53 ザトー
いつものように新しい朝が来た。
希望の朝かは分からないが、とりあえず朝が来た。
ミアはいつものように起きると、ジャージに着替えて自室を出た。
そして、朝食があるテーブルへと移動する。
「おう、おはよーさん」
「お~はよぅ~」
「……おはよう」
テーブルの近くまで来ると、みんなが挨拶した。
しかし、今日も一人足りない。
「……うーす」
ミアも挨拶する。
そして今までならいたはずの席をジッと見た。
「……今日もか」
ミアは呟いた。
その席には、今までであればエリが座っている席だ。
しかし、三日前から彼女は姿を現さなくなった。
ずっと自室に閉じこもっている。
何があったのかを、ミアはアカネから聞いた事がある。
彼女の話によると、エリは『取り返しのつかない事をしてしまった』という。
それがどういう事なのか、ミアは分からない。アカネにも分からないらしい。
ただ、言葉通り受け取るというのなら、それをしてしまった事で彼女は心を傷つけてしまったという事になる。
本当は本人から直接聞きたいところだが、心が傷ついている人にそんな事をするのは酷だと思ってできない。
そんな考えから、彼女をそっとしておく事しかできなかった。
「せやねん。またミアちゃんの分、確保せぇへんと……」
ミアの呟きが聞こえたのかアカネは反応した。
エリが閉じこもるようになってから、アカネは彼女の食事を確保しておくようにしている。
テーブルの上の食べ物は食事の時間を過ぎると消えるようになっている。
しかし、取り皿の上の物はすべて食べ終わるまで残るようになっているらしく、アカネはその仕組みを利用してエリの食事を確保しているらしい。
そういう裏技のような事を知っているのは彼女らしいが、エリはそれによって飢える事無く今日まで生きているようだ。
「エリちゃん、大丈夫かなぁ」
ハナは心配そうな顔で聞く。
「戸塚なら大丈夫だろう。アイツはああ見えて意外と図太い」
「せやろか?繊細な方やと思うんだけど……」
タクミの話にアカネは疑うような顔をする。
「……少なくとも、俺の中での評価はそれだ。だが、これ以上このままなら、俺も少しは動くつもりだ」
タクミは言った。
「あんまり乱暴なのはアカンで?」
アカネは心配そうな様子でタクミに言った。
ミアは席について食事を始めた。
パンとハムとチーズを取り、急いで食べる。
エリの事は心配だが、ミアは話に入っていけなかった。
彼女の事に関心が無いわけではないが、ミアは彼女の事を知らな過ぎたからだ。
何が友達だ。ミアは自己嫌悪に陥っていた。
彼女とは友達だと思っていた。
それなのに、彼女の事をよく知らない。
自分はずっと友達面していただけだった。なんて恥知らずなんだ。
そんな考えが自分を苦しめていく。
この感覚を抜け出すには、この場を早く去るしかなかった。
ミアは朝の身支度を終えると、タクミの所へと行った。
今日は何の訓練をするのか聞くためにだ。
そして彼に話しかけると、彼はこんな事を言った。
「おい、山田。今日は実技をやるぞ」
「実技?」
実技といわれても、ピンと来なかった。
「そうだ。俺達は少しは基礎を学んだ。次のステップとして、実技を通じて俺達の実力がどれだけ通用するのか確かめておきたい」
「実技って例えば?」
「そうだな……」
「うん」
「魔剣術」
ミアはその言葉を聞いた瞬間、逃げようとした。
しかしタクミに尾をつかまれて失敗した。
「逃げるな山田。来るべきものが来ただけだ」
「やだー!」
ミアは逃げようともがいた。
「みっともない真似はよせ。奴を倒すって決めたんだろう」
「そんな事言ってないー!そっちが勝手に決めたんだろー!」
「そんなに奴と会うのが嫌か?」
「やだー!」
「分かった。では他へ行こう」
タクミはあっさりと手を離した。
「え?」
ミアはこの意外な言葉に振り返った。
「本当に?」
「ああ、そんなに嫌なら別の所へ行くぞ」
「別って?」
「ついて来い。着けば分かる」
タクミはそう言って移動を始めた。
「あ、ちょっと!待って!」
ミアは慌てて後を追った。
「――確かこの辺りにあるはずなんだが……」
タクミはキョロキョロと辺りを見回しながら言った。
ミア達は旧市街へやってきた。
ここはその外れらしく、人通りが少ない。
そんな所をミア達は歩いている。
「なぁ、タっ君。どこへ連れて行く気なんだ?」
「道場だ。『ザトー』という名前らしいんだが……」
タクミに聞いてみると、彼は持っていたタブレット型パソコンを見ながら答えた。
「『ザトー』?」
「ああ。山田、お前も探してくれ」
