62 杖探し
アカネは今日もニコルの店の工房でバイトをしていた。
そして定時。いつものように仕事が終わったアカネは、給料の支払いを今か今かと待っていた。
「はい。今日のアナタの給料よ」
「フヒヒ、おおきに……」
アカネは差し出された封筒を、すぐに受け取った。
手の感触で分かる。今日の給料は、いつもよりも『厚み』がある。
例え、中身が低額の紙幣だけで構成されていたとしてもだ。それでも今日は普段よりも稼げたという自信は間違いなくあった。
アカネは嬉しさで口が潤うのを感じた。顔が歪んでいくのも感じる。
今日は間違いなく儲かった。それに間違いは絶対無いと確信した。
「きょ、今日は支払いがええなぁ……」
思わずアカネは思った事が口に出る。
「ええ。給料が歩合制なのは覚えているでしょ?今日はそれだけ頑張ったって事よ」
「そ、そういえば、せやったなぁ……」
アカネはそう言いながら、ポケットに給料袋をしまおうとした。
と、その瞬間、ニコルの目が一瞬で鋭くなった。
「あ!ちょっと待ちなさい!」
ニコルは素早く、アカネの手を掴んだ。その手にはもちろん、給料袋が握られている。
「んあ!」
「やっぱり、ちょっと多かったわね。今減らすわ」
ニコルはそう言うと、給料袋をむしり取った。
そして中から紙幣を何枚か取り出す。
案の定、紙幣は低額のものであった。
しかしそれでも、減額されるというのはアカネにはつらいものであった。
「な、何すんねん!」
「アナタの目の輝き、完全にダメだったわ」
自身の胸の谷間に紙幣をしまいながら、ニコルは言う。
「んあ!」
「アナタ、家族のために稼ぎたいって言ってたわよね?」
「せ、せやけど……」
「でも、さっきのアンタの目、完全に自分の懐に入れる気満々の目をしていたわ。少しは同情して多めに払ったつもりだけど、それなら撤回よ」
ニコルは冷ややかな目でアカネに言った。
「うっ……」
彼女に見透かされて、アカネは言葉に詰まった。
「正直に答えなさい。貰った給料で何をする気だったのかしら?」
ニコルはジッとアカネを見る。その目で見られると、アカネは手の平に汗が滲み出てきた。
正直に言うしかないか。アカネは諦めて口を開いた。
「杖や」
「杖?」
「せや、杖を買おうって思ったんや……」
「どうして?」
「やっぱり杖が無いと、しまらないやんか……」
「ま、言いたい事は分かるけどね」
ニコルはやれやれと言いたそうな仕草をしながら答えた。
「にしても、杖……杖ね」
「んあ?どないした?」
「アカネ、私が言った事って覚えてる?」
「えっと……」
「アナタ達のために杖を買ってあげる気は無いって」
「あー、せやな。そんな事言っとったな」
「買ってあげる気が無いのは一緒だけど、私が信頼する店にだったら連れてってあげてもいいかしら」
「え!ホンマ?」
ニコルの言葉にアカネは驚いた。
買ってくれるわけではないが、彼女の心が変わった。それだけでも珍しく思えたからだ。
「そうねぇ……明日の十時までに、アナタ達には店の前に集合してもらおうかしら?」
「ちょ、明日って……急過ぎるやろ!それにウチらって、みんなの都合ってモンもあるし……」
「いいじゃない。善は急げってヤツよ」
「いやいや……」
「じゃあ伝言よろしく」
ニコルはそう言って、工房を出ていった。アカネはポツンとその場に残される。
とりあえず、伝えるだけ伝えるとしよう。アカネは諦めた。
次の日の朝、十時。
『青い月』の前にはアカネ達全員が立っていた。
昨日、アカネはとりあえず話をみんなに伝えた。するとみんなは行くと言い出した。
意外だったのは、タクミとミアだった。二人とも知らないうちに、新しい杖を持っていた。いつの間に手に入れたのかは分からないが、もう持っているのなら必要ないだろうと思っていた。それでも行くという。今の物に納得がいっていないのかもしれない。
もったいない話だ。いらないなら、代わりにもらおうか。アカネはそう思った。
アカネ達が集合すると、ニコルはすでに待っていた。そして、みんなを連れて旧市街へと移動を開始した。
歩き出して30分は経ったであろう。すると一件の店の前に到着した。
『魔術用の杖 製作・販売 ゲラルト工房』
店の看板にはそう書いてあった。
「ここよ」
