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31 パワーをオーブに!

 ニコルに連れられて、ミア達は魔法適正検査の受付に到着した。

 そこで行なう事はすんなりと終わった。

 ただ受付の前に立ち、書類にサインを書くだけだった。

 ニコルが予約を入れておいたらしく、それが良かったようだ。


 全員分の書類が書き終わると、職員の人がやって来た。

 赤毛の狐の女性だ。

 そしてミア達を案内し、二階にある検査室の前まで連れていった。


「準備ができるまで少々お待ちください」

 職員は丁寧、しかし事務的に言うと、部屋の中へ入っていった。

 ミア達は部屋の前で待つ事になった。


「楽しみだねぇ~」

 ハナは呑気な事を言う。

 ミアにとって、それはとても(うらや)ましく思えた。


 ミアにはこの検査がどれ程の意味を持つのか、よく分かっていた。

 この検査で得られる結果は、非常に高い信頼性を持つと言われている。

 つまり、魔術関連で職に就こうとするなら、ここでの結果は高いもの程良いという事だ。

 そして実際に、就職試験の現場では、何の項目でどれ程の適正があるのかで合否を決める事も少なくないという。


 ニコルはこの検査に本気で挑めと言っていたが、それは間違いない。

 この検査は将来を左右する大事な物だ。

 特にミアの場合、『黒払い』になろうとするためには、何らかの項目で適正が60パーセント以上は無いといけない。

 最低でそれくらい無いと、入り口に立つ事さえできないらしいからだ。

 だからミアはとても緊張しているし、上手くいかなかったらどうしようと不安で仕方ない状態だ。

 今までミアが受けてこなかった理由もそこにあった。

 それに今までは、ヤマト国にこの検査を受けられる機関がなかった事も言い訳にしてきた。


 しかし、今は違う。ミアは思った。


 ニコルに言われて、受けざるを得ない。

 いや、彼女に背中を押してもらって受ける決心がついた、と言った方がいいのかもしれない。


 確かに彼女は怖い。

 しかし、それでも彼女には完全には嫌いになれない温かみがある。

 さっきの事だって、彼女が自分達を気にして徹夜したのが裏目に出ただけだと思っている。


 もちろん尻の件では許す気にはなれない。

 しかし、それを含めて自分にも落ち度があったせいでこうなったのではないか。そう思える心当たりがある。

 尻の件を例とするなら、魔剣術について無知だったから、知識も経験も薄っぺらだったから、だからあんな目に遭ったのではないかと今は思っている。


 とにかくだ。彼女との出会いで自分を変える機会を貰ったような気がする。

 気のせいかどうかなんて問題ではない。

 まず、この機会を有効に活用する事が大事だ。

 だから、この検査では本気の中の本気を出せるようにしたい。


 ミアはそう決心した。


「準備が整いました。一人ずつ中へどうぞ」

 扉が開き、職員は姿を現した。


 彼女の言葉でミアは考えるのを中止した。

 そしてみんなが中に入っていくのを見て、ミアも中へ入った。


 部屋の中は殺風景だった。

 部屋の奥にロッカーがあり、後は部屋の中央より少し手前に人数分の椅子が、その奥に机、そしてさらに奥に教卓のような物が用意してあるだけだ。


「どうぞ、端の方からおかけください」

 教卓の前に立っていた職員にそう促され、ミアは椅子の前に立った。

 位置はちょうど真ん中だ。


 ふと机の上を見ると、水晶玉が置いてあるのが見える。

 いったいこれを使って何をするのだろうか。

 まさかこれで何かを占えとでもいうのだろうか。

 ミアは心の中で首を傾げた。


「お座りください」

 職員に言われてミアは意識を引き戻された。


 ミアは反射的に左右を見た。

 みんなはもう座っていた。立っているのは自分だけ。

 それに気づいたミアは少し恥ずかしさを感じながら席に座った。


「ようこそ皆様、魔法適正検査の会場へ。さっそくですが、検査を開始したいと思います」

 職員は丁寧に話し始めた。

 そして机の上にある水晶玉を彼女は指した。


「最初の検査ではこちらを使って行います。一人ずつ前に出ていただき、私が合図をしましたら、こちらに魔力を注ぎ続けてください。時間は30秒です」

 彼女は淡々と説明する。


「あの……」

 今の説明で分からないところがあったのか、エリが質問した。


「どうしました?」

「どうやって魔力を注ぐんですか?」

「魔力を放出する事はできますか?それであれば、水晶玉に流し込むように意識してみてください」

