44 一緒にトレーニング
朝の身支度を終えたハナは、電話でスヴェンを呼び出した。
そして大学構内の広場で待ち合わせする事にした。
ハナがそこに移動すると彼はもうそこにいた。
広場は静まり返っている。彼以外には誰もいなかった。
「お~はよぅ~」
ハナは元気に挨拶した。
「おはよう、ハナ」
スヴェンは手を振って挨拶をした。
「早速だけど、模擬戦を始めようか」
「うん」
彼の提案にハナは頷いた。
二人は距離を取って構えた。
模擬戦。
ここ数日ぐらい、二人はこうして魔法を使う練習をしている。
「よーい……ドン!」
スヴェンは手を打った。
戦いの始まりの合図。
その瞬間、二人は動き始めた。
「いくよ!」
先に動いたのはハナだった。
ハナは助走をつけてスヴェンに飛びかかった。
そして右手を魔力の鎧で包むと、そのままの勢いで彼に殴りかかった。
「アルスウォルフ!」
スヴェンは指揮棒みたいな杖を前へ突き出すと、防壁の呪文を唱えた。
彼の杖の先には土や石が集まり始め、あっという間に円状の盾が生成された。
「てい!」
ハナは気にする事無く、盾を殴った。
ズンと重々しい音がして、盾に大きく亀裂が入った。
盾はそのままスヴェンと共に後ろへと下がる。
「う、うわっ!」
ボゴンと音を立てて盾は砕けた。
スヴェンはその衝撃でひっくり返る。
「それそれそれ!」
ハナは追撃した。
両手を前へ突き出すと、何発もの空気弾を放った。
「プローテっ!」
彼は上半身を起こして杖をハナの方に向けると、盾の呪文を唱えた。
彼の目の前に半透明の壁が生成される。
ドン。
ドドドン。
ドン。
半透明の壁に空気弾が防がれると、重々しい音が響いた。
「え、エアザンっ!」
彼は反撃した。
三日月の形をした斬撃が杖から放たれる。
それも一つや二つではない。さっきの空気弾と同じくらいの量がある。
「ガード!」
ハナは顔の前で両腕をクロスさせた。
すると、ハナの目の前に半透明の壁が生成される。
ハナは詠唱放棄式で盾の魔法を発動させたのだ。
ギン。
ギギギン。
ギン。
半透明の壁に斬撃が防がれると、金属音が響いた。
「いくよ!」
ハナは再び助走をつけてスヴェンに飛びかかった。
そして空中で飛び蹴りの姿勢になった。
「ハナきぃ~く!」
ハナは両足を魔力の鎧で包むと、そのまま突っ込んだ。
「ひぃ!」
スヴェンはまだ立ち上がってはいなかった。
それが逆に良かったのだろう。
彼は攻撃を防ごうとはせず、横に転がって回避した。
ズン。
ボゴッ。
ハナの両足はさっきまでスヴェンがいた所に突き刺さった。
そしてその衝撃で、突き刺さった所から半径1メートルくらいの地面がめくり上がった。
「ま、参った!」
スヴェンは降参した。
「およ?もう終わりなのぉ?」
ハナは彼の方を向いて聞いた。
「もう……無理だよ……君の相手をする身にもなってよ……」
「ほえ?」
「君の相手をするのは命がけだよ……僕、殺すつもりで戦ったんだよ……」
「え~!」
「そのくらいの気持ちじゃないと、逆に殺されるって思ったんだから……」
「そぅ……だったんだ……ゴメンね」
ハナはその言葉にションボリとした。
まさか、そんなふうに考えていたとは……
もしかして嫌われてしまったのだろうか。
そう考えると、ハナは悲しくなってきた。
「スヴェン君、ハナの事、嫌いになった?」
「い、いや!そんなわけないじゃないか!」
彼は立ち上がり、慌てた様子で言った。
「……本当?」
「本当だよ!だって僕達って友達じゃないか!」
「……うん、そうだよね」
ハナは彼の言葉に嬉しくなった。
そして彼に抱きつくと頬刷りをした。
それに対して彼はハナの頭を撫でてくれた。
「ただ……」
「ただ?」
ハナは抱きつくのを止めると、少しだけ後ろに下がって彼の顔を見た。
「君との模擬戦はもうダメだよ……君はどんどん強くなるし……僕じゃもう力不足だ」
「力不足?」
「うん。僕は魔術文化学部だからね。戦う力はそんなに高くないんだ」
「じゃあぁ、どんな人に頼めばいいかなぁ?」
「うーん。そんなに強いなら、やっぱり魔道武術学部の人に頼むしかないかな?でも、彼らって嫌な奴ばかりだしなぁ……」
「みんな悪い子なのぉ?」
