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63 隠された狂気

 杖の工房へ行った次の日、エリはリンダの研究室を訪れた。

 杖を入手するために、お金が必要になった。そのためにエリはバイトでいいから働きたいと頼むために、やってきたのであった。


 エリはインターフォンを押した。

 ピンポンと音がし、それから少し間があってからスピーカーから声が出た。


『はいはーい』

「エリです。お願いしたい事があって来ました」

『うん。じゃあ、今扉を開錠するから』

 リンダがそう言うと、扉からガチャリと音がした。


「ボクは下の研究室にいるよ。早くおいで」

 スピーカーからプツンと音がし、それ後は沈黙した。


 エリは真っ直ぐに地下へと向かった。そして地下へ到着すると、一本道を通ってリンダの私室の前にまでやってきた。


「あのー……失礼します」

 リンダの私室の扉が開くと、エリは顔を前に出しながら言った。


「あ、姫!」

 聞き覚えのある声が聞こえて、声のした方を見た。そこにはアルマンが座っていて、こちらを見て驚いている。


「あ、アルマン?」

 エリは驚いて、彼の名前を呼んだ。すると別な人の声も聞こえてきた。


「我々もいますぞ」

 エリはその声を聞いて、辺りを見回した。するとアルマンの近くで、イザークとアンリが同じように座っていた。

 もちろん、彼らもこちらを向いている。


「みんな!何やってるの!」

 エリは少し大きな声を出して問いただした。すると、みんなは俯いて黙った。


「……アルマン」

 そのままでいても、誰かが答えてくれるとは思えなかった。

 エリはアルマンに近づくと、顔を寄せながら聞いた。

 彼はそっぽを向いて、答えようとはしない。


「アルマン」

 エリはもう一度聞いた。さっきよりは強く、感情は控えめに、だ。

 彼は目だけでチラリとエリを見た。エリはその目をジッと見る。


「あの……その……」

「何?」

「リンダ様のお手伝いをしていました……有料で」

「有料?」

 エリは聞き返した。

 すると、作業室の方から扉が開く音が聞こえ、聞きなれた人の声も聞こえた。


「んー?何?どうしたのぉ?」

 声の主の正体は見るまでもなかった。

 リンダだ。彼女がやって来たのだ。


「リンダさん!有料で手伝いってどういう事ですか?」

 エリは彼女の方を向いて訊ねた。


「あー、つまりはバイトの事だよ。彼らにはデバックの仕事をお願いしていたところなんだ」

 リンダは答えた。


「バイト?」

「申し訳ございませぬ!」

 エリが聞き返すとアルマンが謝った。

 彼の方を向くと、彼は腰を90度以上曲げた姿勢をしていた。


「アルマン?」

「我々、新しいパソコンパーツが欲しかったもので……吾輩はビデオカードなのですが……ここでバイトをしてました!」

「私は違いますけどね。単なる社会に出る勉強のためです」

 アンリは言った。


「べ、別に謝る必要は無いよ!ただ、ビックリしただけだって!」

 エリは言った。


 実際のところ、その通りであった。

 エリは彼らに内緒でバイトをしようと思っていた。彼らに言うと心配とかされると思ったからだ。

 だから、内緒にしていたはずなのに彼らがいた事は本当に驚いた。


「それにしても……バイト、か」

 エリは呟いた。


 バイトをさせてくれる保障なんてなかった。断られるかもしれない、そんな不安もあった。

 でも、実際には、こうして彼らを彼女は雇っている。

 自分も雇ってもらえるかもしれない。そう思うと、エリは少し自信が出た。


「ん?何?君もバイトしたいの?」

 気がつくと、リンダはエリの事を覗き込みながら聞いて来ていた。

 エリは驚いて、一歩下がる。


「え……まあ、急にお金が必要になりまして……」

「いいよいいよ。仕事ならあるんだ」

 リンダはあっさりと答えた。


「でもデバックの仕事は今は十分だから……あ、そうだ」

 彼女は手を打った。


「ボクと一緒に銃を組み立てよう。前言ってたよね?ガラクタを寄せ集めて銃を作っているって。パーツはできているんだ。後は組み立てるだけ、図面通りに作れば大丈夫だから。ね?やろう?」

