71 戦力外通告
エリが誘拐されたと聞いて、ミアとタクミは彼女を助けに行く事になった。
現在、アルマンから指定された場所、ノブコ技研へと向かっている。
「おい、山田。この道で間違いないんだろうな?」
タクミは走りながら、ミアに訊ねた。
「大丈夫だ、間違いない」
ミアは持ってきたタブレット型パソコンを見ながら答えた。
パソコンには現在地を中心とした地図が表示されている。ナビゲート機能を使っていて、地図上に目的地までの道順も表示されていた。
「ったく、こんな事になるって分かっていれば、今日の訓練は控えめにしといたのによ」
タクミは呟いた。
「そうだな。アタシ、少し疲れているんだけどな」
彼の呟きを聞いて、ミアも呟いた。
「悪いな。一緒に、だなんて言い出して」
「いいんだ。エリは友達だ。助けに行くのは当たり前だろ」
「……だな」
タクミは言った。
ミア達がしばらく走っていると、一軒のバーの前を通った。
そこを過ぎた時、聞いた事がある声にミアは呼び止められた。
「おい、クソザコ!何してんだ!」
ミアは反射的に足を止めた。
そして声がした方向を見た。
リックだ。バーの入り口の前に彼が立っていた。
左手には酒瓶を持っている。そして酒に酔っているのか、目が座っていて、左右にフラフラと揺れていた。
「……そっちには関係ないだろう」
ミアは相手にしたくなかったため、そう言って立ち去ろうとした。
「関係ねぇから何だよ!」
リックは叫んだ。
「俺は一緒に飲む相手が見つからずに一人酒だ。だが、お前は使命感に燃えたような面して、どっかに向かっている。今の俺が惨めに思えるんだよ!」
彼はそう言って、ミアの方へ近づいてきた。
「言え!どこへ何しに行くつもりだ?」
「仲間を助けに行くんだ。邪魔するな」
リックの問いにタクミが答えた。
タクミはいつの間にかミアの前に立っていた。
「仲間だとぉ?」
「そうだ。仲間が自然主義者とかいう奴らに捕まった。早く助けないと食われてしまうらしい」
「自然主義者にだぁ?仲間ってのは草食人種かよ。何で肉食人種のお前達が草食人種と仲間なんだよ?」
「草食人種と仲間で何が悪い?そんな考えだから、一緒に飲む相手が見つからないんじゃねぇのか?」
「ああ?」
リックは触れて欲しくない所に突かれたらしく、怒りを露わにした。
タクミは彼を恐れていなかった。
彼とは一度も戦った事が無いからかもしれない。しかし、それだけではないような気がミアにはした。
「俺に対してよくも……杖を出せ!決闘だ!」
リックは持っていた酒瓶から中身を飲み干すと、その辺に投げ捨てた。
そして酒瓶が割れる音と共に、彼は指揮棒みたいな形の杖を取り出した。
「いいだろう。カチコミ前の準備運動だ」
タクミはザトーで貰ったらしい短くて円筒状の杖を、二本取り出した。
そして両手に一本ずつ持つ。
ビユン。
リックの杖の先から、白く光る棒状の物が伸びてきた。
するとタクミも同じように、杖の先から白く光る棒状の物を伸ばす。
両者とも魔剣で戦うつもりらしい。
「切れ味は最低にしておいた。だがなぁ、鉄パイプで殴られて無傷でいられるか?」
「嬉しい配慮だな。だが、それはこっちもだ。二本の鉄パイプに耐えられるか?」
両者ともに杖を構えながら言った。
「せいっ!」
最初に攻撃したのはタクミであった。
彼は左手の杖を振りかぶって、一気に距離を詰めた。
一方、リックは居合の体勢をとったままであった。
そしてタクミの攻撃が入りそうになった瞬間、斬り上げた。
が、タクミは素早く右手の杖でこれを防ぐ。
そして左手の杖を振り下ろす。
金属のような音が響く。
タクミの一撃はリックに入ったようだが、魔力の鎧で防御したらしい。
「ふん!せっ!やっ!」
リックの三連撃。
タクミは体の小ささ、つまり的の小ささを生かして、これを全て避ける。
「クッソ!ちょこまかと!」
リックは杖を持っていない方の手、左手をタクミに向けた。
「エアブラス!」
リックは左手から突風の魔法を放った。
この攻撃にタクミはバランスを崩す。
リックはこの機会を逃さない。
「そこだ!」
リックはタクミを滅多切りにした。
しかし、全ての攻撃に金属音がする。
魔法の鎧による防御が上手くいっているらしい。
タクミは反撃した。
左手の杖だけ魔剣を解除して、そのまま空気弾の魔法を何発もリックに放つ。
しかし、リックはそれらを魔剣で弾いてしまう。
「なかなかやるじゃねぇか」
リックは距離を取りながら言った。
「それだけの腕があれば助けに行っても大丈夫だろ。ほら、お前はさっさと行きな」
リックは構えを解くと、親指で向こうを指しながら言った。
「おい!決闘はどうした?」
「今日はもう十分だ。俺にあんな事言った事は許してやるよ。それに、次も控えているしな」
タクミの問いに対し、リックはミアを指差しながら言った。
「え?アタシ?」
ミアは自分を指差しながら聞き返した。
「そうだ、クソザコ。クソザコの分際で助けにいくんだろ?だったら、お前が足手まといにならねぇか俺が確かめてやる」
リックは再び居合の体勢で構えた。
ミアは彼の言葉を聞いて考えた。
確かに、ここで彼と戦うのは正解かもしれない、と。
アルマンとやらの話だと、自然主義者達は好戦的であるらしい。
とするならば、彼らと戦えるだけの力が無いとエリを助ける事は不可能だ。
だから、ここで彼と戦うのは正しい。
彼から認められるだけの力がある事を示せば、エリを助ける事ができる。
