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39 基礎強化訓練

 ミアの手当てが終わると、タクミは彼女を連れて魔道武術学部棟へと移動した。

 そして教室の一つへと入っていった。


 そこは教室というより道場のような造りになっていた。

 床にはマットが敷かれ、部屋の隅には用具入れ。後は何もない部屋。


 学生達は既に実習を始めていた。

 タクミ達はすぐに講師の元へ向かうと、パスにサインをもらった。

 そして、適当に空いている場所へ移動した。


「よし、じゃあ始めるか」

 タクミがそう言うと、ミアは不安げな様子で周りを見回し始めた。


「あ、あのさ、タっ君……始めるって何をさ……」

 ミアは何をするのか分かっていないようであった。

 どうやら、この授業には初めて参加したらしい。


「アレだ」

 タクミは近くの二人組を指差した。


 彼らは交互に殴り合っていた。

 防御している様子は無い。

 しかし、よろめいてはいるものの、ダメージを受けているようには見えない。


「え?」

「基礎強化訓練って授業だ。簡単に言えば、魔力で鎧を作って身を守る事を学ぶ授業だ」

「できるのか?そんな事が……」

 タクミがミアを見ると、彼女は不安そうな様子で訊ねた。


「それはどういう意味だ?『自分にもできるのか』って事か?それとも『初耳だ』って事か?」

「えっと……それは……」

 彼女はもじもじとした。

 たぶん、後者が正解なのだろう。それを恥ずかしいと思っているに違いない。

 しかし、タクミにはどちらでもよかった。

 どっちにしろ、彼女の前で実演してみせるつもりだったからだ。


「まあいい。俺が今やって見せるから、よく見ていろ」

 タクミはそう言うと、目を閉じて深呼吸をした。


 息を吸う……吐く……

 息を吸う……吐く……


 そしてスポンジをイメージする。

 洗剤をつけたスポンジ。

 そこから泡を全身から出すイメージ。


「ふっ!」

 タクミは目を開けた。

 全身から湯気のような物で出ている。成功した。


「こんな感じだ。俺のはまだ完璧じゃないが、前回受けただけで、ここまでできるようになった」

 湯気のような物を消しながらタクミは言った。


 タクミは今回で二回目の受講であった。

 前回は初めてドリーに合った時に連れてってもらった。


 ブランクがあったため、タクミは上手くできるか不安だった。

 しかし、なんとか成功したため、今は安心している。


「よし。じゃあ、やってみろ」

「いや、やってみろって……」

 ミアは困った様子で言った。


「どうした?」

「やり方が分からねぇんだ」

「お前ならもう分かってる。部活で電気の球でドッジボールしてたろ?その時どうしていた?」

「ドッジボール……えっと……確か……」

 ミアは両の手のひらを上に向けた。

 すると、両肘から先が湯気のような物で包まれた。


「こうか?」

「そうだ。それが魔力の鎧だ」

「え?これが?」

「そうだ。魔法に安全に触るためには、魔力の鎧が必要だったんだ」

「知らなかった……」

「どうやら校長発案の遊びは単なる遊びじゃなかったらしい。俺達は知らないうちに鍛えられていたんだ」

「そう……だったのか……」

 ミアは驚いた様子だった。


「さて、山田。これに気づいただけで、お前は大きく進展したぞ。俺は授業が終わってから気づいたからな」

「お、おう……」

「後は応用すればいい。それを広げてみろ」

「えっと……広げる……」

 ミアは目を閉じて唸った。


 変化があったのは、それから数秒後だった。

 魔力の鎧が肘から肩の方へと、ゆっくりと包んでいく。


「……っぱぁ」

 ミアは息を吐くと同時に目を開けた。

 そして自身の体を確認すると、残念そうにため息をついた。


「ダメだ……これが限界か……」

「気にするな、山田。最初はできなくて当然だ。何度もやってみろ。そのうちコツが分かる」

「……分かった」

 ミアは再び目を閉じて唸った。


