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48 力には責任を

 『舞台上の決闘』部でハナと遭遇したのは、タクミ達にとって迷惑な話であった。

 まず、自由探求学科の学生が問題行動を起こしたという事実。これはすぐに広まる事になるだろう。

 元々良くなかった関係が、一層悪化するのは間違いない。


 そしてさらに問題なのが、それによって魔道武術学部の棟を、いや、構内を歩く事が危険になる事だ。

 恐らく、この一件は自由探求学科全体の問題となるだろう。

 その場合、自由探求学科の学生というだけで報復される可能性がある。


 そうなると、ミアに危険が及ぶかもしれない。

 彼女を守りきれない可能性だってある。

 それだけは何とか避けたい。

 タクミはそう思った。


 とりあえず最優先する事は、魔道武術学部の棟から脱出する事だった。

 タクミはミアの手を掴んで部室を出ると、そのまま寮へと向かった。


 寮には魔術的な防犯機能があり、関係者以外は許可無しには中へ入る事ができない。

 つまり、寮にいる限りは安全である。

 しばらくは寮の中だけで過ごすとしよう。タクミはそう思った。


 寮に着くのは思ったよりも早かった。

 思った以上に早足で移動したせいかもしれない。

 タクミは周囲を見回すと、ミアを先に中に入れた。

 そして、自身も入るとすぐに扉を閉めた。


「これで……よし」

 無事に寮に戻る事ができ、タクミは安心した。


「な、なぁ……どうして戻ったんだ?」

 タクミの意思が伝わってないのか、ミアは聞いてきた。


「伊藤のせいで面倒な事になった。しばらくは外に出るな」

 タクミは端的に説明した。


「何だよ……それ」

「伊藤と同じ学部ってだけで酷い目に遭う可能性が出てきた。だから、しばらくは外に出るな」

「……さっきのアレのせいか?」

「そうだ」

「……分かった」

「それでいい」

 ミアは分かってくれたようだった。


「もちろん、何もするなとは言わない。しばらくはこの中で練習を行なう」

「この中で?」

「そうだ。筋トレも戦う訓練もこの中だ。せっかくの訓練場付きなんだ、有効に活用するぞ」

「あ、ああ……」

 タクミは奥の訓練用のスペースへと移動を始めた。






「行くぞ、山田」

「あ、ああ……来い!」

 ミアがそう言うと、タクミは彼女の脛に回し蹴りを放った。

 すると金属のような音がして、蹴りは弾かれた。

 タクミの足に痺れるような感覚がする。


「痛っ……やるな、山田。魔力の鎧の出し方がだいぶ良くなった」

「タっ君のおかげだ。ありがとう」

「お、おぉ……」

 ミアに礼を言われると、タクミは少しむず痒くなった。


 タクミとミアは魔力の鎧を出す訓練をしていた。

 交互に相手を攻撃し合い、それを魔力の鎧で防ぐという訓練だ。


「次はお前の番だ、山田。好きなタイミングで俺を攻撃しろ」

「分かった」

 ミアはそう言うや否や、タクミの腹部に蹴りを入れようとしてきた。


「ふん!」

 タクミは瞬時に腹部を魔力の鎧で守った。

 衝撃は来たが、全く痛くはない。


「痛た!」

 むしろ攻撃したミアの方が痛そうだった。


「大丈夫か、山田」

「あ、ああ……たぶん折れてない」

 ミアは足のつま先を押さえながら言った。


「お互い、部分的に魔力の鎧を展開できるみたいだな。なら次のステップだ、今後は攻撃する側も魔力の鎧を展開するようにするぞ」

「ま、待ってくれ!それはちょっと自信ない!」

 ミアは止めた。


 魔力の鎧を扱う技術は、防御に使うのはもちろん、攻撃にも使う。

 素手で殴るより、籠手を装着して殴る方が強力なのと、理屈は一緒だ。


「ダメだ。ここでビビっては次へ進めない」

「確かに展開できるようにはなったけどさ、強度には自信が無いんだ……」

「大丈夫だ。初めからできるヤツなんて、そうそういない」

