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28 固有魔法

「んにぃ。それじゃあ自己紹介としようか」

 チェッシャーはニタリと笑って話した。


「僕ちんの名前はチェッシャー。で、こっちの彼が……」

「ヘイヤ・ハタだよ。よろしくね」

 黒猫のハンサムの紹介で細目のイケメンは挨拶をした。


 今日はいい日だ。

 彼らの下で魔法の勉強ができる。

 そう考えるだけで、ワクワクする。

 きっと魔法の()もいいだろう。

 ハナはそう思った。


 しかし、同時にハナは不思議に思った。

 それにも関わらず、みんなのテンションは妙に低い。

 始まる前からグッタリとしている。

 何故なのだろうか、と。


「好きな食べ物はアメっこちゃん、後はチーズ。好きなアルファベットは――」

 チェッシャーが自己紹介を続ける中、ハナの頭の中はハテナで満ちていた。


 どうしても分からなかった。

 そこでハナは首を左右に動かし、みんなの様子を見てみた。


 みんな鼻血を出している。

 ということは、きっと彼らのセクシーさは理解しているのだろう。

 同じ男のタクミでさえ出しているくらいだ、それは相当なもののはず。

 しかし、にもかかわらず全く盛り上がっていない。

 みんな死んだ目をしていて、まるで夏休み最終日のような雰囲気だ。

 とても不思議だ。


 不思議に思い過ぎて、ハナはいつも以上に首を傾げた。

 そして首の傾きが100度を突破しようとした時、チェッシャーは話題を変えた。


「……さて、自己紹介はこの辺にしといて、本題に入るとするよん」

「今日僕達は、固有魔法を教えるようニコルに頼まれたんだ」

 二人は説明を始める。


 固有魔法。今、ヘイヤの口から聞きなれない言葉が出た。

 その言葉によって、ハナは首の傾きを戻す。


 固有魔法とは何だろう。

 痛みに首をさすりながら、ハナは少し考えてみた。


 言葉の響きから、オリジナルの魔法だとは思う。

 自分で魔法を作って、それを使う。

 なんだか、カッコイイ。

 自分ならどんな魔法を作ろうか。

 スタイリッシュな魔法か。カワイイ魔法か。それとも……


 そう考えていると、アカネの大きな声が聞こえてきた。

 その声によって、ハナは考えるのを中断する。

 というより、彼女がすぐ隣にいるため、耳の良いハナは中断せざるを得なかった。


「なんやそれ!もっと分かりやすく言ぃや!」

「いや、だから……アタシもよく分からないって言ったろ……」

 ハナは声の向きに合わせて、首を左右に動かした。

 ハナを挟んで、アカネとミアがもめている。

 アカネに問われてミアはタジタジのようだ。


 いったいどうしたのだろう。

 大きな声に思わずピンと立ってしまった耳を元に戻そうとしながら、ハナは再び首を傾げた。


「ふぅん。残念だよ、ミア。君なら答えられるだろってニコルは言ってたのに……」

「え!ニコルが?」

 ミアの大きな声につい、ハナは彼女の方を向いた。

 彼女はとても驚いた様子で、チェッシャーを見ている。


「そうとも。ついでに、コレもね」

 チェッシャーが言う『コレ』が気になり、ハナは彼の方を向いた。


 彼はニヤけた顔を一層強めていた。

 そして右手を拳銃の形にして、ミアの方へ向けている。


「え?」

「お・し・お・き。バーン!」

 ミアの質問に答えると同時に、彼は撃つマネをした。

 すると彼の指から何かが飛び、同時に鈍い音が聞こえた。


「痛っ!……っつぅ」

 ミアは悲鳴に近い声を上げた。

 ハナが彼女の方を向くと、彼女はうずくまって両手で額を押さえていた。


「大丈夫?ミアちゃん」

 心配したハナは、ミアに声をかけた。

 しかし、彼女からは何も返答がない。

 よく分からないが、相当痛かったらしい。


