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07 魔剣術

 魔道武術学部の棟にミアは来ていた。

 今、実習室の前に立っている。

 ここでは、今から魔剣術の授業が始まるという。

 ミアはそれに参加するつもりでいた。


 重々しい金属製のドア、そこからは戦っている音が聞こえる。

 授業前だというのに、熱心に練習をしているようだ。

 ミアは一度深呼吸をすると、ゆっくりと、少しだけドアを開けた。


 中は道場のようであった。

 そこで学生達が練習をしている。

 その様子は剣道のそれに似ている。

 しかし、彼らが持つ物は竹刀ではない。杖だ。


 魔剣術、それは魔法の力を使った剣術の事。

 普通の剣術との大きな違いは、魔剣を使用することだ。


 魔剣とは、杖から発生させた魔力の刃の事だ。

 その切れ味は、術者次第。

 全く斬れなくする事も、レーザー以上に鋭くする事も出来る。


 学生達はそんな魔剣で切り結んでいた。

 見たところ、彼らの魔剣には物理的な刃物程度には切れ味があるらしい。

 彼らの衣類には、切られたような跡がいくつもある。

 体毛を剃られた跡がある者も、少量だが流血している者もいる。

 今も部屋の奥の方で、誰かが体毛と血を散らした。

 練習とはいえ、これはまさに真剣勝負だ。


 ミアは怖くなった。

 大怪我をするかもしれない。

 死ぬ可能性だってあるのかもしれない。


 ミアは想像してしまった。

 自分の腕が切り落されてしまった様子を。

 上から下まで、真っ二つにされてしまった様子を。


 ミアは震え上がった。

 体が縮こまる。

 さっきトイレに行かなかったら、間違いなく失禁していただろう。


 しかし、ミアは深呼吸をして、落ち着かせた。

 これは授業だ。本当の闘いではない。

 死ぬような事はさせるはずがない。


 さらにミアは考えた。

 きっと彼らは上級者。

 あんな事をしても平気な連中なのだろう。

 それに対して自分は初心者。

 怪我のないよう、配慮されるだろう。

 少なくても、あんな事はさせるはずはない……と思う。


 ミアは気持ちを静めると、中へ入り、講師を探した。

 左へ。

 右へ。

 ゆっくりと首を動かす。


 講師はすぐに見つかった。

 出入り口に近い部屋の隅、そこで学生達を見つめる、サイの男。

 いかにも講師っぽい姿をしている。

 ミアは彼の元へ駆け寄った。


「あの……すいません」

 ミアが話しかけると、男は横目で彼女を見た。

 巨体なのもあってか、威圧感が凄い。


「し、自由探究科の者……です。この授業に……その……参加させてください」

 ミアは探究フリーパスを見せながらお願いした。


 目を合わせていられなかった。

 パスを持つ手も自然と震えてくる。


 男からの返事はなかった。

 黙って、手帳を奪うように受け取る。


 彼がサインを書いている間、ミアは気まずさを感じた。

 やはり、自分と体育系とは相性が悪いような気がする。

 普段ヤンチャぶっている自分だが、臆病で小心者なのが本当の自分だ。

 こういった荒っぽいことは、実は苦手である。


 とはいえ、この授業は避けては通れない。

 『黒払い』になるために、魔剣術は必須となっている。

 本当になりたいのなら、我慢してでも学ばなくてはならない。


 我慢だ。我慢しなくてはいけない。

 ミアは講師に気づかれないように、小さくため息をついた。


「待ってろ」

 無愛想に手帳を返しながら、彼は言った。

 そして、練習している学生達に向かい、『リック』と叫んだ。


 赤黒いローブを着た男が一人、練習を止め、こっちにやってきた。

 ミアと同じ、狼。

 しかし、ミアよりも筋肉質で、背が180cmはありそうなくらい高い。

 顔の体毛はボサボサで、そして顔つきが恐ろしい。