 タクミは心配そうに言うミアをなだめた。


「俺が先に攻撃を受けてやる。遠慮するな」

 タクミはそう言うと、仁王立ちのような姿勢を取った。


「う……分かった。やればいいんだな?」

 ミアは迷った様子ではあったが、右の(こぶし)を魔力の鎧で包むと、その拳をタクミの頭へと振り下ろした。


 ガンッ


 とても肉体のぶつかり合いとは思えない音がタクミの頭に響いた。

 この場合、頭部だけ守るのは不正解だったらしい。

 首が潰れそうになり、鈍い痛みが走る。


「……っ、今のは効くな」

 タクミは首をさすりながら言った。


「な、なぁ……大丈夫か?」

「問題無い」

 ミアが心配そうな声を出すので、タクミはそう答えた。


「次は俺が攻撃する番だ。山田、防御は少し広めに展開した方がいい」

「広め?」

「そうだ。けっこう響くからな」

 タクミはアドバイスした。


「じゃあ行くぞ、山田」

「あ、ああ……分かった!来い!」

 ミアがそう言うと、タクミは右足を魔力の鎧で包んだ。

 そして左足を軸に、再び彼女の脛に回し蹴りを放とうとした。


 ガチャリ


 その瞬間、寮の扉が開いて、誰かが入ってきた。

 タクミは思わず攻撃を中断する。

 そして扉の方を向いた。


「ただい……あれ?ミアちゃんとタっ君?」

 扉を開けたのはハナだった。

 ついでにさっきも彼女のそばにいたハイエナがいる。ハナに招待されたのだろう。


「いぃぃぃぃとぉぉぉぉぉぉ!」

 タクミはハナの顔を見た瞬間、怒りが炎のように湧き出た。

 何しろ元凶のお出ましである。自分を抑える事なんてできるはずがなかった。


 そして気がつくと、タクミは彼女にドロップキックを放とうと跳んでいた。

 それも両足を魔力の鎧で包んだ状態で。


「てい!」

 ハナはそれを迎え撃った。

 右手を魔力の鎧で包み、タクミの両足に拳を突き出す。

 そしてタクミとハナが触れ合った瞬間、金属同士がぶつかり合ったかのような音が寮全体に響き渡った。


「うわっ!」

 タクミははじき返された。

 そして床に叩きつけられた。


「どうしたのタっ君?」

 ハナはのんびりとした口調で聞いてきた。


「くっ……どうしたもこうしたもあるか!貴様のせいで俺達はとばっちりを受けたんだぞ!」

 タクミは体を起こしながら言った。


「ほえ?」

「あ、あの……それについては僕が悪いんです……本当に申し訳ないです……」

 ハナはピンとこなかったようだが、代わりにハイエナが謝った。


「何だ貴様は?」

「あ、僕はスヴェンっていいます。魔術文化学部の、魔術教育学科の……」

コイツ(ハナ)とはどんな関係だ?」

「と、友達です……」

「友達だと?」

 タクミは彼に詰め寄った。


「あ、はい……彼女とは『すっぽりしっぽり』する程度の仲でして……」

「そういう話はどうでもいい。貴様が悪いとはどういう事だ?」

「あの……それはですね……」

 スヴェンは説明した。


「――というわけで、僕があそこへ行こうだなんて言わなかったら、こんな事には……」

「なるほど、そういう事か」

 タクミは納得した。


「確かに伊藤の実力を過小評価したという意味では、貴様にも責任がある」

「ううっ……」

「だが、一番悪いのは伊藤だ。道場破りみたいな真似をしやがって……」

 タクミは舌打ちした。


「でもぉ、楽しかったよぉ」

 全く反省する様子の無いハナに、タクミは彼女を殴りたくなった。


 と、その時であった。

 寮の扉を激しく叩く音が聞こえた。

 それだけではない。男の怒鳴り声も聞こえてきた。


「おい!いるんだろ!さっさと開けろ!」

 タクミはその声に聞き覚えがあった。


「貴様は確か、ラルフとか言ったな?」

 タクミは扉越しに彼に聞いた。


「そうだ。ハナとかいう女を出せ!」

 ラルフは答えた。


「それはそっちの目的次第だ。何が目的だ?」

「責任を取らせる。それだけの事だ」

