33 打ち上げがサプライズ
ミアの検査は無事に終わった。
その場でニコルと別れたタクミ達は魔法管理局を後にし、寮へ戻る最中であった。
「なんか……悪ぃな……」
またミアは謝った。
この言葉を聞くのが今日だけで何回目なのか分からない。
それも彼女の検査が終わってから寮に戻るまでの短い間にだ。
しかし、彼女の気持ちが分からないわけではない。
タクミは思った。
何しろ二人をずっと待たせた。
その上、アカネからはホットドッグ一つとはいえ、昼飯を奢ってもらったのだ。
何も感じない方がおかしい。
とはいえ、そろそろ終わりにして欲しいとタクミは思った。
今、やっと大学の校舎の中へと入ったところだ。
ここから廊下を通って寮へと着くまでの間に、あと何回同じ事を聞かされる事になるのだろう。
そう考えると、気がどうかしそうになる。
「山田。お前の気持ちは十分に分かった。だから、もういいだろう」
そろそろ、その言葉は止めて欲しい。そういう思いから、タクミは口を開いた。
「あぁ……悪ぃな……」
しかし彼女はまた言った。
もしかすると、逆効果だったのかもしれない。
本末転倒とはこの事だろうか。
廊下に響く足音が重々しく聞こえる。
今のタクミの心境を反映しているかのようだ。
「ミアちゃん。ホットドッグ一つで重く受け止め過ぎやって……」
タクミと同じ気持ちなのか、アカネも口を開く。
「そうだ。俺達は酔狂でやったんだ。自己満足だ。そんなに気にすんな」
アカネの援護にと、タクミは言った。
「でも……」
「言い過ぎは逆効果だ。本当に悪いと思っているなら、そのくらいにしとけ」
「あ、あぁ……」
タクミは彼女を傷つけないように気をつけながら、これで終わりにして欲しいという意味の事を言った。
ミアはあまり納得していない様子だったが、今の言葉が効いたらしく、小さく頷いた。
やれやれ、きっとこれで収まっただろう。
彼女の様子を見て、タクミは重荷が下りたような気になった。
と、ここでタクミは気がつく。
もう寮は目の前だ。
結局、ギリギリまでミアの謝罪を聞いていた事になる。
まあ、収まったようだから良しとしよう。タクミはそう思い、許す事にした。
「あー、今日はなんかぎょーさん歩いた気がすんわー」
アカネは疲れた様子で言った。
きっとそれはミアの話によるものだろう。
タクミはそう思ったが、本人が近くにいるので何も言わなかった。
そして、ミアが自身のせいだと気づく前に話題を変えようとも思った。
「ところで、だ。伊藤と戸塚は何を用意したと思う?」
タクミはミアとアカネに聞いた。
「え?あ……何だろうな……」
タクミがそういう事を聞くとは思わなかったのか、ミアはだいぶ戸惑った様子で答えた。
「さー、何やろなぁ?エリちゃんはともかく、ハナちゃんも選んだもんやろ?」
アカネは腕組みをして、首を傾げながら答えた。
その言い方だと、彼女にとってハナのセンスには納得がいかないところがあるようだ。
二人は仲が良さそうだったので、これは少し意外だった。
とはいえ、アレがあったから不安なのは分かるが……
タクミは思い出した。
まだ高校生だった時のある日の事だ。
アカネ達は部活中にお菓子を食べていた。
彼女達がスナック菓子等を食べている中、ハナはというと、角砂糖を一度に何個も口に入れていた。
別な時には、蜂蜜のチューブに口を付けていた事もある。
つまりはだ。ハナは甘味好きをこじらせて、そういう事を平気でするような奴、という事だ。
恐らくアカネが心配しているのは、そういう事なのだろう。
確かに、山盛りの角砂糖を差し出されたら、自分はハナに拳を喰らわせる自信がある。
しかしエリがいるから、さすがにそれは無い。
……そう思いたい。
正直に言って、エリは主張が弱いから心配だ。
なんということだ。
一難去ってまた一難。
今度は打ち上げで何かありそうな気がする。
ただの杞憂であればいいのだが……
タクミがそこまで考えていると、ついに寮への扉の前まで来た。
心配ごとがあるせいか、扉が妙に重々しく見える。
「……開けるぞ」
タクミは自身に言い聞かせるようにそう言って、ゆっくりと扉を開けた。
ギッ。
