52 犠牲の上に立つ
エリはリンダから銃を貰って浮かれていた。
そして彼女に案内されるまま、ノブコ技研の研究室内を見て回っていた。
「さてと、実験室についたよ」
リンダは足を止めると、エリ達の方を向いた。
エリはさっそく見回してみた。
トイレの個室みたいに、廊下にズラリとドアが並んでいる。
それぞれのドアには番号が振ってあり、現在7番と8番の間くらいにいる。
「実験室ということは、ここで色々な事を実験するのですな?」
アルマンは訊ねた。
「うん、そうだよ。それじゃあ、とりあえず5番の実験室に入るよ」
リンダはそう言うと、『5』と書かれたドアの前に移動した。
このドアも自動ドアであるらしい。リンダが近づくと勝手にドアが開いた。
エリ達は彼女の後をついて行く。
そして中に入ると、そこは射撃場みたいな部屋になっていた。
さっきのエレベーター同様、大人数が入る事を想定していないのか少し狭い。
「5番は銃器類の性能を試すための実験室なんだ」
エリ達全員が中に入るとリンダは説明した。
「ちょっとゴメンね。今、的を出すから」
リンダは狭い空間を移動して、コントロールパネルと思わしき装置の前に立った。
そして、何か操作を始めた。
すると、ブザー音と共に部屋の奥に的にしか見えない物が現れた。
「ほい。じゃあ一人ずつ撃ってみようか」
「撃つ?」
リンダの言葉にイザークは聞き返した。
「ほら、さっき言ってたよね。『魔法を使ってみたい』って。ここでなら試し打ちができるよ」
「ええ、そういえばそんな事を言ってましたなぁ。では、さっそく試させてもらいますぞ」
イザークは思い出した様子でそう言うと、的の方を向いて、V.I.P-Boyが装着されている左手を前に出した。
「使い方は分かるかな?疑似魔法詠唱アプリは炎みたいな形のアイコンなんだけど、それをタッチして、そしたら色々とアイコンが出てくるから、その中から適当にタッチして――」
イザークはリンダの説明を聞きながら、V.I.P-Boyを操作していった。
すると、彼の左手がいきなり燃え上がった。
「うおっ!」
彼は驚いた。
「『火球』を選んだね。じゃあ的に向かって撃ってみよう」
「う、撃つ?は、はい……」
彼は動揺した様子で答えた。
イザークは深呼吸をした。
そして、野球のボールを投げるような動きで左腕を動かした。
すると左手から小さな火の球が放たれ、的から大きく外れて床に落ちた。
「あー、残念」
「でも、出ましたなぁ」
リンダは少し残念そうに言ったが、イザークは嬉しそうであった。
「こら、イザーク。吾輩にもやらせろ」
「もちろんでござる」
アルマンとイザークは場所を入れ替えた。
「ふむ。今ので使い方が分かった気がしましたぞ」
アルマンがV.I.P-Boyを操作すると、彼の左手から電気のような火花が散った。
「はぁ!」
彼は左手を的に向けた。
すると、的に電撃が浴びせられて焦がした。
「おぉ、やるねぇ」
「ふむ。初めてにしては良い方ですかな?」
リンダが楽しそうな様子で言うと、アルマンは満足そうに頷いた。
「良い腕前ですね。では次は私の番ですね」
そう言ったのはアンリだった。
彼は強引にアルマンと場所を交換すると、勝手にコントロールパネルをいじり始めた。
すると焦げた的は引っ込み、新しい的が現れた。
どうやら彼は、さっきリンダが操作した手順を覚えていたらしい。
アンリはV.I.P-Boyを操作した。
すると、彼の左手からは白い靄が出始めた。
おそらくは冷気だろう。
「ふっ!」
彼は左手を的に向けた。
すると、氷柱が発射されて的のド真ん中に突き刺さった。
「まあ、こんなものでしょう」
「うん、いいんじゃないかな」
アンリは満足そうだったが、リンダはあまり興味がなさそうだった。
「それじゃあ、次はエリちゃんの番だよ」
リンダは言った。
「え?私ですか?」
エリは聞き返した。
「うん。せっかく銃を貰ったんだから試し撃ちしてみたいでしょ?」
「えっと……まあ、そうですけど……」
「じゃあ、やってみようよ。遠慮なんていらないからさ」
リンダはエリの返事を待たずに、コントロールパネルを操作して、新しい的を出した。
「いいかい?まずは装填だよ。弾倉に何でもいいから魔法を入れるんだ。」
「えっと、魔法ですね?」
エリは貰った拳銃を取り出すと、右手で握り左手を弾倉に添えた。
そして左手から空気弾の魔法を放ってみた。
すると、吸い取られるような感覚がして空気弾は発射されなかった。
「これで大丈夫のはずだよ。さあ、的に向かって撃ってみてよ」
リンダに促され、エリは的に狙いを定めた。
よく狙い……そして引き金を引く。
ガァン!