 タクミは彼女の様子を見ながら思った。

 彼女に遅れをとらないように、自分も練習しよう、と。


 タクミが自分の魔力の鎧は完璧ではないと言った理由は、魔力の鎧が展開されるまでにタイムラグがあるからだ。

 現在、展開するのに五秒はかかる。予備動作を含めればもっとだ。これでは実用的ではない。

 これを一秒で展開できるようにならなければいけない。


「ふっ!」

 タクミは試しに、予備動作無しに魔力の鎧を展開しようとした。

 一、二、三、四、五、展開。

 展開までに五秒かかった。


「まだだな」

 タクミは魔力の鎧を消しながら呟いた。

 そしてもう一度やろうとした時であった。

 タクミの右肩を誰かがつついてきた。


「ん?」

 タクミは振り返る。

 するとそこには、見覚えがあるオカマカンガルーが立っていた。


「やっだー!やっぱりタクミじゃない!久しぶりぃー!」

 間違いなくドリーであった。

 彼は言い終わるや否や、抱きつこうとしてきた。

 タクミは後ろに下がって、これをかわす。


「ああ、久しぶりだな」

 タクミは自身が苦虫を噛み潰したような顔をしているのを感じながら言った。


「んもぅ、照れちゃってー!あら?その子は誰?」

 ドリーはミアを見て、そう聞いてきた。


「ああ、紹介しよう。大事な仲間のミアだ」

 タクミは『大事な仲間』を強調させて答えた。


「どーもー、はじめまして!アタチはドリー!彼の友達なの!よろしくね、ミア」

 ドリーはミアに詰め寄ると、彼女の手を握って振り回すように握手した。


「え?あ?ど、どうも……」

 ミアは彼にされるがままの状態で返事をした。

 そしてタクミの方を見た。

 その顔には『マジで?』と書いてあるように見えた。


 タクミはハッキリと首を横に振って答えた。

 向こうが勝手に思い込んでいるだけだと伝えるために。

 もちろんドリーに悟られないように、彼の死角に入ってだ。


「ところでドリー、俺達に何のようだ?」

「いやん、決まってるじゃない。お二人を鍛えてあげるためよ」

 ドリーはタクミの方を向き、腰をくねらせながら答えた。


「いいのか?お前にもバディがいるんだろう?」

「いいえ、誰もアタチと組んでくれないの。みんな恥ずかしがり屋なのね」

「……そうか」

 それを言うなら『避けられている』だろう。

 タクミはそう思ったが、表に出さないように我慢した。


「それで、二人共。アナタ達はどこまでできているのかしら?」

「俺は展開までに五秒かかるが、全身を包む事ができる」

「アタシは肩から先まで……」

「ふぅん、まだまだってわけね。でもいいわ。その方が燃え上がるもの」

 ドリーは女っぽく腕組みしながら言った。


「じゃあ、さっそくだけど、今日は前回の一歩先の事を教えるわよ」

「一歩先?」

 タクミは聞き返した。


「ええ。前回タクミに教えたのは、全身の防御なの。で、今回は部分的な防御よ」

「部分的?全身でいいだろうが」

「いいえ、タクミ。確かに全身を守れば安全よ。でも、その分魔力を消費しちゃうの」

「……そうか。必要最小限だけ守れば、その分魔力を節約できるという事だな?」

「そういう事。分かってくれて嬉しいわ、タクミ」

 ドリーは本当に嬉しそうな顔をして言った。


「で?具体的にどうすればいい?」

「簡単よぉ。まずはお互いの体に触れてちょうだい」

 タクミとミアは言う通りにした。

 タクミはミアの腹に、ミアはタクミの頭に触れた。


「そしたら、触れたところに意識を集中してみて」

 タクミは頭と右手に意識を集中した。


「はい!魔力を噴射!」

 タクミは水鉄砲をイメージした。

 一、二、三、四、五。

 すると頭と右手から何かが出た感覚があった。


「うわっ!」

 そして同時に、ミアが後ろに倒れた。


「あ!大丈夫か、山田!」

 タクミは彼女のそばに寄った。


「何か……堅いものが腹に……」

「や~ねぇ。ミアったら、お腹から魔力が全然出てないじゃない」

 ドリーはミアを起こすのを手伝いながら注意した。