 ふと、ハナは彼女の足元へ目線を落とした。

 そこには、きれいな何かが落ちている。


「何だろ、コレ?」

 ハナは独り言を言って拾い上げてみた。

 意外。それはドロップ。


「んにぃ。どうだい?僕ちんの固有魔法は?」

 チェッシャーは意地悪そうな言い方で、ミアに訊ねた。

 ハナが彼の方を向くと、彼は右手の人差し指に息を吹きかけていた。


「説明すると、今のは『ドロップ・ショット』ってヤツさ。ドロップを超高速で発射する。ただ、それだけなんだけどねん」

 彼は拳銃の形にした右手を振りながら説明した。


 その説明でハナは理解した。

 このドロップはその時に発射された物らしい。

 それがミアの額に命中して、そこに落ちたようだ。


 ところで、このドロップは何秒間落ちていたのだろうか。ハナは気になった。

 三秒以内なら、まだ食べられる。

 できれば食べたい。

 さっきのペロペロキャンディーも美味しかった。

 きっと、このドロップも美味しいに違いない。


 ハナは少しの間悩んだ。

 そして悩んだ末、ドロップを口に入れた。


 その瞬間、ハナは幸せな気持ちに包まれた。

 美味しい。美味し過ぎる。

 舌の上で、オレンジの風味がジワリと溶けていく。

 そして甘酸っぱい香りが鼻を通り抜ける。

 今まで食べたアメよりも、ダントツに美味しい。


 しかし、この幸せはすぐに終わってしまった。

 誰かが自分の首の後ろを叩いたせいで、吐き出してしまったからだ。


「アカン!ばっちいで!」

 アカネの声が聞こえ、ハナは叩いた犯人が彼女だと分かった。

 首の後ろをさすりながら彼女の方を向くと、彼女は怒った顔をしていた。


「アカンやろ!落ちてたもんを食っちゃ!」

 彼女はそう言いながら、両肩を掴んできた。

 そして小刻みに揺すった。


 彼女の言いたい事はハナにも少しは分かった。

 しかしそれ以上に、幸せな時間を邪魔された事にハナは悲しんでいた。

 そして、彼女に対し反抗的な気持ちが湧いてきた。


「で、でもぉ、すっごく美味しかったんだよぉ」

「腹壊したらどないすんねん!悲しむヤツだっておるんやで!」

 ハナの反論に対し、彼女はさらに揺さぶって言う。


「悲しむって……誰ぇ?」

「ウチに決まっとるやろ!アホぉ……」

 そう言って、アカネはハグをしてきた。

 彼女の温もりに包まれて、ハナは目頭が熱くなった。


 自分はなんてバカなのだろう。

 拾い食いをしてはいけないなんて、昔から言われていたはずだ。

 でも、誘惑に負けてしまった。

 それを怒ってくれるなんて、彼女はなんて優しいのだろう。

 ハナはそう思い、嬉しくなった。


「アカネちゃん……」

 ハナもハグして返した。


「ごめんね、アカネちゃん……」

 ハナは自身が泣いている事を感じながら謝った。


「ええんや……分かってくれたらそれで……」

 アカネはハナを撫でながら許した。


 できれば、しばらくの間、こうしていたかった。

 しかし、それを許さない人がいた。


「えー、ゴホン!そろそろいいかな?話を進めたいんだけど……」

 話しかけてきたのはヘイヤ。

 そう、その人とは彼だった。


「あ、すんまへん」

 アカネはハグを止めて、彼の方を向いた。

 ハナはそれが不満だったが、授業中なのを思い出して、彼の方を向いた。


「今ので分かった人もいるかもしれないけど、固有魔法っていうのは、名前通りでオリジナルの魔法の事さ」

 ヘイヤは説明を始める。


「でも、好き勝手に編み出していいものじゃない。自分の特性に合ったものにしなくちゃいけないんだ。彼みたいにね」

 そう言ってヘイヤは、チェッシャーを指した。


「そう、僕ちんはアメっこちゃんの事が勃起できる程大好き。だからアメっこちゃんを使った魔法を色々持ってるんだ。チーズもいいんだけど、アメっこちゃんの方が作りやすくて――」