 彼女はグイグイと迫って来る。

 嬉しそうな様子だが、相変わらず目だけは無表情だ。それが、どうしても怖い。

 怖いが……せっかく提案してくれたのだ、断る理由なんてない。

 エリは黙って頷いた。






 リンダと一緒に作業室へ移動したエリは、作業台の上を眺めた。

 ガラクタで作ったパーツが整頓されて、台の上に並べられている。


 パーツをよく見ると、金属製のガラクタを曲げたり溶接して作った物であると分かった。当然、全く同じ形のパーツは無い。


 パーツは金属製以外にも木を削って作った物もあった。

 そして、普通の針金やネジもある。パーツ同士を固定するために使うのだろうか。


「今、図面を印刷するからちょっと待っててね」

 リンダはプリンターと思わしき機械の前に立って言った。


 機械はあっという間に、紙を一枚吐き出した。

 彼女はそれを取ると、作業台の上に置く。


 『回転式拳銃 組み立て図』


 彼女の置いた紙にはそう書いてあり、プラモデルの説明書のように組み立て方法が書いてあった。


 機械からはまだ紙が出てくる。


 『ボルトアクション式小銃 組み立て図』

 『短機関銃 組み立て図』

 『水平二連式散弾銃 組み立て図』


 様々な組み立て図が次々と作業台の上に置かれていく。意外と種類は豊富らしい。


 しかも組み立て図の一枚が裏向きになって、初めて分かった事がある。

 これは裏紙だ。

 何か別な物が印刷されていて、その反対側に組み立て図が印刷されている。

 経費削減か。それとも環境保護か。エリには分からなかったが、『ケチくさい』という印象はあった。


「さ、好きなの作って!」

 リンダに言われて、エリは目線を彼女の方へ移した。

 彼女はもう、何かを組み立て始めている。慣れているからなのだろう。組み立て図は一切見ない。


 自分も始めなくては。そう思ったエリは、適当に一枚、組み立て図を取った。

 それは回転式拳銃の組み立て図。見た目は複雑そうだが、パーツは少なく見える。

 エリは組み立て図と見比べながら、パーツを近くに寄せた。


 作業を始めた。

 始めてすぐに、これはそんなに難しいものではないと思った。

 本当にプラモデルの組み立てと同じ感覚だ。何も考えず、組み立て図の通りにするだけで、形が出来上がっていく。

 エリは拍子抜けした感覚を感じながら、組み上げて行った。


 元々プラモデルの組み立ては早い方だからだろう。あっという間に一丁できた。

 エリはできた銃を傍に置き、別の組み立て図を手元に置いた。

 今度は短機関銃。さっきよりはずっと複雑そうだが、やりがいはありそうだ。

 エリは必要なパーツを近くに寄せた。


 組み立てを始める。一緒だ。思ったほど難しいものではない。組み立て図の通りにするだけでいい。

 そう思うと、エリは肩を落とした。


