表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/77

46 圧倒的力

 朝の身支度を終えたミアとタクミは、とりあえず寮を出た。

 廊下はシンとしている、静かだ。


「さて、今日は変わった事をしようと思う」

 タクミは口を開いた。


「変わった事?」

 ミアは聞き返した。


「そうだ。サークルの見学に行く」

「サークルって?」

「『舞台上の決闘』部って所だ。知ってるか?」

「競技だけなら……」

 ミアは答えた。


 『舞台上の決闘』。

 一対一(タイマン)で戦う競技。

 舞台(リング)の上で魔法を使って攻撃しあい、舞台から離れた方が負けという規則(ルール)だ。


 ミアはこの競技を知っている。

 ヤマト国ではマイナーだが、第二の故郷であるロングラウンド国ではとてもメジャーな競技だからだ。

 そして、この競技を観戦するのがミアは大好きである。


「魔道武術学部の棟に部室があるそうだ。さっそく行くぞ」

 タクミはそう言うと、一人で歩き始めた。


「なあ、タっ君。サークルの見学だなんて、いったいどうして?」

 ミアは歩きながらタクミに聞いた。


「もちろん、観戦するためだ」

 タクミは答えた。


「それが何の訓練になる?」

「戦い方を学ぶ。他に何がある?」

 タクミはミアの方を向きながら答えた。


「あ、そうか」

 ミアは手を打った。


「今日から夏休みなら、もう活動してる時間だろう。さっさと行くぞ」

 タクミはそう言って、歩みを早めた。

 ミアは置いて行かれないように、彼を追いかけた。






 ミアがタクミを追っていると、あっという間に部室の前に到着した。

 彼は全く躊躇(ためら)う様子なく、扉を開けると中へと入っていった。

 ミアは彼を追う。すると彼は、部員と思わしき青年に絡まれていた。


「何だぁ、お前?」

 チーターの青年は威圧的にタクミを見下ろしていた。


「見学させろ」

 タクミは臆する様子なく、フリーパスを彼に突き付けていた。


「なんだ、そういう事かよ」

 チーターの青年は舌打ちしながらそう言うと、向かって右を向いて声を出した。


「おい、部長さんよぉ!校長のお気に入り共のお出ましだぜぇ!」

 ミアは彼の視線の先を追った。

 そこにはパイプ椅子に座った人達が戦いを見ていた。

 その中の一人、立派なタテガミをしたライオンの青年がゆっくりと立ち上がってこっちへと向かった。


「部長のラルフだ。何の用だ?」

 ジャージ姿の屈強な青年は名乗りながら、タクミの近くまでやって来た。

 180cmはありそうな身長だ。タクミがより一層小さく見えてしまう。


「見学、させろ」

 タクミはさっきと同じようにフリーパスを突き付けた。

 怯む様子は無い。彼には恐怖心が無いのだろうか。


「ふん、見学だけかい。実技はしなくていいのかい?」

 ラルフと名乗った青年は、タクミからフリーパスを奪うように取ると、サインを書きながら聞いてきた。


(わり)ぃな、まだ仕上がっていねぇんだ。そのうち貴様らが楽しめる程度には強くなってやるから待ってろ」

 タクミはラルフを見上げていたが、まるで見下しているかのような雰囲気で答えた。


「おい、山田ぁ!お前もサインを書いてもらえ!」

 タクミはミアの方を向いてそう言った。


「あ、あぁ……」

 ミアはゆっくりとラルフに近寄ると、フリーパスを取り出した。

 フリーパスを持つ手が震えている。恐怖心を誤魔化す事ができない。


「怖いかい?お嬢さん」

 ラルフはフリーパスを受け取ると、サインを書きながら聞いてきた。


「え、えっと……」

「なに、すぐに何も感じなくなる。俺の相手になってくれるなら、首から下も何も感じれないようにしてやるんだがな」

 ラルフは邪悪な笑みを浮かべながらフリーパスを返した。


「ううっ……」

 ミアは思わず声を漏らした。

 掌から嫌な汗が出てくる。

 息も荒くなる。


「山田」

 ミアが気がつくと、タクミが手を掴んでいた。


「大丈夫だ。俺がついている」

 タクミはそう言うと、そのまま向かって左の『観客席』へと引っ張っていった。


 ミアはされるがままついて行った。

 タクミは適当なパイプ椅子に座ると、ミアはそのすぐ隣のパイプ椅子に座った。


 この席からだと、部室全体が見渡せやすかった。

 部室は体育館のように天井が高く、その大半は舞台が占めている。

 残りは『観客席』だけだ。

 ちょうど相撲の会場のような作りになっている。


「さて、どんなものを見せてくれるんだ?」

 タクミは舞台を観ながらそう言った。

 ミアも舞台を観る事に集中する。


 舞台で戦っているのは、共に女性だった。

 一人はシマウマ。もう一人は鹿。

