70 こうして私は捕まった
エリは今日もリンダの所でバイトをしていた。内容はやはり銃の組み立て。
思想とかそういうものを考えなければ、なかなかの額を貰える美味しい仕事である。
杖を買うための貯金も順調に溜まっていた。
「はい、今日もお疲れ様」
リンダはそう言って、給料を渡してきた。
「ありがとうございます」
エリは喜んで受け取った。
「あれれ。また遅くなっちゃったね」
リンダは作業室にある時計を見ながら言った。
エリもその時計を見てみると『18:30』と表示されていた。
「あ、そうですね。もうこんな時間」
「まだ明るいから大丈夫だと思うけど、一人で帰れる?この前、危ない目に遭ったんでしょ?」
リンダはちょっとだけ心配そうな顔をした。
「心配ご無用!我々と一緒に帰りますので」
アルマンが話しに入ってきた。
今日はモテない三銃士も銃の組み立て作業をしていた。
おかげで人口密度が高くなり、作業室がとても狭く感じられていた。
「そっか、それなら安心だね」
リンダは頷きながら言った。
「この前の一件は、吾輩達がいなかったせいで起きた事。今日は挽回しますぞ!」
アルマンは自信ありげに言った。
エリは彼らを頼もしく感じていた。
彼らはリンダから銃を貰っている。しかも休憩時間には実験室を借りて、射撃練習を行なっていた。さらに疑似魔法の練習も行なっている。
着実に彼らは戦う力をつけていた。
「じゃあ、帰ろうか」
エリは言った。
「おっと、姫。少々お待ちを。我々はまだ給料を貰ってはいませんぞ」
「あれ?そうだっけ?」
イザークの言葉にリンダは首を傾げた。
部屋中に笑い声が響いた。
外に出たエリは、まずは深呼吸をした。
換気機能が十分働いているとはいえ、地下での作業の後は新鮮な空気が吸いたくなる。
「さて、では帰りますかな」
アルマンに促されて、エリ達は歩き始めた。
「ところで姫」
イザークが聞いてきた。
「この前は何故、路地に入ってしまったのです?」
「あれ?言わなかったっけ?急いで帰りたかったからだよ。つまり近道」
「ああ、そういえばそうでしたなぁ」
イザークは思い出したかのように頷いた。
「ちなみに、その路地というのはどの辺りで?」
今度はアンリが聞いてきた。
「えっと、この先を少し歩いて……あれ?気になるの?」
「ええ、まあ、好奇心で」
「じゃあ、みんなで近くまで行ってみる?」
「姫!いけませぬ!」
アルマンは注意した。
「大丈夫だよ。今日は集団で移動しているんだから」
エリは楽天的に考えて言った。
「そうですぞ、アルマン。それに拙者達は武器を持っているではありませぬか」
「ですね。このために練習をしてきたのですから、大丈夫でしょう」
イザークとアンリも後押ししてくれた。
「……イザーク……アンリ……」
アルマンは深くため息をついた。
「……分かりました。近くに行くだけですぞ」
アルマンは折れた。
その後、しばらく歩いていると、例の路地の近くまでやってきた。
「ここだよ。この先を行ったところで襲われかけたの」
エリは指差して言った。
「ふぅん……確かに危険が潜んでそうな所ですなぁ」
イザークは納得したように頷いた。
「まだ明るいとはいえ、隠れる場所も多い。これが夜ともなれば……」
アンリは考え事を始めた。
「さ、もういいでしょう。安全な道を通って帰りますぞ」
アルマンの口調はいかにも嫌そうであった。
「そうだね。そうしようか」
エリは言った。
実際に近くまでやってくると、あの時の恐怖が蘇ってきた。
この場所は人を不幸にする。そんなふうにさえ思えた。
と、移動をしようとした時だった。
突然辺りが暗くなってきた。
まるで急に夜がやってきたかのようであった。
視界が遮られ、近くのものさえよく分からない。
「え?何?」
また何か起こった事でエリは軽くパニック状態となった。
「落ち着いてください、姫。ここはV.I.P-Boyを使うのです!」
アルマンはエリの左腕を掴むと、V.I.P-Boyのスイッチの一つに触れた。
するとV.I.P-Boyから光が放たれた。
懐中電灯のような強い光である。
「あ、ありがとうアルマン」
