42 賢者と呼ばれし者
久々にモテない三銃士と再会したエリは、一緒に魔道工学の授業を受けた。
授業の内容は分からない事が多かったが、モテない三銃士のフォローもあって、何とかついていけた。
こうして午前を過ごし、昼飯の時間となると、エリはモテない三銃士に連れられて学食へとやってきた。
ここは量り売りになっていて、好きなものを好きなだけ皿に盛る事ができるという。
アルマンから聞いたエリは、さっそく皿にフライドポテトやサラダ、よく分からない米料理を盛った。
そして会計をしようとすると、モテない三銃士が代わりに払ってくれた。
その後四人掛けのテーブル席に着くと、エリ達は午前中の授業を振り返りながら食事を始めた。
「いやぁ、姫もなかなかやりますなぁ。初見でありながら、『魔道ハードウェア演習』についてこれるとは……」
「ううん、みんなの教え方が良かったおかげだよ」
アルマンに褒められて、エリは照れながら言った。
ちなみに以前のような気取った言い方は、面倒くさくなって止めた。
「その後の『離散数学』。拙者らが少し指導いたしただけで、あそこまで理解できるとは思いませんでしたなぁ」
「そうですね。まさかイザークよりも飲み込みが早いとは思いませんでした」
「こら!アンリ!それでは拙者がバカだと言っているようではないか!」
「失礼、イザーク。しかし事実ですよ」
「ぬぬっ……」
アンリに言われて、イザークは悔しそうにした。
「ところで姫、午後はいかがいたしますか?」
カレーソースのかかったソーセージを食べながら、アルマンが聞いてきた。
「え?午後もみんなと勉強するつもりだけど……」
エリは答えながら、米料理を口に入れた。
「左様でございますか。では講演会に出席するおつもりで?」
「講演会?」
エリは聞き返した。
「はい。本日の午後、講堂にて、魔道工学部の者を対象とした講演会がございます」
「へぇー。どんな内容なの?」
「『私が成功した理由』という題名でしてな、講師の方の成功談を聞くという内容でございます」
「ふぅん」
エリとしては、あまり興味の湧かない内容であった。
「いやぁ、ずっと楽しみにしてました」
「そうなの?」
一方でアルマンは楽しそうにしていた。
「はい。なにしろ、我々が『賢者』と呼んでいる方でしてな」
「『賢者』?」
「左様。24という若さで、ノブコ技研の支部長にまで登り詰めた方でして」
「え?ノブコ技研ってヤマトに本社があって、色んなハイテク機器を作っている、っていうあの一流企業の?」
「はい、あのノブコ技研です」
「……凄い」
エリはフライドポテトを口に入れながら言った。
「本来は忙しい方でしてな、たまたまハーデイベルク市内の支部に所属していて、特別に来てくださるらしいですぞ」
イザークは情報を付け足した。
「それで姫、いかがなさいます?出席しますか?」
アンリが聞いてきた。
「うーん、どうしようかな」
エリは考えてみた。
正直なところ、そんな凄い人であっても、あまり興味が湧かないのは変わらなかった。
しかし、出席する事で何らかの発想を得られる気もした。
そう考えてみると、出席した方が良さそうに思えてきた。
「じゃあ、せっかくだから参加しようかな」
エリは参加するのを決めた。
午後。
エリ達は講堂に着いた。
着いた時には大勢の人がすでに座っていたが、都合よく四人分隣り合った席があり、エリ達はそこに座った。
「ついにこの時が来ましたなぁ」
「いや、まったく」
「楽しみですね」
モテない三銃士達は口々に言う。
それを聞きながら、エリはどんな人が来るのだろうと考えていた。
「それでは時間となりましたので、講演会を始めます」
司会者の声が講堂中に響き、照明が落とされた。
壇上だけが明るいままとなり、エリはそこを注目する。
すると端から誰かがやって来た。
兎の女性だ。
目測で120cmぐらい。トップスは赤でボトムは緑。
遠くから見ているため詳細は分からないが、バストがとても豊満である事だけは分かった。
「やっほ!みんな元気?」
兎の女性はマイクの前に立つと、高くて変な声で、かなりラフな挨拶をした。
そして耳をすますポーズをとった。
「……あれれ?全然聞こえないよぉ!」
彼女はやれやれと言いたそうな仕草をしながら言った。
「もう一回いくよ!やっほ!みんな元気?」
「……元気ぃ!」
学生達は一斉に答えた。もちろん、エリ達も例外ではない。
「うん、いいね。やっぱり元気が一番だよ」
彼女は満足したように頷いた。
「みんな、ボクの事知っていると思うけど、一応自己紹介しておくね」
彼女は咳払いをした。
「ボクの名前はリンダ・ドゥルベッコ。ロマリア国出身の24歳だよ」
彼女は名乗った。
「ボクが魔道工学に興味を持ったのは14の時だったかな?みんなの中にもいっぱいいると思うけど、魔法を使う事ができないって分かって目指すようになったんだ」
「そうなの?」
エリは右隣に座っているアルマンに訊ねた。
「左様。吾輩も魔術師に憧れていましたが、魔法を使う素質が無いと知って、魔道工学に興味を持つようになりました」
「へぇ」
「魔道工学というのは、素質が無くても魔法に触れる事ができる学問なのですよ」
「そうだったんだ……」
自分は魔法を使えるのに魔道工学を学んでいる、そう考えるとエリは申し訳なく思った。
「――で、ノブコと縁ができたのは18の時だったかな?新商品のモニターを募集していてね、その時に気に入れられたんだよね。それで高校卒業と同時に入社が決まったってわけなんだ」
リンダは話を続けた。
「高校卒業と同時に入社って凄いよね」
「ですな。羨ましい事です」