「いや、さっき言っただろ?アタシは肩から先までしか展開できないって……」

「そうね。でも、だからといってやらずに諦めるのはどうかしら?」

「それは……」

「それにね、先に部分的な防御を覚えると、後で全身の防御を覚えやすくなるわよ。逆もまたしかりなんだけど」

「……そうなのか」

 ミアは立ち上がった。


「もう一回よ。今度はアタチが相手してあげる」

 ドリーはそう言ってミアの前に立つと、拳を作ってミアの腹に押し当てた。


「アタチには触れなくていいわ。この拳に意識を集中させて。弾き返すような想像をしなさい」

「分かった」

 ミアは返事をすると目を閉じて唸った。

 一、二、三、四、五。

 すると彼女の腹から魔力の鎧が展開された。


「……っぱぁ」

 ミアは目を開けた。


「ほら。やればできるじゃない」

「本当だ……アタシ、できてる……」

 ミアは信じられないと言いたそうな様子で自身の腹を見た。


「それじゃあ、さっそく強度を確認してみるわよ」

「え?」

「せ~の、ふっ!」

 ドリーは拳を魔力の鎧で包むと、ミアの腹にめり込ませた。


「うぐぇ……」

 ミアは後ろに下がって腹を押さえると、その場に膝をついた。


「ダメね、魔力が薄いわ。もう一回やるわよ」

「いや……もう……いい……」

 ミアは絞り出すような声で言った。


「おい、山田。その程度で()を上げてどうする?」

 タクミは激を飛ばした。


「でも……」

「それじゃあ、この学部の奴らにやられっぱなしだぞ!」

「え?……何で……それを?」

 ミアは驚いた様子で聞いた。


「やだっ!それって本当?誰にやられたの?アタチが(かたき)を討ってあげるわ!」

 ドリーはミアに詰め寄った。


「いや、いいんだ……そんな事……」

「山田。とりあえず何があったか教えてくれ」

「それは……」

 ミアは(うつむ)いて黙った。

 そして、しばらくそうしていると、ゆっくりと立ち上がり、顔を上げて話し出した。


「……魔剣術の授業、リックっていう狼の男に……ボロボロにされてしまって……」

「え?ちょっと!それ本当?」

 ドリーはとても驚いた様子になった。


「おい、ドリー。知っているのか?」

「ええ、魔剣術とリックって言えば、彼の事しか思い浮かばないわ!」

 タクミがドリーの方を向くと、彼は深刻そうな様子で答えた。


「何者だ?」

「三年生で魔剣術の達人よ。ガラが悪い事でも有名ね」

「達人って事は強いのか?」

「ええ、彼を破った者はいないらしいの」

「なるほど……」

 タクミは目を閉じて考え始めた。


 どうやらミアは彼によって酷い目に遭わされたらしい。

 もしかするとミアが弱気な理由は、彼に心を折られたせいかもしれない。

 だとしたら、導き出される結論は一つしかない。


「おい、山田」

 タクミは目を開けると、ミアの方を向いて話しかけた。


「え?」

「お前、奴を倒せ」

「えぇ!」

 ミアはとても驚いた様子になった。


「ちょっとタクミ!正気なの?」

「俺は正気だ」

「いや、無理無理無理無理!」

 ミアは激しく首を横に振った。


「山田。お前は奴に恨みがあるんだろ?やられたならやり返せ!倍にしてな!」

「いや……でも……」

「そんなに強い奴を倒せば、この学部の奴らはお前を認めざるを得ないはずだ」

「いや……そうだけどさ……」

「俺も協力する。ドリー、お前もいいな?」

「……そうね。今は無謀かもしれないけど、今後どう成長するか考えると楽しくなってきちゃったわ」

 タクミがドリーの方を向くと、彼は楽しそうな表情をしていた。


「よし。じゃあドリー、このまま俺達を鍛えさせてくれ」

「ええ、もちろん。ギンギンに激しいの、やっちゃうわよ!」

 タクミとドリーはミアの方を向いた。


 ミアは泣きそうな顔をしていた。

 しかし彼女のためにと、タクミは心を鬼にした。

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