「あー……はい。分かりました」

 それを聞いたミアは、心の中で頷いた。


 魔力の放出というのは簡単な事。

 ただ単に魔力回路に魔力を流し、外へと放てばいい。

 みんなは気づいていないだろうが、魔法を安定して使える時点でできるはずの、とても初歩的な技術だ。

 特に想像式詠唱法を習得している場合、やる事が似ているため、かなり簡単にできるはずだ。


 ミアは少し安心した。


「ではこちら側の方からどうぞ」

 彼女はミアから見て右端を指した。


 検査が始まった。


 一番目になったのは、タクミだった。

 彼は机の前に立つと、包み込むように水晶玉に両手をかざした。

 机の低さが彼にちょうど合っている。彼には悪いが、やはり彼は小さい。可愛らしく見えてしまう。


「お名前をお願いします」

「タクミだ」

 職員は彼の名前を聞くと、持っていたクリップボードをめくり始めた。

 どうやら、彼の書類を探しているようだ。


「タクミさん……はい、結構です」

 彼女は手を止めて前を見た。

 探し物は見つかったらしい。


「それでは……始め!」

「ふんっ!」

 職員の合図に合わせて、タクミは魔力を水晶玉に注ぎ始めた。

 すると間もなく、彼の手元がぼんやりと光り始めた。


 何が起こったのだろう。

 ミアは思わず席を立ち、彼の手元を見ようとした。


 彼の背が低い事もあってか、あまり近づかなくても簡単に見る事ができた。

 光の正体は水晶玉だった。

 水晶玉が照明のように光っている。

 その光は、始めは弱く、しかしジワリと強くなっていく。


「残り10秒」

 職員が残り時間を告げる。

 すると、水晶玉の光は急に強くなってきた。

 どうやら、タクミがスパートをかけたらしい。

 彼の手に力が入っているのが分かる。小刻みに震え、魔力の輝きがさっきよりも鮮明に見えている。


 水晶玉の光が眩しい。

 もう直視できない。

 ミアは目をそらした。


「止め!」

 職員の合図で光は急に消えた。

 ミアがタクミを見ると、彼は手を下ろしていた。

 どうやら水晶玉は魔力の供給が途絶えると、すぐに光らせなくなるらしい。


「お疲れさまでした。では次の方」

 彼女はクリップボードに何かを記録する。


 タクミが席に座る。

 そして入れ替わりにハナが前に出た。


「ハナだよぉ」

 ハナは聞かれる前に自分から名前を言った。


「ハナさんですね。では準備をお願いします」

「ほ~い」

 職員はクリップボードをめくりながら言う。

 それに対しハナは呑気に返事をすると、タクミと同じように構えた。


「では……始め」

「ほいっ!」

 職員の合図に合わせて、ハナは魔力を水晶玉に注ぎ始めた。


 その瞬間だった。

 視界は一瞬にして白で塗りつぶされた。


 ミアは何が起こったのか分からなかった。

 しかし、すぐに理解した。

 水晶玉の光が、強過ぎる。


 気がつくと自分は目を閉じていた。

 眩しさで、もの凄く、目が痛かったからだ。


 タクミの時とは比べ物にならないくらいの光だ。

 (まぶた))をしっかり閉じていても、その裏がとても明るい。いや、眩しい。

 両手で覆ったが、それでも隙間から容赦なく光が入ってくる。


 ミアは理解した。

 この検査では、どれ程水晶玉を光らせるのかを調べるらしい。

 つまりタクミの結果は良かったのだろうし、ハナは桁外れな成績を出したという事だろう。


 そう思ったミアは急に不安になった。

 次は自分の番だ。

 前の二人が良い結果を出してしまうと、こっちにはプレッシャーがかかる。

 自分はどれ程光らせる事ができるだろうか。


「止め!」

 職員の合図で強烈な光は収まった。


 ミアは目を覆うのを止め、ゆっくりと目を開けた。

 視界が暗い。何も見えない。

 どうやら目がくらんでしまったらしい。


「ありがとう……ござい……ました……」

 職員の声が聞こえる。

 声のした方向から筆記する音も聞こえる。


 今のを記録しているのだろうが、目が見えているのだろうか。

 いや、きっと見えていないまま書いているのだろう。

 こういうのをプロ意識と言うのだろうか。


「ふえぇ……何も見えないよぉ……」

 ハナの声が聞こえる。

 足音からしてあちこち動き回っているようだ。

 何かにぶつかる音も聞こえる。


 彼女も目がくらんでしまったらしい。

 自分で出した光だというのに……


「構いませんよ……治るまで……動かなくても……」

 職員はそう言う。

 やはり彼女も光に目をやられてしまっているようだ。


