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29 最終課題

 アカネとミアの喧嘩が治まって、タクミはホッとした。

 あの場合、どうすればいいのか分からなかったからだ。


 今の喧嘩をタクミは振り返る。

 女同士の喧嘩というのは、男同士のそれとは異なる。

 どこがと聞かれると困るが、とりあえず『凄み』が違う。

 エリのように割って入るなど、自分にはできなかった。

 それとも、自分は臆病なのだろうか。

 確かに、それが何もできなかった理由と言われてしまえば、反論はできないかもしれない。


 タクミは自身の弱さを痛感した。

 とはいえ、事は治まったのだ。これ以上の事を考えても仕方がない。

 そう思い、考えるのを止める事にした。


「まあまあ、ここは僕の固有魔法でも見て、機嫌を直してさ」

 ヘイヤはそう言って、タクミ達の方へ近づいてきた。


 そういえば、彼も固有魔法の講師だった。

 つまり、何かしらの固有魔法を保有しているのは間違いない。

 いったい、彼のどんな魔法を使うというのか。


 タクミがそう考えていると、ヘイヤは動き出した。

 そして、その動きを見たタクミは、いや、おそらくハナ以外のみんなも同時に鼻血を出した。


 ヘイヤは自身の股布の中へ手を突っ込んだ。

 そして、股布の中で少しの間モゾモゾさせると、手を抜き出した。


 すると、バイクのエンジンのような音と共に、カードが一枚出てきた。

 トレーディングカードのようなカード。

 それを手にしたまま彼はタクミ達に背を向けると、自身の尻の谷間にカードを通した。

 まるで読み取り機に通すかのようにだ。


 『変身』


 通したカードから、無機質な声が出る。

 そして、その声と共にカードから光が溢れ出す。


 うおっ、眩しい。

 タクミは思わず目を閉じた。

 目を閉じても(まぶた)の裏が明るい。いや、明る過ぎる。

 それほど強烈な光はしばらく続き、数秒経ってようやく収まった。


 タクミは目を開けた。

 目がくらんだのか、視界が暗くて見えにくい。

 その状態でタクミはヘイヤの姿を探した。

 今の光は何だったのか、それを確かめる必要があったからだ。


 彼の姿はすぐに見つかった。

 彼はさっきと全く同じ場所に立っていた。

 しかし、何か様子がおかしい。

 彼の姿はまだ輪郭しか見えないが、その輪郭がさっきとだいぶ違っている気がする。


 徐々に視界が明るくなり、彼の姿がハッキリとしてきた。

 そして視力が完全に戻った瞬間、タクミはさらに鼻血を出した。


 そこに立っていたのは、ヘイヤという名のハードゲイだった。

 黒革のホットパンツ、ベスト、指ぬきグローブ、ブーツを身に着け、すべて鋲だらけ。

 そして目元を覆う黒いパイロットサングラスが、変態具合を引き立てている。


 さっきの声で少し嫌な予感はしていた。

 だが、これは完全に想定外だ。


「どお?カッコイイでしょ?」

 ヘイヤはポーズをキメながら聞いてきた。

 足をクロスさせ、両腕を挙げてYの字のポーズ。

 既視感があるが、気のせいだろうか。


 それにしても、カッコイイかと聞かれても困った。

 いや、正直なところキモいだけなのだが、ここまで堂々としていると言いづらい。

 しかし、だからといって嘘をつく気には、口がもげてもならない。


 タクミがそう思っていると、突然ハナの声が聞こえた。


「すごーい!カッコイイー!」

 頭のおかしいバカは興奮した様子で叫んだ。

 タクミは、そんな彼女を冷やかな目で見ながら鼻血を拭った。


 拭いながら、チラリと他のみんなの様子を見てみる。

 みんなは棒立ちしていた。

 鼻血を拭う様子はなく、死んだ目をしている。


 まあ、当然といえばそうだろう。

 何しろ彼は、二つの意味で変態を遂げたのだから。


「ありがとう。でも、これだけじゃないんだ」

 ヘイヤの声が聞こえて、タクミは彼の方を向いた。


 これ以上、何をするというのか。

 そう思って向いたタクミの目には、ホットパンツの中へ手を入れている彼の姿が見えた。


 それで鼻血を出すことはない。

 短時間に同じような光景を見れば、嫌でも慣れる。

 ただ、非常に不快な感覚を覚えるのは変わらない。

 それでも、好奇心の方が勝ってしまい、タクミは彼の様子を見続けた。


 今度は二枚のカードを彼は取り出した。

 そして、それを同じように尻へ通す。


 『蹴り』

 『冷気』


 二枚のカードから無機質な声が出た。

 そしてカードは先ほどではないが、眩い光となる。

 すると、二つの光はヘイヤに吸収されながら、新たな声を出した。


 『吹雪の一撃』


 声と共に、彼の体表は光り輝く。


「行くよ!」

 ヘイヤはそう言って、カカシへ向かって走る。