ニコルはそう言うと、ベルの音と共に店内へと入っていった。
アカネ達もそれに続く。
店内に入って思った第一雰囲気は良好とは言えなかった。狭く、薄暗く、埃っぽい。どちらかというと、なるべく早い内に店を出ていきたいくらいだった。
「ゲラルト!いる?いるわよね?」
ニコルはカウンターに声をかけた。
すると奥の方から、兎にしては大きな、160cmくらいありそうな男がノソノソと現れた。
「も、もちろんなんだな」
ブ男としか言いようのない男は、どもりながら答えた。
汚れた作業着を着ていて、少し嫌なニオイがする。
「前金すら取れるか分からないけど客よ」
「い、言っている事が良く分からないんだな……」
「いずれ金は払う。でも今は前金すら払えるか厳しい。そんな客よ」
「そ、それは、客と呼べるのか、分からないんだな……」
ゲラルトは眉間に皺を作った。
「でも私の紹介よ。それで十分じゃないかしら?」
「うぅ……そ、そう言うならきっとそうなんだな……接客するんだな……」
ニコルの言葉に、ゲラルトは不満そうに答えた。
「そ、それじゃあ、ま、まずはコレを一本ずつ持つんだな」
ゲラルトはカウンターの奥から菜箸のような物を人数分取り出した。そしてアカネ達に差し出した。
「何やコレ?」
一番近くにいたアカネは、とりあえず一本取った。
なんとなく汚いように見えたので親指と人差し指の先で摘まんでである。
「か、仮杖なんだな。ま、まずはコレで使い心地を確かめて欲しいんだな」
「使い心地?」
ゲラルトから仮杖を受け取りながらミアが聞いた。
「つ、杖を振ってみたり、ま、魔力を吹き込んだりする事なんだな」
「なるほど、やってみるか」
タクミも一本受け取ると、それを見つめながら言った。
エリとハナも仮杖を受け取った。
「せーのっ!」
誰が言い出したわけでもないが、アカネは合図をした。その合図に合わせ、魔力を吹き込みながら仮杖を振る。
アカネ達は一斉に同じ動きをした。すると仮杖は人によって様々な反応を示した。
「んなぁ!」
初めに声を出したのはアカネだった。
アカネの仮杖はバキリと音を立てて大きく亀裂が入った。
「うっ!」
ミアの声とバンという音が聞こえ、アカネは彼女の方を向いた。
彼女の仮杖は半分くらいで折れている。
「ほえ!」
ハナの驚いた声が聞こえて、今度は彼女の方をアカネは向く。
彼女の仮杖は、彼女の手の上で粉々になっていた。
「おい、ヒビが入っちまったぞ」
「わ、私も!傷つけちゃった……」
タクミやエリの声も聞こえる。
「そ、それで問題無いんだな。か、仮杖の壊れ方で相性を確認するんだな……」
「壊れ方?」
タクミが聞くとゲラルトはエリを指差した。
「た、例えば彼女。つ、杖はワンド型で問題無いんだな。あ、後は使い心地なんだな……」
「使い心地……長さはこのくらいで大丈夫です……あ、太さはもう少し欲しいです」
「そ、そんな杖が彼女には最適なんだな……あ、後は僕が作る……も、もしくは在庫から探すだけなんだな……」
ゲラルトは説明した。
「なるほど、そういう事か」
タクミはそう言うと、ゲラルトに仮杖を差し出した。
「どう思う」
「わ、ワンド型で十分なんだな。ほ、他に注文があるなら教えて欲しいんだな」
「少し長いな。もう少し短い方がいい。後、俺は杖が二本欲しい。できれば同じ物がいい」
「に、二本?珍しい注文なんだな」
「全くないわけじゃないだろう?とにかく二本だ。それだけは譲れない」
「んー、それだったら、ちょ、ちょうどいいのがあるんだな」
ゲラルトはそう言うと、後ろの棚を探った。そして振り返ると、カウンターの上に取った物を置いた。
「こ、コレなんだな」
ゲラルトは言った。
アカネはどんな杖か気になって、近寄ってみる。
その形はまるでナックルみたいだった。不良が喧嘩する時に使うアレだ。
その端から、7センチくらいの尖った金属が伸びている。かろうじて、『ワンド型の杖』と呼べるような姿をしていた。
「ふ、二つで一組だし、短めだし、よ、要件は全て満たしていると思うんだな」
「ブフッ……タっ君。まさかの大学デビューかいな」
アカネは、その造形に噴き出さずにはいられなかった。
レトロチックな不良の相棒。そんなものを彼が扱うのを想像しただけで、笑いがこみあげて来る。