 こうして、ただただ組み上げた物が武器となる。

 そんな物で誰かが命を失う。命があっさりと消える。なんて虚しい事なのだろう。

 そう思うと、エリは手を止めた。


 リンダの方を見る。

 彼女はこちらを気にする様子は無く、黙々と銃を組み立てている。

 そんなに組み立ててどうするのだろうと、エリは思った。


 金儲けのためだろうか。武器は儲かるらしい。そうなのかもしれない。

 リンダ。彼女には心が無いのだろうか。殺しの道具を作る事はそんなに楽しい事なのだろうか。

 疑問に思ったエリは訊ねずにはいられなかった。


「……リンダさん」

 エリは呼びかけた。


「うん?」

 彼女は手を止めて、エリを見た。


「殺しの道具を作るって楽しいですか?」

「どうしたの?」

 彼女はキョトンとした。


「答えてください」

「そりゃ楽しいよ」

 彼女はあっさりと答えた。


「……何故ですか?」

「だって、この星のために貢献してるってわけだし」

 彼女はどこか誇らしげに答えた。


「……え?」

 エリは耳を疑った。

 殺しがこの星のために貢献する。

 意味が分からない。


「あの……」

「君って聞いた事があるかな?『星において、魂の数は常に一定に保たれている』って話」

 エリが質問しようとすると、リンダは何か言い出した。

 まるで宗教的な難しそうな話だ。


「もし、それが本当ならさ、ボク達人間(ズーマン)は生きている時点で、だいぶ大きな罪を犯しているって事だよね?」

「え?」

「だって何十億もいるんでしょ?それに医療も進歩しているし、人間は生まれやすく死ににくくなっている」

「えっと……」

「そしたらさ、魂の多くは人間のために()かれるってわけでしょ?それっておかしくない?他の命はどうなっちゃうの?生まれてこなくなるんじゃない?」

「それは……」

「ボクは良くないと思うよ。だから適切な数にちゃんと調整しなくちゃいけないよ」

 リンダは自分で言った事に頷いた。


 エリは彼女が言いたい事が少しは理解できたような気がした。

 つまり、この星は人間が多くなったせいでバランスが崩れている。それを調整するためには、人間は死ななくてはいけない。

 そういう事を言いたいのだろう。


 エリは分かった瞬間に寒気がした。

 大を守るために小を簡単に切り捨てられる。それも命についてだ。

 それができるだなんて普通じゃない。そう思った。


「ボクが武器を作るのは、人間がもっと簡単に死ねるようにようにするためなんだ」

 銃の組み立てを再開しながら、リンダは話し始めた。


「人間がもっと簡単に死ねるように……」

「そ。武器は人を殺さない。人が武器で殺す。武器を多く配れば、人間は勝手に数を減らしていく。そうすれば、他の命が生まれていく。こうしてこの星は守られる。いい事だよね」

