表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/77

27 白くはない変人

 前回ニコルの授業を受けて、今日で五日経った。

 つまり、今日は約束の日。再びニコルの授業を受ける日だ。

 授業を受けるため、現在エリ達は『青い月』へと移動している。


 エリは歩きながら、こんな事を考えていた。

 自分は褒められると伸びるタイプらしい。

 前回の授業から今日までの間、杖無しの想像式詠唱法で魔法を使う技術はかなり進歩したと思う、と。


 エリは目の前で右手を広げた。

 そして、親指から炎を、中指から冷気を、そして小指から電撃を出して見せた。

 全ての指から異なる魔法を出す。これは魔法の制御がうまくいっている証明かもしれない。エリはそう思った。


 ところが、急にエリは軽く眩暈(めまい)がした。

 原因はハッキリしている。魔力の使い過ぎだ。

 ずっと前にミアから教わった。魔力を使い過ぎると貧血のような症状が出る、と。

 今の魔法は思った以上に魔力を消費するらしい。

 このまま何発も使おうものなら、貧血のようにダウンするだろう。


 現在のエリの目標は、魔力の量を増やす事だ。

 方法もミアから聞いている。体力を鍛えるのと同じで、魔法を使い続けていけばいい。

 ここしばらくの練習で、少しは鍛えられたかとエリは思っていた。しかし、現実はそんなに甘くはないらしい。

 もっと鍛えなくては。エリは決心した。


「エリちゃん!どないした?」

 後ろを歩いていたアカネが話しかけてきた。

 今の眩暈に気づいたのかもしれない。


「大丈夫。ちょっと魔力切れぎみになっちゃって……」

 エリはゆっくり振り返りながら答えた。


「無理しちゃアカンで。これから授業で魔法を使うはずなんやし……」

 アカネは心配そうな顔をしながら、そう言う。


「そう……だよね。うん、気をつける」

 エリは申し訳ない気持ちを感じながら答えた。


 確かに彼女の言う通りだ。

 授業前に魔力切れなんて、おマヌケな話だ。

 ちょっと浮かれ過ぎていたかもしれない。

 自分には自制心が必要なのだろう。


 そう思っている内に、エリ達は『青い月』に到着した。

 彼女は以前のように、店の前で立って待っていた。

 しかし、近づいてみると一つだけ前回と異なる点がある事に気付いた。


 それは、彼女は明らかに機嫌が悪そうな表情をしている事だ。

 その上、彼女は足をパタパタとつま先を地面に打ち付けている。

 この行動はスタンピングと呼ばれ、兎の人は機嫌が悪いと癖でやってしまうという。

 つまり、彼女の機嫌は最悪である事を意味する。


「お、おはようございます……」

 エリは誰よりも早く挨拶した。

 自分が一番先でないと、何か怖かったからだ。


「はい、おはよ」

 ニコルは挨拶を返した。

 やはり、彼女の口調は苛立っていている。


「あの……何かあったんですか?」

 エリは恐る恐る聞いてみた。

 正直な所、この質問そのものが地雷のように感じたが、これ以上地雷を踏まないようにと思ったのだ。


「さっきね、電話があったのよ」

 ニコルは話し始めた。


 どうやら、この質問自体は地雷ではなかったらしい。

 エリは心の中でホッと胸をなでおろした。


「電話?」

 エリは聞き返す。


「ええ、仕事の電話。急いで薬を作らなくちゃならなくなったの」

 ニコルはそう話すと、ため息をついた。

 まるで心の中に溜まった良くない何か、それらを一気に吐き出そうとしているような勢いだった。


「え?じゃ、じゃあ今日の授業は……」

「ええ。悪いけどアナタ達の面倒を見る余裕は無いわ」

「んな!じゃあ課題の方はどないすんねん!」

 エリとニコルの話にアカネが入ってきた。


 アカネが言いたい事をエリはなんとなく分かった。

 今日までの間、アカネだけでなくミアやタクミも課題のために魔法の練習を頑張ってきた。

