68 お兄さんと一緒
「んあ!ウチと一緒にバイトがしたい?」
アカネは歯磨きしながら聞き返した。
寮の朝。
アカネが朝の準備をしている時にハナは訊ねた。
彼女には想定外の事だったらしく、だいぶ驚いた様子である。
「うん。今日もぉ、ニコルさんの所に行くんでしょ?ダメかなぁ?」
ハナは聞いた。
「いや……ダメかどうかってのは、ニコルに聞かなアカンけど……どないしたん?」
「アカネちゃん、この前言ってたよね?ハンスさんとお薬の材料を探しに行ったって」
「せや。いやぁ、大変だったで。薬草なら簡単やったけどモンスターと戦う事になった時は、ホンマにしんどかったで……」
「うん。だからぁ、ハナも一緒に戦ってあげようと思ったのぉ」
「あー……まあ、この前武術の大会で優勝したんやし、ハナちゃんが強いっちゅうのは分かる。でも、なんでそんな事思ったんや?」
「ハナね、杖を買うためにお金が必要なのぉ」
「杖……うん、まあ、確かにそのために貯金するのは大事やなぁ」
アカネは何度か頷いた。
「それでぇ……いいかなぁ?」
「さっき言ったやろ?ニコルに聞かなアカンって……ちょい待ち」
アカネはうがいをすると、スマートフォンを取り出した。
「SIMカードをナイツのものと交換しといて正解やったわ。えっと、ニコルの番号は……」
彼女はスマートフォンを操作すると、電話をかけ始めた。
「あ、ニコルか?ちょっと聞きたい事があるんやけど……」
通話が始まった。
「ハナちゃんって覚えとる?……そう、兎の……なんかな、材料探しのバイトがしたいらしいんや……まあ、確かに頭は緩いけど……でもええ子やで?」
会話の内容から考えて、ニコルは難色を示しているようだ。
「……ホンマ?おっしゃ!じゃあ今から行くで!」
彼女からの許可が下りたらしい。
アカネは嬉しそうな様子で電話を切った。
「ええって」
アカネはハナに言った。
「やったぁ!」
ハナは飛び跳ねた。
「ほな、待たせたらアカンし、出発するで!」
アカネはそう言うと、ハナの手をとって寮を出た。
ハナ達が『青い月』に到着すると、店の前でニコルとハンスが立っていた。
「おはよーさん」
「お~はよぉ~ぅ、ございぃま~す」
ハナ達はニコル達に挨拶した。
「はい、おはよう。いきなりの頼みには驚いたわよ」
ニコルは口角をヒクつかせて言った。
「すんません。事前に言っとくのがええっては知っとったけど、ハナちゃんが……」
「まあいいわ、こっちとしては材料が手に入りやすくなるわけだし。じゃあハナ、後はハンスに任せるから」
「うん、分かった」
ハナは返事をした。
「あ、ウチは?」
「今日は薬を作るのを手伝ってもらうわ」
「じゃあ、ここでハナちゃんとはお別れかいな」
「そういう事ね」
ニコルに言われて、アカネは残念そうに肩を落とした。
「ほら早く!始めるわよ!」
ニコルはそう言って店の中へ入っていった。
「しゃぁない、一旦別れるでハナちゃん」
「うん、バイバイ」
ハナはアカネが店の中へ消えるまで、手を振り続けた。
「……ハナ、こっちも出発するよ」
「ほ~い」
ハンスに言われて、ハナは返事をしながら彼の方を向いた。
彼はもう歩き始めている。ハナは遅れないようについていった。
「どこに行くのぉ?」
「……裏庭だよ。そこから森へ入るんだ」
「へ~」
ハナは歩くのを速めて、ハンスの横についた。
「……ところでハナだっけ?名前」
「うん、ハナだよ」
「……君って薬草には詳しいのかい?」
「ううん」
ハナは首を横に振った。
「……え?」
「ハナはぁ、モンスターを倒すために来たんだよぉ」
ハナは得意げに胸をそらしながら言った。
「……大丈夫なの?」
「うん、ハナはとっても強いんだよぉ」
「……そ、そうか……という事は、今日の材料集めはモンスターが中心かな?」
ハンスは呟いた。
「……じゃあ、場所を変えよう。予定よりももっと奥。その辺りだったらモンスターに出会う可能性が高いはず……」
ハンスはそう呟きながら、ハナの腕を掴んだ。
「……ハナ、ちょっと奥に入るから、僕から離れないように。でないと迷うよ」
「うん、分かった」
ハナは彼に引っ張られながら答えた。
十分後、ハンスは足を止めた。
「……この辺りだよ。人間があまり入ってこない所だから、モンスターも多いんだ」
「へ~」
ハナは見回してみた。
デコボコした地面。
木が鬱蒼と生えている。
まだ午前だというのに、夕方のように暗い。
「……さて、君は戦う事に自信があるみたいだけど、本当かい?」
「うん。この前『舞台上の決闘』の試合で優勝したんだよ」
「……へぇ、でも所詮は試合でしょ?モンスターとの戦いは生きるか死ぬか。本当に大丈夫かな?」
「きっと、大丈夫だよぉ」
ハナは楽天的に答えた。
「……じゃあそんなに自信があるみたいだし、モンスターは君一人で倒してもらおうかな?僕は薬草を探すのに集中するよ。この辺りでは、いつもの場所とは違った薬草が手に入るんでね」
「うん、任せて」
「……あまり遠くには行かないようにね。お互いはぐれたら大変――」