「そういうわけじゃないんだけど……大体の人は他の学部の人を見下してるからなぁ……」
「そぅなんだ」
「君の腕前なら馴染めるかもしれないけど、何か意地悪されそうで心配だよ」
スヴェンはため息をついた。
「ん~と、じゃあ……」
「うん?」
「スヴェン君もついて来て欲しいな」
「え?」
彼はとても驚いた様子で聞き返した。
「そんなに心配ならスヴェン君も一緒に行こうよ」
「え……でも……僕は自由探求学科じゃないし……」
「ハナ、スヴェン君と一緒なら頑張れる気がする!」
「そ、そうかな?」
彼は少し照れた様子で聞いた。
「そぅだよぉ」
「そ、そこまで言うなら僕も行こうかな……あ、そうだ」
スヴェンは手を打った。
「ほえ?」
「確かここのサークルに『舞台上の決闘』部っていうのがあったよ」
「それ、なぁに?」
「あれ?知らない?」
「うん」
「えーと……簡単に説明すると……」
スヴェンは少し考えた。
「魔法を使った相撲……かな?」
彼は自信がなさそうに答えた。
「相撲?」
「うん。舞台の上で魔法を使って戦うんだ。舞台から落ちた方が負けっていう規則でさ」
「へー」
「サークルだからさ、魔道武術学部の人が多いだろうけど、違う学部の人だっているはずだよ。そこだったら、僕達が行っても問題無いはずさ」
「ん~、なんだか楽しそうだねぇ」
「行ってみる?」
「うん。ハナ、行ってみたい」
ハナは頷いた。
「じゃあ、ちょっと待ってね。今、どこでやってるか調べるから」
スヴェンはそう言うと、スマートフォンを取り出した。
「えーと、たぶん大学のホームページに書いてあるはず……」
スマートフォンを触りながら、彼は呟いた。
「ねぇ、スヴェン君」
「ん?」
「どうしてスヴェン君は家に帰らなかったの?」
「え?」
彼は手を止めて、ハナを見た。
「それ……今聞く話?」
「う~ん、分かんない」
「僕に電話した時、気にならなかったの?」
「うん、今気になったのぉ」
「…………」
「ねぇねぇ、どうして?」
ハナが聞くと、彼は深くため息をついた。
「……前さ、言ったよね?」
「何がぁ?」
「僕って、家では厄介者扱いなんだって」
「あ~、そぅだったねぇ」
「だから家に帰っても、居場所が無いんだ……だから、休み中も寮で過ごす事にしたんだ……」
スヴェンはションボリとした。
「……ゴメンね」
彼の様子を見て、ハナは申し訳なく思った。
ハナにとって、家は温かな場所である。
そう今まで思っていた。
しかし、彼の話を聞いてそうではない人もいる事を知った。
その事を知って、ハナは彼の事が可哀想に思えた。
「いいよ……こっちこそゴメンね。こんな暗い話なんてしちゃってさ……」
彼は一層落ち込んだ様子で言った。
このままではいけない。
彼の心を何とかして慰めてあげたい。
ハナはそう思った。
そして自分に何ができるか、ハナは考えてみた。
「ねぇ、スヴェン君」
「……何?」
「一回しようよ」
ハナは思いついた事を笑顔で提案した。
「ハナ、僕言ったよね?君との模擬戦はもうダメだって」
「ううん、違う事」
「え?何?」
スヴェンが訊ねると、ハナは行動で答えた。
ハナは彼に抱きつき、頬刷りをしてみせた。
そして平坦なバストを押し付けた。
「え?ちょっと……もしかして……」
彼は恥ずかしそうな様子で聞いてきた。
「うん、それ」
ハナは笑顔で答えた。
「……いいの?」
「うん」
「……本当に?」
「スヴェン君って、いつも初めてなリアクションするよね」
「……うん、ゴメン」
「ううん。そういう所、ハナは好きだよぉ」
ハナは再び頬刷りをしてみせた。
「えっと……でも、それはサークルで戦ってからの方がいいと思うんだ」
「えー」
ハナはスヴェンから離れると不満な声を出した。
「いや、だってさ……戦って気分が高揚していた方がノリがいいんじゃないかなって……」
「あー、そぅだねぇ」
「ね?いいでしょ?」
「うん!」
「じゃあ、急いでサークルの場所を調べるから、ちょっと待ってね」
スヴェンは再び視線をスマートフォンを下ろした。
サークルで戦ったら一回できる。
それはハナにとっても楽しみな事に感じられた。
早く行きたい。
そう思ったハナはソワソワした。
 