 特にアカネは一番にコツを掴んだ分、自信があるのだろう。


「んなもん、無しよ!無し!」

 そんなアカネの気持ちを知らないのだろう、ニコルは(うるさ)そうに答えた。


「んなぁ!ほんならウチら何のために頑張ってきたんや……」

「練習してきた事は無駄にはならないわよ。本当に頑張ったならね」

 落ち込むアカネにニコルは、あまり気持ちがこもっていない口調で慰めた。


 他の二人はどうだろう。

 エリはタクミとミアの方を見た。


 タクミは(うつむ)いて首を左右に振っていた。

 彼もアカネと同様に、課題には自信があったようだ。

 無しとなった事には不満だが、そういう決定なのだから仕方がない。

 そう言いたそうな雰囲気だ。


 一方でミアは課題が無しになって、安心した様子をしていた。

 きっと、彼女から再びお仕置きされるかもしれないと不安だったのだろう。

 確かにニコルは彼女に厳しい。無理もないと言えば、そうだろう。


 エリ自身としては、おおむねミアと同じ気持ちだった。

 ニコルが簡単に体罰を与える性格なのはハッキリしていたし、課題の結果次第ではそれを受けてしまう事は明らかだ。

 魔法を使う技術が上達している事が分かっていても、彼女の前で披露するのは不安で仕方がなかった。


「じゃあ~、今日の授業はぁ、お休みなのぉ?」

 ハナの声が聞こえ、エリは振り向いた。

 彼女は首を傾げながら聞いている。


「いいえ。せっかく来てくれたんだから、手ぶらでは帰らせないわ」

「でもぉ、ニコルさんはぁ、忙し~んでしょぉ?」

「そうよ。だから特別講師を用意しといたわ」

 ニコルは頷いて答える。


 特別講師。

 その言葉に、思わずエリはニコルの方を向き直した。

 ニコルは裏庭の方向を指さしている。


「裏庭の方に待たせてあるから、さっさと行きなさい」

 そう言って、ニコルは店の中へ入ってしまった。


 いったいどんな人なのだろう。

 ニコルが連れて来たくらいだし、彼女の知り合いなのは間違いないだろうが。

 男か女か分からないが、優しい人だといいな。

 せめて厳しくない人であって欲しい。


 エリがそう思っていると、ニコルが上半身だけを扉から出した。

 何か言い忘れた事でもあるのだろうか。


「あ、今日は忙しくて昼の用意ができないから、午前だけの授業よ」

 そう言って、彼女は再び店の中へ入った。


 午前授業。そういうのもあるのか。

 エリは思わず、何度も小刻みに頷いてしまった。


 それだけでない。ここでの授業には、基本的に昼食が付くらしい。

 今日は忙しくて無いようだが。

 ニコル。

 彼女は厳しいのか優しいのか、今のところハッキリとしない。

 もう少し付き合えば分かるだろうか。


 と、突然肩を叩かれて、エリは意識を引き戻された。

 振り返ると、そこにはアカネが立っていた。


「どないした?みんな、もう行っとるで」

「え、ゴメン。ちょっと考え事してて……」

「アカンでエリちゃん。もう授業は始まっとるんやで」

「うん、気をつける」

「ほな、行こか」

 エリはアカネに手を引かれて、中庭へ向かった。


 アカネの手。

 大きくてガッシリとしている。

 それでいて、自分の手をフワリと優しく包み込んでいる。

 全く痛くない。

 そして、手に触れる肉球の感触。

 柔らかくて気持ちがいい。

 まるで、幼い時に親に手を引かれた事のような安心感。

 いや、それ以上かもしれない。


 そう考えているうちに、二人は裏庭へ到着した。

 そして、例の特別講師の姿を見た瞬間、エリは鼻血を出した。

 その上、エリは無意識の内に叫んでいた。


「変態だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 エリが気づいた時には、叫び終えて喉が枯れかけている状態になっていた。