 タクミは扉越しに話を続けると、ラルフはそんな事を言った。


「具体的には?」

「それはヤツを出してから言う」 

「断る。とばっちりは御免だ」

「何だと!」

「どうせ仕返しにでも来たんだろ?ヤツをかばう気は無いが、俺達に火の粉が来るのは困る」

「心配は無い。用があるのはヤツだけだ」

「どうやって信じればいい?」

「そっちに人は何人いる?」

「何?」

「こっちは俺だけだ」

「信じられんな。俺の記憶だと10人はいたはずだが?」

「全員が医務室送りだ。俺も本来ならベッドで寝ていた」

「ほう」

 タクミは少し考えてみた。


 ハナがした事を考えると、彼が言った事は嘘とは思えなかった。

 相手は一人、こっちは四人。その中にはハナもいる。

 例え一人で仕返しに来たとしても、この人数差は大きい。

 第一、こっちには一人で複数の人を倒した者もいる。

 騙されたとしても、リスクは少ない。


「分かった、入れてやる。入ってヤツと話をしろ」

 タクミがそう言うと、扉がゆっくりと開き始めた。


 こうして入ってきたラルフは、タクミ達に痛々しい姿をさらした。

 上半身裸。体は包帯だらけで腹部には血のようなシミが薄く付いている。

 左腕はギブスが装着されていて、首から釣られている。

 いかにも重傷を負ったような姿だ。


「うわぁ……痛そう……」

 スヴェンが小さく呟く声が聞こえる。


「伊藤、コイツが貴様に用があるそうだ」

 タクミはハナの肩を叩くと、彼女から離れた。

 後はどうなるか見届ける。タクミがする事はそれだけであった。


「ハナと言ったな?」

 ラルフはハナを睨んだ。


「うん、ハナだよぉ」

 ハナはいつもの調子で答えた。


「お前には責任を取ってもらう」

「責任?」

 ラルフの言葉に、ハナは首を傾げた。


「俺達『舞台上の決闘』部は、近いうちにある大会に出場する予定だった」

「へ~」

「だが、お前のせいでみんな欠場が確定した。俺も含めてな」

「ふんふん」

「だからお前には代わりに出場してもらう」

「ほえ?」

「お前の強さは十分分かった。そんなに力があれば、大会で上位を目指す事ぐらい簡単だろう」

「う~んと……ハナが大会で戦えばいいのぉ?」

「そうだ」

「さっきみたいに?」

規則(ルール)は守ってもらう」

「うん、分かった。いいよぉ」

 ハナはあっさり承諾した。


「おい、貴様」

 今の話に気になる点があり、タクミは話に割り込んだ。


「何だ?」

「コイツ一人でいいのか?」

「構わない。コイツは少なくても、俺達全員が束になった時よりも強い」

「そこのハイエナはどうする?今回の一件に責任を感じているらしいが」

「そいつは弱い。頼まれたとしても入れない」

 ラルフはキッパリと言った。


「そうか、なら後は好きにしろ」

「ああ、そうさせてもらう」

 タクミはラルフとの話を終わらせると、ミアの所へ行った。


「よし、問題は解決した。魔道武術学部の棟に戻るぞ」

「え?いいのか?」

 ミアは聞いてきた。


「ああ。今の話だと、伊藤がサークルに入ればそれでいいらしい。許されたと思っていいだろう。もう酷い目に遭う心配はない。行くぞ」

 タクミはミアの手を掴むと、寮の外へと引っ張って行った。


 面白い事になってきた。

 歩きながらタクミは思った。


 ハナの力。これは学部全体に話が広まる事だろう。

 今まで校長のお気に入りと思っていた学生達も、この話で自分達への見方を変えるはずだ。

 もう、自分達を侮る事はしなくなるだろう。


 後はハナに負けない、いや、彼女を超えるような力を身に着ければいい。

 道は険しいだろうが、不思議と無理とは思えなかった。


 大学で一番の力を身に着ける。

 タクミはこれを目標にしようと思った。

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