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24 これもう分からないね

 お尻が痛いというミアのために、ニコルは手当てをしてあげた。

 具体的には、漏斗を尻に挿れて薬を注ぎ込むというものだ。

 そしてハナは、ニコルの手伝いとしてミアを押さえていた。


「……これで良しっと」

 ニコルはミアに薬を注ぎ終えると、薬が入っていたフラスコをカウンターに置いた。

 そして尻に挿れた漏斗を、勢いよく引き抜く。


「これでお終いね」

 そう言ってニコルは、ハナに一仕事終えた良い笑顔を見せた。


「ねぇ~、もぅ放していい?」

 ハナはニコルに聞いた。


 ハナは依然、ミアの両足を掴んだままだ。

 つらくはないが、何時まで掴んでいればいいか分からない。


「いいわよ」

 ニコルは許した。


 その言葉を聞き、ハナはすぐに手を放した。

 すると、おかしな事が起こった。

 手を放したというのに、ミアは未だに同じ体勢を保ち続けている。

 そして、全く動く気配が無い。


「ミアちゃ~ん」

 ハナはミアに話しかける。

 しかし、全く反応が無い。


 しゃがみ込んで顔を近づけてみる。

 ミアは気絶しているようだった。

 口からは大量の泡を吹き、白目をむいている。


「お~い、起きてぇ~」

 ハナはミアの頬を軽く叩いてみた。

 しかし、何も反応が無い。


「これくらいで大げさねぇ……」

 ニコルもミアの顔を覗き込んできた。

 彼女の口調は呆れているようだった。


「まあいいわ、そのうち気がつくでしょ」

 姿勢を元に戻しながらニコルは言った。


「それより、ハナ。アナタに手伝って欲しいことがもう一つあるんだけど……」

 ニコルが話しかけてきたので、ハナは立ち上がりながら彼女の方を向いた。


「何ですかぁ?」

 首を傾げながらハナは訊ねた。


「これを洗って欲しいんだけど……」

 そう言ってニコルは、持っていた漏斗を差し出した。

 ミアの尻に挿れた、あの漏斗だ。


「は~い」

 ハナは躊躇(ためら)うことなく、受け取ろうと手を伸ばした。

 親友の尻に挿れていた物なら、汚くはないと思っているからだ。


 しかし受け取ろうとした瞬間、ハナは手を止めた。

 いきなり出入り口の扉が乱暴に開かれたからだ。


 ハナはニコルと共に扉の方を向く。

 そこに立っていたのは、タクミだった。


「おい、ミア!大丈夫……ぐわっ!」

 タクミがミアに近寄って間もなく、彼は鼻血を噴射しながら仰向けに倒れた。


 どうやらミアが下半身丸出しの様子を見て、興奮して気絶したようだ。

 いつの間にか尾が丸まって、アソコは見えないはずだが、それでも彼には刺激が強すぎたらしい。

 彼は以外と純粋なようだ。

 そう思い、ハナは微笑んだ。


 すると今度はアカネが入ってきた。


「うぉ!タっ君、どないした!」

 危うく彼を踏みそうになったアカネは、彼に訊ねた。

 当然返事は無い。


「いったい何があったん……ミアちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 アカネはタクミを見ながらこっちへ近づいてきた。

