36 夏休みまで何日間?
お久しぶりです。
少しの間だけ、毎日更新します。
魔法適性検査の結果が出てから一晩経った。
その間、アカネはニコルから貰った助言に悶々としていた。
内容はこうだ。
『アカネ・テンノージ アナタの明るさは仲間を思いやる気持ちから来ているのかしら?それなら、適性値の高い変性と幻惑でどう強くしていけるか考えてみなさい。』
書いてある通り、一晩中考えてみた。
しかし、ボンヤリとは思いついても、ハッキリとした内容にはならなかった。
やはり目標が決まっていないからだろうか。そもそも自分は何がしたいのか、それすらも決まっていない。
そう考えたアカネは、気持ちばかりが焦っていた。
寝不足で頭がボンヤリする。
そんな頭でも、アカネはまだ考えていた。それも、朝食を食べながらだ。
口に押し込んだパンの味も、喉へ流し込もうと飲んだオレンジジュースの味も、よく分からなかった。
唯一分かったのは、食後のコーヒー。苦味も酸味も抑えめに、しかし濃いめの味と香りが鼻を抜けていく。
少しは頭が楽になったが、まだ完全ではない。
とにかく、助言に対する答えが出ない限りは、頭が楽になる事はないだろう。
しかし、どれだけ考えても、その答えというものが出てこない。
アカネは深くため息をついて、頭を抱えた。
「――ちゃん?アカネちゃん?」
自分を呼ぶ声が右、それもすぐ近くから聞こえた。
アカネはその方を向く。
ハナだった。
彼女が両手で二の腕を掴みながら、こっちを見ている。
彼女は目が細いため表情が分かりにくいが、心配している様子である事は何となく分かった。
「んあ?」
「大丈夫ぅ?アカネちゃん」
「いや……そうでもあらへんな……」
「どぅしたのぉ?」
「昨日貰った助言ってヤツ、ほらニコルからの。アレでずっと悩んどるんや」
「アカネちゃんも?」
「んあ?ハナちゃんもかいな?」
「うん。ハナ、どうすればいいか分からないの……」
ハナはそう言ってポケットから畳んだ紙を取り出した。
「アカネちゃん、読んでみて」
「んあ?ハナちゃん宛ての助言かいな?ほんなら、ウチのと交換や」
アカネも助言が書かれた紙を取り出すと、ハナのものと交換した。
「どないやねん?」
アカネは紙を広げて読んでみた。
『ハナ・イトー 破壊の適性が100だからって、壊す事ばかり考えていないでしょうね?それでは完全に扱う事はできないわ。壊す力は作る力でも守る力でもあるのよ。アナタはその力で何がしたいの?』
「あちゃー……こりゃ、アカンて……」
アカネは頭を掻いた。
内容の方向性は大体同じだった。
高い適性値を利用して、何がしたいのか。それを訊ねている内容。
その上、彼女の方がより抽象的なようにも思える。
彼女の頭では、この答えを得るのは大変な事だろう。
「アカネちゃんの方も大変だねぇ」
「せやねん。考えろと言われても分からへん。……あ、返すな」
アカネはハナと再び交換した。
「あー、ホンマ困ったわぁ。ウチ、未だに何がしたいか分からへん」
アカネは再び頭を掻いた。
「そぅなの?」
「せや。その点、ハナちゃんはええなぁ。魔法をたくさん覚えたいんやろ?」
「うん。でもぉ、それで何がしたいのって聞かれると分からないの……」
「せやなぁ……じゃあ、今日は一緒に考えよか?」
「うん。でもぉ……」
「んあ?」
「ハナ、ずっと気になってるの。アカネちゃん、錬金術をしたくないのぉ?」
「え?」
「アカネちゃん、前は錬金術してたでしょ?どうして今はしないのぉ?嫌いになったのぉ?」
「あー、それはやな……」
アカネはハナから目をそらして、また頭を掻いた。
彼女が言いたいのは、何故錬金術を学ぶ事を目標にしないのか、という事だろう。