「彼の魔法は凄いよ。『りんごアメ手榴弾』なんて下手なテロより爆発力が違うし」

 チェッシャーは自慢なのか、自身の固有魔法について長く語ろうとした。

 それに気づいたのか、ヘイヤは彼の話を遮った。

 きっと彼は、本題を進めたくて仕方がないのだろう。


「あの……質問していいですか?」

 ここでエリが訊ねた。


「何かな?」

 ヘイヤは受け付けた。


「どうして自分の特性に合ったものでないといけないんですか?」

 エリがそう質問した時、ハナは彼女の言葉に頷いた。


 もちろん、彼女の質問に同意してだ。

 というより、難しそうな話になりそうで、それが面倒くさいので避けておきたかった。


「『魔法は心で放つもの』って聞いた事ない?」

「あ、はい。あります」

 ヘイヤの問いにエリは答えた。


「固有魔法っていうのは、その極みのような魔法なんだ。だから『これが自分!』って感じに、自分らしさを出せる魔法でなくちゃダメなんだ」

「自分……らしさ……」

 エリが繰り返すとほぼ同時、ハナも心の中で繰り返した。


 自分らしさ。

 今まで考えた事がなかった。

 何が自分らしいと言えるだろう。

 そもそも自分とは何なのだろう。


 そう考えた時だ。

 急に頭が痛くなって、ハナはその場にうずくまった。


「うっ……」

 思わず声が出た。

 あまりの痛さに声と共に目をつぶる。


 今まで感じたことがない頭痛だった。

 ただ痛いのではない。頭の中がグチャグチャになって、自分が自分でなくなりそうな感覚がする。

 気分が悪い。朝食に食べたバナナが出てきそうだ。


「お、おい!」

「ハナちゃん!どないした!」

「どうしたの?大丈夫?」

「しっかりしろ、伊藤!」

 みんなの声が聞こえる。


 返事をしたかった。

 しかし、口が動かない。

 体も動かない。固まったみたいにビクともしない。


スティミス(鎮静)!」

 タクミの声と共に(まぶた)の裏が若草色に光った。


 鎮静の魔法の力で痛みが和らいでいく。

 しかし、完全ではない。

 さっきよりは楽だが、まだ痛い。

 立ち上がるのは無理そうだ。


「くっ……効いてないだと……」

「ふむぅ、君じゃ力不足でとこかな。まあ、退きなよ。僕ちんがやるからさ」

 チェッシャーの声が聞こえると同時に、こっちへ誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


 きっと彼だろう。

 彼はどんどん近づいてくる。

 そして、自分のすぐ目の前で足を止めた。


「ほーら、ハナちゃん。このアメっこちゃんを舐めるんだ。元気になっちゃうよん」

 耳元で彼の声が聞こえる。


 ハナは頑張って目を開け、前を向いた。

 目の前に彼の顔がある。そして彼は棒付きの丸いアメを差し出していた。


 鮮やかな緑のアメ。メロン味だろうか。

 頭痛のせいで食欲が無い。美味しそうには思えるが、さっき程は感じれない。

 しかし、それでもハナは舐めようと首を伸ばした。


 もちろん、舐めれば治ると信じていたのもある。

 でも、それ以上に、最悪な体調にも関わらず舐めたいと思える、そんな不思議な魅力がそれにはあった。


 ハナは舌を出してアメを舐めた。

 その瞬間、不思議な感覚に包まれる。

 舌先にジワリと広がるメロンの味。

 痛みは急に引いていき、代わりに幸福感が心を覆う。


 ハナは再びアメを舐めた。

 舐めた。

 舐めた。

 舐めた。


 気がつくと、ハナは彼からアメを奪い取っていて、一心不乱に舐めていた。

 止まらない、止められない。

 幸せだった。味覚としても、心としても。


「どうだい?気分は?」

「すっごい、幸せだよぉ」

「でっしょ?だって、僕ちんの手作りだもん」

 チェッシャーの質問に答えると、彼は自慢そうにニヤリと笑ってみせた。