 そして、視線が彼からこっちの方に移った時、初めてミアに気がついた。


 アカネは鼻血と共に驚いた表情をし、頭を抱えた。

 そしてすぐに表情を変えた。

 白目をむき、口は半開きに。そして、その口からはヨダレが出てきた。

 彼女も気絶してしまったらしい。


 ハナにはアカネが気絶した理由が分からなかった。

 タクミは分かるとして、何故彼女までが……

 同性なのに……

 もしかして、彼女はアッチ系なのだろうか。


 ハナがそう考えていると、ニコルが話しかけてきた。


「あー、悪いけど今の話は無しで……」

 そう言って彼女は漏斗を引っ込めた。


「よく考えたら、どこだりで洗われても困るのよね。特に清潔であることが求められるような場所では」

 そう言いながら彼女は、空いた方の手でバストの谷間からビニール袋を取り出した。

 そして漏斗を中に入れると、袋の口を縛った。


「やっぱりコレは私が洗うわ。ごめんなさいね」

 バストの谷間に袋をしまいながら、彼女は謝った。

 ついでにフラスコやローション入りのボトルもしまう。


「うん、いいよぉ」

 ハナは答えた。


 その直後、出入り口の方に人の気配がした。

 また誰か来たらしい。

 タクミとアカネが来たということは、次はエリだろうか。


 再びハナはニコルと共に扉の方を向く。

 思った通り、来たのはエリだった。


 彼女は息を切らしながら中へ入ると、みんなと同じように鼻血を出した。

 しかし、彼女は気絶はしなかった。


「あら、どうしたの?」

 ニコルはエリに優しく声をかけた。


 初めての行動だった。

 いや、二人とも声をかける前に気絶してしまったからかもしれない。


「あ、そのっ……変な声が聞こえてきて……えっと……」

 エリは袖で鼻血を拭いながら、説明しようとした。


 彼女は動揺していた。

 ハナにはその理由がよく分からなかった。


 タクミとアカネの事を心配しているのだろうか。

 それにしては、二人の事をあまり見ていないような気がする。

 どちらかといえば、彼女はミアの方に注目していた。

 もしかして彼女もアッチ系なのだろうか。


 ハナがそう考えていると、エリはアカネに話しかけようとした。

 しかし、彼女は気絶している。

 当然何も反応しない。


「そう、驚かせて悪かったわね。でも、もう終わったから大丈夫よ」

 ニコル優しい声で話しかけた。

 ハナが彼女の方を向くと、彼女は微笑んでいた。


「あの……何を……」

 エリはニコルの方を向くと、たどたどしく訊ねた。


「大したことないわ。ミアの手当てをしていただけよ。ね?ハナ?」

「うんっ。ミアちゃんはぁ、手当ての時にぃ、ビックリしちゃったんだよぉ~」

 ニコルから話を振られたので、ハナは正直に、そして簡単に説明した。


「ねー。ちょっと大げさよねぇ?」

「う~ん。でもぉ、ハナはぁ注射が怖いしぃ、ミアちゃんの気持ちがぁ、少し分かるかもぉ……」

 そう言いながら、ハナは昔を思い出した。


 ハナは小学生の頃まで、予防接種のたびに逃げ回っていた。

 そのたびに、がっしりと押さえつけられてしまったものだ。


 尖った物が体内に入るという意味では、ミアがされた事はとても似ていた。

 そして、今回ハナは押さえつける側になった。

 あの時暴れるミアに言った言葉は、ハナが押さえつけられた時によく言われた言葉だ。


 励ましの言葉。

 もしも立場が逆だったら、やっぱり怖くて暴れていただろう。

 だから、少しでも彼女の怖さを和らげたかった。

 ちゃんと彼女に伝わっただろうか。

 ハナにはそれが心配だった。


「あら、そうなの?大丈夫よ。何回かやってる内に、むしろ気持ちよくなっちゃうからね」

「む~、そぅかなぁ?そぅだといいなぁ……」

 本当にそうなのだろうか。ハナは疑問に思った。


 世の中には痛い事をされると気持ち良くなる人がいる。

 慣れたら、そういう人になってしまうのだろうか。


 痛い事が気持ち良く感じるなんて(うらや)ましい。

 自分は痛い事が怖い。だから痛い事は嫌いだ。

 もし痛い事が気持ち良く感じるようになったら、もっと幸せになれるのだろうか。


 ハナがそう考えていると、エリの弱々しい声が聞こえてきた。


「あの……トイレってどこですか?」

 ハナがエリの方を向くと、彼女は下腹部に両手を当てていた。

 どうやら限界が近いらしい。