「なるほど……悪くない……悪くないが俺の手には合わないな。少し大きいし、指の数も違う」
タクミは冷静に分析する。
「え、ちょ、ホンマかいな!」
アカネは予想外の反応に驚いた。
彼が冷静なのも予想外だが、本気で購入を考えている様子はそれ以上に予想外であった。
「こ、これを調整するのは無理なんだな……で、でも、コレをモデルに新しく作るならできるんだな」
「分かった。それでいい」
二人の話はついたらしかった。
「さ、他の三人も仮杖を見せてみるんだな」
ゲラルトは手を差し出した。
「アタシのはどうだ?」
最初に渡したのはミアだった。彼女は真っ二つになった仮杖をゲラルトの手に乗せる。
「んー、ワンド型では力不足なんだな。す、スタッフ型だといいかもしれないんだな」
「コイツをどう思う?」
ミアは持っていた新しい杖をカウンターの上に置いた。
「これは……よくある量産品なんだな。し、仕事は悪くないし、練習に使う程度なら十分だと思うんだな」
「そうか。このくらいのサイズが気に入ってるんだ。これをモデルに上等な物を作ってくれないか?」
「で、できなくはないんだな。で、でも量産品にはどこかが合わない事が多いから、一回作ったら、何度か微調整が必要だと思うんだな」
「分かった。それで進めてくれ」
「あ、というか、コレに似た形の在庫ならけっこうあった気がするんだな。さ、探してみるから、見つけたらそれでもいいかなんだな」
「どちらでもいい。頼む」
ミアは言った。
「ハナの……バラバラ……」
ハナは手の平に仮杖の残骸を乗せてゲラルトに見せた。
彼は欠片の一つ一つを自分の手の平に移すと、厳しい顔をしてみせた。
「ふぅん……とても強い力なんだな……スタッフ型、それも頑丈な物でないと耐えられそうにないんだな……」
彼は呟きながら、後ろの棚を探った。
「例えば……このくらいはあった方がいいんだな」
彼が振り返ると、片手に1メートル近くありそうなゴツゴツした杖を持っていた。そしてそれをカウンターの上に乗せる。
「ちょ、ちょっと持ってみて欲しいんだな」
彼に言われてハナは持ってみた。
大きい。彼女には明らかに大きい。
そして彼女には重すぎるらしい。彼女が手に取るとフラフラとして頼りなく、すぐに杖を下ろしてしまった。
「重いよぉ……」
彼女は訴えるような顔でゲラルトを見た。
彼は杖を回収すると、困った顔をした。
「ううん……そうなると、チャーム型にした方が良いかもしれないんだな。す、少なくてもスタッフ型よりは軽くて済みそうなんだな……ただ……」
ここで彼は頭を抱えた。
「チャーム型で大型っていうのは初めてなんだな……普通は指輪やネックレスでいいんだけど、それだと明らかに耐久力不足なんだな……もっと大きくて……頑丈な……」
彼は呟くように言った。
するとハナは何かを思いついたらしく、耳をピンとさせ、挙手をした。
「ほい!ほい!思いついたよぉ!」
「ん~、そう言うなら、ちょっと描いてみて欲しいんだな……」
ゲラルトはそう言って、紙が挟まったクリップボードとペンを彼女に渡した。
彼女は受け取るや否や、何かを急いで描き始めた。
「ここがこうで、こうなって、こう!……で、こんなふうに装着して……」
彼女の手は早かった。
あっという間に描き上げたらしく、それをゲラルトに見せた。
「ん?……おお!なるほど!それは考えつかなかったんだな!デザインは僕が直すとして、その発想はいただきなんだな!」
彼は興奮した様子で言った。
「創作意欲が刺激されたんだな!お金はともかく、作ってみたくなったんだな!さっそく採寸したいんだな!」
彼は何やら色々と道具を取り出しながら言った。とても興奮している。
少し怖い。みんなもドン引きしている。
「ちょ、ちょい待ち!ウチがまだやで!」
この流れを変えるべく、アカネは仮杖を手に大きな声を出した。
実際、アカネはまだ仮杖を提出していない。ハナ程に魅力的な壊れ方をしているようには見えないが、話題としてはちょうどいいだろう。
「……あ、そうだったんだな、じゃあ後にするんだな……」
ゲラルトは残念そうな顔をすると、取り出した道具をしまい始めた。
「……じゃあ、早く見せるんだな」
彼が手を差し出してきたので、アカネは仮杖を乗せた。
