47 研究室へようこそ
「――それでですな、次の角を右に曲がるそうで」
アルマンは左手に装着された端末を操作しながら言った。
「右でいいのね?分かった」
エリは彼の言う通りにした。
エリはリンダに会うために旧市街を歩いていた。
そしてアルマン達、モテない三銃士の三人は、何故かエリのガイドを務めていた。
「……あの、アルマン」
エリはチラリと彼の方を向いて訊ねた。
「何でございましょう?」
「どうしてついて来るの?」
「先ほど申しましたように、お見送りをと思いましてな」
「それ……必要かな?」
「もちろん!現に、こうしてガイドを務めてさせていただいておりますでしょうに」
「あ、うん。そうだよね……」
そこからエリは少し黙って、そして先頭を歩いた。
「……あの、アルマン」
エリは再び、チラリと彼の方を向いて訊ねた。
「何でございましょう?」
「やっぱり私一人で大丈夫だと思うんだけど……」
「何故です?」
「ほら。私、タブレットPC持っているし……」
エリは持っていたパソコンを掲げながら言った。
「そんな事はございませんよ」
「え?」
「歩きながらの使用は危険でございます」
「……使う時は道路の隅に移動するから……後、ちゃんと立ち止まるし……」
「…………」
何も言い返せないのか、アルマンは黙った。
「……アルマン……というか、みんな」
エリは立ち止まると、後ろを向いて訊ねた。
「はい」
モテない三銃士の全員が返事をした。
「正直に言って」
「何をです?」
「みんな……私が羨ましいんだよね?」
「それは……」
三人とも黙った。
「……左様で」
しばらくの沈黙の後、イザークが呟くように答えた。
「賢者様と知り合いになれるなんて、滅多にない機会かと思いました」
イザークに続けて、アルマンが答えた。
「せめて顔と名前だけでも憶えていただきたいと思いまして、このような行動を取らせていただいたのです」
アンリはしっかりとエリの顔を見ながら言った。
「……やっぱり」
エリはため息をついた。
「……申し訳ございません」
三人は同時に謝った。
「……いいよ。でも変な事はしないでね」
エリはそう言って前に向きなおすと、歩き始めた。
「そういえば、みんなってさ」
「はい?」
「夏休みに入ったのに、帰らなくていいの?」
エリはモテない三銃士の方をチラリと見て訊ねた。
「我々全員、ファウンスの西部の出身なものでして……」
アルマンが答えた。
「そっか。東部なら近いけど、西部なら遠いもんね」
エリは頷いた。
ナイツはファウンスと隣接している。
正確には、ナイツの西部とファウンスの東部が隣り合っている。
そして、ハーデイベルク市というのはナイツの西部、つまり国境近くの街だ。
もしも彼らがファウンスの東部の出身なら、気軽に帰る事もできるであろう。
しかし、彼らの出身は西部だ。
東部と西部の間には、かなりの距離がある。
それを考えると、彼らが簡単には帰れないというのは納得がいく。
「はい。経済的に豊かというわけではございませんので……」
「往復の交通費を考えますと、拙者達は簡単には帰れないのですよ……」
「私は別なんですけどね。ただ、帰っても何もする事がありませんし」
モテない三銃士は口々に言った。
「……帰りたいって思っても帰れないだなんて大変なんだね」
エリはアルマンやイザークに申し訳ない事を聞いたと思った。
エリが目的地、ノブコ技研に到着したのはそれから10分後であった。
そこは会社や研究室には見えず、住宅地にあるせいか単なる二階建ての住居のような佇まいである。
表の看板に『ノブコ技研』と書いていなかったなら気づかなかったであろう。
エリはインターフォンを押した。
ピンポンと音がし、スピーカーからガサゴソとノイズが出る。
『はいはーい』
スピーカーからリンダの声が聞こえた。
「あの……自由探求学科のエリと言います……」
エリは恐る恐るマイクに話しかけた。
『おー、久しぶりだね。君の事は覚えているよ』
「そ、それで……」
『ボクの所に勉強しに来たんでしょ?うん、分かってる。今行くからちょっと待っててね』
スピーカーからプツンと音がしたきり、インターフォンは沈黙した。
三分後、ガチャリと音がして扉が開いた。
そして、リンダが姿を現した。
「やっほ。待ってたよ」
彼女は話しかけた。
「ど、どうも……久しぶりです……」
エリは緊張しながら挨拶した。
「うん、久しぶり。あれれ?君の後ろにいるのは誰かな?」
「あ、私の友達です……」
「どうも、アルマンです」
「イザークです」
「アンリと申します」
モテない三銃士は名乗った。
「あれ~、どっかで聞いた事あるような名前があったね」
リンダは首を傾げた。
「あ、吾輩です。以前、『普段心がけている事は何か?』と訊ねました」
「あー、思い出したよ。講演会の時に話したよね?うんうん、確かそうだ」
アルマンの言葉に、リンダは少し大げさな反応をした。
「まあ、とりあえずさ、みんな中に入ってよ。立ち話もなんだしさ」
リンダは扉を開けると手招きした。
「え?我々もですか?」
アルマンが驚いた様子で聞いた。
