40 錬金術師の資格
ホームルームが終わった後、アカネは財布を取りに自室に戻った。
そして校舎内にある公衆電話へと急いだ。
一応スマートフォンは持っているが、キャリアの関係で国際電話扱いになってしまうため、今回は使わない。
アカネはこれからニコルへ電話をかけるつもりだ。
自分には錬金術を学ぶ資格があるのか聞くために。
公衆電話は寮を出て、すぐのところにあった。
アカネはそのうちの一つの前に立つと、受話器を取り、財布から硬貨を取り出して投入した。
ニコルの店の番号を入力する。
コール音が一回、二回、三回……
ガチャリと音がして、誰かが出た。
『はい、こちらは【青い月】』
受話器から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、ニコルか?ウチ、アカネやねんけど……」
『あら、アカネ?朝っぱらから何の用?』
「いや、実はな、ちょっと相談したい事があるんやけど……」
『それはメールじゃダメなのかしら?こっちは今日も忙しいんだけど』
「それじゃアカンねん。ちゃんと話さないと」
アカネがそう言うと、受話器から風のような音が聞こえた。
きっとニコルがため息をついたのだろう。
『分かった。手短に話しなさい』
「あのな、ウチ、錬金術の勉強がしたいねん。でも、ウチにその資格があるか分からへん」
『錬金術の資格?』
「せや。ニコルやったら答えてくれるんか思うてな」
『…………』
「ニコル?」
『アカネ』
「んあ?」
『今すぐこっちに来なさい』
「今すぐ?」
『ええ、今すぐ』
「別にええけど……どないしたん?」
『その話は実際に合って話したいの』
「あー、分かった。今行く」
『それじゃあ』
電話は切れた。
アカネは受話器を戻すとその場を後にした。
それからしばらくして、アカネは『青い月』に到着した。
今日は入り口の前に誰も立っていない。
たぶん、中で待っているのだろう。
アカネはそう思って、中へ入っていった。
バーになっている店内へ入ると、ニコルが一人で席に座っていた。
彼女は湯気の立つカップから一口、何かを飲んでいる。
彼女の前には同じカップがもう一つある。自分の分かもしれない。アカネはそう思った。
「いらっしゃい、待ってたわ」
ニコルは持っていたカップをカウンターに置くと、アカネの方を向いて言った。
「ここに座って」
ニコルは右隣の席を指差した。
アカネが言われた通りに座ると、ニコルは口をつけていない方のカップをよこした。
「飲みながらでいいわよ」
「あ、おおきに……」
アカネは礼を言って、カップの中身を見た。
コーヒーだ。朝食に飲んだばかりだが、こっちの方が香りが強くて美味しそうに思える。
「さて、さっそく本題だけど」
ニコルが話を始めようとしたので、アカネは上半身を彼女の方へ向けた。
「錬金術の資格がどうとか言ってたけど、どういう事が説明してもらえる?」
「えっと……ウチな、錬金術の勉強がしたいねん。せやけど、その動機が不純や思うてな……どうしても前に進めへん」
「不純な動機って?」
「それは……」
アカネは正面に向き直った。
そして目の前のコーヒーを一口飲む。
苦い。そして濃い。
そして目が覚めるような感覚を感じる。
言いにくい事を頑張って言おうとする気持ちが高まっていく。
アカネはカップを置くと、再びニコルの方に上半身を向けた。
「……金や」
「お金?」
「せや。錬金術で金儲けしたいと思ったんや。それで作ったもんは高ぅ売れるって聞いたもんでな」
「……それで?」
「みんな夢を持って勉強してん。せやけどウチは金儲けのために勉強しようと思っとるん。それで後ろめたく感じとんねん」
「ふぅん……」
ニコルはそう言うと、少しの間黙った。
彼女が何か言い出すまでの間、アカネは居心地の悪さを感じた。
気を紛らわすためにコーヒーを飲むが、あまり役には立たなかった。
「アカネ」
ニコルは口を開いた。
「別にそんなのでもいいんじゃないかしら?」
「んあ!」
予想外の回答にアカネは驚いた。
「アナタの話だと、金儲けは悪い事だって思っているみたいだけど、本当かしら?」
「それは……」
「お金は大事よ。無いと何も手に入れる事ができないでしょ」
「せやけど……」
「ハッキリ言って、アナタは夢ばかり見ている連中よりも上よ」
「うぅ……」
アカネは何も言い返せなかった。
「言っておくけど、私も同じなの」
「んあ?」
「私が錬金術師になったのは、真理の追及じゃなくてお金を求めるためよ」
