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72 顔合わせ

 ハンスは久しぶりに『疲れ』というものを感じていた。


 ここ、『青い月』で働くようになってから三年が経過した。その間に、ハンスは肉体的にも精神的にも鍛えられた。

 入ったばかりの頃は毎日のように疲れていたが、今ではそれを感じる事はなかなか無い。


 そのせいか、今日のハンスは充実感も感じていた。

 モンスターをメインに材料を集めたというのは久々の事であった。それもあんなにたくさん集めたというのは、滅多にない事であった。


 ハンスはハナに感謝していた。

 彼女が自分に刺激をくれた。おかげで、自分が生きているという実感を得る事ができた。

 きっと今日は良く眠れるだろう。ハンスはそう思った。


 午後七時。

 夕食を食べ終わったハンスは自室に戻った。そして、ベッドに横になった。


 今日はもう休みたかった。

 いつもだったら、読書をしたりラジオを聴いたりするのだが、今日はもう眠気で限界だった。


 ハンスは目を閉じた。

 意識がゆっくりと夢の世界へと落ちていく。






 ブブ。ブブ。ブブ。


 どれくらい寝ていたか分からないが、スマートフォンのバイブレーションでハンスは目を覚ました。

 枕元に置いてあったスマートフォンを手に取ると、画面を見てみた。


 『アカネ』


 表示されている内容から、アカネから電話がかかってきた事が分かった。


 こんな時間に何の用で電話をかけてきたのだろう。不思議に思ったが、とりあえず出てみた。


「……もしもし」

『ウチや!アカネなんやけど!』

 電話の向こうの彼女は、明らかに焦った様子であった。


「……こんな時間に何の用かな?」

 ハンスは冷静に用件を聞いた。


 一応電話番号を交換してはいたが、今まで一度もかかってきた事は無かった。そんな彼女がかけてきたという事は、それなりに大変な用事なのだろう。

 だからハンスは、まずは用件を確認したかった。


『緊急事態なんや!ちょっと頼まれてくれへん?』

「……緊急事態って?」

『エリちゃん、ウチの友達なんやけど、エリちゃんが誘拐されてしもうたんや!』

「……誘拐?警察に通報した?」 

 ハンスは冷静に対処した。


 誘拐。確かに緊急事態だ。

 しかし、これは警察に任せるべきの問題。まずは通報する事が第一ではないかとハンスは思った。


『もうしたらしいで。あ、ウチに教えてくれた人がそう()うてたんやけどな』

「……それで?僕に電話したって事は、僕に何かして欲しいって事だよね?」

『せや!聞いた話やと、犯人は自然主義者(ナチュラリスト)らしくって、警察はアテにできないそうなんや!』

「……だから?」

『ウチらだけで助け出すしか無いんや!協力してくれや!』

「今から?」

 ハンスは面倒くさいと思いながら聞いていた。


 エリという者が誰なのか、ハンスは知らない。

 だから助けてあげたいという気持ちは薄かった。


 しかし、だからといって、これを無視する気は無かった。

 自然主義者の脅威は、ユーリッパ大陸で暮らす草食人種全員にとっての問題であった。

 なにしろ、食い殺そうとしてくる集団だ。他人事とは言い難い話である。


『ホンマに頼むわ!もう時間があらへん!』

「……分かった。同じ草食人種として、エリって人の事を見殺しにするわけにはいかないからね」

『おおきに!』

「……それで?どこへ行けばいいの?」

『ノブコ技研って知ってっか?そこが待ち合わせ場所らしいんやけど……』

「……ノブコ技研?そこってリンダがいる所の事かい?」

『たぶん……だと思うで。エリちゃん、リンダって人の事がどうの言ってたし……』

「……そこなら知っている」

 ハンスは言った。


 ハンスはリンダとは知り合いだ。

 リンダがニコルの友達であり、ハンスにとってニコルは姉弟子である事から、付き添いで彼女の研究室に何度か行った事があるからだ。

 だから、その場所の事はよく分かっている。


『ホンマかいな!なら頼んだで!』

「……ちょっと待って」

『んあ?』

「……『頼む』ってどういう意味かな?」

『あー……ウチもな、行こうって思ってたんよ……でも、ウチじゃ足手まといだからって……』

「……なるほど、分かった。とりあえず今から行くよ、じゃあ」

 ハンスは電話を切った。


「……さて、行こうか」

 ハンスはベッドを下りた。






 15分後。

 ハンスはジョギングみたいな事をしながら、待ち合わせの場所へ来た。

 そこにはリンダがいて、他にも男が五人、女が一人立っていた。


「おー、ハンス君。君もかい?」

 リンダが話しかけてきた。


「……うん。知り合いから頼まれてね」

「あ!ハンス!」

 女がハンスに話しかけてきた。


 ハンスは彼女の事も知っていた。

 昔、彼女を失意から救ってあげた事があり、それ以来、彼女とは友達である。


「……やあ、マリー。君もかい?」

 ハンスは白い蝙蝠の彼女にそう聞いた。


「ああ、そうだ。そこのアルマンって奴から連絡があってね」

 マリーは、黒とオレンジの体毛を持つ犬の青年を指差して言った。


「貴女様の事は姫、エリ様から聞いております。危ないところを助けてくれた御友人だそうで」

 アルマンと呼ばれた青年はマリーに話しかけた。


「まあ……ね。というか、その言い方なんとかならねぇのか?キモいんだけど」

「キモいだと!我々モテない三銃士を侮辱する気か!」

 白と黒の体毛をした犬の青年は、怒った様子でマリーに近寄った。