「姫、早くこの場所から脱出しますぞ」
「アルマン!拙者とアンリで周囲を警戒しま――」
イザークは突然話すのを止めた。
エリは反射的に彼を照らした。
彼は倒れていた。
彼の胸は切り裂かれ、そこから血が広がっている。
「ぐあぁ!」
アンリの悲鳴が聞こえた。
エリが彼の方を照らすと、彼は全身に切り傷を負って座り込んでいた。
エリは理解した。
悪意を持った魔法使いに襲われている、と。
きっと急に暗くなったのも魔法によるものだろう。
何が目的かは分からないが、危険な相手である事には間違いないと思った。
「イザーク!アンリ!」
エリは名前を叫んだ。
「姫!彼らの事を気にする前に、どうか貴女様が無事で脱出する事を考えてください!」
「アルマン……でも……」
「我々にとって、姫の安全が第一なのです!」
アルマンがそう言うと、暗闇から何かが飛んできたのが見えた。
「うぐっ!」
アルマンの呻き声と共に、その場に倒れた音が聞こえた。
エリは彼を照らす。
彼の体には氷柱が何本も突き刺さっていた。
「アルマン!」
「お……お逃げください……我々の事は見捨てるのです……」
「……ゴメン!」
アルマンに言われて、エリは言う通りにした。
エリはガムシャラに逃げた。
とにかく『暗闇』の外へと出ないといけない。そうしないと自分も攻撃を受ける事になる。
エリは逃げ続けた。しかし、いくら走っても『暗闇』の外へは出られない。
と、エリは急に足を止めた。人の気配を感じたからだ。
それも一人や二人ではない。大勢の気配がする。
エリは周囲を照らした。人の姿が照らし出された。
やはり人数は多い。しかも彼らはエリを囲むようにいる。
「フレムブラス!」
エリは回転しながら火炎放射を放った。
威嚇攻撃。
少しは効果があったらしく、少しだけ謎の人物達は離れたような気がする。
「おお……活きがいいな。魔法を使えるのか」
謎の人物の内の一人が声を出した。
「マナを多く含む肉は上物だ」
「神父様もきっと喜ぶだろう」
「今日はいい。ついている」
他の人物達も話し出す。
エリは彼らの話を聞いてゾッとした。
彼らは人食いの集団らしい。そして自分を神父とやらへの捧げものにする気のようだ。
そんな事はさせない。絶対に捕まるものか。エリは意を決した。
「エアザンっ!」
エリは人食いの集団に真空波の魔法を放った。
しかし、効いている様子はない。代わりに何かを弾く音がする。
どうやらこっちが魔法を使えると知って、盾の魔法を使っているらしい。
「アルスブルっ!」
エリは使う魔法を変えた。
こっちはその辺の土や石を塊にして放つ魔法だ。盾の魔法では防げない。
今度は効果があった。呻き声と共に倒れていくのが見える。
しかし……
「いいぞ、コイツは最高だ!」
「その生への執着心は肉を美味くする」
「もっと足掻いてみせろ!もっと美味くなれ!」
人食いの集団は喜んだ。狂っている。
「しかし、捕まえなければ意味がないぞ」
「それもそうだ。では、この辺で終わりにしようか」
「そうしよう」
「そうしよう」
エリは彼らの会話を聞いて、緊張感が高まった。
すると、あらゆる方向から毒々しい緑の閃光が放たれた。
エリは閃光を受けてしまい、その場に崩れ落ちる。
首から下に全く力が入らなかった。指一本ですら動かす事ができない。声を発する事もできない。
エリは麻痺の魔法を受けてしまったのだと理解した。
「さて、連れて行こう」
人食いの集団が近づいて来る。
近づいて来るにつれて、暗いながらもエリは彼らの詳細な姿を見る事ができた。
全員、肉食人種。
見える範囲では服を一切身に着けていない。
エリは彼らに担がれた。そして連れて行かれる。
「全ては我らが神父、パトリック様のために!」
狂人達は声を合わせて言った。
エリはもがこうとした。
しかし、体が麻痺しているせいで何もできない。
このままでは食べられる。
誰か助けて。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
エリは必死で念じた。
恐怖で胸が潰れそうになった。
涙が止まらなかった。
生きたい。
エリは強く願った。