「分かった」
ミアはそれらしい建物が無いか、周りを探してみた。
「えっと、『ザトー』、『ザトー』……あれかな?」
ミアは前方の方に『ザトー』と書かれた看板を見つけた。
「タっ君。あれじゃないか?」
ミアは看板を指差して言った。
「『ザトー ハーデイベルク支部』……ああ、間違いない」
タクミはタブレット型パソコンと見比べながら言った。
「道場だっていうのはさっき聞いたけど、何の道場なんだ?」
「分からないか?魔剣術のだ」
タクミは答えた。
「魔剣術……か」
ミアは『魔剣術』という言葉に、思わず身構えてしまった。
「本来は視覚障がい者向けの道場らしいが、俺達も目をつぶっていれば問題は無いだろう」
「え?いいのかそれって……」
「いいんだよ。たぶんな」
ミアは彼の大雑把な考えに驚いた。
その一方で彼はミアの手を引いて、道場の中へと入っていった。
中へ入ると、そこは剣道の道場のようであった。
そこで胴衣姿の門下生達が一生懸命に訓練しているのが見える。
下は幼稚園児、上は青年くらい。ごく少数だが中年もいる。
どうやら年齢の制限はしていないらしく、『来るもの拒まず』の精神でやっているように思えた。
門下生達の腕前はなかなかのものだ。
目が不自由であるはずなのに、全く問題なさそうに機敏に動いている。
攻撃を正確に防ぎ、キチンと相手に向かって攻撃をしてもいる。
まるでしっかりと見えているかのようだ。
ミアとタクミはしばらく彼らの様子を見ていた。
すると、赤毛の狐の男がこっちへとやってきた。
「あの……誰かそこにいますか?」
その男はミア達の方を向いて話しかける。
ミアは答えず、彼の姿を良く見た。
身長は180cmくらい。
剣道の胴衣を身に着け、目は『心眼』とヤマト国の言葉で書かれた鉢巻きで覆われている。
礼儀正しく、とりあえず悪い人ではないというのは分かる。
「ああ、いる。二人だ。男と女」
タクミは答えた。
目が見えない事を配慮してか、少し詳しく答えている。
「ああ、そうでしたか。入門希望の方ですか?」
「似たようなものだ」
タクミは答えた。
「といいますと?」
「俺達は自由探求科の者だ。これで分かるか?」
「ああ、なるほど。こちらでの学習を希望されていると?」
「そういう事だ」
「ではフリーパスの提示をお願いします」
狐の男はそう言うと、鉢巻きを額の方へとズラした。
「……もしかして見えるのか?」
タクミはフリーパスを取り出しながら訊ねた。
「ええ、まあ……眼鏡が無いと生活が困難な程度しか見えませんが……」
狐の男はフリーパスを受け取ると、鼻が付きそうなくらい顔を近づけてサインをした。
「はい、どうぞ。あ、そちらのお嬢さんもですね?フリーパスを預かりますよ」
狐の男が手を差し出してきたので、ミアは慌ててフリーパスを出した。
「ほう、名前は『ドミニク』か」
タクミはフリーパスに書かれた狐の男のサインを見ていった。
「あ、はい。あなたは『タクミ』でそちらの方は『ミア』ですね?」
ドミニクはミアのフリーパスにサインをしながら言った。
きっと、裏表紙の学生証を見たのだろう。
「そうだ」
タクミは答えた。
「ではこちらへどうぞ、タクミさんにミアさん」
ドミニクが移動を始めたので、ミア達は靴を脱いで彼の後を追った。
「えー、皆さん!ちょっといいでしょうか!」
ドミニクの後を追っていると、彼は足を止めて門下生達に呼びかけた。
門下生達はその声を聞くと、ピタリと戦うのを止めて、彼の方を向いた。
「アーベル魔術大学からお二方がいらっしゃいました。どなたか相手をお願いしていいでしょうか?」
ドミニクが訊ねると、ちょうど二人、人差し指を立てた。
「おお、エーミールにヨハン!ではタクミさんの方をエーミール、ミアさんの方をヨハンでお願いしますね」
ドミニクが言うと、二人は前に出てきた。
一人はトナカイ、もう一人は犬。どちらもまだ子供だ。
「あ、呼びかけてあげてください。声でどこにいるかが分かるので」
ドミニクがそう言うので、ミア達はそれぞれ呼びかけた
「エーミール」
「よ、ヨハン」
すると、ミアの方には犬の方が近寄ってきた。
彼がヨハンであるらしい。
「ミアさんですか?」
彼はある程度まで近づくと立ち止まって訊ねた。
「あ、ああ。アタシがミアだ」
ミアがしゃがみながら名乗ると、彼は嬉しそうな顔をした。
「僕がヨハンです。お姉さん、よろしくお願いします」
彼はお辞儀をした。
その姿を見たミアは、胸がキュンと来た。
彼との練習、楽しいものになりそうだ。
ミアはそう思った。




