50 続・一緒にトレーニング
ハナは『舞台上の決闘』部の部員達を医務室送りにしてしまった。
その責任を取るために、ハナは『舞台上の決闘』部に入る事となった。
そして、さっそく部室での練習が始まったのであった。
「どうだ?舞台の上は?」
ラルフは聞いてきた。
「ちょっと狭いよぉ」
舞台に立っているハナは答えた。
舞台はまるで土俵のような形をしていた。
違うのは、それが木製であり、綱の代わりに白のビニールテープで大きな円が描かれている事だ。
「そうだ。その狭さがこの競技で重要なんだ」
ラルフは言った。
「魔法を撃ち合うには少し狭く、近接で戦うにはやや広い。力任せでは制する事ができないのが、この競技のポイントなんだ」
「へ~」
ラルフの言葉にハナは頷いた。
「あ、あのう……」
ここでスヴェンが質問した。
「何だ?」
「どうして僕も舞台に上がっているんでしょうか……」
彼は恐る恐る聞いた。
舞台の上にいるのはハナだけではなかった。
スヴェンもいる。
何故か彼も『舞台上の決闘』部につれて来られてきた。
「やむを得ない。俺を含めて、舞台に上がれるヤツは誰もいない。お前をこの部に入れる気は無いが、代役程度には役に立ってもらう」
「そ、そんな……僕じゃ相手にならないから、この部を勧めたのに……」
スヴェンはガックリと肩を落とした。
「それじゃあ、さっそくやってみるぞ」
「お~!」
ラルフの声に合わせて、ハナは拳を上げた。
「まずは向かい合ってお辞儀だ。いいな?お辞儀をしろ!」
ハナは言われた通りにスヴェンにお辞儀をした。
「おい、お前!何をしている?早くお辞儀をするんだ!」
ハナがチラリとスヴェンの方を見ると、彼はオドオドした様子でお辞儀をした。
「そうだ、それでいい。この競技は紳士と淑女のための競技だ。礼や作法はしっかりと行なうんだ。ヤマトの武道みたいにな」
ハナがラルフの方に首を動かすと、彼は満足げに頷いていた。
「お辞儀が終わったら杖を構えろ!いつでも魔法を放てるように、しっかりと相手を狙え!」
「ねぇねぇ。ハナは杖を持っていないよぉ」
「何?珍しいな……なら、手を前に向けていろ!とにかく、いつでも魔法を放てるようにしておくんだ!」
「うん、分かったぁ」
ハナは両手をスヴェンの方に向けた。
「よし。じゃあ、攻撃を始めろ!」
「え、ええ?」
スヴェンは首をラルフの方に向けて驚いた。
ハナはこの隙を見逃さない。
「ハナきぃ~く!」
ハナはスヴェンに向けて跳んだ。
そして右足を魔力の鎧で包み、跳び蹴りを放とうとした。
「え?うわぁ!」
ハナの声に気づいたスヴェンは、こっちの方を向いた。
そして驚きながらも、横に避けた。
「およぉ~!」
ハナはそのまま舞台から出た。
そして右足が部室の床板に突き刺さり、大きな穴を開けた。
「あぁ。あの悪夢のような攻撃も、試合では全然使えないな……」
ラルフの呟く声が聞こえてハナが彼の方を向くと、彼は片手で顔を覆っていた。
「ハナ。この試合、お前の負けだ」
「ほえ?」
「試合の規則だ。舞台から出た方は負けになる」
ラルフは顔を覆ったまま、横に首を振った。
「……ハナ、負けちゃったんだ」
ハナはしょんぼりとしながら立ち上がった。
「あー、勝ったんだ……でも、何だろう?なんだかすごくモヤモヤする……」
スヴェンは自信がなさそうな声を出した。
「そりゃ、そうだろう。お前はハナが自爆したおかげで勝ったんだから」
「あ、そうか!」
「実際、こんな戦いをしたらブーイングがとぶぞ!観客は、舞台の上での攻防が見たいんだからな」
「え?」
「格闘技はエンターテインメントだ。観客を喜ばせない戦いなんて三下のやり方だ」
「あ、そうなんですか……」
スヴェンはあまり分かってないような様子で言った。
「ハナ。お前は魔法を飛ばす事は出来るのか?」
「うん、できるよぉ」
ハナはラルフに答えた。
「じゃあ、今度はそうしてくれ。今の攻撃は絶対外さないって時だけ使うんだ」
「うん、分かった」
ハナは頷くと、舞台の上へと戻った。
「よし、もう一回だ。お辞儀をして戦いを始めてくれ!」
ラルフの指示に従って動き、ハナとスヴェンは戦う構えを取った。
「アクロブルっ」
先手を取ったのはスヴェンだった。
彼の杖の先から、水の弾丸が機関銃のように放たれる。
「ほい」
ハナは両手を彼に向けたまま、盾の魔法を使った。
両手の前に半透明な壁が生成される。
バシャン。
バシャバシャバシャン。
バシャン。
彼の放った水の弾丸は、すべてそれに防がれる。
