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32 家族第一至上主義

 ミアが検査の最中(さいちゅう)に倒れた。

 それで一時中断となったが、彼女を外へ連れ出すとすぐに検査は再開となった。

 そこから検査は順調に進んでいる。


 アカネはミアの事が心配だった。

 しかし、そのせいで検査に集中できないというわけにもいかず、頭の片隅に留めておくしかなった。


「皆様お疲れ様でした。次の検査が最後になります」

 職員は事務的な言い方でそう言った。


 やっとか。アカネはため息をついた。

 ここまで長かったような短かったような……よく分からない。

 ただ一つ分かっている事は、最初の検査以外、どう魔法と関係しているのか分からない内容だった、という事だ。


 あの後にあった検査を思い出してみる。


 右手で〇を、左手で×を同時に書く。これがいくつできるか。

 お題の言葉から、いくつ連想できるか。

 ドローンをどれだけ正確に操作できるか。


 本当に何を知るための検査だったのか分からない。


 ニコルはこの検査は五つの魔法の系統に関係していると言っていたような気がする。

 しかし、どれがどう関係しているのか分からない。

 魔法の系統というものを知ってはいるが、やはりそれでも、分からないものは分からない。


 せめて最後ぐらい分かりやすい内容であって欲しい。

 アカネはそう思った。


「では今から用紙を渡しますので、一人二枚お取りください」

 そう言って職員はみんなに配り始めた。


 アカネは今の話を聞いてガッカリした。

 用紙を配るという事は、また筆記。これで三度目だ。

 今度はいったい何を書かせるというのだろうか。


 職員がアカネの前にやって来た。

 彼女が渡してきたのはA4サイズの白紙、それとボールペンだった。

 アカネは受け取ると、椅子に取り付けられた小さな机の上に置いた。


 さあ、何を書けばいい。早く言え。

 アカネは半ばヤケになって、そう思った。


「それでは最後の検査について説明します。最後は作文です。『家族』というテーマで、用紙の片面二枚程度で書いてください。制限時間は一時間です」

 職員は相変わらず淡々と説明した。


 作文。しかもテーマは『家族』……

 そう考えたアカネはこう思った。


 みんなからは意外と言われるだろうが、実は自分は作文が得意な方だ。

 小学生の時、読書感想文で金賞を貰った事がある。その程度には得意だ。

 そしてテーマ。

 自分は家族思いな方だと思っている。

 まあ、家庭内の事情が事情といえば仕方がないのだが、他所よりは上だという自信はある。

 とりあえず、自分には有利なテーマである事に間違いない。


 アカネにとって、この検査には余裕を持って取り組める内容だった。


「それでは……始め!」

 職員の合図に合わせて、みんなは書き始めた。

 しかし、アカネはまだ書かない。

 まだ、その時ではないからだ。


 まずは何を書くか、アカネは考えた。

 とりあえず、『家族』に関係している事だ。

 ならば、自分達の家族がどんな人物で、普段何をしているのか書くとしよう。アカネはそう思った。


 そこからアカネの考えは早かった。

 家族の事を思わない日はアカネにはなかったからだ。

 普段思っている事、考えている事。そういった内容を書いていけばいい。そう思った。


 では、始めよう。

 考えがまとまったアカネは右手でボールペンを一回転させると、紙に書き始めた。


 まずはタイトル。

 タイトルは『自分の家族を紹介します』だ。

 タイトルに話の結論を持ってくる事がまずは重要なのではないか。

 もちろん、名前を書く事も忘れない。ここをミスすると全てがパーだ。


 続いて本文。

 文章の基本は起承転結。ここを意識すれば、それだけで内容に入り込みやすくなる。


 『起』。ここでは誰と暮らしているかを書く。

 一緒に住んでいるのは、父、そして二人の弟達。

 母はいない。中学の時に病気で死んだ。

 そして自分は母の代わりに家族の者をまとめている事も入れる。


 『承』。父と弟達がどんな人物なのかを書く。

 父は典型的なおっちゃんだ。休みの日は酒とツマミで一日過ごす。

 平日はごく普通のサラリーマンだ。強いて言えば、家庭のために少しでも多くお金を残そうと、とても倹約している程度だ。

 弟達は小学生の双子だ。かなりやんちゃで仲の良い、とても手を焼くチビ共だ。

 でもゲームとかオモチャを欲しがる事だけは基本的にしない。家の経済状況をちゃんと理解し、お金を使わずに工夫して遊んでいる。

 ついでに家が貧乏である事も簡単に書いておく。チョロっと短く笑い話でも加えると、内容に深みが出る。


 『転』。今は仲の良い家族。でも母が死んだ時にはバラバラだった事を書く。

 父は母を愛していた。酒に酔っては母に甘えたり、尻を撫でたりとベタベタしていたくらいだ。