銃声と共に的が大きく欠けた。
エリは反動で後ろにひっくり返りそうになったが、ぎゅう詰めのおかげでそうならずに済んだ。
「痛ったぁ……」
エリは反動で手がしびれていた。
その場に拳銃を落として、両手首を振る。
「うん。思ってた通りに動作しているね」
拳銃がちゃんと動作した事に安心したのか、そう言うリンダは満足そうであった。
「よし。それじゃあ、今度は特別な的を出してみようかな?」
リンダはそう言うと、コントロールパネルを操作した。
すると欠けた的が収納され、代わりに妙な形をした大きな的が姿を現した。
「え?」
エリはその的を見た瞬間、絶句した。
それは的ではなかった。
人だ。
オレンジ色のツナギを着た人が椅子に拘束された状態で現れたのだ。
その人は顔が布袋で覆われている。
口に何かを噛まされているのか、うーうー言うばかりで他には一言も発さない。
ただ、なんとかして逃げようともがいているように見えた。
「リンダ様!これはいったい?」
「彼は『ボランティア』の一人だよ」
アルマンが訊ねると、リンダはさっきと口調を一切変える事無く答えた。
「今、エリに渡した拳銃の評価をしている最中なんだ。だから、どれくらいの威力が出るのか、彼に協力してもらうんだ」
「いや、しかし……これでは彼が死んでしまいますぞ」
リンダの説明にイザークは反論する。
「ん?いいんだよ。彼はいつかは死ななくちゃいけない運命なんだもん」
リンダはあっさりと言った。
「つまり、彼は死刑囚という事ですか?」
「お、よく分かったね。その通りだよ」
アンリの言葉にリンダはちょっと驚いた様子であった。
「アンリ、どういう事?」
エリは彼に聞いた。
「以前聞いた事があります。死刑囚を買い取り、刑の執行の代わりに死亡率の高い作業に従事させるという商売が存在すると」
アンリは落ち着いた様子で説明した。
「そんな……」
「たぶん、リンダ様が『ボランティア』と呼ぶのはそういう者達の事なんでしょう。ま、確かに無償で動いてくれるわけですし、名前通りと言えばその通りですけど」
アンリの説明を聞き、エリは気分が悪くなってきた。
「さ、エリちゃん。さっきみたいに、あの的へぶっ放しちゃおうよ」
「……嫌です。人殺しなんでできません」
リンダは誘うが、エリは当然拒否する。
「大丈夫だよ。彼はもう人間じゃないんだ。人間もどきだよ。殺したって罪には問われないって」
「……嫌です。彼は人間です」
「でも、例え人間だとしても、彼は許されない事をしたんだよ」
リンダは諭すように言った。
「え?」
「テロ行為……だったかな?彼は無関係の人を次々と撃った。中には幼い子供も含まれていた。正直、逮捕されたのが不思議なくらいだよ。普通ならその場で射殺されても仕方ないくらいだったのに……」
リンダはやれやれと言いたそうな仕草をしながら説明した。
「そんな……」
「彼はもう死ぬ事でしか罪を償う事ができないんだ。だから、殺してあげなくちゃ。そうしないと、何時まで経っても彼は罪を償う事ができないよ」
そう言われると、一層気分が悪くなってきた。
持っていた拳銃を落として、その場にしゃがみ込む。
そんなエリの肩をリンダは軽く叩く。
「ね、殺そう?君が殺せば、彼は救われるんだよ。それに、銃の火力を検証する事もできるんだ。いい事ばかりでしょ?」
リンダはそう言って、エリが落とした拳銃を拾い、エリに握らせた。
「……嫌です。やりたくありません」
エリはまた拒否した。
「うーん、困ったね。君ならやってくれると思ったんだけど……」
「……ではこうしましょう、姫」
アルマンがエリに話しかけた。
「……え?」
エリはアルマンの方を向いた。
「姫は魔法を吹き込む事だけやってください。後は吾輩がやりましょう」
「アルマン……」
「こういった汚れた仕事は吾輩に任せてください」
「でも……」
「彼は誰かの手にかかって死ぬ。それは変える事ができません。ならばせめて、我々が一撃で終わらせてあげましょう」
「…………」
「大丈夫。姫は弾を込めるだけ。殺すという罪は吾輩が被りましょう」
アルマンはそういってエリの頭を撫でた。
「……分かった」
エリは嫌だと思いながらも彼の言う通りにした。
空気弾の魔法を一回、拳銃に装填する。
「……やったよ」
エリはアルマンに拳銃を差し出した。
「リンダ様、用意ができましたぞ」
アルマンは拳銃を受け取ると、リンダの方を向いて言った。
「おー、よかったよかった。疑似魔法を代用にしようか悩んでたところだよ。疑似魔法は本物とちょっと違うから、正しい結果が出ない可能性もあってさ、本当に助かったよ」
リンダは嬉しそうに言った。
「では、やりますぞ」
アルマンは拳銃を死刑囚の男に向けた。
エリはそれを見ると、顔を伏せて耳を両手で塞いだ。
少しの間の静寂。
そしてそれを破る銃声。
誰かがエリの頭を撫でた。
エリはそれを合図に耳を解放し、顔を上げた。
「終わりましたぞ、姫」
そう言うアルマンは優しい顔であった。
「……ごめんなさい」
「謝る事はありませぬ」
アルマンはエリに笑顔を見せた。
「ねーねー、エリちゃんも見てみる?凄いよ!頭がパーンって!まるで潰れたトマトみたいになってるよ!」
リンダは興奮した様子で話かけてきた。
そして言われた瞬間、エリは強烈な罪の意識に襲われた。
「ごめんなさい!」
エリは叫んだ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
いくら叫んでも、罪の意識は消えなかった。
エリはひたすら叫び続けた。
喉が枯れるまでずっと。
それだけ、罪の意識は彼女を苦しめたのであった。