「トイレ?それなら、すぐそこよ」

 ニコルは指さして教えた。


「すいません……借ります!」

「いいけど、きれいに使いなさいよ」

 エリは一目散にトイレへ駆け込んだ。

 扉を乱暴に閉め、鍵をかける音が聞こえた。


「さて……どうしましょうか?」

 ニコルはハナに話しかけてきた。

 彼女の方を向くと、彼女は両手を腰に当てていた。

 質問の意図が分からないハナは首を傾げた。


「あの子達の事よ」

 ニコルは右手の親指でミア達の方を指した。

 どうやら、ミア達の事を言っているようだ。


「三人そろって気絶とはねぇ……ここに何時までもいられると邪魔なのよねぇ」

「じゃあ、お外に出すぅ?」

「分かってるじゃない。じゃあ手伝って」

「でもぉ、ハナはぁ、力が弱いよぉ……」

「そうなの?じゃあ仕方ないわね……」

 そう言うとニコルは、何も無い空間に手をかざした。

 すると二ヶ所の空間が歪み始めた。

 何かを異次元から取り出すつもりらしい。


 物はすぐに出てきた。

 それは……一対の巨大な人形の腕。

 昨日ハンスを殴っていた、あの腕だ。


「ミアとアカネは私がやるわ。アナタはミアのパンツとタクミの方をお願い」

 ニコルがそう言っている間に、人形の腕は片方でミアを、もう片方でアカネを掴んだ。

 そしてニコルが外へ出ると、それに続くように人形の腕も外へ出て行った。


 ハナがその様子を見ていると、トイレの方から変な声が聞こえてきた。


 『ぬっふぅ……』


 エリの声だった。

 ハナは気になったが、そっとしておくことにした。


 何があったとしても、トイレの中である以上、デリケートな事なのだろう。

 そういう事に触れないであげる情けが、ハナにもあった。


「よぉし、頑張ろっ!」

 ハナは気合を入れて、動き出した。

 ミアのパンツを回収し、タクミの元へ行く。


「んっ……重っ」

 ハナはタクミの両脇を掴んで持ち上げようとした。

 しかし彼は意外と重く、上半身を起こすのが精一杯だった。


 仕方がないので、ハナは彼の両脚を掴み、引きずって動かす事にした。

 その際、手に持ったままのパンツが邪魔だったので、ハナは頭にかぶった。

 ポケットにしまってもよかったが、こっちの方が気合が入りそうなので、そうした。

 実際、動かし始めてみると、割と簡単に彼を引きずる事ができた。


「こっちよ、こっちー!」

 外までタクミを引きずり出したハナは、聞こえてきたニコルの声に耳を澄ました。

 方向から考えて、裏庭まで運べばいいらしい。


 ハナはそのままタクミを引きずって運んだ。

 途中、地面のデコボコか何かで彼の頭が激しく動いた。

 それでも彼は気絶したまま。

 その様子を見ていたハナは、彼がまるで玩具か何かみたいで面白く思えた。


「この辺にお願いねぇー」

 裏庭まで運ぶと、ニコルの声が聞こえてきた。

 ハナは上半身をねじって、声がした方を見る。


 ニコルは下を指さしていた。

 そこにはミアとアカネが寝かされている。

 その近くにタクミを持っていけばいいらしい。

 ハナは指示通り、彼をそこまで引きずった。


「これでいいわ。後は起きるまで、放っておきなさい」

「いいのぉ?」

「いいのよ、他にする事無いし」

 ニコルはやれやれと言いたそうな様子で答えた。


 ハナはみんなの事が心配だった。

 しかしニコルの言う通り、みんなのためにできる事は何も無いように思えた。

 だから、これ以上心配するのは止めることにした。


「それより、アナタは練習の続きをしてなさい」

「ほ~い」

「いい返事ね。頑張ったら何かご褒美をあげるわよ」

「やったぁ~!」

 ハナは嬉しくなって跳びはねた。


 さっき練習を止めていた事を、ニコルはもう怒っていないようだった。

 それどころか、練習を頑張ったらご褒美をくれるらしい。

 頑張ろう。ハナはやる気が湧いてきた。


「あ、その前にパンツをこっちに渡してちょうだい。私が穿かせておくから」

「おぉ、忘れてたぁ」

 ハナはかぶっていたパンツを取ると、ニコルに渡した。

 そしてハナは彼女から離れると、練習を再開した。


 ご褒美とは何だろう。

 お菓子だったらいいな。

 そう思ったハナは、熱心に練習を続けた。

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