 そして、ある程度近づくと跳んだ。

 宙を飛ぶ彼の体からは白い冷気が噴き出す。


「セイッ、ヤッー!」

 そして彼は掛け声と共に跳び蹴りを放った。

 そしてカカシへ蹴りが命中した瞬間、カカシは凍り付き、そして砕け散った。


「よっと」

 ヘイヤは綺麗に着地をきめた。


「どうかな?僕は、カードにした魔法を組み合わせる事ができるんだ」

「すっご~い!凄いよぉ!」

 少し照れながら話すヘイヤに対し、ハナは拍手しながら感嘆の声をあげた。

 そんな二人を見ながらタクミも、確かに凄いと、そこは認めた。


 見た目は最悪だが、やっている事はなかなかのものだ。

 魔法同士を合成し、新たな魔法を生成する。これは高度な制御力が必要だという。

 タクミも以前試してみた事があるが、その時は成功する気配すらなかった。


 それを考えると、彼は優れた魔法使いなのだろう。

 頭に『大』が付くほどに変態ではあるが。

 タクミはそう思いながら、軽く頷いた。


「さて、固有魔法がどんなものか、分かってくれたかなん?」

 チェッシャーが訊ねた。


 タクミはだいたい理解した。

 オリジナルの魔法という説明を受けたが、完全なるオリジナルである必要はない。

 とにかく自分が最も扱いやすいような魔法であればいい。

 たとえ既存の魔法とカブっていたとしても、扱いやすい分だけ魔法の質は良くなる。

 それを考えると、さっきヘイヤが言っていた通り、魔法に自分らしさがある事が第一というのは良く分かった。

 そうなると、強力な魔法を使うためにも自分探しをしなくてはいけないのかもしれない。


 タクミは頭の中を整理しながら、チラリとみんなの様子を見てみた。

 分かっているような、いないような……とても曖昧なように見えた。

 それを見て、タクミは後で確認をとった方がいいと思った。

 意識にバラつきがあると後で問題が出るかもしれないと思えたからだ。


「それじゃあ、授業はここまで」

「はぁ?もう終わりかいな!」

 ヘイヤの話にアカネが口をはさむ。


「しょうがないよ。始めるのが遅かったんだもん」

 彼はやれやれと言いたそうな仕草をしながら、そう言った。


「そら……せやけど……」

 アカネは納得いかなそうな様子でブツブツ言った。


 確かにヘイヤの言う通りだ。

 彼らに出会ってから授業が始まるまでに、一時間以上は簡単に経った。

 理由は簡単。気絶したミアとアカネを介抱するのに時間がかかったからだ。

 特にミアは時間がかかった。


 気絶した者を復活させるためには活力の魔法が有効だ。

 ところがミアには効果が薄く、タクミは何十発も放つ必要があった。

 おそらく、彼らの存在が彼女にとって、精神的にとてもキツかったのだろう。

 それだけ深く意識を失っていたのかもしれない。


 その上、彼らの方も、ハナの時のように手助けする事がなかった。

 ほとんど無視。そしてハナと楽しそうに話していた。

 見方を変えれば、それほど親しんだ相手だからこそ、さっきは助けたのかもしれない。


 待てよ。ここでタクミは気づいた。

 もしかすると、いや、もしかしなくても、彼らの行動も授業開始が遅れた原因の一つではないか、と。

 とはいえ、彼らをあまり責める気にはならなかった。

 それは彼らの固有魔法とやらを見たからだ。


 タクミは考える。

 彼らの魔法はふざけている。

 しかし、やっている内容はかなり複雑だ。

 今日、たとえ実習の時間があったとしても、習得の糸口も得られなかっただろう。

 習得のためには、たくさんの時間がいる。

 そして、自分なりのやり方で研究や訓練を行なっていかなくてはいけない。


 まさか、彼らはそこまで計算して……

 いや、考えすぎだ。

 とてもそうとは思えない。


 と、ここまで考えたところで、ヘイヤが話し始めた。


「それより、ニコルから伝言を預かっているんだ」

「んあ?伝言?」

 アカネが聞き返した。


「ここでの授業の最終課題を出すって」

「なんだって!」

 ミアが強く反応した。


「詳しい事はメールで送るらしいけど、『魔法適正検査を受けて来い』だってさ」

「待て、どうやってメールを送る気だ?それに、魔法適正検査とは何だ?」

 タクミは聞いた。


「あれ?ニコルに教えたんじゃなかった?」

「ん?ああ……そうだったな」

 タクミは思い出した。

 五日前、帰ろうとした時に、彼女に聞かれたのだった。

 学内メールのアドレスを教えろ、と。


 何故彼女が、タクミ達にはメールアカウントが支給されているのを知っているのか。

 それは分からなかった。

 分からなかったが、今後の連絡に使うと言うので教えておいたのだった。


「で?魔法適正検査の方は?」 

「魔法にも人によって得意・不得意なものがあるんだ。それをハッキリさせるテストと思えばいいよ」