ギギッ。
ギッー。
両開きの木製の扉が開いていく。
できたばかりだというのに、扉は年期が入ったかのように音を立てる。
こういう無意味な中古感、好きではない。
「あ、おかえりー」
中が見えるほど開いた瞬間、エリとハナがこっちを向いて声をかけた。
「おう、帰ったで!」
アカネは一気に扉を開けて、ズカズカと先に中へ入った。
ミアもだ。アカネに腕を掴まれて引っ張られていく。
自分も入るとしよう。
タクミはため息をついて中へ入っていった。
しばらく進んでいくと、後ろで扉が勝手に閉じた。
毎度の事ながら、便利な機能だ。
いや、扉の事はどうでもいい。もっと重要な事がある。
そう思ったタクミはテーブルに近づくと、上に乗っている物を見た。
そう、今重要なのは、何が準備されているのかという事だ。
山盛りの角砂糖は無い。良し。
蜂蜜のチューブも無い。良し。
その他の甘味の塊も無い。非常に良し。
その代わりにある物は……
「ケーキ……だと?」
タクミは思わず声が出た。
そう、ケーキだ。
ケーキのピースが皿に乗っている。後はカップ。
それが人数分……いや、一人分余計にある。ついでに席もだ。
タクミはこの光景を見て、違和感を感じた。
それはケーキや席が余計にあるからだけではない。
そもそも、あの二人にこれらを買えるだけの金があったのか、という事だ。
見た目で分かる。これは高そうなケーキだ。
それをいくつも……とても彼女達に買えるとは思えない。
高そうといえば、食器だってそうだ。
食器のブランドには詳しくないが、これらが高級な物である事は明らかだった。
いったいどこから調達してきたというのだろうか。
これはとても不自然な光景だ。
二人には揃えられるはずがない品々。
少なくても、懐具合が温かい者の協力無しにはできないはず。
「いかがです?美味しそうでしょう?」
タクミがそう考えていると、後ろから声がした。
タクミはすぐには振り返らなかった。
声だけで正体はハッキリ分かる。
この声の主が『協力者』だ。
そして、その正体とは……
「校長。何の真似だ?」
タクミはゆっくりと振り返りながら訊ねた。
「何って、お祝いですよ。無事に魔法適正検査を終えたお祝い」
校長はキョトンとした様子で答えた。
そう、校長だ。
こういう事ができる者といえば、タクミが知っている限りでは彼しか思い浮かばなかった。
なにしろ私立大学の校長だ。金ならたっぷり持っているに違いない。
しかし、何故だ。
何故、校長は魔法適正検査を受けてきた事を知っているのだろう。
そこだけは分からなかった。
「あ、あのね。校長先生が奢ってくれるって」
急にエリが話しかけてきた。
「あ?」
言っている事がよく分からなかったので、タクミは彼女の方を向いて聞き返す。
「えっとね。あの後、ハナちゃんとスーパーに寄ったんだけど、どちらもお財布忘れてきちゃった事に気づいたの」
「で?」
「仕方ないから一旦寮に戻る事にしたんだけど、その途中で校長先生にバッタリ会ったの」
「で?」
「『今日は何したの?』って聞かれたから、『魔法適正検査を受けたよ』って答えたの。そしたら――」
「もういい。分かった」
エリの説明がクドいので、タクミは打ち切った。
今の説明を要約すると、こういう事だろう。
買い物の途中で校長に会った。
そして、魔法適正検査を受けた事を正直に言ったら、奢ると言い出した。
たったこれだけの内容を、何故彼女は回りくどく説明するのだろうか。
タクミには理解できなかった。
「大事な学生の為ですからね。ケーキは私のお気に入りの店から、食器は私の私物から用意しました」
聞いてもいないのに、校長は笑顔で説明する。
なんだか自慢しているようで、その笑顔が腹立たしい。
タクミがそう思っていると、エリが耳打ちしてきた。
「あのね、タっ君。私、見ちゃった。ケーキを買う時、校長先生が領収書をもらうところ。きっと経費で落とすつもりだよ」
彼女は深刻そうな声でそう言う。
その情報はタクミとってはもの凄くどうでもいい内容だった。
せいぜい、校長は意外とケチくさいという事を知ったくらい。
それなんかよりは、校長が奢ろうと考えた理由の方がタクミは気になっていた。
