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51 兄ちゃんと一緒

 アカネはバイトをしに『青い月』に来ていた。

 そして、ニコルに言われて薬を作らされていた。


 薬は今日中に二万本作らなくてはいけないらしい。

 アカネは言われるがままに薬を作り続けていた。


 ……そのはずであった。


「んあ!」

 気がつくと自分は天井を眺めていた。

 見知らぬ天井だ。


 ゆっくりと上半身を起こした。

 いつの間にか倒れていたらしい。


 少し眩暈(めまい)がする。

 体にあまり力が入らない。


 自分の身に何が起きたのだろうか。

 周囲を見回しながら考えてみた。


 まず、自分がいる場所。

 ベッドの上にいる。

 きっと気絶してしまったのだろう。

 誰かがここまで運んでくれたらしい。


 そして、この部屋。

 誰かの個室なのは明らかだ。

 少し狭い部屋で、ベッドの他には机と本棚がある。

 それだけでない。自分の近くには何者かが椅子に座っている。

 たぶん、この部屋の持ち主だ。

 ずっと見ていたのだろうか。


「……気がついた?」

 持ち主は訊ねてきた。

 いや、アカネは彼を知っている。

 彼は……


「んあ!ハンス!」

 アカネは彼の名前を呼んだ。


 そう、彼はハンスだ。

 ということは、ここはハンスの部屋なのだろう。

 もしかすると、ここまで運んだのは彼なのかもしれない。

 アカネはすぐに思った。


「ウチ、どないしたん?」

「……魔力切れだよ。調合部屋で倒れてた。ニコルに言われたんだ。『邪魔だから部屋に運べ』って」

「しもたぁ。ちょい頑張り過ぎたんかなぁ」

 アカネは頭を掻いた。


「……1万7千本」

「んあ?」

「……ニコルも一緒に作ってたとはいえ、君はそれくらい頑張って作った。やるね」

「ホンマ?」

「……嘘を言う必要がどこにあると思う?」

「せやな」

「……とりあえず、これを飲んで」

 ハンスはボトルに入った青い液体を渡してきた。


「何やコレ?」

「……『魔力補給液』だよ。コレを飲めば気分が楽になるはずさ」

「へぇ、おおきに」

 アカネはフタを取ると、一気に液体を飲み干した。

 栄養ドリンクのような味がする。

 騙されているのでは。

 そう思ったが、急に気分が良くなってきたので、そうではないと思い直した。


「……4ユーリ」

「んあ?」

「……君の給料から天引きするって」

「あぁ……しっかりしとるなぁ」

「……ニコルの言葉を借りれば、『ウチは慈善事業でやってるんじゃない』ってとこかな」

 その言葉には悔しいが納得するしかなかった。


「……あ。後、伝言があるんだ」

「んあ?」

「……お昼食べたら、僕と一緒に材料集めを手伝えって」

「え?ホンマ?まだ3千本、薬を作らないとアカンのやろ?」

「……そのくらい、ニコル一人で十分だってさ。それに君は肉体労働の方が向いているって彼女が言ってたよ」

「あー、何かトゲのある言い方やけど……分かったで」

「……じゃあ、バーで待ってて。お昼の準備するから」

「んあ?ハンスって料理できるんか?」

「……ニコルの作り置きを温めるだけさ。ちなみに今日はトマトのリゾット。彼女の得意な料理の一つだよ」

 ハンスはそう言って部屋を出ていった。


「ほな、バー行こか」

 アカネは独り言を言って、ベッドから下りた。






「……あぁ、ホンマに美味かったわぁ」

 アカネは豪快にゲップをして、腹をさすった。


「……そうかい。それは良かった」

 ハンスはそう言いながら食器を片付けた。


「んあ?そうでもあらへんかった?」

「……いや、僕は分からないからさ」

「分からない?」

「……うん。僕って味覚がダメなんだ」

「何や、バカ舌かいな」

「……バカ……そうだね。そうなんだろうね」

 そう言う彼は、どことなく寂しそうに見えた。


「……すぐに行くから外で待ってて」

 彼はそう言ってキッチンへと入っていった。


()ょうしぃや、ウチ、苛ちやねんから」

 アカネはそう言って外へ出た。


 外へ出たアカネは、なんとなく空を見た。

 雲一つ無い、いい天気だ。

 夏だというのに、空気は乾いていて涼しい。

 高温多湿なヤマト国に比べると、とても過ごしやすい。


「あー、ええな。ウチ、もうヤマトに戻れへんとちゃう?」

 アカネは深呼吸をしながら、独り言を言った。


「……お待たせ」

 バーの扉が開く音が聞こえて、その方を見た。

 すると、ハンスが大きなカゴを背負って出てきた。


「お、意外と早かったな」

「……早くって言われたからね」

「ほな、どこへ行くん?」

「……言っても分からないでしょ。僕の後についてくればいいよ」

「せやな。ほな、頼むで」

「……こっちだよ」

 ハンスが裏庭の方へ歩き始めたので、アカネは彼の後をついて行った。


「着くまでどれくらいかかるん?」

「……いつもの通りなら五分もかからないよ。裏庭から森へちょっと入った所だし」