「……ホンマ?」
「ええ、本当よ」
「…………」
「だから結論を言えば、アナタは錬金術の勉強をしていいの」
アカネはその言葉に呆然とした。
「さて、結論は出たわね?これでもう大丈夫かしら?」
「…………」
「あら?今の答えじゃ不満?」
「……分からへん。頭の中がグチャグチャしとる」
アカネは頭を掻きながら答える。
「どうしてかしらね?」
「ウチな、怒られるつもりで来たんや。『錬金術をナメるな!』って言われると思ってたんや」
「でも私は怒らなかった。よかったじゃない」
「ニコルが金儲けのために、この仕事してたんちゅーのもショックやったし……」
「そうかしら?錬金術は元々、金を生成するために誕生したのよ。つまり存在自体が欲望まみれの魔術ってわけ」
「ホンマかいな……」
「本当よ。だから錬金術を学びたいなら、好きなだけやっていいの。大義だなんて必要ないの」
「せやったんか……」
アカネは頭を抱えた。
「さて、私の話はこれでお終い。今日も忙しいんだから早く帰りなさい」
「…………」
「仕方ないわね。じゃあ、一つだけ良い事を教えてあげる」
「んあ?」
アカネはニコルを見た。
「人生を快適に過ごすには、三つの要素が必要よ」
「何やそれ?」
「お金、暴力、性行為よ」
「え?」
「お金があれば欲しい物は何でも手に入るわ。そして暴力と性行為なら人を従わせる事ができるのよ」
「…………」
「アカネ、アナタにだって快適に暮らしたいって思う事はあるでしょ?」
「せや。ウチは貧乏なんや。家族を少しでも楽させよう思っとる」
「それならいいじゃない。金儲けしたって」
「せやろか」
「アナタは若いから純粋なのよ。生きるためにはお金を稼がなくちゃいけない。それが分かっていて、受け入れられていないだけなの」
「そう……かもしれへん」
アカネは俯いて言った。
「それにしても、まさかアナタが錬金術に興味を持っているとは思わなかったわ」
「え?」
アカネは思わず、顔を上げてニコルを見た。
彼女はどことなく微笑んでいるように見えた。
「けっこうガッシリしているし、魔道武術とかそういうものに興味があるんだと思ってた」
「いや、これはバイトで鍛えられたちゅーか……それに、ウチ戦う事って嫌いやねん」
「へー、意外ね。それで?」
「え?」
「金儲けの手段はたくさんあるでしょうに、どうして錬金術を選んだわけ?」
「あー、それな。なんか料理みたいで楽しいんや」
「料理?」
「せや。ウチ、家にいる時は飯の支度しとんねん。で、家のもんが喜んで食っとるの見てると、メッチャ嬉しいんや」
「ふぅん」
「錬金術もそうや。ウチが作ったもんで誰かを喜ばせる事ができたら、ええなって思っとる」
「いいじゃない」
「せやろ?」
「やっぱりアナタって私に似てるわね」
「んあ?」
「私もそうなのよ。人から感謝されると、やっててよかったって思っちゃうの」
「へー、そうなんや」
アカネは少し驚いた。
言われてみればそうかもしれない、とアカネは思った。
アカネは困っている人を見ると放っておけない。
そしてニコルも、ぶつくさ言いながらも、結局手を差し伸べてくれる。
結果的に、どちらも他人に尽くしたくなるタイプだ。
「ねぇ、アカネ」
「んあ?」
「本当に錬金術を学びたいって言うなら、バイトとしてアナタを受け入れてあげてもいいけど、どうする?」
「え!ホンマに?」
「もちろん条件はあるけど」
「何や?」
「まずは大学で錬金術の勉強をしてきなさい。できればそれ以外の魔術の勉強も色々と。アナタには魔術関係で基礎教養が足りてないんだから」
「う~わっ、なんかしんどそうやな……」
「そうかしら?本気でやりたいって言うならできると思うけど」
「せやけど、後二週間くらいで夏休みやで。その程度でどんだけ勉強できるか……」
「だったら、その二週間でどれくらい頑張ったか見せなさいよ。要はやる気を見せてほしいの」
「……分かった」
アカネは残ったコーヒーを飲み干すと、席を立った。
「ほな、大学に戻ったら、さっそく勉強する」
「頑張りなさい。二週間後を楽しみにしているわ」
ニコルの励ましの言葉を聞きながら、アカネは店を出た。
これはチャンスだ。アカネは帰り道を歩きながら思った。
バイトとして受け入れるという事は、給料を貰いながら錬金術の勉強ができるという事だ。
こんな機会は滅多にないだろう。
彼女の期待に応えられるくらいに勉強しよう。
アカネの心にはやる気の炎が燃え上がった。