どう考えても、自分達は彼に贔屓にされている。
その理由が分からない。
考えようによっては、不気味さですら感じるような気がする。
「ね~、早く食べよぉよ~」
ハナの催促する声で、タクミは考えるのを辞めさせられた。
彼女はすでに席について、フォークで皿を叩いている。
その耳障りな音が気になって集中できない。
タクミは彼女の顔面に拳をめり込ませたくなった。
「おー、そうですね。では食べながらお話でもしましょうか」
校長は手を打ちながら言うと、適当な席についた。
それに合わせ、他のみんなも着席を始める。
何だろう。何かモヤモヤする。
タクミはそう思ったが、みんなが待っているので、諦めて席につく事にした。
「うっわっ!これめっちゃ美味いやん!」
ケーキを一口食べたアカネは、大げさな様子で驚く。
「そうでしょう。私が思うに、ここのが市内で一番のケーキではないでしょうか」
校長は満足そうな笑みを浮かべる。
確かに美味い。タクミも一口食べてそう思った。
ケーキにはそれほど興味は無いが、それでも高級な物だとすぐに分かる味だ。
校長。彼は食通なのかもしれない。
「あの……私達、こんな贅沢をしていいんでしょうか?」
エリが申し訳なさそうな声で聞く。
「いいんですよ。皆さんが頑張っている事は、ニコルから聞いていますから」
「待て、校長」
今、彼の口から気になる言葉が出た。
そう思った瞬間、タクミは彼に話しかけていた。
「……どうしました?」
「ニコルを知っているのか?」
タクミの話に校長は不思議そうな顔をする。
そう。彼は今、ニコルの事を話した。
ニコル自体を知っている事はどうでもよかった。
誰かのレポートから、その名前を知った可能性はある。
もしくは、さっきエリ達と会った時に聞いたのかもしれない。
しかし、彼の言い方は本人から直接聞いたかのような言い方だった。
ニコルとは知り合いなのだろうか。
タクミ自身、何故だか分からないが、そこが妙に気になった。
「ええ。彼女とは五年以上の付き合いですね」
「えぇぇぇぇぇ!」
校長があっさりと答えた瞬間、ハナ以外の女子は一斉に声を出した。
いや、確かに彼女との付き合いがあったのは意外だが、そこまで驚く事ではない。そうタクミは思う。
「あ、あのっ!それって本当なんですか?」
「どこまで?ニコルとはどこまで行ったんだ?」
エリとミアがどうでもいい事を問いただす。
「えー、それはですね……」
校長は軽く握り拳を作る。
「こうです」
彼は作った拳の人差し指と中指の間から親指を出して見せた。
このジェスチャーの意味をタクミは知っている。
つまり、二人はそういう関係であるようだ。
「えぇぇぇぇぇ!」
再びハナ以外の女子は一斉に声を出す。
いちいち煩い。
女子のこういうところがタクミは嫌いだ。
「それほど驚く事ではありませんよ。兎ならば、それくらいよくある事です」
校長は微笑んで言う。
「え?ちょ、よくあるって……」
アカネが聞き返す。
「まあ、皆さんの感覚で言えば、握手とかハグとかその程度です」
「んなぁ!ほんなら、もしかしてハナちゃんも……」
「ええ、おそらくは。そうですよね?」
「うん!ハナは何度もした事あるよ」
「んなぁぁぁ!知りたくなかったぁぁぁぁ!」
またどうでもいい情報を知ってしまった。
そう思いながらタクミはアカネ達のやりとりを冷静に聞き、またケーキを一口食べた。
ただ、一つだけ見えてきた事がある。タクミは思った。
校長とニコルはつながっていると考えて間違いないようだ。
そう考えると、校長が自分達を特別扱いしているという事に辻褄が合う。
自分達を特別扱いしているのはニコルもだ。
つまりは、一方が特別扱いしているから、もう一方もそうしているという可能性が出てきた。
どちらがどのあたりをどう気に入っているかまでは分からないが、きっとそうなのだろう。
まあ、その理由は今後ゆっくりと調べていけばいい。
ここまで考えて、タクミは頭を切り替えた。
明日は検査の発表がある。
どんな結果が出るか楽しみだ。
タクミは騒がしくするみんなの様子を見ながら、そう思った。