「へぇ、ほんなら材料集めには苦労せぇへんな」

「……まあね。ただ、その分モンスターが迷い込んで来る事があるけど」

「ホンマかいな。そりゃ、大変そうやな」

「……一応結界は張ってあるから、すぐ帰る事がほとんどさ。でも稀にそうじゃない事もあるからさ……」

「その時はどないするん?」

「……僕がなんとかするよ。錬金術は覚えが悪いんだけどさ、肉体労働は得意だからね」

「なら、ハンスって強いん?」

「……まあ、負ける事は無いと思うよ」

「カッコエエなぁ」

「……ありがとう」

 アカネはこんな事をハンスと話しながら歩いた。


 そして三分後、ハンスは足を止めた。


「……着いたよ。この辺りだ」

「ホンマにあっという間やな」

 アカネは辺りを見回した。


 いかにも森といった光景だ。

 日光がよく届いているらしく、あまり暗くはない。


「……とりあえず、君にコレを渡しておくよ」

「んあ?ナイフ?」

 ハンスはどこからかナイフを一本取り出して差し出した。

 革製の鞘に収まった、新品のように綺麗なナイフだった。


「……一応言っておくけど、コレは身を守るための物じゃないよ」

「何やそれ。ほんなら何のためや?」

 ナイフを受け取りながら訊ねた。


「……材料を取る時に使うんだ」

「はー、植物を取る時にコレで切るんやな?」

「……他の材料を取る時にも使うんだけどね。まあ、そんな感じだよ」

「んあ?他って何や?植物以外に何があるん?」

「……植物の他って言ったら、もう分かると思うんだけど」

「あー……モンスター?」

「……正解」

 ハンスが答えると、アカネはガックリと肩を落とした。


「……モンスターは動く材料だよ。別に狩りをするわけじゃないんだけど、見つけたら積極的に狩って、剥ぎ取っておきたいね」

「ホンマかぁ……ウチ、そういうの苦手なねんけど……」

「……君、肉屋でバイトしてたんでしょ?ニコルから聞いたよ」

「いやいや!その時は肉を切り分けてただけやし、生きてたもんを仕留めて……っちゅうのは初めてや!」

「……そう。慣れると意外に楽しいと思うよ。僕も昔はそうだったし」

「んあ?昔?今はちゃうの?」

 ハンスの言った事が気になったアカネは、反射的に聞いた。


「……今はもう、何も感じないよ。楽しい事も悲しい事も。完全にじゃないけど、ほとんどね」

 ハンスはため息交じりに答えた。


「どないして?」

「……君は知らなくていいよ。知ったところで、どうする事もできないんだから」

 ハンスはそう言って、周囲を見回した。

 そして近くの場所にしゃがみ込むと、ナイフで植物を切り取った。

 話はこれでお終いのようだ。


「……ところで、君はどの植物が材料になるか分かる?こっちは分かっているつもりで動いているわけだけど」

「んあ、大丈夫や。雑草が金になるん思ぅたら、頭にどんどん入ってきたんや」

「……それならいいよ。じゃあ、取った材料は僕の背中のカゴに入れてね。もちろん、あまり僕から離れないように」

「任せとき!」

 アカネはそう言って、周囲を見回した。

 そして材料となる植物を見つけると、しゃがみ込んでナイフで切り取った。


「お、幸先ええな。コイツはええもんやで……お!こっちにもあるやん!」

 アカネは次々と植物を取っていった。

 取った物がお金になる。そう思うと、植物が紙幣や硬貨に見えてきた。


「こっちにも!あっちにも!ヒヒヒ、笑いが止まらへん!」

 アカネは取りつくす勢いで取っていく。

 そして、材料になる植物がまた彼女の視界に入ってきた。


「んあ?何やったっけアレ?」

 アカネはその植物を見ると、ピタリと手を止めた。

 そして、5メートル先にあるソレをジッと見た。


 人参の葉のような草。

 ソレが材料になる植物である事は間違いない。

 しかし図鑑によると、何か特記事項があったような気がする。

 毒があるわけではない。素手で触る事にも特に問題はないはず。

 ただ、注意しなくてはならない内容だった気がする。


 アカネは悩んだ。

 しかし欲には勝てなかった。

 たぶん気のせいだろう。

 彼女はそう思って考える事を止め、ソレに近づいた。


 一歩。また一歩。

 アカネはその植物に近づいていく。

 そして1メートル近くまで近づいたところで、ハンスは急に大きな声を出した。


「アカネ!危ない!」

「んあ?」

 アカネがハンスの方を向いた。

 その瞬間、例の植物がある所から何かが飛び出すような音が聞こえ、同時に奇声も聞こえた。


「んがああああああああ!」

 音のした方向を見ると、そこにはモンスターがいた。

 全身が茶色で、人参に手足が生えたようなモンスターだ。

 それの上部には顔に見える三つの穴が空いていて、その『顔』は真っ直ぐにアカネを見ていた。


「んあ!」

 アカネは突然の事に腰が抜けた。


「んがああああああああ!」

 モンスターはゆっくりとアカネに迫っていく。


「アカネ!そのまま!」

 ハンスは再び大きな声を出した。