「ほぅら注目!これも僕ちんの固有魔法さ。鎮静の魔法をアメっこちゃんに吹き込んだのよん」

 彼は立ち上がると、周りのみんなに声をかけた。


 ハナも立ち上がろうとしてみると、何の問題なく立つ事ができた。

 完全に回復したようだ。


「アメに魔法を吹き込むだけで、そんなに変わるもんなのか?」

 タクミが質問する。


「言っただろう?僕ちんの固有魔法だって。僕ちんはそうする事で、魔法をすっごく増幅できちゃうのさ」

 チェッシャーは彼の方を向いて、自慢げに言った。


「『魔法を強化するための魔法』ということか」

「ま、そんな感じ?」

「なるほど。何か見えたような気がする」

「どうかなぁ?固有魔法は理解しようとすると泥沼にはまるって聞くよん」

「なっ……」

 チェッシャーとタクミは固有魔法について話している。

 その一方で、ハナは他のみんなと体調について話していた。


「ホンマにもう大丈夫なん?」

「うん、大丈夫だよぉ」

 心配そうにするアカネを気遣って、ハナは笑顔で答えた。


「頭を押さえていたけど、頭痛だったの?」

 エリが訊ねた。


「うん……ハナって何だろ~って考えたら、頭がズキィーてなって、オエッてもなって……」

「知恵熱みたいなもんじゃねぇか?普段、あまり頭使ってなさそうだし」

 ミアは呆れた様子で言った。

 すると、アカネが凄い勢いで彼女に掴みかかった。


「ちょう待てや!ハナちゃんがアホ言うんか!」

「い、いや。別にそこまでは……」

「ハナちゃんはピュアで天然なだけや!このドアホっ!」

「いや、だから、そういう、つもりで、言った、わけじゃ……」

「そら確かにミアちゃんは優等生やし、ハナちゃんはちょい頭足りへん。分からないわけじゃあらへんけど、そんなん()うてええ理由にはならへんで!」

 アカネは凄い剣幕で、ミアを揺さぶりながら言う。

 ミアは何か言いたそうだが、激しく揺さぶられて言葉が出てこないようだ。


「くっ……少しは人の話を聞け!」

「ふ、二人とも、止めて!」

 ミアは怒った様子でアカネを突き飛ばした。

 それを見たエリは慌てた様子で止めに入る。


 一方でハナは、彼女達の様子を見ながら、こう思った。

 頭を使っていない。確かにそうかもしれない。と。


 確かに自分は頭を使って考えるのが苦手だ。その自覚はハナにもあった。

 昔からテストの問題も選択式の問題だけ答えて、しかもダウジングに任せている。

 それどころか、選択できる事の大半はダウジングに頼っている。

 そうやって、頭を使おうとしなかった。


 それが良くない事だと、今分かったような気がする。

 頭を使わないから、自分は頭が良くないのだろう。

 だから、さっきみたいな事を考えて、頭が痛くなったのかもしれない。

 反省しよう。

 これからはちゃんと、頭を使ってしっかりと考えていかないといけない。

 そうすれば、少しは頭が良くなるかもしれない。


 そこまで思ったところで、エリはようやく二人を止める事ができたようだった。

 アカネもミアも機嫌が悪いままのようだが、争ってはいない。

 その一方で、そんな二人に挟まれたエリは、とても疲れた様子に見える。


 ついでにチェッシャーとタクミは話し終えていた。

 チェッシャーはアカネ達の様子をニヤニヤと見ていた。

 そしてタクミの方は、ミアを心配そうに見ていた。


 ふと、ハナはチェッシャーの背後を見た。

 そこにはヘイヤが立っている。


 困ったね。

 彼はそう言いたそうな仕草をした。


 それを見て、ハナは頷いた。

 そして胸が苦しくなった。


 自分のせいで、アカネとミアが喧嘩をしてしまった。

 頭が痛くさえならなければ、こんな事にはならなかったのに。


 そう思ったハナは小さくため息をついた。

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