58 力の片鱗
今日は『舞台上の決闘』とかいうものの大会の日であるらしい。
アカネにはそれがいったいどんな競技なのかは分からなかった。
が、ハナがそれに出場するというので、すぐに観戦する事を決めた。
ルールは『舞台上の決闘』部の部長から簡単に聞いたため、なんとなく分かった。
そして会場に行くと、控室ではハナがリラックスしていた。
いつも通りのその様子を見て、アカネは安心した。
その後、アカネ達は観客席に移動し、ハナの出番を待つ事にした。
ハナの出番は、つまらない開会式が終わってから五分後くらいだった。
始めに見つけたのはエリだ。
「ねぇ!あそこにハナちゃんが!」
エリは指差して言った。
「んあ?」
アカネとミアは彼女が指差した先をジッと見た。
そこには確かにハナがいた。
「お、ホンマや!」
アカネは見つける事ができて喜んだ。
と同時に、ふとタクミの方に目が行った。彼は全く違う方向を見ている。
「ほら、タっ君!ハナちゃんの番やで!」
アカネは彼の頭を掴むと、そのままグイグイとハナの方向へと動かした。
彼は小さく舌打ちしたような気がしたが、気にしない事にした。
試合開始の笛の音が鳴り、ハナと対戦相手のカワウソの男は同時に構えた。
「お?どうなるんや?どうなるんや?」
アカネは思わず前のめりになった。
ハナが負けるだなんて有り得ないと思っていた。どちらかと言えば、彼女がどんな戦いを見せてくれるのか。そっちの方が気になっていた。
先に攻撃を仕掛けたのはハナだった。彼女は両手を相手に向けると、大量の空気弾の魔法を放った。
相手は盾の魔法で防ぐが、量が多すぎるのか後ろへと押されていく。
一回戦から飛ばしているな、とアカネは思った。
ハナがこの程度の事をする事くらい、アカネには想定できる範囲だった。
ただ、一回戦からここまでするとは、ちょっと想定外であった。
ハナの攻撃はこれで終わりではなかった。
相手に跳びかかると、白い湯気のようなもので包まれた拳でパンチを放った。
相手はどうする事もできず、パンチは盾に当たる。盾は簡単に砕け散り、相手の頭にパンチが直撃する。
そして、そのまま大きく吹っ飛び、場外へと落ちた。
試合終了の笛の音が響いた。ハナは飛び跳ねて嬉しさを表現する。
「おっしゃ!まずは一回戦突破やな!」
アカネは呟いた。
「やっぱり強いね。ハナちゃんって」
エリは興奮した様子でアカネの方を向いた。
「いや、強すぎるだろ……」
ミアは驚いたような声を出した。
「んあ?ハナちゃんならこんなもんやろ」
アカネは不思議に思いながら、ミアの方を向いて言った。
「ねぇ、ちょっと!」
エリの声にアカネは彼女の方を向くと、彼女はまた指差していた。
二回戦にはまだ早いはずだが……そう思いながら指差した先を見た。
その先には、ハイエナの青年がいた。
アカネは彼の事を少しは知っている。さっき控室に行った時に、彼を見た。
確か、ハナの隣に座っていたはず。たぶん部員仲間だろう。
しかし、それが何だというのだろう。
アカネはハナの事しか興味はなかった。とはいえ、気になるのでエリに聞いてみた。
「アイツがどないしたんや?」
「確かハナちゃんの仲間だったよね。あの人も勝ったみたいだよ」
「それがどないしたんや?」
「ハナちゃんも強かったけど、あの人も負けてなかったよ。控室にいた時はあんなにガチガチだったのに凄いよね」
「まあ……せやな」
「きっとハナちゃんに鍛えられたんだね」
「せやろな」
「私、あの人の事も応援しようかな?」
「そこはまあ……お好きに」
アカネは言った。
試合は進んでいき、現在三回戦目に突入している。
にもかかわらず、選手の数はまだ多い。
「随分と長い大会なぁ、どんだけ続くねん?」
「この人数だからな……まだ中盤ってところか?」
ミアは答えた。
「はー、そりゃ長いはずやなぁ……会場を四つに区切るわけや……」
「あ、見て!ハナちゃんの番だよ!」
エリが指差したので、アカネはその先を見た。
いた。
しかも対戦相手は……
「あれ?ハイエナ君?」
エリは呟いた。
そう、対戦相手はハイエナの青年だった。
まさか仲間同士での戦いになるとは……アカネは驚いたが、一方で熱い戦いの予感がした。
遠目でよく分からないが、ハイエナの青年はハナに何かを言っている。
当然、距離があるため、何を言っているかは分からない。
「何か言ってるね」
「何言っとるんやろ?」
エリとアカネは首を傾げた。
「待ってろ。今ちょうどいい魔法をかけてやる。スピ-ト」