ハンスが言いかけた瞬間であった。
どこからか、重量感のある足音が聞こえてきた。
その足音は、確実にハナ達の方向へと向かっている。
「……ハナ!後ろだ!」
ハンスに言われて、ハナは振り返った。
すると、少し遠くの方から茶色の生物がこっちへと向かっているのが見えた。
「ブギィィィィィ!」
現れたモンスターは叫びながら突進して来る。
「……ハナ、さっそくだけどアレを倒してもらおうかな?」
「うん、いいよ」
ハナはそう言うと、両腕を横に真っ直ぐに伸ばした。
モンスターは素早かった。
あっという間に距離を詰め、ハナとぶつかりそうになっている。
ハナの体から三枚のゲームのタイトル画面が現れる。
するとガツンという音と共に、モンスターはその内の一枚に激突して弾き返された。
「変身中に攻撃するのはダメだよぉ」
ハナは舌を出しながら言った。
モンスターは体勢を立て直そうとしていた。
その時になって初めて、ハナはモンスターの容姿を良く見る事ができた。
猪だ。
人の姿をしていない。つまりは『祖先』に分類される生物だ。
しかも背面は鱗状の堅い板で覆われている。
「……『鎧猪』だね。『鎧』が結構頑丈だけど、君はどうやって倒すつもりかい?」
「堅いんだ……じゃあ、コレにしよ」
アドバイスを貰ったハナは、三つのゲーム内から『マリック・トリック』を選択した。
「変身!」
眩しい光と共に、ハナはプロテクターとゴーグルを装着した姿に変わる。
鎧猪は体勢を完全に立て直した。
そして再び、ハナに突進しようとする。
「堅いといったら、コレだぁ!」
ハナはそう言って、右手を上に上げた。
『ブレイクハンマー!』
ハナの手にハンマーが握られる。
「ブギィィィィィ!」
鎧猪は突進した。
「てぇい!」
ハナは鎧猪が間合いに入った瞬間にハンマーを振り下ろす。
そしてそれは、鎧猪の頭部を直撃した。
ドシンと重々しい音が響く。
そして同時に鎧猪の頭部は木端微塵になった。
ついでに残った胴体は地面に叩きつけられる。
「はい、お終い」
ハナはハンマーを掲げて、勝利のポーズを取った。
「……凄いよ」
ハンスは言った。
しかし、あまり気持ちが入っていないような言い方だった。
「……凄いけどさ、鎧猪の頭部からも素材が手に入るんだ。こんなになっちゃ……回収できないよ」
「ほえ?」
「……もう少し、原形を保てるような倒し方をして欲しいな」
「うーん……じゃあ、コッチの方が良いかな?」
ハナは再び両腕を横に真っ直ぐに伸ばした。
ゲームのタイトル画面を出すと、今度は『ずっきゅん・トリガー』を選択した。
「変身」
眩しい光と共に、ハナはアイドルっぽい姿に変わり、右手にはレトロチックな光線銃が握っていた。
「……その姿が変わるのってさ、何か意味あるの?」
ハンスは訊ねてきた。
「うん。ハナはゲームの力でパワーアップする事ができるんだよぉ」
「……ゲーム……僕はあまり詳しくないから分からないけど、君の固有魔法……でいいのかな?ソレはとても面白いとは思うよ」
「本当?やったぁ!」
ハナは嬉しくなって跳びはねた。
すると、何か黒い何かがハナめがけて上から突っ込んできた。
「おっと!」
ハナは余裕でこれを避ける。
「……毒烏だ。足の爪に毒があるから気をつけて」
ハンスは注意する。
ハナは周囲を見回して毒烏がどこにいるのか探した。
しかし、どこにも見えない。
と、突然木の陰から毒烏が飛び出した。
どうやら隠れていたらしい。
毒烏は勢い良くハナへと突っ込んで来る。
しかし今度は、ハナは避けない。
代わりに持っていた銃で毒烏を狙う。
「てい!」
ハナは引き金を引いた。
するとハート形の光線が銃から放たれて、毒烏に命中した。
ハート形の光線には殺傷能力が無い。
ただ痛みを与えるだけだ。
しかし、今回のような場合は例外であった。
「ガッ!」
毒烏は真下に落下した。
そして落下した衝撃で首が変な方向へ曲がってしまった。
毒烏はもう動かなくなった。
「これならどぅ?」
ハナはハンスに訊ねた。
「……うん、これならいいよ。この調子でモンスターを倒していって」
「ほ~い」
ハナは返事をした。
「……それにしても、試合で優勝しただけあって本当に強いね」
「でしょ?」
「……ただ……」
「ほえ?」
「……その強さはちょっと心配だよ。何かに悪用したら誰が止められるんだろうって思う」
「ハナはぁ、悪い事はしないよぉ」
「……そうであって欲しいね。あ、話は変わるけど、今から鎧猪と毒烏の解体をするから、周りを見ていてもらえるかな?」
「いいよぉ」
「……よかった。解体していると血の匂いで、他のモンスターを引き付ける事があるからね」
「来ちゃったら、倒していいのぉ?」
「……うん。それでいいよ」
ハンスはナイフを取り出しながら言った。
ハナは今の出来事を受けて、楽しいと思った。
まるで大好きなハンティングゲームのようだからだ。
アカネにお願いして良かったとハナは思った。
そして後で、彼女にはお礼を言おうと考えた。




