間が終わって欲しい。

 エリは頭を抱えながら、ただ、そう強く願うばかりであった。

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