ミアはアカネとエリに両手を向けて、呪文を唱えた。
すると見つめた先の物音がよく聞こえるようになった。
今ならハナ達の会話を耳元で聞くかのように聞こえる。
『――だから頼むよ。本気で来て欲しいんだ』
ハイエナの青年の声が聞こえる。
『うん、分かった』
ハナはのんびりした様子で答えた。
『ねぇねぇ、スヴェン君』
『うん?』
『じゃあぁ、アレ使ってい~い?』
『……分かった。いいよ』
二人は話を進めた。
『アレ』とはいったい何だろうか。
アカネが不思議に思っていると、ハナの方で動きがあった。
両腕を横に、真っ直ぐに伸ばす。すると、彼女の体から三枚の半透明の窓のようなものが現れた。
そして彼女は、その内の一枚に触れる。
『ノックアウト……バトラァー!』
触れた瞬間に窓のようなものから声が聞こえた。そしてソレは彼女の前に出ると、彼女を眩しい光で包んだ。
遠くからでも見える強い光。それが一、二秒ほど放たれて、光は弱くなった。
光の中から現れたハナは衣装が変わっていた。格闘家のような白い道着に身を包んでいる。
なんとなく、顔つきもキリッとしているようにも見える。
これはいったい何なのか。アカネには分からず、ポカンと見ていた。
すると一瞬で、ハナは姿を消した。
「んあ!」
アカネは驚いて目をこすった。
ハナは凄い速さで『スヴェン』と呼んだ彼の前に移動していた。
そして湯気のようなもので右の拳を包むと、勢い良くアッパーを決めた。
彼の体は宙に浮く。そして落ちてきたところで、ハナは下から攻撃をした。
物凄いラッシュ攻撃。まるで腕がいくつもあるかのように見える。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
相手が仲間であろうと、容赦なく殴り続ける。
彼は殴られるたびに少しだけ浮き上がった。そして落ち始めようとしたところで再び殴られる。
こうして彼は、まるで痙攣しているかのようにビクビクと体を震わせる。
そんな攻撃が数秒続いたところで、ハナは手を止めた。
と同時に、彼と同じ高さまで跳び上がる。
そして彼と同じ高さまで到達したところで、彼女は勢い良く踵落としを決めた。
彼は物凄い速さで斜めに落ちていく。
一瞬で場外へ出ると、そのまま床板を破壊して、姿を消した。
たぶん穴の中、つまり床より下の所にいるのだろう。たぶんノビている。
『ケイ、オー!』
窓のようなものに触れた時と同じ声が、ハナの近くで聞こえた。
『押~忍!』
ハナは格闘家っぽくポーズを取った。
「……何や今の?」
「……さあ?」
「……なんか、現実離れした光景だったような……」
「……だな」
アカネ達四人は、お互いに顔を見合わせて言った。
「な、なんか格闘ゲームみたいだったよね?」
「せ、せや!それや!なんかそれっぽく見えたで!」
エリの言葉にアカネは、彼女を指差して言った。
「まさか。魔法があるとはいえ、ゲームと現実は違う」
タクミは訝しげに言う。
「アタシもそう思う……でも、だったら今のは……」
アカネがミアの方を向くと、彼女は混乱した様子であった。
「まあ、いずれにしても伊藤のヤツはとんでもない力を手にしたわけだ。面白くなってきたじゃねぇか」
タクミはニヤリと笑って見せた。
「いやいや、そこ笑うとこちゃうやろ!」
「そーだよ。スヴェン君……だっけ、とにかく彼が可哀そうだもん」
アカネとエリは反論した。
「あ、おい、担架きたぞ」
ミアの声にアカネは彼女が指差した方をみると、スヴェンが担架に乗せられて退場している最中だった。
大した外傷はなさそうだが、グッタリとしていて、さっきの攻撃に凄まじさというのがよく分かった。
「しかしなぁ、ここでこんな大技使ってええんやろか?」
「え?」
エリが聞いた。
「決勝までまだ先やで、ここであんなん技使って、対策とかされへんのかいな……」
「アタシは……大丈夫だと思うんだ」
ミアが口を挟んだ。
「さっきのを見て思ったんだ。これが完成形じゃなくてここから始まるんだなって」
「ここから始まるねぇ……」
アカネは他の人の試合チラリとを眺めながら呟いた。
「そうだ。ここから始まっていくんだ。でもアタシは……何も……」
ミアはそう呟くと席を立った。
「んあ?どないしたん?便所か?」
「何でもない。外の空気を吸ってくるだけだ」
ミアはそう言ってその場を去っていった。
ただ、何とも言えない不穏な雰囲気が彼女から漂っていた。




