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41 ハイエナのスヴェン

 大学構内の広場、そこにあるベンチの一つにハナは座っていた。そして本を読んでいる。

 さっき図書館から借りた本だ。題名は『魔法事典 第一巻』。

 一応、魔法の勉強をしている最中であった。


 本には魔法の説明が書かれている。

 例えば、今ハナが読んでいるページにはこうだ。


 『超重力 呪文:グラド 指定した地点を中心に強い重力を発生――』


 ハナはそれを読むと、頷きながら右手を前に向けた。

 その方向には誰もいない。ただ、芝生が生えているだけ。

 ハナはそこに向かって魔法を試してみるつもりだ。


「グラド!」

 ハナは呪文を唱えてみた。

 すると、重々しい音と共に狙った場所の地面が円状に凹んだ。

 深さは10cm、半径は1メートルくらいだろうか。


「うんうん」

 ハナは頷いた。

 そして別な場所に右手を向けた。


「てい!」

 ハナはもう一度、超重力の魔法を使った。

 今度は呪文を唱えず、詠唱放棄式にだ。

 すると、今度は深さは20cm、半径は3メートルくらいに地面が凹んだ。


「う~ん、これはゲームに使えないかなぁ」

 ハナは独り言を言うと、本のページを適当にめくった。


 ハナはただ魔法の勉強をしているわけでは無かった。

 ゲームの力へ変身するヒーローになるため、ゲームを『作って』いる最中である。

 ゲームを構築するためには、様々な魔法を習得する必要があるとハナは思っている。

 そこで今のように色々と魔法を試していた。


「ん~、これはどうだろ?」

 ハナは開いたページを読み始めた。


 『大地の塊 呪文:アルスブロク 周囲の土や石を集め、ブロックを生成――』


「えっと……」

 ハナは宙に向かって右手をかざした。

 そして呪文を唱える。


「アルスブロク!」

 ハナが唱えた瞬間、右手の先に土や石が集まり始め、あっという間に約30cm四方のブロックが生成された。


「ほうほう」

 ハナは頷くと、右手を投げるように動かした。

 するとブロックは飛んでいき、地面に当たった瞬間に大きな音を立てて砕けた。


「よいしょ」

 ハナは再び、宙に向かって右手をかざした。

 今度は詠唱放棄式で魔法を使う。

 すぐにブロックが生成された。今度は約50cm四方だ。


「これは……アクションゲームに使えるかな?」

 ハナは再び独り言を言うと、その辺にブロックを投げ捨てた。

 さっきよりも大きく、そして重々しい音を立ててブロックは砕ける。


 ハナはノートを開くと、メモを取った。


 『大地の塊 アクション用』


 ゲーム作りに一歩前進した。

 ハナは嬉しく思いながらノートを閉じると、本の別なページを開こうとした。


 すると、急にお腹が鳴った。

 ハナはふと、広場にある時計を見た。

 12時。その数分前。


「そっか、もうお昼なんだぁ」

 ハナは呟きながら大きく伸びをした。


 もう二時間くらい勉強していたらしい。

 そう思ったハナは、その場で体をほぐした。

 そして首を回した瞬間、ハナは初めて周囲の異変に気がついた。


「およ?」

 ハナは思わず、声を出した。

 広場が、物凄く、荒れている。


 芝生はグチャグチャ。

 木々はボロボロ。

 石畳は穴だらけ。

 氷や土の塊がその辺に転がっている。

 大きな焦げ跡や地面がえぐれている所もある。


 その上、異変は他にもあった。

 それは視線である。

 見回してみると、学生達が遠くからこちらを見ていた。

 何かを恐れているような目をしている。

 ハナには何故そんな目で見ているのか分からなかったが、少なくても気分の良いものではない事は理解できた。


 移動しようか。ハナはそう思った。

 このまま見られ続けるのは嫌だ。

 それに、ちょうどお昼だ。昼食を食べに寮へ戻るのもいいかもしれない。


 ハナは本を閉じて、ベンチを立った。

 そして移動しようとした時だ。

 誰かに声をかけられた。


「ねぇ、君」

 トーンの低い男の声で、ハナは呼び止められた。


「ほえ?」

 ハナは声がした方を向いた。

 すると黒いローブに身を包んだ人物が、いつの間にか近くに立っていた。


 身長は160cmくらい。痩せ型。

 フードは外されていて、彼がハイエナである事がすぐに分かった。

 顔の体毛は寝癖だらけで、ションボリとしているように見える目つきが印象的だった。


「これ、君一人でやったんだよね?」

 ハイエナの青年は周囲を見回しながら訊ねた。


「うん、そうだよぉ」

 ハナは答えた。


「……凄いね」

 ハイエナの青年は乾いた笑みを浮かべた。


「こんなに簡単に魔法を使えるなんて、なかなかできるものじゃないよ」

「そぅなの?」

「うん。普通なら、魔法一つ覚えるのに時間がかかるものだよ。でも君は、二回やった時点で実用レベルにまで習得しちゃってる」

「じゃあ、ハナって凄いんだぁ」

「うん、そうだよ。君は本当に凄いんだ」

「わぁい!」

 ハナは嬉しくなって、その場で飛び跳ねた。


「ところで、僕はスヴェン。君はハナでいいのかな?」