 結局、この後10分くらいの間、検査は中止した。

 どこに何があるのかようやく見えてき始めたところで、検査は再開となった。






「お名前をどうぞ」

 職員は訊ねる。


「……ミア」

 ミアは答える。


 ミアは机の前に立っている。

 自分には、この机は低すぎる。身をかがめないといけなさそうだ。


「あの……これ持ってもいいですか?」

 ミアは水晶玉を指して訊ねた。


 できればそうしたい。

 身をかがめた姿勢では集中しにくい。


「どうぞ、お好きなように」

 職員は答える。


「……どうも」

 ミアは水晶玉を両手で持つと、胸の高さまで持ち上げた。

 少し重い。しかし、持てないわけではなく、集中の妨げにもなりそうにない。


「では……始め!」

「はっ!」

 職員の合図に合わせて、ミアは魔力を水晶玉に注ぎ始めた。


 これは簡単な事だ。ミアは思った。

 一応、想像式詠唱法で魔法を出す事はできるようになっている。

 それを意識する事ができるなら、たぶん誰でもできる事。


 そう、誰でもできる事。そのはずだった。

 しかし、ミアには予想外の事が起こった。


「ん?」

 ミアは思わず声を出した。

 光らない。水晶玉が全く光ってくれない。


 おかしい。

 魔力はしっかりと流れているのが分かる。

 それなのに光らない。

 量が足りないのだろうか。


 そう思ったミアは本気を出して魔力を注いだ。

 たっぷりと多めに魔力を注ぐ。

 しかし反応は変わらない。


「残り10秒」

 残り時間を告げる職員の声に、ミアは気持ちが焦る。


 何故だ。何故光らない。

 まだ足りないのか。

 ならば……


 ミアは魔力切れする覚悟で、ありったけの魔力を注いだ。

 さっと水晶玉は光り始める。

 しかし、反応が弱い。


 まだか。

 もっとだ。

 もっと。

 もっと。

 もっと。


 ミアは冷静な判断ができない状態だった。

 ただ、ひたすら水晶玉を光らせる事に頭がいっぱいになっている。

 次第に眩暈(めまい)がしてきた。立っているのがつらくなる。

 魔力が底をつきかけている。

 しかし、反応はさっきとあまり変わらない。


 ダメだ。もっと必要だ。

 もっと。

 もっ、と。

 もっ……と……。

 もっ……


 ミアはここからしばらくの間、記憶が全くない。

 最後に覚えているのは、ヒンヤリとした床の冷たさだけだった。






「うぅ……」

 ミアは意識を取り戻した。


 何がどうなっているのかよく分からなかった。

 いや、落ち着けば少しは分かった。

 自分は今、横になっている、と。

 柔らかい何かを枕にし、顔にはそれ以上に柔らかくズッシリとした重さの何かを押し付けられている。


 とりあえず起きよう。

 ミアはゆっくりと上半身を起こした。


「あら、もういいの?」

 背後で誰かの声がする。

 それも聞いた事がある声だ。


 ミアはゆっくりと振り返る。

 するとそこには、ニコルが座っていた。

 どうやら彼女に膝枕をしてもらっていたようだ。


「ニコル?アタシはいったい……」

 ミアは訊ねた。


「バカじゃないの?」

 ニコルは答える代わりに罵倒する。


「魔力切れでダウンするとか何考えてんの?」

 彼女は呆れた声で言った。


「あ……」

 ミアは思い出した。

 水晶玉に魔力を注ぎ過ぎて気を失ってしまったのだった。


「その……うまく反応してくれなくて……」

 ミアは恥ずかしさから、頭を掻きながら答えた。


「まあ、いいけど」

 ニコルはため息をつきながら言った。


「あ!そうだ、検査!」

 思い出したミアは立ち上がろうとした。

 しかし、どうもベンチに横になっていたらしく、バランスを崩してそこから転げ落ちてしまった。


「痛っ……つぅ……」

 堅い床に叩きつけられ、うめき声が出る。


「そのまま横になってなさい。もうすぐ検査は終わるはずだから」

 ニコルは冷静な、しかし、どこか温かみのある言い方でそう言った。


「え!じゃあアタシは?」

 なんとかしてニコルの方を向いて、ミアは訊ねた。


「みんなとは入れ替わりで受ける事になるわね。居残りってヤツ?」

「そんなぁ……」

「ま、反省しなさい。魔力切れを起こすまでやっちゃいけないって」

 ニコルの言葉を受けて、ミアは力なく床に仰向けになった。


 自分はなんて無様なんだろう。

 そう思うと、ミアは少し泣きたくなった。

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