 弟達はまだ甘えていたいくらい幼かった。彼らには母の存在が必要不可欠だった。

 母が死んでしまった時、みんながずっと泣いていた。火葬の直前まで、ずっと傍にいたのを今でも覚えている。

 そして葬儀が終わると、みんなはずっと沈んだままでいた。

 家からは笑顔が消え、寂しい雰囲気がずっと残っていた。

 これを何とかしたのは自分。

 自分が母の代わりとなってみんなを引っ張っていった。

 そのおかげでみんなが立ち直る事ができた。


 『結』。家族に対する自分の気持ちを書く。

 自分が母の代理として動くようになって、やるべき事は増えた。

 しかし、それで笑顔が戻るならそれで構わない。家族のためなら自分を犠牲にできる。そう思っていた。

 でも、留学の話になって、みんなが賛成してくれた。自分を犠牲にするなと言ってくれた。

 だから、一生懸命勉強しようと思っている。

 そしていつか、また一緒に暮らしたいと思っている。

 二度と家族の絆は壊さない。自分はそうしていきたい。


 ……できた。後は誤字・脱字が無いか確かめるだけ。


 アカネは見直しながら大きく息をはいた。

 疲労感を感じる。最初に考えた以上に深く書き込んだらしい。

 チラリと腕時計を見る。終了まで残り数分しかない。

 どうりで。アカネは納得した。


 アカネは急いで全体に目を通した。

 そして通し終えた瞬間、職員が検査終了を告げる合図を発した。


 回収が始まる。

 職員が紙とボールペンを回収すると、アカネは大きく伸びをした。


「では、これで検査は以上となります。お疲れ様でした」

 職員は事務的に挨拶をした。


 これで全部終わった。

 後は結果を待つだけだ。

 そう思うと、アカネの心は開放感に満ちていた。


 しかし、ここでアカネは大事な事を思い出した。

 ミアの事だ。

 彼女が魔力切れになったのは知っている。

 しかし、完全に切れてしまうとどうなるのか、アカネは知らない。

 だから不安だ。

 ただ気絶するだけなのか、それとも何か後遺症のようなものがあるのだろうか。

 それが気になって心配になる。


 ここを出たら、様子を見に行こう。

 席を立ちながらアカネは思った。


 もし彼女が大丈夫ならば、この後検査を再開するだろう。

 その時は終わるまで待ってあげよう。

 今はお昼近くだが、近くで何か買って、ここで食べればいい。

 とにかく、彼女を置いて帰るだなんて考える気になれなかった。


「ほな、ミアちゃんとこ行こか?」

 退室を始めるみんなにアカネは声をかけた。


「ほ~い」

「う、うん」

「そうだな」

 みんなは返事をする。

 それを聞いてアカネは安心した。






「なんか……悪ぃな……」

 ミアはベンチに座って、居心地が悪そうな様子で言った。


「ええねん。それより無事で良かったわー」

 アカネは笑顔で答えた。


「あ、アタシはこれから検査だから、先に返っていいぞ」

 ミアは申し訳なさそうに言う。


 予想通りだった。

 彼女はこれから検査を再開するらしい。

 それならば、さっき思った事を言っておこう。

 そう思い、アカネは口を開いた。


「いや、ウチは待っとるから」

「え?」

「ウチら友達やろ?ちゃんと終わるまで待っとるから、しっかりやるんやで」

「そんな……いいのか?」

 励まそうとしてアカネはミアの肩を叩くと、彼女は驚いた様子になった。


「言わんかった?『絶対見捨てへん』って」

「アカネ……」

 ミアは真っ直ぐアカネを見た。

 彼女の目は潤んでいるように見える。泣きたい気持ちをなんとか抑えているようだ。


「ほな、ハナちゃん達とはここでお別れやな」

 アカネはハナ達の方を向いて言った。


「いや、俺も残る」

 以外にもタクミはそう言った。


「伊藤、戸塚。貴様達だけ帰れ」

 ハナとエリにタクミは言う。


「タっ君!どないした?」

「……何でもねぇ、ただの気まぐれだ」

 タクミは目を伏せて答える。

 それがアカネには照れ隠しのように見えた。

 彼はいったい何を照れているのだろうか。アカネは気になったが、すぐに考えを変えた。


 いや、理由なんてどうでもいい。

 一緒に待つ仲間がいるだけで、ミアが救われるなら、それで嬉しい。

 アカネはそう思ったのだった。


「ほ~い。じゃあ、ハナはお菓子をいっぱい買って帰るからぁ、帰ったらみんなで食べよ~」

「あ、それ良いアイディア!私も行く!」

 ハナの言葉にエリは興味を示す。


「ほな、また後でな」

「うん、じゃあ」

「バイバ~イ」

 ハナとエリは駆けて行った。

 それをアカネは手を振って見送った。


 アカネは思った。

 自分達はもう友達を超えた仲間なのかもしれない、と。

 例えば、そう、家族。


 家でも家族。外でも家族。

 自分はとっても幸せ者なのかもしれない。

 そう考えると、アカネは自然と笑みがこぼれた。

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