「何の用スか?」

 彼は講師に訊ねた。

 面倒くさいという気持ちが露骨に表れている態度をしている。


「自由探究科のヤツだ。リック、お前が相手をしてやれ」

 講師はミアを指しながら答えた。


「マジっすか?」

 そう言ってリックは舌打ちした。

 露骨に嫌そうな顔をしている。


 講師からの返事はなかった。

 それを強制と受け取ったのか、リックは深くため息をついた。


「来いよ」

 リックはそう言うと、指だけで手招きしながら移動を始めた。

 ミアはその後をついて行った。


 案内されたのは、奥の方の部屋の隅だった。

 近くには掃除用具入れのような物がある。

 彼はそれを開け、中から棒状の物を取り出した。

 そして、それをミアへ放り投げた。

 ミアは受け取り損ね、床に落とす。


「拾え」

 リックは舌打ちしながら冷たく言う。

 ミアは彼の態度に不快感を感じながらも、拾い上げた。


「これは?」

 渡された物は指揮棒の形、つまり杖に似ていた。

 しかし、何か違和感がある。


「どうせ初めてなんだろ?だったら模擬杖でいいだろ」

「模擬……?」

「魔力を注げ。そうすりゃ勝手に刃が出る」

 彼の言い方にムッとしながらも、ミアは言われた通りにした。

 いつものように魔法を放つのと同じような感覚で、模擬杖を持つ右手に自身の魔力を注ぎ込むイメージをする。


 ビユン。


 すると独特な音と共に、緑色に光る棒状の物が模擬杖の先端から発生した。

 これこそが魔剣である。


 ミアはそれを軽く振ってみる。


 ウォン。

 ウォン。


 振るたびに魔剣から独特な音が出る。

 ミアはその音を聞くたびに、やっと自分も扱えるようになった事を嬉しく思った。


 普通、刃を形作り、維持するためには魔力をしっかりと制御する必要がある。

 以前、自宅で魔剣を作ってみた事があるから、それは間違いない。

 その時は形状を維持するのに精一杯で、ろくに振り回す事さえできなかったのを覚えている。


 しかし、これにはそれは必要なかった。

 本当に、魔力を注いだだけ。それだけで刃は発生した。

 とにかく、本物に比べればかなり楽だ。


 もちろん、本物ではないため、自身が成長したわけではない。

 しかし今は、例え偽物であっても、魔剣を扱う経験ができただけ良しとしておきたい。

 そう、ミアは思った。


「俺も同じのを使ってやるよ。お互い怪我のないようになぁ」

 そう言ってリックも模擬杖を持ち、刃を発生させる。


 どうやら模擬杖というだけあり、これから発生する魔剣には相手を傷つける力は無いようだ。

 やはり初心者には、それなりの配慮がなされるらしい。


「んじゃ、かかってこいよ」

「え?」

 ミアは何を言っているのか分からず、聞き返した。


「お前の実力を見てやるよ。来な」

 そう言って、リックは手招きして挑発した。


 模擬杖を持つ腕は、(おろ)している。

 全体的に見て、彼の立ち姿はだらしない。

 その姿を見て、ミアは自分の顔が熱くなるのを感じた。


 さっきから、とても腹立たしい。

 この男、完全にこっちを下に見ている。

 絶対にギャフンと言わせてやる。

 ミアは決心した。


「イヤァァァァーッ!」

 ミアは模擬杖を両手で握りしめると、振り上げてリックへ向かっていった。

 その姿は、剣道における面への攻撃に似ていた。

 実際、ミアは授業で剣道を習った時のことを思い出していた。


 ウォン。


 ミアの魔剣が彼に振り下ろされる。

 彼は何もしてこない。全く動いていない。


 ミアの魔剣が、彼の頭を捉える。

 やった。ミアは確信した。


 しかし、魔剣は彼に当たらなかった。

 ミアが模擬杖を落としてしまったからだ。


「アァァァァァァ!」

 気がつくと、ミアは床に仰向けになって絶叫していた。

 急にだった。

 握力がなくなる程の痛み。それがミアの両腕に走った。