「えー?そうだけど」
リンダは不思議そうな様子で答えた。
「いえ、しかし……我々は自由探求学科の者ではございませんし……」
「いいよいいよ。ここまでエリちゃんについて来たって事は、ここに興味があるからでしょ?若い芽は摘み取らずに育てなきゃ」
「あー、では、お言葉に甘えて……」
アルマンは嬉しそうに言った。
「じゃあ、入って入って」
リンダは中へと入って行った。
エリ達は彼女の後を追うように、中へと入った。
すると、エリ達の前にエレベーターホールのような部屋が視界に広がった。
大きさは、畳でいえば九畳程。
エレベーターの扉がある他には、二階へと上がるための階段があるだけ。殺風景な部屋だ。
「ここは玄関兼エレベーターホールだよ。エレベーターは地下の研究室に続いているんだ」
リンダは振り返ると、簡単に説明した。
エリは説明を聞きながら、リンダの姿をジッと見た。
遠くから見た時とは印象が違う。
この近距離だと、彼女の詳細を見る事ができた。
まずは彼女の全体。
種族でいえば、彼女は兎の中でもドワーフホトの特徴とピタリと一致した。
全身が真っ白な体毛、短い耳、顔は丸みを帯びていて、黒のアイラインが印象的である。
顔に注目する。
化粧はあまりしていない。せいぜい、黄色で楕円形に描かれた眉と桃色のチークぐらいなものだ。
それより目を引くものがある。それは目だ。
さっきから気になっているが、彼女の目には感情が一切感じられない。
眉や顔の下半分はよく動く。しかし、目だけは全くの無感情だ。
エリはそこに得体の知れない恐怖感を感じる。
目線を少し下へとズラす。
バストはかなり豊満だ。顔の幅よりも大きく、もしかするとニコルよりも大きい。
そしてそれは、赤くて背中がむき出しのホルターネックのトップスに包まれている。
よく見れば、包まれたバストからは突起が浮き上がっている。つまり彼女もニコル同様に着けていない。
目線をもう少し下へとズラす。
ヘソ出し。お腹は少しだらしない。
ボトムは緑でローライズのホットパンツ。女児用みたいなデザインのパンツが大きくはみ出している。
後、左腕にはアルマン達と同じ籠手型の情報端末を装着している。
目線を足元へとズラす。
茶色のブーツ。
彼女が歩くと重々しい音がするため、おそらくは安全靴だろう。
「とりあえず君達をお客さんとして歓迎するよ。二階が応接室だから、階段を上るよ」
リンダの声でエリは意識を引き戻された。
彼女が移動を始めると、エリ達も後に続く。
そして階段を上りきると、今度はキッチンみたいな部屋が視界に広がった。
「今コーヒー淹れるから、席で待っててね」
リンダはそう言うと、流しの近くへと移動し、そこにある機械を操作し始めた。
エリ達は言われた通りに席に着く。
「何やら、思ったのと違いますなぁ」
席に着くや否や、対面に座ったイザークが小声で話しかけてきた。
「そう……だね」
エリは彼と同じくらい小声で答えた。
「しかし、本命は地下にあるそうで。今、結論を出すのは早計かと」
横に座っていたアルマンは小声で注意した。
「そうですね。我々も招待された時点で予想を大きく裏切られています。この後、どんな事が待っているか検討もつきません」
対角線上の席に座っていたアンリは同じく小声で言った。
「それもそうだよね」
エリは小さく頷いた。
「ほいほーい。お待たせ」
リンダがトレイに人数分のコーヒーを乗せてやってきた。
そしてエリ達の前に置いた。
「熱いうちにどーぞ」
リンダは空いている席に適当に座ると、飲むよう促した。
エリは目の前のコーヒーを見た。
カップがとても小さい。そして、ヘーゼルナッツみたいな色の泡が水面を覆っている。
香りも深く、自分が知っているコーヒーとはだいぶ違うように見える。
まずはブラックで味見を。
エリはカップを持って、ほんの少し啜った。
するとその瞬間、強烈な苦味が舌を刺激した。
「うっ……」
エリは思わず顔をしかめた。
「ほほう、エスプレッソでございますか」
アルマンの声にエリは彼の方を向いた。
彼は嬉しそうな様子で、添えられた砂糖を味見する事無く入れている。
「ここまで本格的なのは久しぶりですな」
イザークの方を見ると、アルマンと同じような事をしている。
「味も素晴らしいですね」
アンリは一口で半分くらいを飲むとそう言った。
エリは慣れた様子で飲む彼らの姿に驚いた。
これがカルチャーショックというものなのだろうか。
エリはそう思った。
「あ、飲み終わったら、これにサイン貰ってもいいかな?」
リンダはそう言ってエリ達に書類を渡した。
エリが目を通すと、こんな事が書いてあった。
『誓約書 私はノブコ技研の研究室内で見聞きした事を、どんな理由であれ、どんな方法であっても外部に漏らさない事を誓います。』
「あの……これって……」
「ゴメンね。ここって機密情報がいっぱいあるんだ。だからどうしても約束を守って欲しいんだ」
エリが訊ねると、リンダはウィンクしながら謝った。
いったいここにはどんな秘密があるのだろう。
エリはそう考えながら、コーヒーに砂糖を入れた。
そして一気に飲み干した。