 ハイエナの青年は右手を差し出しながら訊ねた。


「うん。ハナだよぉ」

 ハナは彼の手を両手で掴んで、元気よく握手した。


「よろしく、ハナ。さっそくだけど、質問してもいいかな?」

「いいよぉ」

 何を質問するのだろうかと、ハナは心の中で首を傾げながら返事をした。


「君、どうやったら、こんなに簡単に魔法を使えるのかな?」

「ん~……分かんない!」

 ハナは正直に答えた。


 実際、ハナ自身、何故こんなに簡単に魔法が使えるのか分からなかった。

 ただただ、やってみようと思って試しただけで、できてしまう。


 魔術部に入った時からそうだった。

 参考書等から魔法の事を知っただけで、すぐに使えるようになる。

 そういうところで、ハナはみんなとは違っていた。


 そして、その事をハナはあまり意識してはいない。

 できるものはできる。そんな考えでずっとやってきた。


「……そうか、分からないんだ……」

「うん、ごめんね」

 残念そうに肩を落とすスヴェンに、ハナは謝った。


「じゃあ……」

「ほえ?」

「君の才能なのかな?」

 スヴェンは上目遣いでハナを見た。


「いいなぁ……才能があって……」

 彼は一歩ハナに近づいた。


「どれだけ欲しいと思っても手に入らないものを、君は持っているんだ……」

「う~ん、そぅなのかなぁ?」

 ハナはよく分からないため、曖昧な返事をした。


「きっとそうだ。君は持っている。羨ましい……」

 スヴェンはさらに一歩、ハナに近づいた。


「君を食べたら、僕のものになるのかなぁ?」

 彼はそう言うと、大きく口を開けた。


「食べちゃダメだよぉ!」

 ハナは少し怖くなって、一歩下がった。


 言うまでもなく、人食いは犯罪だ。

 そして、あまりニュースにはならないが、草食人種を肉食人種が襲って食べてしまうという事件はある。

 もしかして……そう思ったハナは警戒した。


「……冗談だよ」

 スヴェンは口を開けるのを止めると、再び乾いた笑みを浮かべた。


「……良かったぁ」

 ハナは安心した。


「でも、羨ましいのは本当だよ」

 スヴェンはションボリとした。


「僕はね、大物になりたいんだ。大物になって、みんなから尊敬されたいんだ」

「どぅして?」

「僕の家はね、姉さん達が偉くて、僕は厄介者扱いなんだ。だから見返したいんだ」

「そぅなの?」

「うん。一応できるだけの事はしてきた。でも、君みたいに易々と魔法を使う人を見ると、心が折れそうになるよ」

「……ごめんね」

 ハナは罪悪感を感じて謝った。


「謝る必要はないよ。僕が勝手に思っているだけだし……」

 スヴェンは深くため息をついた。


 ハナは彼の様子を見て思った。

 彼は寂しがっている。

 きっと心はドーナツみたいに穴が開いているのだろう。

 彼のために何かできる事は無いだろうか。


 ハナは少し考えてみた。

 そして、一つの結果にたどり着いた。


「ねぇ、スヴェン君」

「うん?」

「ハナと友達になろうよぉ」

「え?」

 彼は驚いた。


「ハナと友達になってぇ、一緒に魔法の勉強しようよぉ」

 ハナは彼の右手を両手で掴んだ。


「そんな……僕なんかでいいの?」

「スヴェン君ってぇ、魔法の勉強が楽しくなさそうだもん。ハナと一緒にやれば、きっと楽しくできるはずだよぉ」

「……本当に?いいの?」

 ハナが彼の顔を見ると、彼の目からは(しずく)が垂れていた。


「泣いてるのぉ?」

「うん……僕って、友達いないからさ……」

「じゃあ、ハナがスヴェン君の初めての友達だねぇ」

「うん……嬉しいよ……ありがとう」

 スヴェンは泣きながら感謝の言葉を言った。


 ハナは友情の証にと、ハグをしてあげた。

 彼はすぐにハグし返した。そしてハナの頭を撫でた。


 遠くで(はや)し立てる声が聞こえる。

 しかし、ハナには関係なかった。


「よろしくね、スヴェン君」

「うん。よろしく、ハナ……」

「それじゃあ、行こっか」

 ハナはハグを止めると、彼の右手を引っ張った。


「え?行くって?」

「ご飯食べに行こうよ。もうお昼だよぉ」

「あ、そうか。友達なら一緒に食べるものだもんね」

 ハナは歩き出すと、彼も歩き始めた。


「ねぇ、スヴェン君」

「うん?」

「お昼の後ってぇ、何かあるのぉ?」

「えっと、三時間目は無いけど、四時間目は授業があるよ。どうしたの?」

「あのね、ハナね、スヴェン君の事、もっと知りたいの」

「え?」

 スヴェンは足を止めた。

 ハナが彼を見ると、少し恥ずかしそうにしていた。


「それって……どういう意味かな?」

「スヴェン君、そういうの嫌いなのぉ?」

 ハナは彼の右腕に抱きつくと、平坦なバストを擦りつけながら聞いた。


「えっと……やっぱりそういう意味?……嫌いじゃないけど……初めてだから……」

「大丈夫だよぉ、ハナに任せて」

「う、うん……」

「じゃあ、学食行こっか。ハナ、お腹ペコペコだよぉ」

「そ、そうだね……しっかり食べて体力つけないと……」

「うん」

 ハナとスヴェンは再び歩き出した。


 ハナは彼の温もりを感じて、安心感を覚えた。

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