確かにそうだ。本当は錬金術をもっと学びたい。その思いが心にはまだある。
でも、今はもう、学ぶ資格なんてない。これ以上、学ぶわけにはいかない。
アカネは胸が重苦しくなった。
そもそも、学ぼうと思った動機に問題があった。
真理の探求みたいに、崇高な目的で始めようと思ったわけではない。
自身の目的、それは……
「ハーイ、おはようございまーす」
校長の声で、アカネは意識を引き戻された。
彼の方を向くと、彼はにこやかな顔をしながらこっちへやってきた。
色々と考えているうちに、ホームルームの時間となったらしい。
「昨日はお疲れ様です。どうです?さっそく動きがありましたか?」
彼はアカネ達を見回す。
「エリさんはどうです?」
校長の声に、アカネは左隣の彼女の方を向く。
「あ、はい。今日から魔道工学の勉強に集中しようって思ってます。昨日は魔法を新しく覚えようと思って、ずっと練習してましたけど」
「なるほど。エリさん、何かスッキリした感じがしますね。目標が決まったって顔をしています。いいですね」
「ど、どうも……」
エリは恥ずかしそうにした。
「タクミさんは?」
校長の声に合わせて、アカネはテーブルの向かいにいる彼の方を向く。
「俺も山田も、貰った助言は魔道武術のために活かす事にした。とりあえず、昨日からしばらくは基礎的なトレーニングをする事にしている」
「いいですねぇ、真っ直ぐな目をしていますよ。さて、ということはミアさんも……」
アカネはタクミの隣に座っていたミアの方を見た。
「ああ……昨日のトレーニングで全身筋肉痛だ……」
「それはいけませんねぇ。医務室で手当てを受けるといいですよ。後は治癒の魔法を習得するのもいいかもしれませんね」
「分かった……そうしてみる」
彼女はつらそうな様子で頷いた。
「さて、アカネさんにハナさん。あまり浮かない様子ですが、どうしました?」
アカネは校長の方を見た。彼も真っ直ぐにこちらを見ている。
「あー、ウチもハナちゃんも目標が決まらへん」
「ほう、それは大変ですね」
「せや。一応、今日は二人で考えるつもりやねんけど、決まるかどうかはホンマに分からへん。な?」
「うん……ハナ達、分からないの……」
「まぁ、将来の事で悩む事も立派な青春です。焦らずじっくり考えるといいですよ。ただ……」
校長はここで少し不思議そうな顔をした。
「ただ?」
「アカネさんは本当に決まっていないのですか?錬金術が好きだったでしょう?」
「いや……それは……その……」
またその話か。アカネはそう思いながら、言葉を詰まらせた。
「もしかして、錬金術で何か困った事でもあるのですか?」
「え?」
図星。アカネは口から心臓が飛び出そうになった。
「もしそうでしたら、専門家に聞いてみてはどうでしょう?」
「専門家……」
「はい。この大学には錬金術を教える教員がいますし、工房へ聞きに行ってもいいと思いますよ」
「工房……ニコルとか?」
「ああ、いいですね。彼女は相談事が得意な方ですし、いい考えだと思いますよ」
校長は笑顔で答えた。
ニコルは相談事が得意。
どうだっただろうか。アカネは思い出してみた。
今までの彼女の振る舞い。
まず、彼女は怖い。気に入らないとすぐに手が出る。
一方で、質問にはキチンと答えてくれた気がする。
言われてみれば、そうかもしれない。
ただ、アレを聞いても大丈夫なのだろうか。
あんな浅はかな動機で錬金術を学ぼうだなんて、失礼じゃないだろうか。
下手したら、流血沙汰になるかもしれない。
そう思うとアカネは怖くなった。
「アカネちゃん、いいなぁ。何をしたいか、決まりそうなんだもん」
アカネはハナの声に意識を引き戻された。
