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04 学生寮で朝食を

 どこかで見たことがある部屋。

 その部屋の中にある席に、ミアはついていた。


 目の前には、白いクロスがかかった長いテーブル。

 そしてその上に、朝食があった。


 マフィン、スクランブルエッグ、ベイクドビーンズ……

 ロングラウンド国の伝統的な朝食が皿の上に乗っている。

 その隣には紅茶が注がれたカップがあり、そこからとても良い香りがする。


 ふと、顔を上げる。

 向こうの席には狼の老婆が座っている。

 どこか自分に似ている顔。

 当然だ。

 彼女は祖母だ。


 ミアは思い出した。

 ここはロングラウンド国にある、祖母の屋敷。

 今、自分はそこに泊まっていたのだった。


「……お食べ」

 祖母は優しい声で促す。


「……いただきます」

 ミアはフォークに手を伸ばした。






 ミアは目を覚ました。


 夢。

 ミアは苦笑した。

 自分みたいな者でも、食べ物の夢を見るのかと。

 ミアは照れ隠しに頭を掻いた。


 ミアは寝たまま、ボンヤリと天井を眺めた。

 頭が徐々にハッキリしてくる。

 それと共に疑問が湧いた。


 この天井、見慣れない。

 ここはどこだ。


 完全に目が覚めた。記憶も甦る。

 ここは、学生寮だ。


 ミアはハッキリと思い出した。

 昨日、大学に到着した自分達は、ここで一晩過ごした。

 いや、これからは毎晩ここで過ごさなくてはならなくなる。

 そう、過ごさざるを得ないのだ。


 別にホームシックというわけではない。

 しかし……


 ミアは上半身を起こし、周囲を見回した。

 衝立(ついたて)で囲まれた空間。

 自分はベッドの上。

 すぐ隣、枕側の方には机と椅子が設置されている。

 足の側には自分のスーツケースが置いてある。


 まるで病室の多床室。

 こんなのが自室だという。

 ミアはため息をついた。

 

 とりあえず起きよう。

 起きて朝の支度を始めなくてはならない。


 ミアはベッドから降りると着替え始めた。

 パジャマを脱ぎ、ジャージに着替える。高校の時のものだ。

 最後に机の上からスマートフォンを取ると、彼女は外へ出た。


 外は体育館くらいの広さの大部屋。

 その大部屋の一部を仕切って、個室が作られている。


 ミアは改めて周囲を見回した。

 本当に学校の体育館のような部屋だ。

 天井がとても高い。その上、出入り口側に1面、部屋の奥に1面。そこにバスケットボールのコートがちょうど収まるくらいの広さがある。

 出入り口側の「コート」。そのあたりの壁際に「個室」が並んでいる。

 そして「コート」のセンターラインのあたりには、長いテーブルの席がある。

 奥の「コート」は魔法の練習に使えるという広い空間。そして更に奥はトイレやシャワー室等へと続くドアがある。


 ミアは再び頭を掻くと、長いテーブルの席へ向かった。

 その席は、食事時になると食卓として機能する。

 昨日のバルドゥイーンの説明によると、厨房で作られた料理が食器と共にここへ転送されてくるらしい。

 ちなみに食事時間を過ぎると、料理や食器は消えた。たぶん厨房へ戻っていったのだろう。


 テーブルの上には朝食が並べられていた。

 さっき時計を見た時、朝食の時間だったのだから当然だろう。

 すでにみんな座って食事をしていた。来たのは自分が最後らしい。

 