 特別講師は二人組の男だった。

 そしてあからさまに変態であった。


 一人は兎。ハナのようなアナウサギではなく、彼はノウサギだ。

 180cmありそうな背の高さ、ボディビルターのような筋肉質な肉体。

 身に着けている物は、スリングショットにネクタイ、シルクハット、黒革の靴。そして、乳首に星形のニップレスを貼っている。

 そして、ハナみたいに目が細い。


 もう一人は黒猫。

 スレンダーな体をしていて、兎の男以上に背が高い。2メートルはありそうだ。

 黒いスーツでビシっとキメているが、その上に乗っている顔が異様にデカい。

 いや、これは被り物。見開いた黄色い目、糸のように細長い瞳、そして頬まで裂けてるニヤけた口というデザインだ。


 彼らを変態と呼ばずに、何を変態と呼べばいいだろう。


「おい、山田!しっかりしろ!」

 タクミの声が聞こえ、エリはその方向を向いた。


 タクミは自分達の近くにいた。

 彼の傍にはミアが倒れていて、彼から必死で呼びかけられている最中だった。


 彼女は鼻血を出して失神していた。

 白目を剥いて、口からは泡を吹いている。

 きっと彼らの姿を直視したせいで、精神をやられてしまったのだろう。


 エリはふと、アカネの方はどうなったか気になった。

 いつの間にか、彼女が握っていた方の手は自由になっている。

 この時点で嫌な予感はした。


 恐る恐る、エリはアカネの正面に立ってみる。

 やはり彼女も失神していた。

 白目を剥いているわけでも、泡を吹いてるわけでもない。

 しかし、完全に静止している。目を見開いたまま、瞬き一つしない。

 ついでに大量の鼻血を出している。ちょっと危険を感じる量だ。


 ここでエリは大事な事に気がついた。

 ハナがいない。

 少なくても、今見た範囲にはいなかった。


 いったいどこへ行ったのか。

 彼らを見て逃げたのか。

 いや、それなら自分達と鉢合わせになってるはずだ。

 それが無いということは、少なくても逃げてはいない。

 では、いったいどこへ……


「すっご~い!お兄さんはぁ、筋肉モリモリマッチョマンなんだねぇ~」

 エリがそう考えていると、突然ハナの声が聞こえてきた。

 その方向は変態達がいた方向。

 まさか……


 エリはゆっくりと変態達の方を向いた。

 そして出ていた鼻血は倍の量になった。


 ハナは変態達と戯れていた。

 彼女はペロペロキャンディを舐めながら、兎の男の腹筋を触っている。

 そして二人の変態達は、楽しげに彼女に何か話しかけている様子だった。


 と、突然ハナはキャンディを舐めるのを止め、兎の男の股布の中へ入れてしまった。

 すると、兎の男は彼女の頭を撫で、股布からキャンディを取り出すと、美味しそうに舐め始めた。


 チップの代わりだろうか。彼女はいったいどこで、そんな事を覚えたのだろう。

 と、いうより、何故彼女はここまで馴染めるのだろう。

 警戒心が無いのか。それとも、ああいうのが彼女のタイプなのだろうか。


 エリがそう考えていると、ハナはこちらの方を向いた。

 マズい。このパターンは……

 危険を感じたエリは逃げようとした。しかし、遅かった。


「おぉ~い。エリちゃんもおいでよぉ~」

 ハナは手を振って、呼びかけてきた。


 普通だったら、彼女の呼びかけには応じないだろう。

 しかし、エリは諦めた。

 なぜなら、背後に二人分の人の気配がするからだ。

 そして、彼女に呼ばれた瞬間、二人の変態は一瞬で姿を消したから。

 これはつまり……


「やぁ。初めまして、エリちゃん」

 背後から若い男の声が聞こえ、同時にエリの肩へ手が置かれた。

 エリは恐る恐る、その手を見る。


 茶色の毛で覆われた手。

 毛の質感や手の形から考えて、おそらく兎。

 やはり、後ろにいるのは……


 エリはゆっくり振り返った。

 さながら、ホラー映画のヒロインになった気分だ。

 そして振り返った先に立っているのは、幽霊でもゾンビでも殺人鬼でもない。


 変態だ。

 さっきまでハナといっしょにいた変態が、そこに立っていた。


 エリは恐怖で息が止まりそうになった。

 心臓が握られたかのように痛み、強い吐き気に襲われる。


 それでもエリは理性を保ち続けた。

 彼らは瞬間移動する事ができるのだろうか。

 ニコルによると、彼らが特別講師のようだが、いったい彼らは何を教えるのだろうか。

 疑問を持つ事によって、ある種の現実逃避を試みたのだ。


「ヤァ ハジメマシテ エリチャン アメッコチャン ドウ? ハハッ」

 黒猫の男が話しかけてきた。

 明らかに裏声で、被り物のせいで声がこもっている。


 彼は右手をエリへ伸ばした。

 そして、何も持っていないはずの手から突然、ペロペロキャンディが姿を現した。


 異次元収納の魔法だろうか。

 いや、そんな素振りは見せなかった。

 では、手品の一種か。


「ハイ ドウゾ」

 エリが考えていると、黒猫の男は強引にキャンディを握らせた。


 エリは握らされたキャンディを見た。

 大きめで虹色のキャンディだ。

 ヤマト人としては、あまり食欲をそそられない配色。

 そもそも、美味しそうな配色だったとしても、彼からの贈り物の時点で食べようとは思えないが……


「ああ、もう!これ邪魔!」

 突然、黒猫の男は被り物を取った。

 その素顔は、ほぼ被り物といっしょ。顔の大きさやパーツが常識的になっただけだ。

 そして彼は取った被り物をサッカーボールみたいに蹴り飛ばした。


「だから言ったじゃん、チェッシャー。止めとこうって」

 兎の男は黒猫の男に話しかけた。


「そうは言うがねぇ、ヘイヤ。せっかく講師として迎えられたんだから、フォーマルでビシッとキメたいじゃない」

 黒猫の男は反論する。

 素の声は少し高めの変な声のようだ。


 兎の方がヘイヤで、黒猫の方がチェッシャーというらしい。

 変な見た目に合った、変な名前だ。


「でもフォーマルにしたせいで、みんな緊張してるじゃん。ほら」

 ヘイヤはエリ達の方を指さした。


 いや、それで緊張してるわけではないが……

 そもそも、その恰好のどこがフォーマルなのか……

 エリはそう思ったが黙っていた。


「そうだねぇ。もうちょっとラフな恰好の方がよかったかもねぇ」

 チェッシャーは納得した様子で頷いた。


 こんな彼らに今から教わるのかと思うと頭痛がする。

 エリは頭を抱えながら深くため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