「ふぅん、頑丈なワンド型、もしくはスタッフ型がいいと思うんだな。……いや、ここはバヨネット型の方が向いているかもしれないんだな」
「バヨ……何やって?いきなり専門用語言われても困るねん!」
「バヨネット型なんだな。ワンド型の派生型で、近接武器として使えるようにした新しいタイプの杖なんだな」
「へぇ、何でもええけど、あんまり高価のはアカンで?それ、新型なんやろ?高いと違う?」
「んー。ここではまだ、あまり扱っていないんだな……でも、もし、今君がデザインするんだったら、少しは値引きして作ってもいいんだな」
「んあ!ええんかい?」
予想外の提案にアカネは大声を出して聞き返した。
「今ので思いついたんだな。デザインを描いてもらう事で、僕がデザインする時間が短縮されるんだな。創作意欲も刺激されるし、いいこと尽くめなんだな」
「おっしゃ、任せとき!安ぅなるならやるで!」
「はい、紙とペンなんだな」
アカネは紙が挟まったクリップボードとペンを受け取ると、さっそく描き始めた。
自分でデザインしたら値引き。アカネにとってそれは甘美な言葉であった。
絶対に描き上げてみせる。強く心に誓った。
「こんなもんフィーリングや!ワンド型が元なんやろ?せやったらとりあえず25cmくらいで……」
アカネは紙にだいたいのサイズを示すための楕円を描き、傍に『25cm』と書いた。
「持ち手は普通に、円筒形やな。ストラップ付けとけるように、端に穴開けとこ。あ、近接武器として使えるんやろ?せやったら……針やな。刃物なんかより、ええ気がするで」
アカネは描き進める。
「でもって、ディテールをちょいちょいと……おっしゃ、できたで!」
アカネは自信があったため、ゲラルトに見せる前にエリ達に見せた。
『おおっ』という歓声が聞こえるのを予知する。
……しかし現実はそんなに甘くなかった。そんな声は全く聞こえず、みんなはポカンとした様子で絵を見ている。
「あー、えっと……どや?」
アカネは気まずさを感じながら聞いてみた。すると申し訳なさそうに、エリが挙手した。
「んあ?」
「あのー、アカネちゃん。それって……」
「うん」
「タコ焼き作る時のアレだよね?」
「んあ?」
エリが変な事を言うため、アカネは見直してみた。
「あ……」
見た瞬間、アカネは鼻血を出した。
どう見ても、調理器具だった。タコ焼きを作る時に、タコ焼きを回転させる、あの針。自身が描き上げた物は、ソレにしか見えなかった。
「あー……」
アカネは絵を見ながら頭を掻いた。
たぶん、『ずっとタコ焼き食べてないな』とか、そんな事が頭の隅にでもあったせいだろう。考えてみれば、『タコ焼きパーティーって最後にやったの何時だっただろう』だなんて思っていたような気がする。
「どないしよ?」
鼻血を拭いながらアカネは呟いた。
描き直すべきなのだろうか。そう思った。
が、そうする前に、ゲラルトに取られてしまった。
「どんなの描いたのか、見せて欲しいんだな」
彼はアカネが止める間もなく、絵を見た。そして、見ながら首を傾げた。
「……アイスピック?」
彼は聞いた。
言われてみれば、確かにソレのようにも見える。
「いや、ええと、それは……」
説明が難しくて、アカネは言葉に詰まった。
すると、ゲラルトの中で誤解が独り歩きを始めた。
「……いや、確かに、単純でかつ狂暴かもしれないんだな」
彼は難しい顔をした。
「振り回しても、十分に威嚇になるし、『刺す』という動作は少ない力で相手に深手を負わせる事ができるかもしれないんだな……」
彼はチラリとアカネの方を向く。
「形はワンド型の定石通り。魔法を使う上で変なロスも無いし、武器としても問題無し……凄いんだな」
彼は唸った。
「今日はいい日なんだな。新作が二つも思いついたんだな。あ、とりあえず見積書を書くから少し待ってて欲しいんだな。後、みんなの採寸するをするから、そのまま待ってて欲しんだな」
彼は立ち上がると興奮した様子で言った。
「へぇ、彼をやる気にさせるなんて、やるじゃない」
ニコルはいつの間にかアカネの隣になっていて、肘でつつきながら言った。
「アナタってデザインの仕事が得意なんじゃない」
彼女はからかった。
「え……せやろか?」
アカネは照れたふりをした。
まさか調理器具でゴーサインが出るとは……
アカネの心中は複雑だった。