 ヘイヤは簡単に説明した。


 その答えにタクミは心の中で驚いた。

 そういうものがあるとは知らなかった。

 自分の得意・不得意が分かれば、今後の学習に大きく役立つだろう。

 固有魔法を習得するための糸口が発見できるかもしれない。


 ところでミアはこの事を知っているのだろうか。

 気になったタクミは聞いてみることにした。


「おい、山田」

「ん?」

「貴様は知っていたのか?」

「いや、今の話くらいしか……悪ぃ」

「いや、知らないならいい。知ってたら後で教えてもらおうと思ってただけだ」

 彼女にも知らない事があるのか。

 タクミは少し驚きながら、再びヘイヤの方を向いた。


「魔法適正検査とやらは分かった。それで、メールを見ればいいんだな?」

「うん、どこで受けられるとかが書いてあると思うよ」

「そうか」

 ヘイヤに言われ、タクミは頷いた。


「よし。じゃあ帰るぞ、貴様ら!」

 タクミはみんなに声をかけた。

 そして、そのまま歩き出し、みんなが二人組の変態に別れの挨拶をするのを背中で聞く。






 みんなはすぐに追いついた。

 歩幅が全然違うのだから、それは当たり前だし、それを踏まえた上での行動だ。


「なぁ、昼飯どないする?」

 歩きながらアカネが聞く。


 タクミとしては、そのまま寮に戻って食べたかった。

 朝や夕と違って、昼はちゃんとした料理を出してくれる。

 味も悪くないし、なにより無料だ。


 だが、みんなはそうもいかないだろうとタクミは思った。

 女性が理屈だけで納得しない生物であることは、自分でも分かる。

 多少お金がかかったとしても、外食しようとするに違いない。


 今までの自分だったら、ここで別れていただろう。

 しかし、今はそういうわけにいかない。

 ここは異国の地。

 この地で孤立するのは、マズい。

 数少ない知人であるみんなとは、交友があった方がいい。

 みんな異性だが、この際贅沢は言えない。


 タクミはそう思い、とりあえずみんなに話を合わせると事にした。

 

「たしか大学の近くに、オシャレなカフェがあったよね。あそこはどうかな?」

 エリが提案する。


 そこをタクミは知っていた。

 ここに来る時に見たからだ。

 だが、なかなか女性的な店構えだった。

 女性と一緒とはいえ、そこに入るのは精神的にキツいものがあった。


「ハナ、入った事あるよぉ。スイーツが色々あってぇ、良かったよぉ」

「甘い物か……普通の食事って感じの物はあったか?」

「ん~とねぇ……無かったと思うよぉ」

「そうか……アタシとしては、ちゃんとした物が食べたいんだけど……」

 ハナの話にミアは難色を示す。


 タクミはミアに心の中で同意した。

 デザートならまだしも、メインが甘い物というのは勘弁して欲しかった。


「ウチもミアちゃんに賛成やな。せやけど、他に何があるんやろ?」

「その店の近くに酒場があった。そこはどうだ」

 別にアカネに答えるつもりはなかったが、ふと思い出したので、タクミは提案してみた。


「えー、酒場?」

「タっ君、センス無い~」

 エリとハナのダブル・バッシング攻撃。

 しかしタクミはめげない。


「ヤマトの居酒屋と違って、こっちのはオシャレだ」

 タクミはオッサンの溜り場とは違う事を説明した。


 実際に入った事は一度もないが、テレビ番組でこういった地域の酒場の様子をタクミは何度も見ていた。

 なかなか楽しそうな所だった。

 ちょうどいい機会かもしれない。そう思って提案したのでもあった。


「でもアタシ達未成年だぞ。入って大丈夫なのか?」

「俺は未成年じゃねぇ。俺が一緒なら大丈夫だ。第一、この国でビールなら16歳から飲める。何の問題もない」

 ミアの不安を取り除くため、タクミは諭すように言う。


 実際、全員飲酒できる年齢に達している。

 最年少のハナでさえ、ギリギリだが16歳。

 先日、女子だけで誕生日会をやってたのを覚えているから間違いない。


「ホンマかいな!それならウチ、中生いくで!」

 ビールが飲めると聞いたせいか、アカネはだいぶ興奮した様子で聞いてきた。


 顔がかなり近い。

 タクミは思わず後ろに下がった。


「あ、ああ……『中生』が通じるか知らねぇが、飲めるのは本当だ。つい最近、調べて知ったんだ。間違いない」

「おっしゃ!ほな行くで!」

 タクミが間違いないと言って一層興奮したのか、アカネは駆け出した。


「あ!おい!」

「待ってよぉ~!」

「先に行かないでぇー!」

 彼女に遅れまいと、他のみんなも駆け出した。


 タクミは小さくため息をつくと、はぐれないように後を追った。

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