「あ、おはよっ」

「おう、おはよーさん」

「お~はよぅ~」

 すぐ近くまで来ると、エリ、アカネ、ハナが挨拶してきた。


「……うーす」

 ミアも挨拶する。


 近くまで来るとコーヒーの香ばしい香りがする。

 自分はどちらかというと紅茶の方が好きだが、この香りも悪くない。

 香りを嗅ぐと頭が冴え、お腹が空いてくる。

 どうやら体は朝食を受け入れる準備を整えたようだ。


 さて、空いている席はどこだろう。

 そう思って探そうとした、その時であった。

 耳を疑う声がミアの耳に聞こえてきた。


「……おはよう」

 声の主はタクミだった。

 その声を聞いたミアは素早く彼の方を向いた。


 あのタクミが、挨拶した。

 こちらを見てないが、間違いなく挨拶した。

 彼が挨拶するだなんて、今まで一度も無かった。

 これは驚くべき事だ。


 思わずミアは彼を凝視した。

 彼は視線に気づいたのか、チラッとこちらを見た。

 見ただけ。すぐに視線を戻す。


「そこしか空いてねぇぞ」

 タクミは目を合わせずに自身の左隣の席を指さした。

 確かに彼の言う通り、そこだけが空席になっている。

 ミアは黙ってその席についた。


「……いただきます」

 ミアは呟くと、並べられた食べ物を自分の皿へ取り分け始めた。


 パン、バター、ジャム、ハム、チーズ……

 昨日の夕食に続き、調理されていないものばかりがテーブルに並ぶ。


 そう、昨日の夕食も似たような内容だった。

 そういえば聞いた事がある。ナイツの朝と夕の食事は、調理しないものを食べるのだ、と。


 まあ、お腹が膨れればいいか。

 そう思ったミアは味わうことなく食べ始めた。


 パンをちぎり、バターとジャムを塗り、口へ押し込む。

 あまり噛まずに呑み込み、間髪入れずにハムを口へ。

 喉の閉塞感は、オレンジジュースで流し込む。


 正直に言って、美味いとは言い難い。

 自分の舌が肥えているせいかもしれないが、食があまり進まない味だ。


 チラリと周りを見てみる。

 少なくても、美味しそうに食べている者はいない。

 思う事は一緒のようだ。

 そういう意味では、少し安心した。


「ね~、ミアちゃ~ん」

「……なんだ」

 ハナが話しかけてきた。

 彼女には珍しく、眉間に皺が寄っている。


「このパン、マズいよねぇ~」

「パン?」

 ミアは自分の皿に残ったパンを見た。

 よく見ると、黒パンだった。

 今まで気づかなかった。


「マズいか?」

「マズいよぉ、ね?」

 ハナはエリに訊ねる。


「うん、ボソボソしてて……酸っぱいし……」

 エリは頷いて答えた。

 彼女も黒パンは好きではないらしい。


 だが、黒パンというものは、そんな物だ。

 特に気にするようなことではない。


 ただ、それは自分が慣れているからかもしれない。

 思い出すと、幼少期の自分は、これが嫌いだったような気がする。


「慣れろ。栄養はいいから」

「えぇ~!」

 二人は信じられないと言いたそうな様子だった。

 ミアはそれを無視し、食事を再開する。


 黒パンは白いパンより栄養価が高い。

 健康食品として扱われるくらいだ。

 そのためなのか、自分の家でパンが出る時は、黒パンの時が多い。

 気づかなかった原因は、そのせいかもしれない。


 それにしても……

 ミアは心の中で苦笑した。

 今の言葉は幼い頃に母上からよく言われていた。

 まさか、自分も言うようになるとは……


「ミアちゃん、平気なん?」

 今度はアカネが話しかけてきた。


「……ああ」

 ミアはぶっきらぼうに答えた。


 食事に集中させてほしい。

 そんな不満からか、つい言い方がそんな風になる。

 自分の悪い癖だ。

 相手を気遣うというのが、どうも自分は苦手だ。


「ウチ、もうパン飽きたで」

 アカネはため息をつきながら言った。


 そっちか。

 さっきまで黒パンの話をしてたせいで、勘違いした。


 しかし安心した。

 さっきの態度が彼女を不快にさせたんじゃないかと不安だった。

 気にしていないようで、良かった。

 

「アタシは平気さ」

 ミアは答えた。


 山田家は基本的にパン食だ。

 主食が毎食パンであっても、全く気にはならない。

 それどころか、主食が無い時もある。

 自分にとっては普通の事だ。

 逆に、何にでも米と共に食べようとするヤマトの食文化が変だと思う。


「あー、カレー食いたい!焼き飯!おにぎりでもええ!」

 テーブルの上に頭を乗せ、アカネは言う。


「あー!米!米!米!米のメシが食いたいっ!」

 頭を揺らし、アカネは騒ぐ。


 騒ぐな、みっともない。

 そう思いながらミアはコーヒーを飲む。


 あ、いい味だ。

 下手な喫茶店の物より上かもしれない。

 まさかとは思うが、厨房でブレンドしているのだろうか。


 と、コーヒーに注意が逸れた時だった。

 突然の怒鳴り声に、ミアは意識を戻された。


「うるせぇ!」

 声の主はタクミだった。


 彼のテーブルを叩く音にミアは驚き、口に入ったコーヒーをカップに注ぎ直した。

 危なかった。危うく霧吹きみたいに吹き出すところだった。


 食卓は急に静かになった。


 みんなは彼を見ている。

 自分もだ。


 静寂はしばらく続いた。

 そして、それを破ったのは、原因を作った彼自身であった。


「……黙れ、俺まで食いたくなってくる」

 テーブルに拳を乗せたまま、彼は真顔で言った。


「………………」

「………………」

「…………プッ」

「プクク……」

 少しの()の後、食卓は笑い声に包まれた。

 一方、言った本人は照れ臭そうにしている。

 もしかして、冗談のつもりなのか。


 今日のタクミは様子がおかしい。

 外交的だ。

 外国に来て気分がハイにでもなったのだろうか。 

 ミアは心の中で首を傾げた。


 それにしても……

 みんなが和気藹々(わきあいあい)としている様子というのは良い。

 良い雰囲気なのだが……ミアは得意ではない。今だって、傍観者でいる。

 本当はみんなとワイワイとしたいが……どうも、精神的に……ダメだ。


 仕方ない。

 ミアは自分の皿を空にすることに集中した。


 時々、こんな自分が嫌になる。

 きっと自分みたいな者の事を『コミュニティー障害』などと呼ぶのだろう。

 そう思いながら食べていたせいか、美味しくない食事が一層美味しくなくなったような気がした。

 ミアは心の中で、ため息をついた。

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