エリは左隣のイザークに話しかけた。
「――それでね、ボクがここまで上り詰めたのは、やっぱりコミュニケーションをしっかりとっていたからだと思うんだ」
リンダは本題に入った。
「君達みたいな技術系の人って、ついつい『技術力が高ければいい』って思うけど、それは間違いだよ。興味や関心を外へと広げないと評価はされないんだ」
リンダは大事そうな事を言った。
確かにそうかもしれない。エリは思った。
例え天才的な技術力を持っていたとしても、人と交わる事がなかったら誰からも評価はされない。
逆に、まあまあな技術力しかなくても、社交性があれば多くの人から評価される。
目が覚めるような一言だとエリは感心した。
「――だから、今の腕が未熟だからって気にする事は無いよ。実務を通じて少しずつ力をつけていけばいいんだよ」
「ふむ、なるほど」
アルマンは独り言を言った。
「さてと、ボクの話はここまでかな?じゃあ、質疑応答といこうか。誰か聞きたい事はあるかな?」
リンダが訊ねると、ちらほらと手が挙がった。
そしてその中には、アルマンもいた。
「うーん、そうだねぇ……じゃあ、そこの黒猫の君!」
リンダが指すと、アルマンは残念そうに手を下ろした。
「ねぇ、アルマン。何を聞くつもりなの?」
エリは彼に訊ねた。
「『普段心がけている事は何か?』でございます」
「心がけている事?」
「はい。もしも吾輩にもできる事であれば、真似してみようかと思いましてな」
彼は少し照れながら答えた。
「――いい質問をありがとねー!じゃあ、次いってみよう!」
リンダは挙手を求めた。
再びアルマンは手を挙げる。
「うーんと……じゃあ、黒とオレンジの犬の君!いってみようか!」
リンダはアルマンを指した。
アルマンが立ち上がると、アシスタントと思わしき人が急いでマイクを持ってきた。
「ご指名ありがとうございます。吾輩、魔道機械工学科一年のアルマンと申します」
マイクを受けとった彼は、まずは名乗った。
「おー、魔道機械は大好きだよ。それで、質問は何かな?」
「あなた様が普段心がけている事は何でしょうか?」
「うーん、普段心がけている事ねぇ……」
リンダは少し考えた。
そして答えた。
「そうだね、ときめきを忘れない事かな?」
「ときめき……でございますか?」
「うん。例えば誰かを好きになったりとかそういうの」
「好きになる……」
「やっぱり愛だよ。愛がなかったら、楽しくないもん」
「愛……」
「アルマン君に愛はあるかな?」
「まぁ、似たようなものなら……」
「おー、いいねいいね。その気持ち忘れちゃダメだよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
アルマンはマイクをアシスタントに返そうとした。
「あ、待って!せっかくだから、隣の彼女にも聞いてみようかな。顔の黒い羊ちゃん」
「え?」
エリが思わず聞き返すと、アルマンはマイクを手渡してきた。
「うん。君の事」
リンダはエリを指した。
エリは頭が真っ白になったが、とりあえずマイクを持って立ち上がった。
「あ、あの……自由探求学科のエリと言います……」
何を言えばいいか分からなかったエリは、ひとまずは名乗った。
「おー、君が自由探求学科の子なんだね?」
「は、はい」
「君だけなんか雰囲気が違うなって思ったんだ」
「えっと、その……」
「逆にこっちから質問したいんだけどいいかな?」
「えっと……はい……」
何を聞くつもりなのだろう。エリは不安になりながら思った。
「君はどうして魔道工学を学ぼうって思ったのかな?」
「えっと……それは……」
エリは目をつぶって深呼吸した。
息を吸う……吐く……
息を吸う……吐く……
そして目を開けた。
「私、魔法が好きなんです。そして機械も好きなんです。だから、両方学びたくて選んだんです」
「そっかぁ、魔法も機械も好きなんだ」
「はい」
「今のところどうかな?楽しんでやってる?」
「えっと……まだ始めたばかりで何とも……」
「そうなんだ。それじゃあ、うまくやっていけるかどうかも分からないね?」
「そうでもないです。魔道工学部の人と友達になって、教えてもらっていますし。何とかやっていけそうな気がします」
「そっか、じゃあ安心だね」
「はい」
エリは自分が笑顔になっているのを感じた。
モテない三銃士。彼らの存在はとてもありがたい。
もっと彼らの事を大事にしよう。エリはそう思った。
「ところでエリちゃん。君はボクのところに来るつもりはあるのかな?」
「え?いいんですか?」
エリは聞き返した。
「うん。ただ、後二週間は待ってね。それを過ぎたら受け入れられる状態になるから」
リンダの言葉に、学生達はざわめきだした。
それはそうだろう。エリは思った。
ノブコ技研は世界で活躍する企業だ。
見学できるだけでも嬉しいだろうし、そこで勉強ができるだなんて滅多にないだろう。
それができるだなんて、羨ましいに違いない。
「ありがとうございます。でも、本当に行ってもいいのですか?」
エリは礼を言うと、確認のためにもう一度聞いてみた。
「うん、いいよ。魔道工学に興味があるなら大歓迎だよ」
リンダは答えた。
「ありがとうございます。では二週間後、お願いいたします」
エリはお辞儀をすると、マイクをアシスタントに渡して席に座った。
「楽しみにしてるよー。じゃあ、他に質問のある人は――」
「良かったですな、姫」
席に座ると、アルマンが羨ましそうに声をかけた。
「うん。約束した以上、頑張らないと」
エリは気が引き締まった。
そして当日までに、失礼の無い程度には魔道工学を学ぼうと思った。