 彼の方を向くと、右手の親指と小指を立てて、それをモンスターの方に向けていた。

 そして、彼の親指と小指の間から何かが発射された。


「んがっ!」

 モンスターは短く声を上げ、何かを地に落とした。

 アカネが音のした方向、自身の足元を見ると、そこにはモンスターの『首』が落ちていた。


「んああああああ!」

 アカネはそのまま後退した。

 かなりの驚き、失禁しないのが奇跡であった。


「……真空波の魔法、ちゃんと当たってよかったよ」

 ハンスはそう言ってアカネに近づいた。


「な、何や今の?」

「……『マンドーラ』。『人参みたいな葉を見つけたらご用心。近づくと襲いかかるぞ。』……図鑑にはちゃんと書いてあったはずだよ」

「いや、モンスターの図鑑は見てへんけど!」

「……違うよ。材料の図鑑に書いてあるんだ。コイツは全身が材料になるモンスターなんだ」

「ホンマかいな……」

「……それにしても、困ったな。コイツは群生する。そして、一匹が飛び出すとその刺激で……」

「え?」

 アカネは不穏な言葉に、思わず聞き返した。

 すると森の奥から、一層不穏な声が聞こえてきた。


「んがああああああああ!」

「んがああああああああ!」

「んがああああああああ!」

「んがああああああああ!」

「んがああああああああ!」

 声のした方を向くと、マンドーラが見えた。

 それも五匹もいる。


「……どうしよう。僕一人なら対処できるんだけど、君を守りながらっていうのは……」

「んあ!」

 アカネは驚いてハンスの方を向いた。


「……仕方ない。アレを使うか」

 ハンスはため息交じりに言うと、右手の人差し指をマンドーラの方へ向けた。

 そして撃つ真似をする。


 ゾガッ。


 マンドーラ達のいた方向から何かを削るような奇妙な音が聞こえた。

 音がした方を向いてみると、今の音以上に奇妙な光景が広がっていた。


 マンドーラ達は動きを止めていた。

 奇妙だというのは、それらの容姿である。

 マンドーラ達は『顔』がなくなっていた。

 巨大なスプーンか何かでえぐられたようになっている。


「……ふう。この程度なら失う事は無いかな?……いや、ちょっと目が見えにくくなったような……どうだろう?自信がないな」

 ハンスは何か独り言を言った。


「ハンス?今、何したん?」

「……マンドーラは『顔』がなくなると動きを止める。だから、『顔』を削り取った」

「削り取る?どんな魔法やねん?それに失うって……」

「……削り取るのが僕の固有魔法だよ。それ以上は言うだけ無駄。だからここまで」

「いや、でも、目が見えにくいって――」

「……じゃあ聞くけど」

「んあ?」

「……例えばの話。僕が固有魔法を使うたびに、体から感覚が失われていく。そんなリスクがあるとしたらどうする?」

「そんなん使わせん」

 アカネは即答した。


「……そうか。でもそれ以上は何もできないだろう?」

「それは……」

 アカネは考えた。


 確かに彼の言う通りである。

 これ以上使わせないようにする事はできても、すでに失った分を戻す事はできるのだろうか。

 もし方法が無いのだとしたら、失った分は戻ってこない事になる。


「……だから無駄なんだ。使わせないっていうのは嬉しいけど、それでお終いさ」

「ハンス……もしかしてホンマに――」

「……さて、この話はここまでだ。アカネ、次は自分で自分の身を守るんだ。僕に、固有魔法を使わせないんだろう?」

「せや」

「……じゃあ、そうするんだ。……僕なら大丈夫、他の魔法なら問題無いから」

「けど、どないしてそんな魔法使おう思ぅたんや?」

「……それも無駄な話さ。君がどうしようとしたところで僕の気は変わらない。それに、例え話って言ったじゃないか」

 ハンスはそう言って、移動を始めた。


 例え話というのは嘘だ。

 本当に、固有魔法を使うたびに体から感覚が失われていくのだ。

 アカネは彼の背を見ながら思った。


 何故そんなリスクのある魔法を手にしたのか。

 それは考えても分からなかった。

 ただ一つ言える事は、自分のせいで彼はさらに感覚を失ってしまったという事だ。


 今後は彼が固有魔法を使わないように、行動には慎重になろう。

 アカネがそう思っていると、ハンスが振り返ってこちらを見た。


「……何をしているんだ、アカネ。はぐれると危ないから早くついてくるんだ」

 ハンスにせかされて、アカネは彼を追おうとした。

 しかし……


「んあぁ!」

 アカネは大事な事に気がついた。


「アカン……取ったヤツ、どっかに落としてもうた……」

 慌てて周囲を見回す。

 しかし他の植物と同化して、どこに落ちたのかまるで分からない。

 彼女は慌てて、手探りで探し始めた。


「……まったく、君は……」

 ハンスは呆れた様子でそう言った。


 アカネは必死になって探した。

 それは結局、一時間程かかってしまった。

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