「止めんか、イザーク。我々の話し方が一般受けしないのは十分承知のはずではなかったか!」

「い、いや、しかし……なあ、アンリ?」

 イザークと呼ばれた彼は、すぐ近くにいる茶色の体毛をした犬の青年に話しかけた。


「こちらはお願いする立場。ここは彼女に譲歩するべきでしょう」

 アンリと呼ばれた彼は答えた。


「で?集合したはいいが、助けるのにどこへ行けばいいって?」

 フェネックの青年が話を変えた。


 ハンスは彼に見覚えがあった。

 確か以前、ニコルが魔法について教えていた時に、彼がアカネと一緒にいるのを見た。

 つまり彼はアカネの知り合いなのだろう。

 もしかすると、自分と同じようにアカネから頼まれて来たのかもしれない。


 ハンスがそんな事を考えていると、リンダはフェネックの青年に答えた。


「ちょっと待ってね、今、彼女の位置情報から場所を割り出すから」

 そう言ってリンダは、左腕に装着されたV.I.P-Boy(ヴィップ・ボゥイ)を操作し始めた。


「それにしても、あのリックが来るとは……意外ですなぁ」

 アルマンの言い方にはあまり感情がなかった。


「来ちゃ悪いかよ?」

 悪人顔をした狼の青年は、苛立った声でアルマンに聞いた。


「いえ、別に……」

「俺は『敵』が欲しいだけだ。自然主義者の集まりなら、数は多いんだろう?そいつら全員、俺が始末してやるよ」

「ふん、これだから魔道武術学部の奴は……」

「うむ。噂通りの野蛮人ですなぁ」

 イザークも話に入ってきた。


「……お前ら、魔道工学部だな?そういうお前達はどうなんだ!機械をいじくるしか能がないクセによ」

 リックはさらに苛立った様子で言い返した。


「それは偏見というものですよ。我々には疑似魔法アプリがあります。それに銃もね。装備は充実ですよ」

 今度はアンリが話に入ってきた。


「ケッ!どんな装備だろうが、使い手がザコなら大して役には立たねぇよ」

 リックはそう言って背を向けた。


「タクミ殿!何故あのような者を連れて来たのです?」

 アルマンはフェネックの青年に聞いた。


「俺のせいじゃねぇ!アイツが勝手について来ただけだ」

 タクミと呼ばれた青年も苛立った様子で答えた。


「それより貴様ら。怪我したそうだが、本当に大丈夫なんだろうなぁ?」

「まあ、なんとか。リンダ様の救助によって助かりました」

 タクミの問いにアルマンは答えた。


 ハンスはふと、アルマン達を観察した。

 アルマン、イザーク、アンリ。彼らは普段から仲間なのだろう。揃いの服装をしている。

 その服装がボロボロになっていて、血の跡もついていた。


 たぶん一度は、自然主義者と戦ったのだろう。

 そして負けて、助けを求めたのかもしれない。


「心配ご無用でござる。我々にはコレがありますので!」

 イザークは注射器のような物を取り出すと、タクミの方に見せつけた。


「何だ?」

「『ライフパック』という薬品でござる。リンダ様から頂いた物でして、素早く傷を治してくれるのです」

 イザークは説明した。


 その説明を聞いて、ハンスは思った。

 『青い月』で取り扱っている『治癒の薬』に似ている、と。


 中身は同じなのか。

 どっちかがパクったのか。


 ハンスは少し気になったが、それを気にする状況ではない事を思い出して、考えるのを止めた。


「よし!出たよ!」

 ハンスが考えるのを止めたタイミングで、リンダは声を出した。


「ここは……教会だね。ここから北東にある廃教会、旧市街の」

 リンダはV.I.P-Boyのモニターを見ながら言った。


「ほら、ここ。知ってる人もいるんじゃない?」

 リンダはモニターをみんなに見せた。

 みんなはモニターを見る。もちろんハンスもだ。


 確かにここをハンスは知っていた。

 現在地から歩いて10分くらいで行ける所にある教会だ。

 贔屓にしている材料屋へ仕入れに行く時に、よく前を通っているから分かる。


「チッ!人に教えを説く場所が、邪教のアジトになってたって事かよ!」

 リックは頭を乱暴に掻きながら言った。


「……よし覚えた!行くぞ!」

 タクミはそう言うと、一人で走り始めようとした。


「あ、待って!」

 リンダは彼を止めた。

 彼は面倒くさそうに振り返る。


「ほら、『ライフパック』!みんなに一人二本だけだけど渡しておくね」

 リンダはどこからか、大量の注射器を取り出した。


 みんなは彼女の元へ集まり、受け取った。

 ハンスも一応受け取った。

 自分の場合、怪我をする事はありえなかったが、他人のためにと思った上での行動である。


「いざ出撃!」

 アルマンはそう叫ぶと、走り出した。イザークとアンリが彼に続く。その後をタクミ、リック、マリーの順に追う。

 残されたのは、ハンスだけになった。


「……じゃあ、行ってくるよ」

 ハンスはリンダに話しかけた。


「うん、気をつけ……なくても大丈夫か、君の場合」

「……そうだね。僕は攻撃を無効化できるし」

「じゃあ、向こうで会おうか」

「……向こう?君も行くの?」

「ううん。でも代わりが行くから」

「……よく分からないけど、とりあえず僕も行くね」

 ハンスはそう言って、駆け足で移動を開始した。


 ハンスは移動しながら思った。

 みんなが死ぬ事は無いだろう。いざとなれば、自分が盾になればいいのだから。

 むしろ心配なのはエリの安否だ。助けに行くまでに生きているといいが……


 ハンスは感情が薄い。

 それでもその事が心配になった。

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