そう、認めさせる。
自分は強くなった。それを今ここで証明する。
ミアは杖を構えた。
そして魔剣を発生させた。
「ほぉ、前よりはマシになったみてぇだな。だが、実際のところはどうだろうなぁ?」
リックは嬉しそうに言う。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ミアは杖を振りかぶってリックに突撃した。
そして届く距離まで詰めると、勢い良く振り下ろした。
リックは斬り上げる。
相変わらず早い。自分の杖で防ぐ事はできない。
だから魔力の鎧で防ぐ。魔剣の軌道を読む事ができないので全身を守る。
金属音を立てて防いだ後、ミアはリックに体当たりした。
彼には意外な行動だったらしく、これを受けてバランスを崩す。
そこにミアは突きで攻撃する。
リックに攻撃は命中し、彼は倒れる。
しかし、金属音がした事から防がれた事が分かった。
彼は受け身を取ると、今度は彼の方から攻撃をしてきた。
「見切ってみろよ」
彼は滅多切りにしてきた。
これもミアには早すぎた。
ただし避けるには、だ。全て魔力の鎧で防ぐ。
とはいえ、全く痛くないわけでは無かった。
魔力の鎧が不十分なのか、軽く殴られた程度には痛い。
「オラァ!」
リックは正面蹴りをしてきた。
ミアはバランスを崩して、尻もちをつく。
そこをリックは再び滅多切りにする。
ミアはこれも魔力の鎧で防いだ。
しかし、さっきよりも痛く感じる。
どうやらさっき以上に魔力の鎧が不十分らしい。
精神面で安定していないのか、完璧に防ぐのに十分な魔力が供給されていないようだ。
「これで……どうだ!」
リックは魔力の鎧で左足首を覆うと、ミアの腹を蹴ってきた。
ミアはコレも防ごうとした。しかし、当たった瞬間、強烈な痛みに襲われた。
「うぐっ……」
ミアは腹を押さえて唸った。
さっき食べた夕食が全て出そうになった。
「ふん、攻撃してきたのは一度きりか。後は防御ばかり。それも不十分なヤツだな」
リックは言った。
ミアが彼を見上げると、彼はもう構えを解いていた。決着はもうついてしまったようだ。
「クソザコ。お前は不合格だ。帰れ」
リックは冷たく言った。
「まだだ……まだアタシはやれる……」
ミアはゆっくり立ち上がると、再び杖を構えようとした。
「ディザム」
するとリックは武装解除の魔法をミアに放った。
この魔法は相手の武器を弾き飛ばす魔法だ。ミアはこの魔法を受けて杖を遠くに飛ばされる。
「杖はもうない。お前の負けだ」
「まだ……アタシにはまだある!」
ミアは以前使ってた杖を取り出した。
この杖はもうミアの思った通りには機能しない。
それは十分分かっていた。
それでも今の状況では使わざるを得なかった。
無理やりにでも言う事を聞かせる。
そのつもりであった。
「負けるわけには……いかない!」
ミアは魔剣を出そうとありったけの魔力を杖に注いだ。
すると、ベキリと音を立てて、杖は砕けた。
「え?」
想定外の事にミアは声を上げた。
「今ので十分分かっただろう、クソザコ。お前が行っても何もできない。返り討ちに遭うだけだ」
リックはキッパリと言った。
その言葉はハッキリとミアに突き刺さった。
本当は分かっていた。これ以上戦っても結果は出ないと。
しかし、認めるのが悔しかった。
今までの努力が無駄だったとは思わない。
ただ、それでも強くなったと言えるレベルまでは到達できていない。
自分はまだ弱い。
分かっていても悔しかった。
エリは友達だというのに、自分には助けに行く資格が無いという事が。
ミアは悔しさのあまり、泣きそうになった。
「だから……」
突然リックはミアの肩を掴んできた。
「俺が代わりに行く」
「え?」
「クソザコ。ハッキリ言ってやる。お前はまだ伸びる。だからここで死にに行くような真似は止めろ」
「…………」
「努力次第じゃ、俺が満足する程度には強くなれる」
「……本当に?」
「そうだ。今はまだ鍛える事に集中していろ。お前に実践はまだ早い」
「鍛える……」
「おい、フェネック野郎!これでいいな?」
「……ああ」
タクミは返事をした。
「山田。持ってきたパソコンをこっちに渡してくれ。後は任せておいてくれ」
ミアがタクミの方を向くと、彼は手を差し出してきた。
「タッ君……」
「確かにコイツの言う通りだ。お前は戦うにはまだ早い」
「…………」
「誘って悪かった。ぬか喜びさせてしまった事も謝る。だから、寮に戻ってくれ」
「……分かった」
ミアはパソコンをタクミに手渡して、ゆっくりと立ち上がった。
「山田。俺は誰も失いたくない。お前も戸塚も。だから、絶対連れて戻って来る。お前は待っていてくれ」
「……うん。待ってる」
ミアは自分の情けなさから再び泣きそうになった。
しかし堪えた。
その代わりに、これからの訓練の糧にしようと思ったからだ。
「おい、俺はタクミだ。貴様がリックだな?」
「何故分かる?」
「貴様が『クソザコ』と呼んでいる奴も俺の大事な仲間だ。傷つけるような奴は絶対許さない。つまりそういう事だ」
「ハッ、なるほどな。じゃあ、後で復讐でもするかい?」
「今回は見逃してやる。仲間の救出が最優先だ」
「いいだろう」
タクミとリックは話しながら先へ進んで行った。
ミアはその姿をジッと見ていた。
ミアは二人が見えなくなるまで見ていた。
そして見えなくなると、ゆっくりと振り返り、寮へと戻り始めた。