しかし、水飛沫は防がれずハナの体を濡らす。
「エレクブラスっ!」
スヴェンは次の魔法を放った。
今度は電撃を放つ魔法だ。
「てい!」
ハナは対抗してバランスボールくらいの大きな火球を放った。
電撃と火球はぶつかり合い拮抗する……事無く、火球が電撃を押し返す。
そして一瞬でスヴェンを火だるまにした。
「うわっ!熱い!熱いぃ!」
スヴェンは舞台から転がり落ち、そして床を左右に転がった。
「今助けるよぉ!」
ハナはそう言って、スヴェンに放水の魔法を放った。
ジュっと音がし、彼の炎は鎮火する。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
スヴェンは床に仰向けに寝たまま呟いた。
彼はずぶ濡れになり、体毛もローブも焦げていた。
「今のは悪くない。だが、魅せるにはまだ足りないな」
ラルフは短くホイッスルを吹くとそう言った。
「ほえ?」
ハナは彼の方を向いた。
「例えばだ、火球ではなくて火炎放射で対抗するべきだった」
「ふんふん」
「それもアイツと同じくらいの出力に調整した方が良かった。それで五から八秒くらい拮抗が続くと最高だった」
「ほうほう」
ハナは彼の話を聞きながら頷いた。
「あの……部長……」
スヴェンの声が聞こえ、ハナが彼の方を向くと、彼は上半身を起こして人差し指を立てていた。
「何だ?」
「魅せる事ってそんなに大事なんですか?」
「当たり前だ!さっきの話を聞いていないのか?」
「いえ、そういう事じゃないんですけどね。やってる側としては、一撃でやられた方が楽なんですよ」
「ふん。素人らしい考えだな」
ハナがラルフの方を向くと、彼は腕組みしてそう言った。
「後ね、思ったんです」
「何をだ?」
「どんなに魅せても、負けは負けなんです」
「何だって……」
「まずは勝つ事を意識しないとダメだと思うんです」
「知ったような口を……」
ラルフは明らかに怒った様子でスヴェンに迫った。
「お前に何が分かる!勝つ事優先で戦ったせいで、試合後にゴミを投げつけられた、あの悲しみを!」
「いえ、でも部長」
「何だ?」
「ハナなら問題無いと思います」
「何ぃ?」
「たぶんですけど、彼女が本気になったら、全試合を一撃で終わらせる事ができると思うんです」
「……何……だと……」
「彼女の相手をして分かりました。彼女、『一』の力でいい所を『五』くらいの力で魔法を使っています」
「……本当だろうな?」
「部長も戦っているから分かっているんじゃないですか?彼女、常にオーバーキルなんですよ。戦い方が」
「……確かにそうかもしれん。あの時は真剣に死を覚悟した」
ラルフは遠くを見ながら言った。
「観客を喜ばせるという意味では、過度の攻撃もそうなんじゃないですか?」
「なるほど。お前の言う通りなのかもしれん。俺が間違っていた」
ラルフはスヴェンに右手を差し伸べた
「あ、どうも……」
スヴェンはその手を掴む。
するとラルフは彼の手を引っ張って起こした。
「お前の名前は?」
「え?……スヴェンです」
「大した分析力だ。戦う力は弱いが、その能力はこのサークルには不可欠だ。入部を許可する」
「……はい?」
「よろしく頼むスヴェン。お前の頭脳でサークルに栄光を与えてくれ」
ラルフは勢い良くスヴェンと握手した。
一方スヴェンは、ラルフにされるがままの状態になっていた。
男同士の友情は素晴らしい。
二人の様子を見ていたハナはそう思った。
そして、二人が友達となったのなら、自分もラルフとは友達になろうと思った。
「よし!じゃあ、もう一回だ。ハナ、お前の本気をスヴェンに見せてやるんだ!」
ラルフはハナの方を向いて言った。
「えぇ?」
スヴェンは驚いた様子で言った。
「うん、分かった」
ハナは元気よく答えた。
よく分からないが、さっきみたいに魔法を放って戦えばいいらしい。
さっきラルフが言っていた事は、気にしなくていいようだ。
「いやいや!今度こそ、本当に殺されちゃいますって!」
「大丈夫だスヴェン。人というのは、意外と丈夫なものだ。俺がそうだったんだから間違いない」
ラルフは彼の肩を叩きながら、笑顔で言った。
「そ、そんなぁ……」
スヴェンはガックリと肩を落とした。
それに対してハナは嬉しかった。
これからも彼と戦える。それを楽しいと思えるからだ。
スヴェンは再び舞台の上に立った。
ラルフの笛に合わせてお辞儀をする。
そして両手を構えた瞬間、ハナの気持ちは最高潮に達した。