 何が起こったのか、ミアには分からなかった。


 ミアは痛みに耐えながら両腕を見る。

 特に変わった様子はない。

 ただ、震えているだけ。


「うぅ、ぐぅぅぅぅ……」

 ミアは上半身をなんとか起こしてリックを見た。

 彼は姿勢を変えていた。

 まるで模擬杖で切り上げたかのような姿勢。


 ここで初めて、ミアは気づいた。

 自分はカウンター攻撃を喰らってしまった事を。

 彼の一撃を両腕に受けてしまったらしい。


「本物だったらよぉ、ナイフもフォークも持てなくなってたなぁ」

 ヘラヘラ笑いながら、リックは言う。


「くっ……」

 ミアは急いで立ち上がると、模擬杖を拾いに行った。

 まだ少し痛みが残っているが、握るだけの握力は戻っている。

 ミアは模擬杖を拾うと、再び刃を発生させた。


「『怪我はしない』と『痛い』ってさぁ、違うよなぁ?」

 自分の魔剣を指で撫でながらリックは言う。

 指からは火花が散っている。


 どうやら模擬杖の魔剣で斬られると、怪我はしないが痛みが走るようだ。

 それもかなりの痛み。本物で斬られた時の再現なのかもしれない。


 それにしても、彼は平気なのだろうか。

 彼は今、魔剣に触れている。痛いはずなのに。

 何か秘密があるのか。


「もう終わりか?遠慮すんなよ」

 リックの挑発が耳に入り、ミアは我に返った。

 とたんに顔が熱くなっていく。

 今度こそ、一発入れる。

 ミアは模擬杖を持った手を握りしめた。


「アアァァァァァァーッ!」

 胴体を真っ二つにする勢いで、ミアはリックに向かっていった。

 『面』がダメなら『胴』だ。


 ミアは自分でも驚くほどの速さで距離を詰めた。

 そして力いっぱい薙ぎ払う。


 剣の軌道は確実に彼を捉えている。

 入った。ミアは今度こそ確信した。


 しかし、またしても刃は彼に当たらなかった。

 気がつくと、ミアは床に伏していた。

 激しい眩暈(めまい)。頭痛がし、吐き気すら覚える。


 今度は頭に受けてしまったらしい。

 すぐにでも立ち上がりたいが、体に力が入らない。

 それでもミアは両手に力を入れた。

 両手で床を突っ張り、上半身だけでも起こそうとする。


 ところが急に、背中が重くなった。

 ミアはまたしても床に伏す。

 重い。まるで何かを乗せられたような……。

 いや、違う。これは……踏まれている。


「弱ぇなお前。くそ弱ぇ」

 背中の方からリックの声が聞こえてきた。

 踏んでいるのは彼だった。


 ミアは確信した。彼には勝てないと。

 力の差を思い知らされた。

 たぶん、何度やっても一撃も与える事すらできないだろう。

 勝ち目なんて……無い。


「……降参だ」

「だろうな」

 当然だと言わんばかり、リックは鼻を鳴らしながら言う。


 悔しい。

 悔しいが……何もできない。

 ミアは自身の無力さを痛感した。


「なあ、教えてくれよ」

「あ?」

「戦い方を教えてくれよ。こっちは初心者なんだ。いいだろ?」

 自分でも情けないと思いながらも、ミアはリックに頼んだ。


 でも、仕方のないことだ。

 自分は素人、相手は熟練者だ。

 ここは教わるしかない。

 例え、どんなに嫌なヤツだとしても。


 彼は何も言わなかった。

 しばらく無言。

 何秒たっただろうか。彼は足を下した。

 背中の重さが消えた。ミアは少しだけ楽になった。


 しかしそれもつかの間、今度は体に鋭い痛みが走った。


「アァァァァァァッ!」

 ミアは悲鳴を上げた。


 自分に何が起こったのか分からなかった。

 ……いや、本当は分かっていた。

 ただ、それを信じる事ができなかった。


 当然だと思う。

 何しろ、何か棒状の物が尻に突き刺さったのだから。

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