 互いに指揮棒みたいな杖を相手に向け、一定の距離を保っている。


「ハッ!」

 シマウマの女は火炎弾の魔法を放つ。

 それを鹿の女は最小限の動きで避け、真空波の魔法で反撃する。

 その瞬間、シマウマの喉に赤い線がつく。避け切れず、かすったらしい。


 いや、違う。あえて受けた。

 シマウマは自由な方の手、左手を真っ直ぐ前に突き出していた。

 そして鹿は腹部を押さえて身をかがめてる。

 おそらく空気弾の魔法だ。鹿が魔法を放った瞬間、シマウマが左手でそれを放ったのだろう。


 シマウマはこの機会を逃さなかった。

 彼女は掛け声と共に氷塊の魔法を放った。

 放たれた氷塊が鹿に命中。鈍い音を立てて彼女は宙を舞う。

 場外。彼女が床に叩きつけられた瞬間、決着がついた。


 部室にホイッスルの音が響き渡る。

 その音と共にシマウマは膝から崩れ落ちる。


 ここでミアは息を止めていた事に気がついた。

 息苦しくなり、大きく息を吐く。


 やはり、いい。

 『舞台上の決闘』は最高だ。

 ミアは思った。


 しかし、自分があの上で戦くとしたら……

 そう思うと、ミアは急に不安感や恐怖を感じた。


「よくやったエレナ!クロエもよく頑張った!」

 ラルフは二人に労いの言葉をかけた。


 さっきの態度とはだいぶ違う。

 この差はいったい何なのだろうか。ミアは不思議に思った。


「じゃあ、次はジョナサンと――」

 ラルフが言おうとした瞬間であった。

 突然、部室の扉が勢いよく開いた。


 ミアは扉の方を向いた。

 すると逆光と共に、二人の人影が姿を現す。

 一人はイヌ科、そしてもう一人は兎。


 正体はすぐに分かった。二人が中に入って、照明に照らされたからだ。

 一人は黒いローブを着たハイエナの青年。そしてもう一人は……


「ハナ!」

 ミアは思わず名前を呼んだ。


「何っ?」

 タクミは驚いたのか、ミアの前に出ていった。


「あ!やっほー、ミアちゃん!タっ君!」

 間違いなくハナであった。

 彼女はこっちに気づくと、両手を振りながら飛び跳ねた。


「何だぁ、お前ら?」

 さっきのチーターが二人の前に出た。


「あ、あの……魔術文化学部のスヴェンです……あ、正確には魔術教育学科の……」

 ハイエナの青年はオドオドしながら名乗った。


「ハナだよぉ」

 ハナも名乗った。


「何の用だ?」

「えっと……その……」

 チーターが顔を近づけるとスヴェンは口ごもった。


「戦いに来たんだよぉ」

 ハナはしれっと答えた。


「ああん?」

 チーターはハナの方に顔を近づけた。


「こっちの兄ちゃんはいいとして、お前もだとぉ?」

「ハナ、強いんだよぉ」

「ほぉ、だったら一発やってみろよ」

「いいのぉ?」

「いいぜぇ。お前の一発でやられるような体はしてねぇからよ」

 チーターは挑発した。


「おい、山田」

「……何だ?」

「マズい事になるかもしれん」

「え?」

 ミアはタクミの方を見た。


「ハナぱ~んち!」

 ハナの声が聞こえて、ミアは彼女の方に向き直った。

 すると鈍い音と共に、さっきのチーターが宙を舞っていた。


 いや、というより血反吐のジェット噴射で空を飛んでいるようであった。

 彼はそのまま舞台の上に胴体着陸した。

 体を痙攣させて、立ち上がる様子は微塵も感じられない。


 急に部室が静かになった。

 時々聞こえるのは、チーターのうめき声だけだ。


「生きて帰すなぁ!」

 静寂を破ったのはラルフであった。

 彼の怒号が部室いっぱいに響くと、部員達はあっという間にハナを取り囲んだ。


「……ヤベぇな」

 タクミは呟いた。


「な、なあ!このままじゃ危ないって!」

 ミアはタクミに言った。


「ああ、奴らの方がな……」

「え?」

「考えてみろ。人を文字通り吹っ飛ばすような奴が、囲まれたくらいでどうにかなると思っているのか?」

「……あ」

 ミアは気づいた。

 確かにその通りだ。


「ハナぱ~んち!ハナきぃ~く!」

「見ろよ、アレをよ」

 タクミに言われてミアはハナの様子を見た。


 彼女は文字通り、部員達を蹴散らしている。

 傍から見れば、彼らがとても貧弱のように見えるくらいにだ。


「ハナってさ、あんなに強かったんだな……」

「ああ。俺も驚いた」

「……どうしよう?」

「逃げるしかねぇな」

 タクミはミアの手を掴んで、出口へ向かって歩き出した。

 ミアはされるがままについて行った。


 すでに、戦える部員はほとんど残っていなかった。

 大部分は床でノビている。

 そんな彼らを避けながらミア達は部室を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