彼女の方を見ると、羨ましいそうな、少しイジけているような、そんなふうに思える顔をしていた。
そんな彼女の様子を見て、アカネは今の考えが間違っている気がしてきた。
確かに彼女の言う通りだ。
どんな結果となるかは、実際に聞いてみないと分からない。
最悪の結果ばかり想像していては、先に進む事はできない。
アカネは決心した。
やっぱり聞いてみよう。
やはり怖いが、これで道が開かれるかもしれない。
そう思った。
「ハナさん。たまには、休んだ方がいいのではないでしょうか?」
ハナに校長は優しく声をかけた。
「ほえ?」
ハナは驚いた様子で校長の方を向いた。
「私は見てますよ。いつも熱心に魔法の練習をしていますね」
「うんっ!楽しいの!」
「いい事です。でもたまには休憩も必要だと思うのですよ」
「お休み?」
「はい。しっかり休むと、気分がスッキリします。もしかすると、今まで思いつかなかった事に気づくかもしれませんよ」
「そっかぁ……うん、分かった」
ハナは嬉しそうに返事をした。
「ああ、休みといえば……」
校長は手を打った。
「後二週間程で、この大学は夏休みに入ります」
「んあ!」
いきなりの話にアカネは思わず声が出てしまった。
「おいぃ!俺達、やっと本格的に勉強できる状態になったばかりだぞ!」
タクミは抗議する。
「おや?夏休みは嫌いですか?」
「違う!せっかくやる気になったのに、なんで休みに入っちゃうんだよ!」
ミアも加わる。
「それは仕方ありません。皆さんが入学したのが、そのタイミングだったのですから」
「で、でも!そうしたら、私達どうやって勉強すればいいんですか?」
エリが訊ねた。
「学校の外へ出かけるのはどうでしょう?それに休み中に授業はありませんが、教室は開放しています。自習のためにです」
「自習……ですか?」
「はい。この大学には積極性の高い学生ばかりいまして、休み中でもしっかり勉強する人が多いのです。学生だけで勝手に授業をしちゃう事もあるんですよ」
「そうなんですか?」
エリは驚いた様子で聞き返した。
驚いたのはアカネもだった。
休みといえば、バイトや遊び。それを勉強に使うだなんで頭がおかしい。そう思ったからだ。
「もちろん私は、休みの時でも勉強しろだなんて残酷な事は言いませんよ。学びたい時は学び、休みたい時は休めばいいと思っています。ついさっきハナさんに言ったように、休む事も大事ですから」
校長は笑顔で言った。
「まあ、私が言いたいのはですね……夏休みまでの残り時間を大事に使って欲しいという事なのですよ」
「なるほどなー。ウチらに昨日の話をしたんは、そないな理由やったかいな」
アカネは休み中も勉強しろというわけでは無かった事に安心して言った。
「はい。まあ、その様子だと言わなくても大丈夫だったみたいですけど」
校長は悪戯っぽく舌を出した。
そしてチラリと腕時計を見る。
「おっと、話が長くなったようですね。では、今日も一日頑張ってください」
校長はそう言って出ていった。
「ほな、ハナちゃん」
「ほえ?」
アカネがハナに声をかけると、ハナは首を傾げながらこっちを向いた。
「今日はゆっくり休みや。後、一緒に何がしたいか考える事ができへん事、堪忍や」
「いいよぉ。アカネちゃんはぁ、ニコルに聞きたい事があるんでしょ?」
「せや。ちゅーわけで、今から電話してみるわ」
「うん、分かった、バイバイ」
ハナが手を振ったので、アカネも手を振って答えた。
そして席を立った。
ニコルの店の番号は分かっている。
彼女からのメールの署名に書いてあったからだ。
後は、物があればすぐに連絡できる。
アカネは取りに自室へ急いだ。