 彼女は言い終わるまでに、銃を一丁完成させた。


「そんな!それじゃまるで、人の命が軽いって言っているようなものじゃ……」

「『まるで』じゃないよ。実際そうなんだ。だって銃で撃たれたら、簡単に死んじゃうもの。そうでしょ?」

「そういう事じゃありません!」

「『倫理的に』って意味かな?それでも、人の命は軽いよ」

「どうして……そんな事簡単に言えるんですか!」

 エリは怒りに任せて作業台を両手で叩いた。


「知りたい?」

 リンダは作業の手を止めた。


「ええ!リンダさんがどうしてそんな事を考えられるのか、ぜひとも知りたいです!」

 エリは前のめりになって言った。


「それはね……」

「はい!」

「ボクの存在がその証明だからだよ」

 リンダは真っ直ぐにエリを見て言った。


 急に作業室が静かになった。

 エリは頭の中で、今の言葉を反芻した。

 彼女の存在が証明。これはいったいどういう意味なのだろうか。


「……え?」

「講演会でボクが言ってたのを覚えてる?18の時にノブコの新商品のモニターに参加したって話」

「……ええ」

「実はその少し前にさ、ある事があったんだよね」

「え?」

「『アウトスチュート』って知ってる?」

「……何ですか、それ?」

 エリは訊ねた。


「ボクも詳しくは分からなかったけどね。秘密の研究機関みたいだってのは分かったよ」

「それが……何ですか?」

「ボクはそこに捕まった。そこで実験体にされたんだ」

「……え?」

「『自動脳改造装置』。ボクはそれの餌食になった。そして、この脳を手に入れた」

 リンダは自分の頭を触った。


「それ以来。ボクの何かがずっとスカスカなんだ」

「スカスカ?」

「そう。脳改造をされてボクは変わった。今のボクと昔のボクとは別人なんだ。でも、何がどう変わったのか。今だに分からないよ……」

「……」

「昔のボクが未だに思い出せなくて、思ったんだ。ボクは脳改造をされた時に、一回死んでいるって」

「え?」

「脳をちょっとイジられただけで死んで命を失ったんだ。もしかして、魂も向かうべき場所へ行っちゃったのかも……」

 リンダは首を横に振った。


「じゃあ、いったい、今のボクは何者なのだろう?ただの抜け殻?でも、生物学的には生きている。何なの?」

 リンダはここで、初めて表情を変えた。

 俯いて、目を細め、悲しい表情をする。


「ボクはずっと考えた。考えて、一つの結論に達したんだ」

「結論?」

「ボクは『良い事』をしよう。『良い事』を続けていれば、いつかはきっと救われるって……」

 リンダはエリの方を真っ直ぐ見た。

 泣いている。


「だからボクはこの星を救う事にしたんだ。大きな事……だって世界平和だよ!」

「でも!」

「分かってる!君がボクの事を悪者だって思っている事ぐらい!」

「え?」

「君がどう思おうと君の勝手だよ!でも、これがボクの正義だ!いくら否定したっていい!でも、邪魔だけはしないで!ボクの心を乱さないで!」

 リンダは大きな声で言った。滝のように涙を流している。

 エリは初めて、彼女が感情を露わにしたのを見た。


 エリは罪悪感を感じた。

 彼女は普通の人が経験する事のない事を経験した。そして、その事でずっと苦しんでいた。

 かつての自分を失った喪失感。抜け殻の体になったかもしれないという恐怖。

 そして、自分がようやくつかんだ正義。それが本当にそうなのかという不安感。


 もしかして……

 エリは彼女の目が常に無表情である理由が分かったような気がした。

 彼女は演じていたのだ。楽しい事も悲しい事も。本当の心は無にして、心を守るために。


 それが……彼女……

 重い。つらい。


 知らなかった。彼女がそんな闇を抱えていたなんて。

 そうとは知らず、自分はただ、自身の正義感を振り回していた。

 それがリンダの心を苦しめていた。

 なんて……

 なんて……


 エリは強い感情を押し留めるのに必死になっていた。

 彼女の思想がどうであれ、やってはいけない事をしてしまった。

 自分を許せなかった。


「私……なんて事を……」

 震える声でエリは呟いた。


「謝る必要は無いよ……それに、ボクの考えに大きな欠陥がある事も知っているし……」

 リンダは言った。


「え?」

「ボクのやり方だと、誰が死ぬかなんて分からない。もしかすると、それはボクの大事な人かもしれない」

「大事な……人……」

「君とかさ」

「私?」

 エリは驚いた。


「初めて君を見た時、思ったんだ。君とは長い付き合いになるって。恋愛とかじゃないよ!友情みたいなヤツ!そういうのを感じたよ」

「友情……」

「君が死んでも、ボクは信念を曲げない。でも、君が死ぬ事はとても悲しい事だよ。悲しくて……つらい……」

 リンダは俯いた。


 エリは何も言えなかった。

 こんな状況で何を言えばいいか分からなかった。

 例え言えても、とても薄っぺらな事しか言えないだろうと思った。


「さ、今日はもう帰っていいよ。銃なんて作りたくないんでしょ?」

 リンダは涙を拭うと、エリに言った。


「いえ、もうちょっと……やらせてください……」

 エリは首を横に振った。


「私は、それくらいの事をしなくちゃいけないんです」

 エリは、銃の組み立てを再開した。


「そう……分かったよ……」

 リンダは明らかに止めようとしたが、諦めた様子で言った。


 作業室に銃を組み立てる音が響く。

 エリは組み立てる事に集中しようとした。

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